第47話:瓦礫の向こう側
ようやく、テレスタリアへの容疑が晴れ、ハルティアとフローディアへの『ざまぁ』が成功し、気分良く締めくるれると思った矢先に届いた外壁爆破の知らせ。マナ・フォールアウトは一つでは無かった。いつ、どこで爆発するかわからない状況で、たきびたちは、爆弾に行方探しに奔走する。
俺は審議場の中央へと躍り出た。
巨大なマッド・ゴーレムが足から徐々に組み上げられ、みるみるうちに巨大なゴーレムへと姿を変えていく。
「俺は、俺を見下すお前らみたいな貴族が大嫌いだからな!ここでひと暴れさせてもらう!」
天上に届かんばかりの巨影が審議場に立ち上がると、先ほどまでいがみ合い、俺に罵倒を浴びせていた貴族たちの顔に、決定的な恐怖が張り付いた。
「な、なんだあれは!?」
「あんな巨大なゴーレム、見たことがないぞ!」
「邪神の力だ!逃げろぉぉっ!」
ドォン!と巨大ゴーレムが一歩を踏み出す。
それを合図に、傍聴席にいた貴族たちは悲鳴を上げながら、我先にと出口へ向かって雪崩を打って逃げ出した。
パニック状態の群衆が押し合いへし合いしながら外へと吐き出されていく。
アカシャ!今逃げている連中全員の解析と鑑定を頼む!
『了解しました、マスター』
ゴーレムを暴れさせるフリをしながら、俺の脳内には次々とターゲットの解析結果が浮かび上がっていく。
狙いはただ一つ。
マナ・フォールアウトを持っている者がいるかどうかだ。
数分後、審議場から逃げ惑う人波が完全に引いた。
『……解析完了。マナ・フォールアウトを所持している可能性のある人物は、0です』
「ふぅ……」
俺は小さく息を吐き、巨大ゴーレムをインベントリに収納した。
ドーザさんとテレスタリアさんが駆け寄ってくる。
「たきび殿!わざと彼らを追い出してくれたのだな!」
「ええ。ここはもう大丈夫かと。しかし、予断を許さない状態なのは間違いありません。残る一つの爆弾がどこにあるのか……」
俺が言うと、二人の顔が引き締まる。
「俺は一足先にレーヴァ治癒院の方へ向かいます。レーヴァさんと合流しないと」
「分かった。私達はあの二人を騎士団の詰め所に送り届けた後、貴殿とは違う方向で破壊された外壁を確認しに行くとしよう」
ドーザさんが兵士達に大きく頷くと、兵士達はハルティアとフローディアを縛り上げ、審議場の入口に向かわせた。
「また右肩にゴーレムをつけます」
俺は二人の肩にミニ・エア・ゴーレムを取り付かせた。
「何かあったら、お互いこれで連絡を取り合いましょう」
「承知した」
「たきびさん、お気をつけて」
「二人も!」
ドーザさんとテレスタリアさんが頷いて走り去るのを見送り、俺はアカシャに指示を飛ばした。
「レーヴァ治癒院の近くの座標に、エア・ゴーレムを配置してくれ」
『周囲確認。座標固定。準備完了しました』
俺はシフトチェンジを発動させる。
シュンッ!
一瞬の視界のブレとともに、俺はレーヴァ治癒院の前に立っていた。
すぐさま院内に飛び込むが、レーヴァさんの姿はない。
「レーヴァさんはどこですか!?」
「あ、たきびさん!院長なら、外壁の爆発音がした直後、ウォーター・ナースと一緒に爆発がした辺りに向かわれました!」
受付嬢の言葉に礼を言い、俺は再び外へ出た。
屋根の上にシフトチェンジで飛び乗り、遠くに見える立ち上る黒煙の位置を確認する。
ここから直線で1km程か。
「アカシャ、あそこだ。近い座標にエア・ゴーレムを設置して」
『かしこまりました』
そして、爆発の中心地近くの路地裏へと一瞬で降り立つ。
崩れ落ちた巨大な外壁。
周囲には瓦礫が散乱し、土煙がまだもうもうと立ち込めている。
そして、その粉塵の向こう側に、見覚えのある姿があった。
小麦色の肌に引き締まった体のシルエット。
張りのある臀部から伸びる、美しい虎模様の毛並みの尻尾。
「……ナディ…か!?」
思わず声を上げた。
振り返った彼女は、目を丸くしてわずかに驚いたような表情を見せた。
「……たきび?」
短い一言。
「ナディ、一体何をして……」
言いかけた俺の視線は、彼女の両手に釘付けになった。
ナディの細い指先から、ポタポタと赤い血が滴り落ちている。
そして、彼女の周囲の地面には、町の衛兵や自警団と思われる男たちが6人ほど、血を流して倒れ伏していた。
俺は息を呑んだ。
「……ナディが、やったのか?」
「……そう」
ナディは、抑揚のない声で短く答えた。
以前、俺の作ったゴーレムを楽しそうにいじっていた時のナディからは想像できない程、冷たい雰囲気を纏っている。
その時、背後から足音が響いた。
「たきびか!」
振り返ると、少し息を切らしたレーヴァさんとウォーター・ナースが駆けつけてきたところだった。
「念のため、町の様子を見ながらきたが、やはりここが…ん!?ナディ!?お前がどうして?」
レーヴァさんもナディの事を知っているのか。
驚いたレーヴァさんが現場の凄惨な状況と血に染まったナディを見た瞬間、彼女の全身から放たれる空気が一気にピリッと張り詰めた。
「…おい、ナディ。そこに倒れている人達はお前がやったのか?」
レーヴァさんの怒りを含んだ声が響く。
「……そう」
ナディは、俺の時と同じように感情を交えずに答えた。
「なぜ、やった!?」
「……護衛対象を襲おうとしたから」
「護衛対象?」
目を凝らすと、崩壊した外壁のすぐそばに、深くフードを被った人影が立っていた。
微動だにせず、何やらブツブツと呟き続けている。
なんだ?なんだか雰囲気が…
「レーヴァさんは、倒れている人の救護をお願いします。ナディとあの男は、俺に任せてもらえませんか?」
「ナディとは知り合いか?」
「少しだけ」
「……分かった」
レーヴァさんは小さく頷き、倒れた衛兵たちへ駆け寄った。
ナディはレーヴァさんを攻撃しようとはしない。
彼女の目的はあくまで「あの男を守ること」のようだ。
「ナディ。壁を壊す人間を守るのが仕事なのか?」
「うん」
「壁を壊した後、どうなるか知っているのか?」
「……」
返事はない。
ただ、彼女の金色の瞳の奥に、暗く冷たい炎が揺れるかのような、強い意思を感じた。
「後ろの男は、誰だ?」
「……」
守秘義務なのか、ナディは固く口を閉ざしたままだ。
ならば、直接確かめるまでだ。
俺はシフトチェンジを使い、一瞬で男の隣に移動した。
「なっ!?」
視界から唐突に消えた俺に、ナディが驚愕の声を漏らす。
彼女が咄嗟に振り返った時には、俺がすでに謎の男のその深く被られたフードを勢いよくたくし上げているシーンが写っていたはずだ。
「っ……!」
露わになった男の顔を確認した瞬間、俺は思わず息を呑み、限界まで瞳孔が開いた。
俺が一瞬硬直した隙を突き、ナディが動いた。
獣人特有のしなやかで強靭な筋肉が躍動し、鋭い爪を立てて猛烈なスピードで掴みかかってくる。
俺は再び瞬間移動し、元いた場所に戻った。
ナディの顔が険しくなった。
「ナディ……その男、普通じゃないぞ」
「……」
フードの下から現れた男の目は、不気味なほど赤く充血し、瞳孔が開ききって焦点が合っていなかった。
何より不気味なのは、俺にフードを剥がされたというのに一切の反応を示さず、虚空を見つめながらブツブツと呟き続けていることだ。
『マスター。男の胸の辺りに異様な魔力と歪みを感知。そのせいで正確な情報が掴めないのですが、形状から『ラマ・アガール』を持っていると推測』
アカシャの報告が脳内に響く。
ラマ・アガール?
『別名は『狂響鈴』。魔物の怨念を封じ込めた黒銀の鈴で、一度鳴らせば、魔物の精神に直接「威嚇」と「挑発」の波動を叩き込み、魔物を激昂させて一斉に鈴に向かわせる魔道具です』
なに!?つまり——スタンピードを人工的に引き起こすアイテムって事か!?
『そうです。影響はかなり広範囲に及ぶため、恐らく奈落の森にも届くはずです』
最悪だ!
「レーヴァさん!あの男はラマ・アガール、『|狂響鈴』を持っています!知っていますか!?」
俺の叫びに、負傷者の治療に当たっていたレーヴァさんの手がピタリと止まった。
「なんだと……!?」
振り返った彼女の顔面から、さぁっと血の気が引いていくのが遠目からでも分かった。
「そんなものがなぜ!?奈落の森が近いこの町で、しかも外壁が壊された状態でそれが鳴らされたら……町が魔物に飲まれるぞ!たきび、早く取り上げろ!」
レーヴァさんの悲痛な叫びが響き渡る。
ナディは、俺が魔道具を言い当てたことに驚愕し、わずかに目を丸くした。
だが、すぐにレーヴァさんの切迫した声で我に返ったのか、スッと重心を低く落とし、いつでも俺を迎撃できる臨戦態勢へと移行する。
獣人特有のバネのような筋肉が張り詰め、指先の爪がギラリと光った。
しかし――
相手を沈黙させるのに、俺はわざわざナディの射程内まで近づく必要はない。
ナイトロ・ゴーレム!
瞬時に男の顔面周辺の窒素だけでゴーレムを錬成。
続けて、そのゴーレムごと、男の頭部を『タクティカル・シェル』の空気の壁で密閉した。
一瞬で意識を刈り取る!
だが——なぜか男は倒れない。
なんだ!?なぜ倒れない!?
『マスター!対象はすでに意識を失っています!異様な魔力に精神を汚染され、もはや鈴を鳴らすだけの操り人形と化している……いわば、アンデッドに近い状態です!』
なんだって?!くそっ!!窒素攻撃が効かないタイプになっているのかよ!
こうなったら、力ずくで鈴を奪い取るしかない!
俺がまたシフトチェンジで瞬間移動し、男の胸ぐらに手を伸ばした瞬間——
鋭い風切り音が鳴り、ナディの強烈な回し蹴りが俺の脇腹を襲った。
「ぐあっ……!」
咄嗟に腕にタクティカル・シェルを展開してガードしたが、獣人の筋力から放たれる一撃は想像以上に重く、俺の身体は数メートル後方へと吹き飛ばされた。
靴底を滑らせて体勢を立て直す。
瞬間移動のタイミングとか、どうやって見切ってるんだ!?
「ナディ!あいつが持っている物が何なのか、知っているんだろ!?やめさせろ!」
「……」
ナディは無言のまま、男を庇うように俺の前に立ち塞がった。
細い指先からは、まだ赤い血がポタポタと石畳に滴り落ちている。
「ナディ!!」
俺が声を荒らげた時、彼女の口から、氷のように冷たく、ひどく悲痛な言葉が吐き出された。
「……私の家族を殺したこんな町なんて、滅べばいい」
「っ……!」
俺は息を呑んだ。
彼女の瞳の奥で燃えていた、あの暗い炎の正体――
それは、決して拭い去ることのできない、泥のように深く濁った憎悪だった。
この町の連中が、獣人であるナディへ向ける蔑みの目と、心無い言葉の数々。
それは、無能力者として見下されてきた俺に向けられるものと同じだ。
いや、既に大人として生きた経験がある俺より、幼い頃から彼女が受け続けた仕打ちは、俺の想像すら絶するほどの痛みを伴うものだったに違いない。
そして、その理不尽は彼女の家族をも奪った。
その一瞬で、彼女の心がいかに深い絶望に染まるか、想像するだけで胸が痛む。
だからこそ彼女にとっては、この理不尽な町を跡形もなく破壊することだけが、奪われた家族への唯一の弔いなのだ。
それが、彼女にとっての、絶対に退けない『正義』なのだ。
「……ナディ」
もし俺が彼女の立場なら……間違いなく同じ結論に行き着いただろう。
彼女の抱える痛みを思えば、いっそナディの『正義』を遂げさせてやってもいいとさえ思う。
それに、俺自身がこの町で受けてきた仕打ちを振り返れば――。
正直なところ、この町が孕む理不尽ごと、すべて消し飛んでくれたほうが清々する。
俺にとっても、それは願ってもない結末だ。
ギリッと握り込んでいた拳から、ふっと力が抜けていく。
『……マスター』
——だが、それでも。
この町には、こんな印のついた俺にも良くしてくれる人達がいる。
今、まさに目の前で、身分や種族なんて関係なく、命を救うために全力を尽くしているレーヴァさんだっている。
そんな心優しい人達まで、彼女の復讐劇の犠牲になるのは納得がいかない。
それが俺のエゴであり、正義だ。
俺は再度、拳に力を込める。
「ナディ。俺はその男を止めるぞ。もし君がそれを邪魔するというなら、容赦はしない」
俺は拳を握り締め、パキパキと体全体に強固な土のタクティカル・シェルを纏わせる。
ナディも無言のまま、しなやかな体の重心を沈め、静かに臨戦態勢に入った。
ご一読いただきありがとうございます。
面白い、続きが気になる! と思っていただけましたらブックマークや評価応援していただけると嬉しいです。
次回、第48話は【悲しき復讐者】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




