第61話:守る者、狙う者
死の足音が近づく中、町の住人の中には逃げる者、とどまる者との違いがはっきりと浮き彫りにされてきた。
謎を解明しようと動くドーザとテレスタリア、そして、レーヴァとたきびもその時に備えて動きだす。
「エトレ、入るぞ」
「どうぞ」
カーテンを開け、レーヴァが一室に入ってくる。
「調子はどうだ?」
「もう、すっかり」
神官の帽子が置かれたテーブル先の窓際に立っていた、初老の男が振り返った。
エトレ——以前、たきびが訪れた空の教会の神官だ。
「診せろ」
レーヴァの手が、エトレへとかざされる。
彼女の魔力が上がり、空間が微かに震える。
窓の外で鳥達の鳴き声が聞こえ、木々の葉が風で擦れ合う音がする。
外の世界は、何も変わらずに、そこにあった。
「……大丈夫だな。魔力回路の損傷も完治している」
「ありがとうございます。レーヴァ様」
エトレは手を組み、深々とお辞儀をした。
「気にするな。たきびにも頼まれているしな」
エトレは、再び窓の外へ目をやる。
「……始まるのですね」
その呟きは、重く、沈んでいた。
「……ああ。正念場だ。ただ、たきびが力を使える事で、大分希望は見えたが」
「そうでしたか。それは何より」
「お前はどうする?今ならまだ、逃げるのに十分な時間はあるぞ」
レーヴァの問いに、エトレは静かに首を振った。
「いえ、私はこの町におりますよ」
テーブルの上の神官の帽子に触れながら、エトレは言った。
「そうだろうと思ったよ」
レーヴァが呆れたように、しかしどこか嬉しそうに微笑む。
「そうだ、レーヴァ様。私をしばらくの間、ここで働かせていただきませんか?」
「はあ?回復魔法も使えない神官がか?何をするんだよ」
「ここで、逃げられずに不安を抱えている方々のお話相手……というのはどうでしょう?心へのアプローチも、立派な治癒の一環ですよ」
「……なるほど。まあ、今の状況、不安を少しでも和らげるにはいいか……。いいだろう」
レーヴァが承諾すると、エトレは笑みを浮かべ、何食わぬ顔で手のひらを差し出した。
「ちなみに、1日これくらいで……」
「はあ!?金取るのかよ!!」
レーヴァの声が、病室に響く。
「いえいえ、お布施としてですよ、もちろん」
レーヴァは頭を掻き、呆れたように溜息をついた。
「わかったよ。この強欲なクレリックめ」
「おお〜!神のご加護があらんことを!」
エトレはわざとらしく床に膝をつき、うやうやしく手を組んで祈りのポーズをとる。
「……なあ、お前、たきびに似てるな?」
「あの方程、面白くはないですよ?」
「ったく、調子狂うぜ」
フフッ、と悪戯っぽく笑うエトレを残し、レーヴァはぼやきながらも嬉しそうな表情で病室を出て行った。
エトレは、再び窓の外を見つめる。
「たきびさん、どうかご無事で…」
そう呟くと、テーブルの上の神官の帽子を手に取り、部屋を後にした。
◆
俺がギルドを出て、1時間程が経過した。
「おお、大分西側の壁が近くに見えてきたね」
視界の先に、天を突くほど高かったはずの防壁が、無惨に崩れ落ちているのが確認できた。
『このペースで行けば、体感的にあと二十分ほどでしょう』
「そうだな。でも、なんでアカシャは時間の感覚の事、知ってるんだ?この世界、時計なんてまだないだろ?」
『……マスターの感覚や思考から学び、推測して対応しています』
「そうなの?さすが!」
俺の相棒は超優秀だな。
『……』
「どうしたの?」
『いえ……ところで、あの二人の事ですが』
アカシャの言葉に、俺は眉をひそめた。
ああ、あの二人か。
まだ、着いてきてる?
俺は脳内会話に切り替える。
『はい。一定の距離を置いて』
ギルドを出てからずっと、俺の後ろに二つの気配が張り付いている。
『マスターがお菓子をあげた女の子の所にも、一瞬、一人が見にいったようです』
はあ!?お菓子を奪ったりしなかっただろうな!
『近い位置まで行ったようですが、何もせず引き換えしたのを確認しました』
良かった!
さすがに子供からお菓子とか奪ったら、俺、許さないよ?
…なんにせよ、監視、確定だな。
『間違いないでしょう』
俺が西の壁まで歩いてきた最大の理由。
それは、彼らの動きを誘い出し、正体を突き止めるためだ。
ギルド内にいる時からその目はあった。
俺は、自分の力を見せることを避けるため、敢えて徒歩での移動を選んだのだ。
『どうしますか?』
どうするも何も、誰の差し金かもわからないしな。
ギルドマスターの命令で動いている可能性もあるし。
『その線は薄いかと』
そうなの?
『今までの会話や仕草、マスターに対する態度から推測するに、この後に及んでマスター一人に時間を割く可能性はかなり低いと考えられます』
アカシャの分析は、相変わらず冷静だ。
でも、副ギルドマスターにはナディの身辺調査を極秘で頼んでたって言ってたじゃん。
『確かに。しかし、それはナディさんへの疑念と懸念点が大きかったからでしょう』
いやいや、俺なんて【邪神の落とし子】だぞ?
懸念点の塊みたいなもんじゃないの?
『分かってらっしゃったのですか。えらいえらい。でも、忘れていますよ?』
くっ!この後に及んで、まだ俺をおちょくってくるスタイルは崩さないのか!
何を忘れているっていうんだよ。
『マスターの真実は証明されています』
…あっ、そうだった!
テレスタリアさんの【真偽眼】によって、俺の言葉は真実であると証明されてるんだった。
『なので、マスターはほぼ無害と認識されているはずです』
無害……。
なぜだろう、少し心を抉られる…。
『あ、初めて外見を見た時、自分が自分を表現した時の言葉でしたね。失礼しました』
おい、やめろ。そんな昔の事まで克明に記憶して掘り返すな。
じゃあ、あの二人はギルドマスターの命令ではなくて、誰の命令で動いているんだ?
デア・ドゥペルの連中か?
『可能性はゼロではありませんが、それも低いと推測されます』
なんで?
『ノリアは既に、マスターを見限った上、この町が崩壊するという事をほぼ確信しています。その相手をわざわざ監視するメリットが少なすぎます』
また、勧誘するため、とか?
『後々あるかもしれませんが、それはスタンピードで生き残った後の話です。そんな事はおこらないと思っているのに、マスターを監視するとは考えづらいです』
むむむ、確かにそうだが、なんかちょっとムカつくな。
『誘ってほしいんですか?構ってちゃんですね』
くっ!アカシャの調子が絶好調だな!
なんか機嫌も良い感じだし……。
あ〜!もしかして俺と久々話せて嬉しいんでしょ?
もう!アカシャったら、ツンデレさんだな!
『オキシ・ゴーレム、ハイドロゲン・ゴーレム、機動』
おいおいおい!
町を守る側が、真っ先に破壊しようとしてどうするの!?
『冗談はさておき』
……いや、目の前にゴーレムいるんですけど……。
『恐らく、ギルドの調査機関【オウルズ・アイ】かと』
ギルドの調査機関?
『はい。表向きは【ギルド統括監察局】という名で、ギルドが正しく機能するよう監督・調整を行う機関です』
表向きは?
『実際には、ギルドにとって不利益、あるいは危険と判断した人物を密かに拘束したり、場合によっては処刑しているとも噂されています。そのため、各ギルドの運営側からも恐れられている組織です』
出た!
裏組織ってやつか。
王道ファンタジーの醍醐味、陰謀の匂い!
でも噂でしょ?
『いえ。二人を解析・鑑定したところ、オウルズ・アイでした』
はぁ!?
じゃあ、恐らく、じゃなくて確定じゃん!
俺が危険人物として調査されているってこと?
『確実に』
まあ、誰かに監視されるかもとは思っていたが、まさかそれがギルドの裏組織だなんてな…。
こりゃ、下手にスキルを使えないな。
「全く、面倒な事で」
俺は、目の前に迫っている外壁の大穴に向けて、ぼそっと呟いた。
ご一読いただきありがとうございます。
面白い、続きが気になる! と思っていただけましたらブックマークや評価応援していただけると嬉しいです。
次回、第62話は【スタンピード】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




