第45話:ウォーター・ナース誕生と嘘だらけの審議場
もの凄い勢いで、レーヴァの部屋に連れていかれたたきび。そこでウォーター・ゴーレムを錬成し、レーヴァを驚かせる。そして、とうとう審議が開始される時間が迫っていた。
部屋につくと、彼女は目を輝かせて催促してくる。
「さあ、見せてくれ!『水流を生み出す自動洗浄ゴーレム』とやらを!」
「はいはい、分かってますって」
俺はゴーレムマスターのスキルを発動させた。
練成するのは、大気から生み出す『ウォーター・ゴーレム』だ。
70リットルだとこれくらいかな。
純水でできたゴーレムが出現すると、レーヴァさんはすぐに近寄り、興奮を隠せない様子だ。
「凄いな!水のゴーレムなんて始めてみたぞ!触ってもいいか?」
「どうぞ」
レーヴァさんがウォーター・ゴーレムに触ると、触った所から波紋が広がる。
今度は指を突き刺すと、ウォーター・ゴーレムの身体の中にヌラッと入っていく。
「おお~!水の中にいるみたいだ!」
「水です」
そして、腕まで入れて引き抜くと手が濡れて水かポタポタと床に落ちた。
しかし、ゴーレムは崩れていない。
「一体どうなってるんだ?!」
彼女は興味津々だ。
「説明は難しいんですが、色々制御してるんですよ。」
「本当に、ありえんな!」
ウォーター・ゴーレムの周りを観察しながら歩く。
「じゃあ、色々調整しますか」
俺は大きさとか量とか合わせればいいと軽く考えていたが、それは大きな間違いだった。
「おい、もっと小さくしろ!」
「圧迫感がある!」
「患者が怖がらないように女性型に!」
「セクシー過ぎる!」
…注文が多すぎない!?
『彼女は、患者の為には妥協しませんよ』
確かに。聖女だもんな。
俺はレーヴァさんの細かい指示に付き合いながら、試行錯誤を重ねる。
背丈は低く、親しみやすい女性シルエットのウォーター・ゴーレムが完成した。
「よし、見た目はこれで合格だ!後は洗浄方法だ。傷口の上から水をかける感じか?」
俺は完成したウォーター・ゴーレムを指差した。
「このウォーター・ゴーレムの表面には、極薄の密度の高い空気の鎧を纏わせています。簡単に言えばこの鎧の圧力を調節する事で指先から出る水の強さを変える事ができます」
「なん、だと……!?そんな事が!?」
「実際にやってみましょう」
部屋にある桶までウォーター・ゴーレムが歩いていくと、桶に向かって指先を指す。
「まずは普通に出して、徐々に強くして行きます」
指先から水をポタポタと落とす。
蛇口を開くように、指先から出る水の量が増え、少し弧を描くくらいの水流の勢いになった。
「おお!十分な水流だ!」
「これだけじゃないですよ」
指先の穴を小さくして、空気のタクティカル・シェルをスケーリングすると
ビー!
細い水流が桶の底を激しく打ち付ける。
「なっ!?」
「こんな感じで流速が跳ね上がります。今くらいの強さが限界ですが」
「いや、十分すぎるぞ!」
「ゴーレムは自分で学習していくので、レーヴァさんは『洗え』と指示するだけで大丈夫です」
「傷口の確認はどうやってやるんだ?俺が教えればいいのか?」
「それでも大丈夫ですが、このゴーレムには極小のミストを使って周囲を感知できる能力があるので、傷なども自動で感知できます。」
「…は?」
完全に『何言ってるんだこいつ』って顔になってるな。
「もちろん人間にはほぼわからないので、不快感を与えないはずです。傷にも…多分影響は無いかと」
「……なあ、お前のゴーレム絶対におかしいよな…」
半分呆れも含んだレーヴァさんの一言。
「これが普通になる日が、来るかも知れませんよ」
俺はニヤリとしながら答えた。
完璧なシステムだった。……だが、一つだけ重大な問題が残っている。
「……服、どうしましょう」
スレンダーな女性型とはいえ、胸元や腰回りのラインはバッチリ出てしまっている。
「服を着せれば解決ですが……このウォーター・ゴーレム、傷口を洗うたびに自分の身体(水)を消費して少しずつ縮んでいくんですよ」
「やっぱり縮むのか…」
「ええ…小さくなったら再錬成する必要があります。魔力を帯びた、身体に合わせて自動で伸縮するような布があれば別ですが……」
「そんな高価な代物、この治癒院にあるわけないだろう!」
レーヴァさんは開き直りの顔で言い放つ。
でしょうね!そうだと思いましたよ!
「今回は応急処置として、そのままの姿で働いてもらいましょう。『レーヴァさんが召喚した水の精霊』って事にしてください」
「確かに精霊なら患者も怖がらないか…よし!それでいこうか」
本当、患者ファーストのいい治癒師さんだな。
「レーヴァさん、連絡用に土のゴーレムを作りたいんですが、いいですか?」
「連絡用?」
「はい。水が足りなくなったり、メンテナンスが必要になったら、そのゴーレムに話しかければ、僕に通じます」
「な……なんだと!?魔力通信の宝珠も使わずに、遠隔で意思疎通ができるのか!?」
レーヴァさんが俺の両肩を掴んで、詰め寄る。
「はい」
レーヴァさんは腰に両手を当て、「はあ…」と大きなため息をついた。
「あり得ん…お前それができると、誰かに話したか?」
「レーヴァさんで3人目ですね」
「その技術は下手をしたら国一つ巻き込むレベルだぞ。目立ちたく無ければ絶対に広めるなよ」
真面目な顔で忠告してくれた。
「もちろんです。信用できる人にしか教えませんよ」
レーヴァさんは笑う俺の首を腕で抱えた。
「全く、凄いスキルだな!ゴーレムマスターは!」
はい!今日も顔に柔らかな『聖女の報酬』を頂きました!
『顔が気持ち悪いです』
アカシャの容赦ない突っ込みもこの報酬のおかげで効かないぞ!
ただ、確かに報酬の嬉しさもあるが、何よりゴーレムマスターのスキルを褒められた事の方が、俺は嬉しかった。
腕から抜け出すと、机の上にミニ・マッド・ゴーレムを座らせた。
「ウォーター・ゴーレムも作り直しておきますね」
「頼む」
最初のウォーター・ゴーレムは桶の中で水になり、また新しいゴーレムを錬成した。
「レーヴァ先生の言う事、しっかり聞くんだよ」
ウォーター・ゴーレムは頷く。
雰囲気的にはウォーター・ゴーレムというより、ウォーター・ナースだな。
よし!これからはウォーター・ナースとして売り出そう!
「レーヴァさん、この子はウォーター・ナースと名付けます!」
「ウォ、ウォーター・ナース?あ、ああ。別にいいぞ」
なんだか奇妙な名前だな、という顔するレーヴァさんを尻目に俺は部屋の入口に急ぐ。
「それじゃ、俺はそろそろ行きますね」
「ありがとうな、たきび!」
「何かあったら、連絡を下さい」
治癒院を後にした俺の表情から、柔らかさが消える。
空を見上げれば、太陽はすでに高く昇っていた。
ハルティアが仕掛ける偽りの審議——その開廷の時間が迫っていた。
◆
「これからテレスタリア・ロンブリッツの審議を開始する」
重々しい声が、静まり返った審議場に響き渡った。
高貴な装飾が施された大広間には、驚くほど多くの貴族たちが詰めかけていた。
傍聴席を埋め尽くす彼らの表情には、好奇心と蔑視、娯楽と欲望が透けて見えている。
そんな審議場の壁際、影になった柱のすぐ脇に俺は陣取った。
本来なら俺のような人物が入ろうとすれば、即座に叩き出されるか捕まる場所だろう。
だが、俺の『気配隠蔽』と『認識阻害』は、周囲の視線も魔力探知も綺麗にすり抜けていた。
『見事な不法侵入です』
くっ!返す言葉も無いが、今回は見逃してくれ。
ふと見れば、ハルティアの側近としてフローディアが席に座り、扇子で口元を隠しながらニヤニヤと卑しい笑みを浮かべている。
今日この場で、完全にテレスタリアさんを生贄にし、ロンブリッツ家の権力を我が物にするつもり満々なのが隠しきれていない。
「被告人を!」
審議員の威厳に満ちた催促に応じて、重い鉄の扉がギギギと嫌な音を立てて開いた。
後ろ手に重厚な金属の枷をはめられ、二人の厳つい兵士に挟まれるようにして歩いてきたのは、テレスタリアさんだった。
一夜を地下牢で過ごした彼女の顔色は青白く、華奢な体をいっそう小さく縮こまらせている。
彼女が中央へと進むにつれ、傍聴席からはヒソヒソ声が漏れ出し始めた。
「まさか、あの年で実の父親を害そうとするとはな……」
「面構えからして陰湿だと思っておったのだ」
「母の命まで奪っておいて、よくもまあ平然と暮らして来たものだ」
でっち上げの悪評に踊らされた誹謗中傷。
言うまでもなく、これらはハルティアやフローディアが事前に金で釣った貴族やサクラたちにの流布させたものだ。
「……っ」
テレスタリアさんは唇を噛み締め、俯いたまま必死に耐えている。
審議員が咳払いを一つして、朗々と罪状を読み上げ始めた。
「これより、ネデル商会を通じた禁制の魔導兵器『マナ・フォールアウト』の密輸、およびそれを用いた現当主フーデルガラン・ロンブリッツの殺害企図、並びに6年前の母フラー・ロンブリッツ殺害の容疑について、被告人テレスタリアの審議を行う!」
その冤罪で塗り固められた言葉が審議場に響いた、その時だった。
「お、お嬢様がそんな事するはずはありません!こんな審議はおかしいです!」
閲覧席の一角から、甲高い叫び声が上がった。
見れば、必死の形相で身を乗り出している女性がいる。
テレスタリアさんの従者、ノルンだ。
「静粛に!」
「お嬢様の『真偽眼』で調べれば、誰が嘘をついているか分かるはずです!どうしてそれを使わせないのですか!お嬢様は嵌められたんです!」
必死に真実を叫ぶノルンの言葉に、壇上のハルティアが舌打ちをして顔を歪めた。
テレスタリアさんの持つユニークスキル『真偽眼』は、相手の嘘を見抜く。
それを使われれば彼らの計画は一瞬で破綻するのだ。
ハルティアはすぐに表情を取り繕うと大声を張り上げた。
「言いがかりも甚だしい!審議の進行を妨げる不審者をつまみ出せ!」
「離してください!お嬢様!お嬢さまぁっ!」
兵士たちに両腕を掴まれ、強引に審議場の外へと引きずられていくノルン。
テレスタリアさんは悲痛な面持ちで彼女を見送り、キュッと胸元を押し抱いた。
彼女も来てたのか。
彼女なりにテレスタリアを守ろうとしてたのかもな。
騒ぎが収まり、再び静まり返った室内の真ん中に置かれた石造りの台。
そのすぐ後ろに、ポツンとテレスタリアさんが立たされた。
彼女から見て真横の傍聴席には、ドーザさんが静かに腰掛けている。
そして、俺はその反対側の壁際に、寄りかかっていた。
そろそろかな。
俺はミニ・エア・ゴーレムを不安そうに肩を震わせているテレスタリアさんの耳元に取り着けさせた。
『……テレスタリアさん。聞こえますか?たきびです。俺も、ドーザさんもいますよ。安心して立ち向かってください』
「きゃっ!?」
唐突に耳元で聞こえた俺の声に、テレスタリアさんが跳ね上がるように驚き、可愛らしい悲鳴を上げてしまった。
「被告人!私語や不審な挙動は控えよ!」
審議員からすかさず厳格な叱責が飛ぶ。
「あ……申し訳、ございません……」
真っ赤になって口元を押さえるテレスタリアさん。
だが、彼女がちらりと関係者席へ視線を向けると、そこには深く、力強く頷いて見せるドーザさんの姿があった。
さらに、俺はミニ・エア・ゴーレムから『大丈夫です』と囁く。
それだけで、彼女の瞳にうっすらと生気が戻ってきた。
肩の力が抜け、まっすぐ前を見据える姿勢へと変わる。
「では……まずは本審議を申し立てたハルティア殿。事の経緯を」
審議員に促され、ハルティアがニヤニヤとした笑みを浮かべながら前に出た。
「はい。恥ずかしながら、我が妹テレスタリアの愚行について説明させていただきます」
ハルティアは大げさな身振り手振りを交え、芝居がかったトーンで語り始めた。
「彼女はかねてより、自身がロンブリッツ家の家督を継ぐのだと野心を滾せておりました。しかし、父上はその醜悪で身勝手な本性を見抜き、家督相続権を破棄しようとしていたのです。それを逆恨みした彼女は父を亡きものにするために計画を進めておりました。」
傍聴席がざわめいた。
「そして、彼女の実の母フラー殿はその計画を知り、彼女を止めようとしたのですが、それすら邪魔と判断。……恐ろしくも6年前のあの日、そのフラー殿を毒殺したのです!」
「嘘だろ…」
「なんて恐ろしい……」
示し合わせたような悲鳴が上がる。
「さらに彼女は反省するどころか計画を進め、ネデル商会と裏で繋がり、マナ・フォールアウトを入手。父上をも殺害し、強引に当主の座を奪おうと画策したのです!そして、恐らく私の事も……ああ、恐ろしい!!」
滔々と語られる、あまりにも稚拙で聞くに耐えないでっち上げのストーリー。
よくもまあ、あそこまでスラスラと嘘が出てくるものだな。
「なんてひどい女だ!」
「最低だな!処刑すべきだ!」
貴族たちが口々に罵声を浴びせる。
サクラだなあ……ほんと、台本通りって感じだ。
だんだん腹が立ってきた。
ハルティアを含め全員ナイトロ・ゴーレムで黙らせてやろうか。
『気持ちはわかりますが、堪えてください』
ハルティアは胸に手を当て、悲劇の主人公気取りで深々と一礼した。
「以上が、私の把握している真実でございます」
説得力ゼロの演劇が終わると、中央の審議員が重々しく頷いた。
「うむ。では、今の証言に偽りがないか、審議の魔道具を用いて確認する。ハルティア殿、こちらへ手を」
審議員が掲げたのは、美しいカットが施された透明な水晶柱——真偽判定の魔道具だった。
ハルティアが自信満々にその水晶へ手を置くと、ブワッと眩い『青色』の光が審議場を照らし出した。
「……承認された。ハルティア殿の証言は『真実』である」
おお、と感嘆の声が傍聴席から漏れる。
審議員の宣言に、ハルティアは勝ち誇った笑みを深める。
あれがドーザさんが言っていた魔道具か。
『はい。マスター。本来であれば「真実=青」「虚偽=赤」と発光する仕組みですが、魔導回路を反転させ「真実=赤」「虚偽=青」と光るよう細工されています。』
つまり、あの水晶が青く光ったということは、ハルティアの証言が「完全な嘘」である証明に他ならない。
だが、事前のカラクリを知らない傍聴人たちにとっては「青=真実」だ。
完全な出来レースだな。
もう一人の審議員が、恭しい手つきで水晶を抱え、テレスタリアさんの前へと歩み寄った。
「被告人テレスタリア。今のハルティア殿の証言に対し、反論はあるか?」
テレスタリアさんは凛とした声でハッキリと答えた。
「私は……そのような恐ろしいこと、一切行っておりません。すべて濡れ衣です」
「では、今の言葉を審議する。手を置くように」
テレスタリアさんが細い手を水晶に重ねる。
瞬間——水晶は禍々しいほどの『赤色』に発光した。
「おおっ……!」
傍聴席がどよめく。
嘘をついているから赤く光ったのだと、誰もがそう信じ込まされた。
「……判定は『虚偽』。被告人の反論は認められない」
審議員が冷酷に言い放つ。
ハルティアは満足そうに鼻を鳴らすと、間髪を入れずに追撃の手を打った。
「審議員様。彼女の悪行を決定づける『完璧な証拠』もご用意しております」
ハルティアはちらりと後ろを振り返り、顎で合図を送った。
「クロード、例の書類を」
「はっ」
静かに進み出たのは、右腕を痛々しく固定したクロードだった。
彼は左手で、およそ1センチほどの厚みがある茶色の書類の束を抱えている。
それをお辞儀をしながら審議員へと手渡した。
「これはネデル商会との裏取引の帳簿、および密輸の指示書です」
ハルティアはお辞儀をしたまま、今までに無い醜悪な笑みをこぼしていた。
「自分の思い通りだ」という下衆な歓喜が丸見えだ。
しかし、書類を受け取り、パラパラと目を通した審議員の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。
「こ……こ、これは……!?」
「ん?どうしました審議員様、さあ、早くその醜悪な証拠を朗読して皆に知らしめてください!」
額から滝のような汗が吹き出し、手がカタカタと震え始める。
あまりの狼狽ぶりに苛立ちを覚えたハルティアが、自ら書類を奪い取るように引き寄せ、その紙面に目を落とした。
次の瞬間、ハルティアの動きがピタリと止まった。
「な……なん……だ……これは……!?」
ご一読いただきありがとうございます。
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次回、第46話は【急転直下】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




