第50話:神を欺く者 前編
西側で起こった爆発の犯人はノリアだった。以前とは全く違う雰囲気で、ドーザとテレスタリアに接するノリアに、二人は困惑する。
ノリアの暴走は止まらず、ラマ・アガール(狂響鈴)を利用して町を破壊しようとしていた。
彼女を止めに入ったドーザも負傷し、テレスタリアも希望を失いつつあった。
「――っ、ドーザさん!大丈夫ですか!?」
ナディとの交戦を終えた直後だった。
鼓膜を揺らしたのは、西側から響いてくる不吉な鈴の音。
俺はすぐさま、ドーザさんの肩に取り付けたエア・ゴーレムへ思念を飛ばす。
『――たきび、殿か』
掠れたドーザさんの声が返ってきた。
だが、その息遣いは明らかに荒い。
「ドーザさん!」
『単刀直入に言う。狂響鈴……魔物を引き寄せる邪悪な魔道具が鳴らされた。すぐに対策を講じねば…ぐは!』
「ドーザさん!?」
今は情報を整理する時間すら惜しい!
「アカシャ!」
『座標確認。対象領域へのエア・ゴーレム、設置完了しました』
即座に脳内でアカシャの機敏なアナウンスが響く。
俺はすぐ傍らに立つレーヴァさんへ向き直った。
「すみません、レーヴァさん!ナディの事を頼みます!肩に通信用のエア・ゴーレムを取り付けていますから!」
「お、おい!ちょっと待て――!」
制止の声も最後まで聞かず、俺は空間の位相をずらす感覚で『シフトチェンジ』を発動した。
――たきびの姿が消えた直後。
レーヴァはナディへ視線を戻した。
猛烈な覇気が、ナディの身体から吹き出し、肉体が変貌する気配。
「……そうなるよなぁっ!たきびのやつ、後で絶対に覚えてろよ……!」
彼女も、ゆっくりとナディへ向かって歩き始めた。
――転移した先で、最初に目に飛び込んできたのは、絶望的な光景だった。
右手には、砕けた瓦礫の上に膝をつき、呆然とするテレスタリアさん。
左手には、壊れた外壁の残骸へ激しく叩きつけられ、胸を押さえて吐血するドーザさん。
そして、その惨状の中心に立ち、黒銀の不気味な鈴を指先で弄ぶ人物。
「あら……これは、たきびさん」
その人物から、聞き覚えのある声が響いた。
頭部には、まるで雄羊のように渦を巻く、不気味で力強い漆黒の角。
しかし、右側のそれは、根元から痛々しくへし折れている。
「……どちら様で?」
俺に角の生えた知り合いなんていない。
「ひどいですわ。あなたまで私のことが分からないなんて」
『該当個体の生体特徴および骨格パターンより照合。「ノリア」です』
「はぁ!?ノリア……!?」
アカシャの即答に、思わず声が出た。
「あら、思い出してくださいましたのね」
角の強烈なインパクトに目を奪われていたが、よく見れば、その目元も唇の輪郭も――間違いない。
あの真面目で意地悪だった、『The教育係』の顔だ。
ノリアはニヤリと口角を吊り上げた。
かつて見せていた嫌味な態度は微塵もない。
そこにあるのは、凄絶な余裕だった。
「…どんな状況だよ、これ…」
「たきびさん!」
希望を無くしたような雰囲気だったテレスタリアさんが、声を張り上げる。
「今回の事件の裏で、ノリアも動いていたのです!詳しい話は、今は――!」
ノリアも動いていた?なんなんだよ、全く…
でも確かに、サスペンスのワンシーンのような考察をしている場合ではないな。
この異常事態を収束させることが最優先だ。
俺は頷くと頭を掻きながら気だるさが乗った声を出す。
「で?そのノリアさんが、どうしてテレスタリアさんやドーザさんを襲うんだ?」
「嫌ですわ。私が愛しいお嬢様を傷つけるはずがございませんでしょう?」
ノリアは左手首を優雅に回し、柔軟体操でもするように肩を竦めてみせる。
「まあ……ドーザ様は私の計画の邪魔をしようとされましたので、少し黙っていただきましたけれど」
あのドーザさんを、片手で吹き飛ばしたって事か!?
『対象の頭部形状および魔力痕跡より推測。ノリアは「鋼角族」だと思われます。過去に「マナ・フォールアウト」を開発した種族です』
脳内に重苦しいアナウンスが響く。
古代種!?
しかも、マナ・フォールアウトを開発した!?
……また、とんでもないパワーワードが出てきたな!
あいつのステータス、詳細に解析鑑定できるか?
『……干渉を検知。何らかの力により遮断され、解析不能です』
「あらあら、たきびさん」
ノリアが表情が少し艶っぽくなる。
「レディの秘密を勝手に暴こうとするなんて、あまり感心できる趣味ではありませんわね?」
「……!」
アカシャのスキルの気配を、瞬時に察知された!?
どうやって……?!
ノリアの不気味さに、俺は嫌な汗が出るのを感じた。
「俺は美しい女性には滅法弱くてね。少しでも情報がないと、嫌われてしまわないか心配で仕方ないんだよ」
「ふふ。まだお若いのに、面白い冗談ですこと」
ノリアが、くすりと笑った。
――その一瞬。
俺は思考よりも早く、『シフトチェンジ』を発動した。
空間を跳ぶ。
コンマ数秒でノリアの懐へ肉薄すると、その細い指先から黒銀の鈴――『狂響鈴』を奪い取った。
そして超高速で元の位置へ転移し、再び間合いを取り直す。
「あら……鈴を奪われてしまいましたわ」
よし。軽口作戦成功!
――しかし、なんだ、あの余裕は?
手元から鈴が消えたというのに、まったく動じていないな…
俺は眉間にシワをよせた。
◆
一方、東側の外壁エリア――。
そこでは聖女レーヴァが、完全に獣化したナディと対峙していた。
低い呻き声を漏らしながら間合いを詰めてくる怪物。
それに対し、レーヴァの全身から膨大な聖属性の魔力が爆発的に吹き荒れる。
「――顕現せよ。【スクレピオ】!」
レーヴァが叫ぶ。
すると空間に、荘厳な光の扉が現れた。
溢れ出る神聖な光の中から滑り出してきたのは――一本の重厚な長杖。
大木の枝をそのまま切り出したかのような、武骨な造形。
その周囲には太い蔦のような構造が複雑に巻き付き、先端には尖った蛇の頭部が模されているが、その瞳は鷲のように鋭く光っていた。
およそ聖女の携える武器とは思えない程の不気味な威圧感。
それでありながら、杖全体からは、世界のあらゆる痛みを癒やすような波動が出ているかの如き荘厳さを感じる。
暴走していたナディですら、その圧倒的な神聖さに押され、一瞬絶句した。
「ナディ……手加減はしてやれないぞ!」
レーヴァが長杖を突き出す。
先端にある蛇の口内へ、高密度の光素が集束していく。
「第四階梯魔法――【スクラープ・ベルク】!」
閃光のような極太の光線が弾け飛び、ナディの足元を射抜いた。
ナディは野性的な直感でそれを跳び越える。
しかし、レーヴァは間髪入れずに杖を横一閃に振るった。
「安心しろ!切断した足は、後でしっかり接合してやるから、よっ!」
貫通光線がそのまま巨大な光の刃となり、横薙ぎに追従する。
「がるっ!?」
ナディは空中で無理やり体勢を捻り、毛が焦げた匂いと共に、紙一重で切断光線を躱す。
着地した瞬間、ナディは地を蹴り、レーヴァの懐へ超高速で突進した。
「チッ……!」
この至近距離でスクラープ・ベルクを照射し続ければ、後方に倒れている負傷者を巻き込む可能性がある。
レーヴァは即座に光線を打ち消し、自ら前方へ踏み込み、その重厚な長杖を両手で引き絞る。
「――シッ!」
鋭い吐息とともに、杖が叩き込まれた。
聖女というより、熟練の闘士を思わせる凄まじい速度と破壊力。
だが、ナディは流れるような身のこなしで、その一撃を滑るようにかわした。
そして――レーヴァは突風を頬に感じた。
「……しまっ!?」
振り向いたレーヴァの視界の中で、四足走行へ移行したナディの背中が急速に遠ざかっていく。
ターゲットは、最初からレーヴァではなかった。
追撃が間に合わないと悟ったレーヴァは、肩へ視線を落とした。
◆
俺は、その余裕に嫌な予感を覚えた。
その瞬間――
脳内でアカシャの声が弾ける。
『奪取した「狂響鈴」の魔力構成が暴走しています!魔力爆弾として自壊プロセスに突入しました!』
やっぱり何か仕込んでたかよ!
「アカシャ!物理・熱・圧力を完全に封じ込める多重防壁の計算を!」
『了解。三層のゴーレム防壁を構築を推奨。内層をエア・ゴーレムで衝撃を吸収、中層をウォーター・ゴーレムで冷却、外層で残存物理圧力を封殺。各ゴーレムの必要強化倍率、五十倍』
奪った鈴を、すぐさまアカシャの指示通りに錬成・強化したゴーレムで覆う。
目の前には、あたかも大事なものを抱え、泣き崩れるようなゴーレムの姿があった。
『カウントダウン……3、2、1……来ます!』
ド―――ン……。
高密度に密閉された防壁の内部から、低く籠もった振動が伝わってきた。
本来なら、この周辺一帯を跡形もなく吹き飛ばすはずだったであろう破壊力は、重いものが地面に落ちた程度の揺れがあっただけ。
ざまぁみろ!
きっとノリアは眉間にシワを寄せて――
しかし、ノリアは腹を立てるどころか、優雅にパチパチと拍手を送ってきた。
「本当に素晴らしいですわ……!」
「何が素晴らしいだ……!お前、テレスタリアさんを傷つけることはしないんじゃないのか!?」
「傷付いてないではありませんか」
にやけ顔に、こいつ…!と思った瞬間、レーヴァさんの声が脳内へ響いた。
『たきび!ナディを取り逃がした!あいつ、獣化したままそっちに向かってるぞ!』
「なっ……!」
ナディまで来るのか!?
最悪のタイミングだ。
俺は警戒を跳ね上げ、四体の『マッド・ゴーレム』を素早く錬成した。
ノリアを取り囲むように配置する。
「おふざけはここまでだ、ノリア。観念しろ」
しかし――
ノリアの瞳には、恐怖など微塵もなかった。
そこに宿っていたのは、ただ恍惚とした熱狂。
「あなた、邪神様に、よほど愛されていらっしゃいますのね」
ノリアは、うっとりと俺を見つめた。
「……邪神、様……だと?」
思わぬ単語に、俺は眉をひそめた。
「ええ!私たちは邪神様を心より敬愛しておりますの」
何を言っているんだ、こいつは?
「お前、以前会った時は、俺のことを散々『下賤な存在』だと見下していただろうが!」
ノリアは表情を崩した。
そして淑女のように、深々と頭を下げてみせる。
「その節は、大変失礼いたしました。たきびさん」
顔を上げたノリアは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「そう振る舞わなければ、私の長期計画に支障をきたしてしまいましたので」
「計画……?」
ノリアの声が、静かに響く。
「私は……この世の『魔法至上主義』を終わらせたいと思っていますの」
その言葉が落ちた瞬間、風を切り裂く音が近づいてきた。
凄まじい跳躍力で姿を現したのは――獣化状態のナディだった。
俺とゴーレムの陣形に影を落とし、ノリアの隣へ着地すると、スッと身体の肥大化を解き、元の美しい虎獣人の姿へ戻った。
「……ノリア。失敗した」
「そのようですね」
ノリアは冷ややかな、だが慣れ切った視線をナディへ向けた。
「まあ、想定の範囲内ですが……今後はもう少し慎重に行動してくださいね」
「……うん。ごめん」
しおらしく俯くナディ。
「お前たちは……一体何なんだ?」
俺の問いかけに、ノリアは胸へ手を当て、誇らしげに告げた。
「私達は――【デア・ドゥペル】」
ノリアの瞳が妖しく輝く。
「邪神様を掲げ、魔法至上主義を終わらせるために立ち上がった結社ですわ」
「要するに……魔力が強い者を打倒し、魔力が少ない者や、虐げられた者への差別をなくしたいってことか?」
「そうです!」
ノリアの顔が、ぱっと華やいだ。
「たきびさん、あなたなら理解していただけますわよね!?」
一歩、俺へ近づく。
「魔力が少ないというだけ蔑まされ、奪われ、ゴミのように扱われる理不尽を!」
ノリアの叫びには、吐き気がするほど純粋な怒りと執念が籠もっていた。
「魔力を持つ者たちが世界を牛耳り、悦を得るためだけに差別を行う腐敗の連鎖……今の世界は狂っています!」
その声は、まるで演説のように響き渡る。
「だからこそ、世界は変わらなければならない!」
ノリアは両手を広げた。
「魔力なき者が世界の上に立つことで、真の平等が訪れるのです!邪神様も、それを望んでいらっしゃいます!」
その瞳に宿る光は、自分たちこそが被害者であり、世界を救う正義なのだと、そう疑うことすらしない、信念。
「たきびさん……あなたも私たちの仲間になりませんか?」
ノリアは俺に向かって、美しく手を差し伸べた。
「私たちと共に、世界を変えましょう!あなたにとって、住みやすい世界を作るために!」
その声は、優しかった。
「な……っ!?」
瓦礫の陰で息を殺していたドーザさんとテレスタリアさんが、目を見開く。
「……私も、たきびに仲間になってほしい」
ナディもまた、真っ直ぐな瞳で俺を見つめていた。
確かに、ノリアの主張は、一面の真実を突いている。
魔力の有無、強弱で人間の価値が決まる社会。
そんな世界がおかしいことくらい、俺だって感じているし、ここに来て散々思い知らされた。
フラーさんや、テレスタリアさんが受けてきた仕打ちを見れば、尚更だ。
俺は静かに振り返り、ドーザさんとテレスタリアさんの顔を見る。
二人とも悲痛と困惑、不安がグシャグシャに入り混じったような表情を俺へ向けていた。
俺は彼らを助けるために、ここへ来た。
だが――
目の前の二人もまた、確かに存在する理不尽な世界と戦おうとしている。
「…………」
『……マスター』
アカシャの静かな声が聞こえる。
俺は、展開していた五体のマッド・ゴーレムへ意識を向けた。
結合を失った無数の土塊が、地面へ落ちていく。
爆発を防いだ一体の内部からは、粉々に砕けた鈴が、今だに禍々しさを漂わせていた。
「た、たきび殿……!」
ドーザさんの声には、明らかな不安が滲んでいた。
静寂が、現場を支配した。
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次回、第51話は【神を欺く者 後編】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




