第54話:迫る魔物、集う者たち
レーヴァ参戦と加えられた報酬により、絶望の淵いた冒険者達はまだギルド内に足を止めていた。
刻一刻と変わる状況が、さらにギルド内の冒険者達を一喜一憂させる。
文字通り「ノシ、ノシ」という擬音が似合うほどの大男が、ギルドの入り口へと足を踏み入れてきた。
「どけよ」
背丈が二メートル近くはあるであろうその男は、入口に集まっていた冒険者たちを、乱暴に押し退けていく。
筋骨隆々という言葉すら生ぬるい、岩の塊のような肉体。
その背中には、男の身の丈ほどもある巨大で無骨な両刃の戦斧が背負われている。
そして、男が放つ獣のような匂いと、娼館特有の甘ったるい香水の匂いが混ざり合い、鼻をついた。
「ガボンだ!あいつ、まだこの町にいたのか」
「最近、顔を見なかったが……依頼で遠出でもしてたのか?」
「いや、娼館に入り浸ってたらしいぞ。あいつの女癖の悪さは一生治らんな……」
ガボンと呼ばれた大男は、群衆を乱暴にかき分け、レーヴァの前まで歩み寄った。
「ちょうど金も尽きたところだしな。ここで一稼ぎして、B級にランクアップしてやる。……そして、あんたの治療代もな」
ガボンの血走った目が、レーヴァの豊かな胸元とくびれた腰のラインを舐め回すように動く。
ニヤついたその顔には、隠しきれない下劣な欲望が貼り付いていた。
「ふん。前線で使えるやつなら、誰でも構わん」
レーヴァはまったく動じることなく、冷たく鼻を鳴らした。
「じゃあ……夜の方も、試してみるか?俺は年増でも全然構わないぜ」
「なっ!!レーヴァさんに対してなんて事を!」
受付嬢のマリエラが、怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。
だが、レーヴァはそれを手でスッと制し、不敵な笑みを浮かべたままガボンを見据えた。
「……お前がこの防衛戦で一番活躍したなら、一晩くらい付き合ってやってもいいぞ」
「なっ!?」
その場にいた全員の息が止まった。
「おい!聞いたかよ!この聖女さんが一晩付き合ってくれるってよ!がーはっはっは!こりゃあ楽しみだ!」
ガボンは目をさらに血走らせ、下品な笑い声を轟かせる。
そして、急にゲスな顔をレーヴァへ近づけた。
「約束は必ず守って貰うぜ、聖女さんよ」
そう吐き捨てると、近くの酒場の椅子にドカッと腰を下ろし、下卑た視線をレーヴァに向けた。
「だ、大丈夫かよ、レーヴァさん。ああ見えてガボンはかなり強いからな……」
「ああ、B級冒険者になるのも時間の問題って言われている実力者だしな」
「……俺も一番になったら、相手してもらえるのかな!?」
「寝言は死んでから言えよ」
ギルド内は、恐怖だけではなく、心配や下世話な好奇心まで入り混じり、異様な熱気に包まれていた。
「――裏を返せば、それほど切迫した状況って事で間違いないかしら?」
だが、その下世話な空気を、鋭い刃物のような声が一刀両断した。
さらに入り口から現れたのは、身の丈に合わないほど巨大な杖を持った、小柄な赤毛の女性だった。
年齢は十五歳前後にしか見えないが、その身体には似つかわしくないほど、全身からピリピリとした濃密な魔力の気配が漂っている。
「おい、あれ!今かなり勢いのあるパーティ『銀の道標』の魔導士じゃないか?」
「ああ、かなりのスピードでC級まで駆け上がったんだっけ」
「名前は確か……こー、へー、ふー……プーパッポンだっけ?」
「キーニルよ!一つも合ってないじゃない!」
キーニルと呼ばれた赤毛の魔導士が、間髪入れずに強烈なツッコミをお見舞いする。
「あー、やけに耳障りな声がすると思ったら、クソガキかよ。さっさと帰って、その辺りのガキとおままごとでもしてろ」
ガボンが、椅子にふんぞり返ったまま呟く。
「あんたがいると、安い香水と獣の匂いが充満して吐きそうになるのよ。あんたこそ、町の外の川で行水でもして、一生この町に入らないで頂戴」
「ああん?」
ガボンが、ギロリとキーニルを睨みつける。
だが、キーニルは「ふん」と鼻で笑い、まったく怯む様子を見せない。
「私はまだ参加するか決めかねているわ。情報が少なすぎるし、他のメンバーは別の依頼でこの町にはいないしね。だから……まずはギルドマスター、正確な状況説明を求めるわ」
「けっ。生意気言って、本当は足手まといだから置いていかれたんだろ」
「はあ!?あんたこそ、その臭い匂いと下品さのせいで、誰にもパーティを組んでもらえないじゃない。万年ソロの素人童貞くん?」
「……この、クソガキがぁっ!!」
ガボンが顔を真っ赤にして立ち上がり、背中の大斧の柄に手をかけた。
キーニルも瞬時に杖を構え、杖の先端に高密度の魔力を集束させる。
「――やめないか」
張り詰めた空気を、ギルドマスターの低く重い声が圧し潰した。
空気そのものが重くなったような錯覚を覚え、二人は舌打ちしながら構えを解く。
「キーニルの言う通りだ。事態は一刻を争うほど切迫している。ギルドの斥候部隊からの報告によると、すでに『奈落の森』で魔物の移動を察知したようだ」
途端に、ギルド内から一切の物音が消えた。
「詳しい到達時間は不明だが……この町までの到達予想は、最短で一日弱、多く見積もっても二日は掛からないといったところだろう」
「……どちらにしろ、そんなに時間は無いわね」
キーニルの言葉に、ギルドマスターは重々しく頷いた。
「その数は、あくまで森の中の魔力反応からの推定だが……恐らく、『数千』規模だ」
――数千。
その数字が落ちた瞬間、ギルド内の空気が凍りついた。
大口を叩いていたガボンの額からすら、ツーッと冷たい汗が流れ落ちる。
「す、数千とか……冗談だろ?」
「『奈落の森』のモンスターだぞ?凶悪なやつだって混ざってるかもしれないのに、それが数千って……」
「無理だ……勝てるわけがない……」
金貨一枚。
治療費無料。
一晩の権利。
そんな目先の欲望も、「数千」という現実の前では、今度こそ霞んでいった。
武器を取り落とす者。
両手で顔を覆う者。
ギルド内の半数以上が絶望に呑まれ、再び出口へと足を向け始める。
このままでは、防衛線すら構築できない。
町の終わりが、現実味を帯び始めていた。
誰もが諦めかけていた、その時だった。
「――発言、よろしいだろうか?」
入り口から、静かに、だが凛とした声が響いた。
絶望に支配されていた冒険者たちの視線が、再び入り口へと集まる。
痛む腹部を押さえながらも、背筋を真っ直ぐに伸ばし、ギルドの敷居を跨いでくる男。
「誰だ、あんた?」
訝しむような視線が、一斉に注がれる。
「失礼する。私はドーザと申す者。こちらにおわす、ロンブリッツ伯爵家三女・テレスタリア様の護衛騎士を務めさせていただいている」
ドーザの紹介を受け、テレスタリアも静かに一歩前へ出て、気品のあるお辞儀をした。
「伯爵家……!?」
冒険者たちが息を呑む。
荒くれ者たちの集まりであるギルドに、上位貴族の令嬢と騎士が直接姿を見せる。
その光景に、冒険者たちは明らかに動揺していた。
「お貴族様が、なんでこんな場所にいるんだよ」
ガボンが警戒心を露わにして突っかかる。
だが、ドーザは一切怯むことなく、透き通るような声で堂々と宣言した。
「今回のラマ・アガールが使用されるに至った一連の流れ、その裏で糸を引いていた者たちの情報……その共有と、我々もこの町の防衛戦に参加させていただくべく、参上した」
絶望に沈みかけていたギルド内に、新たな波紋が広がっていく。
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次回、第55話は【混迷のギルド】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




