第5話:邪神のスキルを選んだ者は、この世界に必要ない
永灯を無事転生させ、もう一つの約束を守った自称神だが、自身の世界に帰ると永灯が本来行くべき場所とは違う場所にいる事をしり、愕然とする。丁度そこに新たな神が現れて…
自称神と新たな神の思惑とは?
「……本当に、調子のいい人でしたね」
永灯が光の粒子となって消え去った真っ白な部屋で、自称神はぽつりと呟いた。
最後にまさか、あんな直球の感謝を──ついでに謎の「童貞云々」という暴言も──残していかれるとは思わなかったのだ。
「私の願いが叶うといいのですが……ふふ、神の私が人に願うなんて」
自称神はゆっくりと後ろを振り返る。
「さて、最後に残された依頼をこなしましょうか」
それは、永灯がスキル選びで苦戦している最中の出来事だった。
『なあ、一つお願いしたい事があるんだ』
『お願い事が多い人ですね。転生特典も付けたではないですか』
『うん。それには感謝している』
『……話だけでも聞きましょうか』
『俺の、友人達への思いを伝える事はできないかな』
『ご友人への?』
『ああ。昔からの友達やキャンプ仲間にお別れを言いたいんだ』
『……できません。それはそちらの世界の、神の領域の話。キャンプ場に関してはこちらの世界に話が通してあるので関与できますが、死後のメッセージに関しては管轄外なのです』
『……まあ、そうだよな。突然別れが訪れた人が、みんな同じような事をできたら大変だもんな。変な頼み事して悪かった』
スキル選びを再度始めた永灯の魂を、神は見つめていた。
『……一人だけです』
『え?』
『一人だけに、お別れを伝える許可を貰いました』
『ほんとか!? 掛け合ってくれたのか!?』
『あなたが生きていた世界の輪廻から外れる……それは文字通り、二度と会えない事を意味します。その事を考慮して頂けたみたいです』
『……そっか! やはり地球の神様も優しいな!』
『ええ。我々よりもずっと』
『そうか? あんたも優しいと思うよ』
『なっ! またそんな事を言って! 調子がいいのもいい加減にしてください!』
『はは。じゃあ、お別れの言葉を──』
そんなやり取りがあった事を懐かしく思い出しながら、彼は永灯の友人へのメッセージを、現世のスマートフォンへ送信した。
「本当にあんな文面で良かったのでしょうか? どうやらご友人は、死後の世界の話も普通に受け入れてくれる心の広い人、というお話でしたが……」
友人のスマホにメッセージが届いたのを見届けた自称神は、静かに微笑む。
「依頼は果たしましたよ、永灯さん」
そう言って彼が狭間の世界から姿を消すと、モニターの電源が落ちるかのように空間が閉じた。
◆
時を同じくして、地球。永灯の友人のスマホの通知音が鳴る。
『〇〇。詳しい事は伝えられないんだけどさ、俺、本当に転生する事になったよ(笑)
恐らくクマに殺された事になっていると思うけど、実際は魔物だぜ。笑っちゃうよな。
もし、俺絡みの色々な理由でキャンプをする事を躊躇っているなら、それは俺の本意じゃない。なぜなら俺は異世界でもキャンプする予定だからさ。
だから、仲間とキャンプ続けてよ。で、夜、乾杯してくれ。俺も異世界で乾杯してるからさ。
今まで本当にありがとうな。またいつかキャンプにいこうぜ!』
友人は、ただ静かに空を見上げていた──。
◆
狭間の世界から、神々の座す絶対空間【アルチェリンガ】に戻った自称神。
「永灯さんは、早速インベントリのテントギアを使ってキャンプでもしているんでしょうか。ふふふ」
荘厳な椅子に腰掛け、地上を見渡す事のできる神代アイテム【ミルー・ヌガラル(現世の鏡)】で様子を窺おうとした、その瞬間。
「──っ!?」
彼は椅子から激しく立ち上がった。
「なっ、これは……!? 私が転送させた座標と違う! ここはまさか!」
目の前にホログラムのような地球儀が現れ、一箇所だけ、血のように不気味な赤色で光る点が映し出される。
「奈落の森──【ムルジュ・カルタ】だと!?」
神である彼でさえ、焦燥の表情を隠すことができない。そこは地上の危険地帯でも最悪の場所の一つ。高脅威レベルの魔物が跋扈し、生きて帰ることは不可能とされている、まさに地上の奈落。
「どういうことだ……!?」
確かに私は、永灯さんの要望通り、かなり安全で街も見えるような森に転移させた。それなのにどうして。
「インターセプト(割り込み)か? いや、私が転生魔法を発動した時には、何の違和感も無かった!」
わからない。しかし、このままでは間違いなく永灯さんは──! 何とかしなければ!
防衛の介入術式を展開しようとした、まさにその時。
「これはこれは、ワラン殿」
奥から、とても艶めかしい、しかし絶対的な威厳を孕んだ女性の声が響いた。
「!」
声のする方を向くと、非の打ち所がない整った容姿の女性が歩いてきた。零れ落ちそうな胸、曲線美が美しい腰、引き締まった臀部をさらに際立たせる赤と黒のドレスを纏った、黒髪ロングの女性。まさにこの世のものではない、圧倒的な美を放っている。
「お久しぶりですね。しばらくここにはいらっしゃらなかったようですが?」
「……はい。【ヨルング・ティナ・プルカ(神々の千年戦争)】の余波を調査しに行っておりました」
「そうでしたか。さすが【空神 ワラン・バイアミ】殿。空間を駆ける力は、本当に世界の守護をするのにふさわしいですね。しかし、ようやく戦争が終わり五〇〇年も経ったというのに、まだ影響が出ているとは嘆かわしい事ですね」
天上の神々すべてを魅了せんばかりに、吸い込まれるような金色の瞳が妖しく潤んだ。
「それで、今は【ミリンガ】の様子を?」
自称神の名は、ワラン・バイアミ。永灯が転生した世界ミリンガを創造した十柱の中の一柱であり、「空」を司る神であった。
「……」
「何かございまして?」
「いえ。ただ、異変が無いかの確認を。それよりミリン殿は、なぜこの空の神殿に?」
彼女の名前は、ミリン・パンガ。彼女もまた十柱の中の一柱、「魔」を司る神だ。
「ミリン、と呼び捨てになさって下さいと何度もお話ししているではありませんか」
艶めかしい声で呟く。
「……」
「うふふ、いけずですわ」
地球儀のホログラムに目をやるミリン。
「ムルジュ・カルタに何か?」
「……あそこの魔物は世界でも最悪クラスの脅威。何か異常があれば他の生態系に多大な被害が出るため、定期的に監視しているだけです」
「あらあら、他にも同じような危険な地域はありましてよ?」
「もちろん、他も定期的に見ています」
「こんな事を言うのはおこがましいですが──」
ゆっくりとワランに近づき、耳元で囁くように言葉を落とす。
「たとえ世界が滅びの道を辿るような流れになっても、独断で勝手に地上へ力を行使する事は禁止されております」
「……」
「もし、その禁忌を破れば……あの『邪神』のように…」
「わかっています」
少し食い気味に返事をするワランを見つめ、ミリンは妖艶に微笑んだ。
「そうですよね。ワラン殿に限って知らないという事はありませんよね。私とした事が差し出がましい事を。大変失礼いたしました。」
「……」
「ワラン殿とは末永く、いい関係を続けていければと思っておりますの。お役目大変かと思いますが、息抜きもして下さいましね」
「……ありがとう、ございます」
「そうそう、今度ぜひ魔の神殿においで下さいませ。私の信者が奉納してくれた美味しいお茶がございますので、ぜひご一緒に」
「……」
「それではまた、ごきげんよう」
にっこりと微笑み、その場を去るミリン。その背中を、ワランは険しい顔で見つめていた。
「……君が、それを言うのか」
これではっきりした。永灯さんをムルジュ・カルタに再転送させたのは、ミリンだ。どうやったかはわからないが、間違いない。そして今、暗に釘を刺されたのだ。──永灯の手助けをするな、と。
ワランは美しい顔をさらに歪めて、拳を握りしめた。
「そこから救い出せず、すいません、永灯さん……。どうか、ご無事で……」
そっと、【ミルー・ヌガラル】から永灯の姿を消した。
◇
魔の神殿に帰還したミリンは、神座に深く腰掛け、満足げに微笑んでいた。
「お飲み物を」
「かしこまりました」
メイドとおぼしき、背中に羽の生えた女性が甲斐甲斐しく立ち回っている。
まさかあんなゴミスキルを選ぶ【アルチャ(転生者)】がいるとは思わなかったけれど……念のため、あのスキルに再転移魔法を仕込んでおいて正解だったわ。一度転生術を完了した後に発動する遅延魔術──これなら、空神のワランとて気付けるはずがない。
メイドがお茶を運んできた。
「どうぞ」
「ん〜、いい香りね」
淹れられたお茶を、ゆっくりと口に運ぶ。その一挙手一投足に、お茶を淹れたメイドは恍惚の表情を浮かべていた。
「うふふ」
「ミリン様、本日は一段とご機嫌がよろしいですね」
「ええ、とてもいい事があったのよ」
あの『邪神』のスキルを選んだ者は、この世界に必要ない。だから、生かしておく必要もないわ。あの森に放り込めば、確実に処理できる。
「うふふ……ワラン殿が魔の神殿に訪れるのが待ち遠しいですわ。」
ワラン、私が全て忘れさせてあげるわ。そして──
ミリンは満面の笑みを浮かべ、再度ティーカップに唇を近づけた。
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次回、第6話は【異世界のうさぎはやっぱり強かった】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




