第53話:金貨一枚と、聖女の『一年分』
ノリアとナディを逃がしたたきび達は、レーヴァと冒険者ギルドで落ち合う約束をする。たきびは異世界初の冒険者ギルドに興奮しながらも、アカシャから中に入る事を止められ、渋々外で待機する事に。
一方、ギルドの中と周辺には、スタンピードという言葉に絶望を覚えるものが続出していた。
ギルドマスターは、険しい表情のまま言葉を続ける。
「本来なら、このような事態には即座に領主命令で『防衛命令』が下る。だが……今回、領主からの通達が一切ない。つまり、この防衛戦は完全に『ギルドからの依頼』という形になる」
「なっ……!?」
冒険者たちの間に、信じ難い現実を突きつけられたような、不穏なさざ波が広がった。
隣で聞いていたドーザとテレスタリアも、顔を見合わせる。
「領主からの依頼が無い……だと?」
「そんな事あるのかよ!領主様は、この町を潰す気なのか!?」
「ってことは、参加は自由って事か!?」
喧々囂々の騒ぎが、再びギルド内を包み込んだ。
怒りに任せて武器を床に叩きつける者もいれば、逆に憑き物が取れたような顔で出口へ向かおうとする者もいる。
「言った通り、これはギルドからの依頼だ。そのため、参加・不参加は個人の自由に委ねる。……だが、ギルドからの報酬は、魔物一匹の討伐につき『金貨一枚』を約束しよう」
うおおおっ!!
地鳴りのような歓声が上がった。
「き、金貨一枚!?普通、コボルトでも銀貨二枚か三枚だろ!破格なんてもんじゃねえぞ!」
「嘘だろ!?本当にそんな金払えるのかよ!?」
金貨一枚。
その価値がどれほどのものなのか、冒険者たちの目の色が変わったことを見れば明らかだった。
「もちろん、討伐数ではなく、救護などで貢献した者にもいつも以上に報酬を出すように配慮する。『チーム』として当然だからな。」
「それじゃあ、私の防御魔法も評価してもらえるってこと!?」
「錬金術師の俺でもか!?色々金が掛かるから、それなら助かるな!」
死の恐怖を、一瞬で金への欲望が塗り替えていく。
ギルド内は、異様な興奮のるつぼと化した。
だが――。
「俺は、降りるぜ」
熱狂に水を差すような、酷く冷たく乾いた男の声が響き渡った。
声の主は、入口近くの柱に寄りかかっていた、狩人風の軽装を纏う男だった。
鋭い眼光を持つその男が口を開いた瞬間、周囲の冒険者たちがハッと息を呑む。
「おい、あれ……B級冒険者のイングヴェイじゃないか?」
「『鷹の目』のイングヴェイか……!彼が降りるなんて……」
熱に浮かされていた冒険者たちの声が、急速に冷え込んでいく。
「普通の町や森ならともかく、ここは『奈落の森』のすぐ傍だ。あの森に向けて、狂響鈴が使われたんだぞ?……その時点で、この町は詰んでる」
イングヴェイが冷徹な事実を突きつけると、ギルド内は水を打ったように静まり返った。
「そうか。お前のような腕利きには参加して欲しかったのだが……強制はできん。仕方ない」
ギルドマスターが、奥歯を噛み締めるように低く呟く。
「……そうだよな。ここ、ベルシアだもんな」
「あの『奈落の森』の異常な魔物たちが、大群で押し寄せてくるのか……。確かに、いくら金貨を積まれても、命がなきゃ使えねえ」
金貨の魅力も、『奈落の森』という現実の前では無力だった。
先程まで武器を握り直していた者たちの腕が力なく垂れ下がり、絶望の空気が再び伝染していく。
「ギルドマスター、悪い。俺も降りるわ」
「俺も……」
潮が引くように、一気に人の波が出口へと向かい始めた。
「ちょっ、ちょっと皆さん!待ってください!この町がどうなってもいいんですか!?」
ギルドマスターの脇に立っていた、若く小柄な受付嬢が悲痛な声を張り上げる。
「マリエラちゃん。俺達は冒険者だ。死に場所くらい、自分で決める権利がある」
「で、でも!!この町には、皆さんがいつもお世話になっている方もいるんじゃないですか!?」
「……悪いな」
「そ、そんな…」
受付嬢のマリエラの涙ながらの訴えにも、冒険者たちは目を背け、重い足取りでギルドを出ようとする。
「ギルドマスター!いいんですか!?このままじゃ……!」
「……領主からの魔物討伐への強制参加の伝令が無い以上、冒険者が依頼を受けるかどうかは、その者の自由だ」
ギルドマスターは、眉間にシワを寄せながら目を伏せた。
誰もが、この町の終焉を悟った――その時だった。
「俺は参加するぜ」
ギルドの入り口の扉の方から、透き通るような、だが荒々しい声が響き渡った。
撤退しようとしていた冒険者を含め全員の視線が、一斉に入り口へと釘付けになる。
「治癒院も経営がなかなか厳しくてな!ここでガツンと稼がせてもらうぜ!」
肩をブンブンと回し、首の骨を鳴らしながら堂々と入ってきたのは――。
「レーヴァさんだ!」
「うわ!レーヴァさんが参加するのかよ!?」
「数少ない、元Aランクのトップ冒険者だぞ!」
「元聖女様が、前線に出るってのか!?」
ざわめきが、先ほどとは違う種類の熱を帯び始める。
その声を聞き留めたレーヴァの耳が、ピクッと動いた。
「おい、そこのお前。俺は『元』聖女じゃない。『現役』の聖女だぞ」
射抜くような鋭い視線が、一人の冒険者を貫く。
「ひぃっ!し、失礼しました!!」
「わかればいいさ!」
レーヴァは上機嫌に笑うと、後ずさる冒険者たちの波を真っ二つに割るように堂々と歩き、ギルドマスターの正面へと進み出た。
「冒険者は引退して治癒院を開いてるが、冒険者カードさえ持っていれば、依頼は受けられるんだよな?」
「もちろんだ」
ニヤリと不敵に笑うレーヴァに対し、現役Aランクの巨漢であるギルドマスターが、深々と頭を下げる。
「レーヴァさん。……助かる」
その光景だけでも、彼女がギルドからどれほど信頼されているのかは十分に伝わった。
張り詰めていた空気が、彼女の登場によってほんの少しだけ緩む。
だが、レーヴァはただ参戦を表明するだけでは終わらなかった。
一度ギルド内をぐるりと見渡した彼女は、逃げ腰になっていた冒険者たちへ向けて、ニヤリと口角を吊り上げる。
「そうだ。お前らの中で、今回の防衛戦に参加して最後まで生き残ったやつは、好きな時から一年間、俺の治癒院での治療をタダにしてやるよ」
ピタリ、と。
出口へ向かっていた冒険者たちの足が、魔法にでもかけられたように止まった。
「う、嘘だろ!?」
「おいおい……金貨一枚に加えて、あのレーヴァさんの高度な治癒魔法が一年間無料だと!?」
「かすり傷から骨折までどんな傷までタダってことか……!?とんでもねえ報酬が追加されたぞ……!」
冒険者たちにとって、凄腕の治癒術師による治療は、金貨にも代え難い命綱だ。
雪崩を打って逃げ出そうとしていた荒くれ者たちの目に、再びギラギラとした野心と闘志の火が灯る。
「そりゃいい話を聞いた!!俺も参加するぜ!!」
ギルド内の熱気が最高潮に達しようとしたその時、入口から空気を震わせるような声が響いた。
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次回、第54話は【迫る魔物、集う者たち】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




