第51話:神を欺く者 後編
ノリアとナディは、自分たちの理想をたきびに伝える。たきびは二人の理想を肯定する面を見せた。
すぐさま、ノリアは自分達の仲間にと、たきびを勧誘する。
はたして、たきびの出した答えは?
「いいだろう」
俺は、瓦礫が散乱する惨状の中心で、ノリアの目を真っ直ぐに見据えて言った。
「たきびさん!そんな!そんなっ!」
「くっ、たきび殿……!」
背後から、テレスタリアさんの悲鳴にも似た声と、血を吐くようなドーザさんの呻きが聞こえる。
だが、ノリアの反応は違った。
「ああ!流石です!たきびさん!」
ノリアの端正な顔が、狂気じみた恍惚に歪む。
まるで何かに惹きつけられるように、彼女は俺へ歩み寄ってきた。
隣に立つナディも、一気に顔を輝かせている。
ピンと立った虎耳が揺れ、背後の尻尾が嬉しそうに左右へ振られていた。
「やはり、あなたは邪神様に愛されし方……!私たちの崇高な理念を、理解していただけるのですね!」
「まあ、俺もこの町に来てから、さんざんな目に遭ってるからな」
「ええ、そうですとも!許せませんよね!魔力が少ない者を虐げる、この腐りきった世界など……!」
熱に浮かされたように語るノリアが、白く細い手を俺へ差し出す。
俺の手を握り、同志として迎え入れようとするその指先が触れる寸前――。
「――ただし、条件がある」
ピクリ、と。
ノリアの手が空中で不自然に停止した。
「……条件?」
声の温度が、スッと数度下がったのが分かった。
俺は小さく頷き、静かに、だが明確な意志を込めて言い放つ。
「ラマ・アガールの効果を消せ。今すぐにだ」
その瞬間、空気が凍りついた。
ノリアの瞳孔が開き、ナディの尻尾がピタリと動きを止める。
そして、狂信的な熱を帯びていたノリアの顔が一変した。
「……いきなり、何をおっしゃいますの?」
先程までの明るい声は消え失せ、冷たく無機質な声音が空気を震わせる。
俺はその冷気に臆することなく、言葉を続けた。
「この町には、俺やナディのように、魔力が少ないってだけで差別されたり、理不尽に虐げられている人はたくさんいるのか?」
「それはもう!たくさんおりますわ!彼らは毎日、血の涙を流して苦しんでいるのです!」
「へぇ。で、その人たちはどうやって助けるんだ?」
「!」
ノリアが小さく息を呑んだ。
「あんたらの言う『邪神様』は、そんな虐げられた人たちが住みやすい世界を望まれているんだよな?」
「……」
「じゃあ、なんでその人たちごと、この町を魔物の群れで消そうとするんだよ。テレスタリアお嬢様だって、まだここにいるんだぞ」
「!!それは……」
ノリアの理路整然としていた言葉が詰まる。
俺は、その隙を逃さなかった。
「おっと。『大義を成すには犠牲が必要』とか、『新しい世界の礎になれるなら幸せ』とか……そんな陳腐なセリフはやめてくれ。もう聞き飽きてるからな」
「……たきび」
ナディが、困惑したように俺の名を呼んだ。
その純粋な瞳が揺れている。
「ナディ。君が過去にどんなに辛い思いをしたか、俺には想像もつかない。今はその話を聞く時間もない」
俺はナディを真っ直ぐに見つめる。
「でもな、この町には君と同じような境遇で、必死に生きている連中もいるはずだ。その人たちまで無差別に殺すことが、君のやりたいことなのか?」
「あ……あ……」
ナディの喉から、掠れた音が漏れる。
何かを言い返そうとしているが、言葉が出ない。
その肩が、小刻みに震え始めた。
「ノリア。今すぐ鈴の効果を止めろ。そうすれば、仲間になるよ」
瓦礫の山に、重苦しい沈黙が降りた。
風が吹き抜け、破壊された外壁の粉塵が舞う。
数秒の膠着状態の後、ノリアがゆっくりと俺から後ずさった。
「ナディ。行きますよ」
「っ!?」
ビクン、とナディの身体が跳ねる。
「あ……で、でも……」
迷いを見せるナディ。
どんなことにも物怖じする素振りを見せなかった獣人の女性とは思えない豹変ぶりだった。
ノリアが冷酷な声で叱責する。
「あなたとあなたの家族が、かつてどのような惨い仕打ちを受けたか……忘れたのですか!!」
ビクッ、とナディの身体が硬直する。
彼女は大きく目を見開き、それ以上何も言えず、ただ石畳へ視線を落とした。
「……交渉決裂……でいいんだな?」
俺が低く尋ねると、ノリアは氷のように冷たい視線をこちらへ向けた。
「残念ですわ。あなたはとても物分かりのいい方だと期待していたのですが」
無機質な表情から吐き出される、確かな侮蔑。
「俺は、自分が納得いかないことは絶対にやらない主義でね」
「ならば……私たちの正義がこの世界を根底から変革する様を、せめて天から見守っていてくださいな」
そう言い残し、ノリアが振り返る。
俯いたままのナディの肩に手を置き、もう片方の手を懐へ差し入れた。
――逃がすかよ!
俺は思考よりも早く、『シフトチェンジ』を発動した。
ノリアの背後へ肉薄する。
その腕を掴み、物理的に拘束する――はずだった。
「痛いっ!!」
「なっ!?」
俺の手の中にあったのは、ノリアの細い腕ではない。
華奢な衣服の感触。
声の主は――テレスタリアさんだった。
「マスター!右です!」
脳内でアカシャの警告が響く。
反射的に視線を振ると、そこには――
さっきまでテレスタリアさんがいた場所に立つ、ノリアとナディの姿があった。
シフトチェンジ……!?
いや、違う。
俺のシフトチェンジとは何かが違う。
「それでは、ごきげんよう、皆様。そして……さようなら」
ノリアが懐から取り出したのは、黒く濁った宝珠のような物体。
それを握り潰した瞬間――。
強烈な閃光が周囲を包み込んだ。
「待てっ……!」
まばゆい光に網膜が焼かれ、視界が白く飛ぶ。
くそ!
「アカシャ、追跡は!?」
『マスター、申し訳ありません。強固な防壁のような力に阻まれ、失敗しました』
追跡用の極小ゴーレムも取り付けられなかったか……。
数秒後。
ようやく目が慣れてきた頃には、瓦礫の山にノリアとナディの姿はなくなっていた。
「たきびさん……」
俺は、テレスタリアさんの腕を強く掴んだままだった。
「あ、すみません!怪我はありませんか!?」
慌てて手を離す。
「はい。私は大丈夫です。それより、あの二人は……?」
俺は無言で首を横に振った。
「た、たきび殿……」
瓦礫を支えに、ドーザさんがふらふらと立ち上がり、こちらへ向かってくる。
「ドーザ伯父様!」
テレスタリアさんがすぐに駆け寄り、その屈強だが傷だらけの肩に身を寄せた。
「すみません、ドーザさん。取り逃がしました」
「いや……私こそ、こんな無様な有様で申し訳ない。まさか、あのノリア殿が裏で糸を引いていたなど……」
テレスタリアさんの顔が、絶望と疲労で暗く曇る。
その瞬間――。
俺の頭の中に、鼓膜を直接叩くような爆音が響いた。
『たきび!聞こえるか!返事をしろ!』
「うわっ!?」
思わず耳を塞ぐ。
『ようやくか!どうした、ナディは!?急にそちらの音が聞き取れなくなって心配したぞ!』
あ、やべ。
戦闘の邪魔になるかと思って、スキルを切っていたんだった。
アカシャ、繋ぎ直してくれたんだな。
ありがとう。でも、次からは音量が大きいときは、フェードインをしてくれると助かるかな。
『……善処します』
アカシャの少し呆れたような思念が返ってくる。
あと、ドーザさんとテレスタリアさんにも状況を共有したいから、双方でコミュケーションを取れるように調整をお願いできる?
『問題ありません。——エア・ゴーレムを設置。調整しました。』
さすが!助かるよ。
俺はレーヴァさんに話し始めた。
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次回、第52話は【死の宣告】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




