第55話:混迷のギルド
参加不参加に揺れ動く冒険者の中から、とうとう参加者を表明するものが現れる。
ガボンはレーヴァの報酬と自身のランクアップ、そしてレーヴァの体目当てという、欲の塊のような男だった。
反して、もう一人の実力者、キーニルが慎重な姿勢を見せつつも的確な判断を見せる。
ぶつかり合う二人だが、「数千」という絶望的な数の魔物のスタンピードを前に、絶望の色が隠せなくなった。
しかし、ドーザとテレスタリアの登場がその雰囲気を書き換える。
絶望と混乱が渦巻くギルド内に、テレスタリアとドーザが足を踏み入れたことで、場には奇妙な沈黙が落ちていた。
しかし、その静寂を破ったのは、粗野な声だった。
「は?そのザマで何ができるってんだよ」
近くの椅子にふんぞり返っていた大男、ガボンが鼻で笑う。
その視線の先には、外壁での激戦を物語るように、全身傷だらけで息も絶え絶えのドーザの姿があった。
「てめぇら騎士は、騎士らしくそのガキでも守ってろよ。ここは俺たち冒険者の領域だぜ」
「おい、ガボン!なんて口の利き方してるのよ!」
見かねた赤毛の魔導士、キーニルが杖をドンと床に突いて牽制する。
「ああ?知らねーよ。こんな非常時に、お貴族様の相手なんかしてられるかよ」
「いや……構わない」
ドーザが痛む腹部を押さえながら、静かに首を横に振った。
「先ほどの爆発の際、私が負傷してまともに戦えない状態なのは間違いない。なにより、今はそんなことで争っている時間が惜しい」
「爆発……?もしかしてあなた達は、あのラマ・アガールが使われた場所にいたのか!?」
ギルドマスターが眉間の皺を深くして身を乗り出した。
ドーザは重々しく頷く。
「いかにも。その際に起こった出来事を、一刻も早く共有すべきだと思い、参じたのだ」
再びギルド内がざわめき始める。
その不穏な空気を断ち切るように、群衆を割って進み出た者がいた。
レーヴァだった。
彼女はテレスタリアの正面に立つと、これまでの粗野な態度が嘘のように背筋を伸ばし、優雅な一礼をしてみせた。
「テレスタリア様。お初にお目にかかります。私はレーヴァ・ルナリアル。この町の治癒院で働いております」
「存じております。いつも町の方々のために尽くしていただき、ありがとうございます」
テレスタリアもまた、完璧な礼で返す。
その光景に、周囲の冒険者たちは目を丸くした。
「おい……レーヴァさん、いつもガサツなのに、あんなにちゃんとした挨拶もできるのかよ」
「普段からは想像できない、完璧な言葉遣いと美しい所作だ……」
「正直、ちょっと惚れたわ」
ひそひそと囁く冒険者たちへ、レーヴァは「ぶっ飛ばしてやろうか」と言わんばかりの鋭い眼光を飛ばす。
しかし、視線をドーザに戻した時の彼女の表情は、熟練の治癒術師のものだった。
「もしよろしければ、騎士殿の怪我、私に治療させていただけないでしょうか?」
「よろしいのですか!?ぜひお願いいたします!」
テレスタリアが、ぱっと顔を輝かせる。
レーヴァは一礼し、ドーザの前に立った。
「貴殿がドーザ殿か。色々と大変だったようだな。治癒を開始していいか?」
「高名なあなたに治癒をしていただけるとは光栄だ。よろしくお願いする」
ドーザが短く息を吐き、痛みに耐えるように目を閉じる。
レーヴァは右目を静かに閉じ、両手をドーザの傷口へとかざした。
彼女の唇から、厳かな詠唱が紡がれる。
「――プールス・ハリトゥス・ヒク・アデスト(清らかなる息吹よ、ここに)……【イアシス】」
次の瞬間、レーヴァの両手から眩い純白の光が溢れ出した。
高密度の聖属性魔力がドーザの巨体を包み込む。
千切れた筋繊維が結合し、流れ出ていた血潮が逆流するように塞がっていく。
生命力そのものを強制的に活性化させる、圧倒的な治癒の波動。
しばらくして光が収束し、霧散した。
「おお……っ!?」
ドーザが己の体を捻り、驚愕の声を上げる。
「これは……!傷が、完治している……!?イアシスで即座に完治できるような浅い傷ではなかったはずだが……。今まで何度か治癒を受けてきたが、これほどの回復力は経験したことがない」
ドーザは深く息を吸い込むと、姿勢を正し、力強く一礼した。
「心より感謝する」
ギルド内に、「おおぉ……」という感嘆のどよめきが広がった。
「すげぇ……体中の傷があっという間に……」
「あれが一年間無料とか、破格すぎる報酬だよな」
「やばい。俺、やっぱり参加しようかな……あの光で癒されたい……」
冒険者たちの間に、先ほどとは違う熱が灯り始める。
そんな中、テレスタリアがそっとレーヴァに近づいた。
「ありがとうございます。このご恩は必ず……!」
「気にしないでください」
「あの……」
テレスタリアは、もじもじと両手を組み合わせ、少し小声で付け加える。
「もしよろしければ、お言葉を崩していただいて大丈夫です。その……先ほど聞こえてきた喋り方からすると、今の言葉遣いは……少し違和感が……」
ドーザも、ばつが悪そうにこくりと頷く。
レーヴァは一瞬目を丸くした後――。
「あーっはっはっは!」
腹を抱えて、豪快に笑い声を上げた。
「なんだ、バレてたか!そうかそうか、ではお言葉に甘えて、いつもの口調でいかせてもらうぜ!」
レーヴァは、そのままギルドマスターの元へ向かった。
「ギルマス。このお嬢ちゃんと騎士の話を聞いてみるのはどうだ?敵の戦力や目的など、貴重な情報が手に入るかもしれないぞ。俺も、話したい事があるしな」
ギルドマスターが深く頷く。
「ドーザ殿と言ったな。今は一刻を争う状況だ。説明は手短に頼む」
ドーザは頷き、あの外壁で起こった事の経緯を、簡潔に、しかし詳細に説明し始めた。
――やがてドーザの説明が終わると、重苦しい空気がギルド内を支配した。
「ナディが……信じられん……」
「いや、やっぱり獣人は獣人ってことなんだろ!だから信用できねぇんだよ!」
「俺は昔から、あいつの目は何か企んでるって怪しいと思ってたんだぜ」
ドーザの説明を終えた後、ギルド内は騒然としていた。
防壁の破壊やノリアの存在など、重大な情報は多々あったが、冒険者たちが最も食いついたのは、身内であるはずのB級冒険者 ナディの裏切りだった。
「俺もナディと対峙したから、この話は本当だ」
レーヴァが付け加える。
「けっ!だからあんな獣人風情をB級に上げるべきじゃなかったんだよ!ギルドの恥だろ!」
ガボンが床に唾を吐き捨てて叫ぶ。
それに反して、キーニルは杖を強く握り締め、唇を噛んでいた。
「ナディさんは……私たちが駆け出しの頃、色々教えてくれて、よくしてくれていたのに……どうして……」
「ナディさん……」
受付嬢のマリエラも、信じられないというように呟く。
「何かあるとは思っていたが…。しかし、彼女の裏に『バールベック』が絡んでいるとはな……」
ギルドマスターが険しい顔で無精髭を撫でる。
「つまり、その東側にレーヴァさんが、西側にはドーザ殿とテレスタリア様がいた、ということだな?」
「ああ。間違いない」
レーヴァが返答すると、二人も頷く。
「西側の外壁に大穴が空いたままというのは、致命的な痛手だな。奈落の森から魔物が一直線に町へ雪崩れ込んでくるぞ」
ギルドマスターがフロアを見渡す。
「土魔法が得意な奴はいないか?キーニルは?」
「私は火と風の適性しかないわよ」
一人の痩せた男が手を挙げる。
「俺は土魔法が使えるが……話からして、その壁の穴は塞げそうだ。だが、強度の高いアースウォールは構築できないぞ。数十分も持たずに魔物に突破されるのがオチだ。それでもいいのか?」
「それでも、何もないよりはマシだろう」
ギルドマスターが苦渋の決断を下そうとした時。
「一つ、提案がある」
レーヴァが一歩前に出た。
「俺が東側で戦った時、もう一人、俺に加勢してくれた奴がいる。そいつをここに呼びたい」
その言葉に、再びギルド内がざわつく。
「誰だ?ナディと渡り合える奴といえば……Aランクの誰かか?」
「いや、筆頭のダーバルニアはこの町にはいない。Bランク以上の高位パーティも、軒並み遠征に出ちまってるぞ」
そこで、全員がハッと顔を見合わせた。
高位のランカーのほとんどが、軒並み遠征の依頼でいないこの状況。
「まさか……誰かが意図的に高ランク冒険者を町から遠ざける依頼を?!」
ギルドマスターの脳裏に、入り組んだ迷路に迷い込んだような感覚が広がった。
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次回、第56話は【聖女の一言は階梯魔法を超える】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




