第43話:対人戦の行方
目の前にいる執事がクロードとは知らず、その能力の高さから今後邪魔される事を恐れ、沈黙させようとするたきび。しかし、圧倒的な戦闘センスを誇るクロードに完全に翻弄される。はたして、たきびは初の対人戦を勝ち抜けるのか?
目の前にいる男から発せられる威圧。
暴風雨そのものが、その細身の肉体に凝縮されたかのような、尋常ではないプレッシャーだ。
しかし、その力を洗練された動きが静けさで覆い、いつ、どこから攻撃が飛んでくるのかまるで予測がつかない。
息が詰まるような凄まじいプレッシャーの中、俺は男がほんの僅かに細い息を吐き出す瞬間を見逃さなかった。
——来る!
「【タクティカル・シェル】!」
俺は即座に外骨格装甲を全開にする。
パキパキと音を立てて強靭なマッド・ゴーレムの素材が全身を覆うと同時に、錬成したマッド・ゴーレム一体を男に向かわせた。
しかし——
「……ッ!」
俺の動体視力を遥かに置き去りにする、異次元の踏み込みで、男の姿が視界から完全に掻き消えたのだ。
次の瞬間、俺の意識の完全な外側から、チクリとした鋭い殺気が迫る。
『マスター、右後方!』
脳内でのアカシャの警告とほぼ同時に、俺は無理やり身体を捻った。
ガリッ!
金属を引っ掻くような嫌な音が、俺の首筋を覆う装甲から響く。
辛うじて直撃は避けたが、強靭な装甲に浅い溝が削り取られていた。
「おや……?その妙な鎧、伊達ではなさそうですね」
男はいつの間にか、俺から数メートル離れた位置に、何事もなかったかのように悠然と立っていた。
その指の間には、長さ三十センチほどの、銀色に光る鋭利な針のような暗器が数本、挟まれている。
なるほど……さっきのエア・ゴーレムは、あの針のような武器で突かれて破壊されたのか。
不可視に近いエア・ゴーレムの気配を正確に察知し、一撃で撃ち抜く技術。
ただの執事なわけがない。
「さて」
男の低く冷ややかな声は、既に俺の真後から聞こえていた。
速い!
これまで色々な魔物と戦ってきたが、速さの次元と質が違いすぎる!
俺は錬成したマッド・ゴーレムに迎撃を命じつつ、自身も必死に男の動きを追った。
マッド・ゴーレムの重い拳や蹴りが空を切る。
男はまるで柳のようにその強打をかわし、ゴーレムの関節の隙間に、あの針を音もなく突き立てた。
一瞬、ゴーレムの動きが硬直して止まる。
暗器一本でゴーレムの動きを止めるのかよ?!
俺がすかさず殴り掛かるが、男は瞬時に視界から消え、背後から暗器を一閃させてきた。
俺の装甲に、無数の甲高い削り音が響き、傷が刻まれていく。
「その面妖な姿に似合わず、装甲の硬さとすばやさは称賛に値します。ですが……ドブネズミの小細工など、私には通じません」
男の冷徹な声と共に、今度は俺自身へ、怒涛の連続攻撃が襲いかかった。
死角、死角、死角。
男は俺の意識の外、視界の外から、寸分の狂いもなく急所を暗器で狙って突き、あるいは重い蹴りでの激しい打撃を叩き込んでくる。
「くそっ……!」
俺は必死にタクティカル・シェルの装甲で攻撃を受け流し、隙を見て殴り返すが、俺の拳や蹴りは虚しく空を切るだけだ。
完全に防戦一方。
マッド・ゴーレムとの連携で挟み撃ちにしても、男は紙一重でかわし、逆にゴーレムの大きな影を利用して俺の死角へ滑り込んでくる。
くそ!まるで幽霊と戦っているようだ。
運動能力だって、決して負けていないはずだ。
なのに、攻撃が一切当たらない!
それどころか、向こうの連続攻撃が着実に俺の装甲を削っていくじゃないか!
『マスター、落ち着いてください。敵の動きには、明確な法則があります』
法則……!?このデタラメな速度に?!
『はい。敵は、マスターのちょっとした動き、身体の予備動作、癖、そして無意識に生じる意識の隙間——死角を、スキル『看破』で完全に把握しています。純粋なスピードではなく、タイミングと位置取りで完璧に翻弄されているのです』
……ッ!あいつ、俺の意識がどこまで届いているかを完全に把握してやがるのか!
長年の死線を潜り抜けた経験と、看破によって、戦場そのものを支配する眼。
まさに百戦錬磨ってやつかよ!
俺は背後からの追撃に対し、必死で体幹を捻り、やつの強烈な回し蹴りを受け流した。
「ほう……?」
男が微かに目を見開いた。
俺が死角からの蹴りを受け止め、そのまま相手の軸足を崩すように、地球で習っていた合気道の要領でその威力をいなしてみせたからだ。
「見たことのない体術ですね。無駄な力がない……ですが、甘い!」
男は空中で無理やり軸を捻り、俺の受け流しを力ずくで回避。
着地と同時に、今度は俺の無防備な喉元へ、なんと足で針のような暗器を押す形で突き出してきた。
ガキィィン!
至近距離で滑り込ませたマッド・ゴーレムの腕が、間一髪で針を受け止める。
「……感心ですね。その人形、魔力なしでこれほどの強度と反応……。ここまでの代物は見たことがありません。あなた、本当にスパウンですか?」
男は器用に針を自分の方に蹴り上げ受け取る。
そして初めて俺を単なる「不法侵入者」ではなく、「立ち塞がる脅威」として認識したような、鋭い眼光を向けた。
『解析完了。ステータス情報を共有します』
脳内にアカシャの静かな声が響く。
【対象名】:クロード・ランドラ
【LV】:72
【HP】:1012
【MP】:623
【年齢】:56
【職業】:アサシン・ロード
【スキル】:看破
【詳細】:暗殺者の中でもトップクラスの実力を持っていたが、引退。現在はロンブリッツ家執事として仕える。ロンブリッツ家次女メイアス・ロンブリッツの腹心。
……!?クロード・ランドラ……!
ハルティアの「完璧な計画」の鍵となる人物、クロードってこいつのことか!
『そのようですね。探す手間が省けました。わーい』
アカシャ…今、平坦な声で淡々と突っ込んでくるのやめてくれる?
そして——まさかのロンブリッツ家次女、メイアス・ロンブリッツの腹心!?
ハルティアだけじゃなく、次女のメイアスまでこの陰謀に一枚噛んでるってことか?
一体どうなってるんだよ?!
一瞬、頭の中の整理が追いつかず、俺の意識が無防備になった。
そこへ、容赦なくクロードが襲いかかる。
『マスター!』
「ちょっ、まっ……!」
クロードが俺の装甲の隙間、目元へ容赦なく暗器を突き立ててきた瞬間、【インターセプト】でマッド・ゴーレムが強引に間に割り込んだ。
一撃を阻まれたクロードは、即座に後ろへ跳んで態勢を立て直す。
「ほう。もう一体出せるとは」
「ちょっと、待ってくれ!」
俺はようやく言いたい事を言えた。だが——
「問答無用」
クロードの冷酷な一言と共に、またしても嵐のような連続攻撃が叩き込まれる。
くそ!ダメだ!こいつを完全に止めなきゃ、話すら聞いて貰えねえ!
激しい攻防がしばらく続き、俺の鎧もかなり削られてきた。
「私の攻撃をここまで受け切ったこと、心から称賛いたしましょう。ですが——次で最後です」
クロードの全身から、先ほどまでとは比べものにならないほど重厚な魔力が膨れ上がり、空気が軋むような威圧となって肌を刺す。
『無属性魔法【身体強化】の発動を確認。対象の身体能力が著しく上昇しています』
もしかしたら、いま突拍子もないことを叫べば、戦闘を中断して話を聞いてくれるかもしれない。
だが、ここまでボコボコにされておいて、そんな逃げの選択肢を選べるかよ。
異世界に来て、初めてのまともな対人戦だ。
きっちり勝って、終わりにしてやろうじゃないか!
「……上等だ!」
俺は頭の中でアカシャに命じる。
アカシャ! 俺のタクティカル・シェルと、全ゴーレムに【ゴーレム強化】を適用してくれ。……相手が死なない程度に!
『かしこまりました。出力倍率を限界値の20倍から『30倍』へ引き上げ。——ゴーレム強化、完了しました。ご武運を』
今までの装甲は、俺の肉体に負荷がかからないギリギリの限界で調整した倍率だった。
俺は纏ったマッド・ゴーレムの装甲を自らの意思で操り、生身の肉体を遥かに上回る機動力を実現していたのだ。
それなのに、クロードは俺のスピードも技術も凌駕してみせた。
正直屈辱的だったが……ここからは話が変わるぞ!
「いくぞッ!」
俺は爆発的な加速とともに、クロードへ突っ込んだ。
30倍へと跳ね上がった腕力と脚力。
踏み込んだ一撃が周囲の空気を押し潰し、鼓膜を揺らす激しい衝撃波を弾けさせた。
「!?」
一瞬、驚愕に目を見開いたクロードだったが、それさえも『看破』スキルと身体強化された超人的な動きで、紙一重でかわしていく。
「くっ!今までとは別人のようだ……!だが、見える!」
クロードの暗器が、俺の装甲の継ぎ目を的確に捉える。
30倍に強化された装甲でさえ、クロードの魔力を纏った針は、じわじわと内部へ貫通し始めていた。
くそっ……!どこまで行っても、死角を突かれる……!
死角。意識の外。
俺は、クロードの攻撃をなんとか受け流しながら、必死に頭を回転させる。
合気道の極意は、相手の攻撃力を自分の力に変え、その運動ベクトルを制すること。
……待てよ。これだったら、あいつの看破を利用できるか!
俺自身、左前方に大きな隙を作ってみせた。
クロードが、俺の『意識の外』であるその隙を見逃すはずがない。
「仕舞い!」
クロードが、俺の左前方の死角へと、超高速で滑り込んできた。
暗器が、俺の首筋の隙間へ向かって一閃を描く。
——来てる!勝機だ!
俺は、突き出された暗器を、あえて厚い装甲で直接受ける。
除けれられないなら、耐えてやる!
ガリリッ!と針が装甲を貫通し、皮膚の直前まで達する。
「な……ッ!?」
クロードが驚愕に目を見開く。
わざと攻撃を受けたことに気づいたからだ。
その瞬間。
俺はクロードの背後にエア・ゴーレムを錬成し、同時に自分自身の位置を【シフトチェンジ】で入れ替えた。
視界が瞬時に歪む。
次の瞬間、俺はクロードの真後ろへと空間跳躍していた。
「……ッ!?位置の入れ替え……!しかし!」
クロードは驚異的な反応速度で即座に振り返り、反撃の一撃を放つ準備をしている。
アサシン・ロードの看破は、背後の気配さえも捉えていた。
「貰った!」
先程俺の皮膚直前まで到達した装甲の穴へ、寸分たがわず針の暗器を入れ込もうとしているのが見えた。
とんでもない奴!
だが、かかったな!
俺は再度、クロードの背後にいるエア・ゴーレムと、今まで一緒に戦っていたマッド・ゴーレムの位置をシフトチェンジで入れ替えた。
クロードの背後にあったエア・ゴーレムが、一瞬にして、大質量を持つマッド・ゴーレムへと置き換わったのだ。
完全な死角。
「なっ!?」
看破のスキルがその異変をキャッチするが、俺に既に攻撃を仕掛けている最中だ。
もう遅い!反応の速さが逆に仇になったな!
すでに、クロードの背後に現れたマッド・ゴーレムの巨拳は、クロードの脇腹に向けて振り抜かれていた。
ドォォォォォン!!
部屋全体を揺らす激しい打撃音が響き、クロードの身体が横にくの字に曲がる。
「ぐあああああ!」
しかし、恐ろしい事に、やつは土壇場で腕を挟んでブロックしていた。
ガードした腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
だが、それも想定内!俺はその隙を絶対に逃さない!
本来なら横に吹き飛ぶはずのクロードの胸ぐらを、吹き飛ぶ方向へ野球のボールを投げるように、身体を回転させながら掴む。
そして、その凄まじい横方向の運動エネルギーのベクトルを、体軸を中心にした円運動へと強引に変換した。
「な……が……ッ!?」
クロードの身体が、あり得ない角度とスピードで急激に斜め下へと方向転換する。
俺はそのまま吹き飛ぶ威力を利用し、装甲のゴーレムの出力も全開にして、一気にクロードを真下の床へと叩きつけた。
「うおおおお!」
ズゥゥゥゥォォォン!!
爆炎のような衝撃波が吹き荒れ、足元の石畳がクモの巣状に粉砕される。
「ガハッ……!」
叩きつけられたクロードの口から、鮮血が舞った。
「くぅ……っ!」
俺の体にも凄まじい負荷と激痛が走る。
だが、ここで緩めるわけにはいかない。
俺は即座にクロードに馬乗りになり、砕けた石畳へと彼の両腕をゴーレム装甲でガッチリと押しつぶすように固定した。
「……ぐ……う……!」
直撃の衝撃と脇腹のダメージで顔を歪ませながらも、なお足掻こうとするクロード。
あの威力で叩きつけられて生きてるのも凄いが、まだ動こうとするとは……恐ろしい執念だ。
俺は、なおも抗おうとするクロードの顔前に、新たに三体のマッド・ゴーレムを錬成。
ズシリと重そうに硬化した土の拳を、至近距離で突きつけさせた。
「……そこまでだ」
肩で荒い息を吐きながらも、声だけは冷徹に言い放つ。
クロードは俺の表情、そして自分を取り囲むゴーレムたちを見つめ……最後に、ふぅ、と諦めを含んだ深々とした溜息を吐いた。
全身から吹き出していた魔力が、スーッと霧散していく。
「……降参です。……まさか、まだこれ程の数のゴーレムを練り上げる余力が残っているとは。……完敗、ですね」
クロードはすべての抵抗を捨て、床へと身を委ねた。
その瞳からは鋭い殺気が消え、代わりに俺に対する深い興味と、驚きの色が浮かんでいた。
俺は一息つくと装甲を解除し、息を整えながらクロードを見下ろした。
「……これで、ようやく落ち着いて話ができるな。……『ロンブリッツ家次女、メイアス様の腹心』……クロードさん?」
俺がその名と立場を正確に告げた瞬間、クロードの眉がピクッと跳ねた。
静寂が部屋を支配する。
しばらくの沈黙ののち、クロードが低く掠れた声を漏らした。
「……なぜ、私とメイアス様との関係を……?」
「知らぬ存ぜぬ」で押し通される可能性も考えていたが、案外あっさりと認めたな。
「さあな。ドブネズミが得意な、ただの小細工さ」
俺はニヤリと笑みを浮かべると、クロードの上からどいて一歩後ろへ下がった。
クロードは苦しげに息を整えながらゆっくりと立ち上がり、服についた埃や石粉を払う。
だが、ガードに使った右腕はダランと力無く垂れ下がったままだ。
骨がいっているのかもしれない。
「……さて。ロンブリッツ家の執事であり、メイアス様の腹心でもあるあなたが……なぜ、あのハルティアの執事なんて真似をしているのか。……聞かせてもらっても?」
「……」
クロードは無言のまま部屋の奥へと歩き、倒れ込むように椅子へ腰掛けると、静かに口を開いた。
「……いいでしょう。ただし……ここでの話は他言無用、とお約束いただけますか?」
俺は静かに、だが深く頷いた。
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次回、第44話は【刻、一刻】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




