第40話:異世界初のジョッキと暗雲
レーヴァ治癒院を後にして、ドーザと合流したたきび。今後の事についての話をしようと酒場に向かう。
しかしその裏で、ギルド内に不穏な空気が漂い始めていた。
「すいません!遅くなりました」
「いや、問題ない」
俺はレーヴァ治癒院から急いで戻り、待たせていたドーザさんと合流した。
「中はどうでしたか?」
「特に変わった様子はなかったな。働いている人の中にも、不審な素振りを見せる者は見当たらなかった」
「表向きはそうでしょうね」
「しかし、本当にただ店に入って、普通の客のように歩くだけでよかったのか?不審がられないよう、つい護身用の魔導具を買ってしまったのだが……」
「はい、それで十分ですよ」
俺が微笑むと、ドーザさんはまだ半信半疑といった様子で自分の右肩をパタパタとはたいた。
「それと……本当に俺の肩にゴーレムが乗っているのか?確かに、肩口あたりに何かが微かに引っかかっているような重みもあるし、触れるとまるでぬるい水か密度の高い風の中にいるような感じではあるが…」
「はい。しっかりと乗っていますよ」
現在、俺はドーザさんの肩の上に10cm程のエア・ゴーレムを捕まらせている。
ドーザさんが肩を叩くたび、その手はゴーレムの体をすり抜けているが、その程度の動きなら霧散する事のないよう強化しているので、機能上は何の問題もない。
後は【オートインテリジェンス】の学習能力で落ちないよう、全体の強化の調節も対応させた。
更に派生スキルの【感覚共有】を使い空気振動で周囲の音や声を聞き取れる事は検証済み。
だから店を出る際に「右肩に向かって店を出ると一言呟いてください」と伝えておいたのだ。
うん、この使い方はかなり使えそうだな。
「ここから先の話は、さすがにここでは…」
「そうだな。『メイオス』に行こう」
俺とドーザさんは頷き合い、昨日二人で密談を交わしたあの酒場へと再び足を運ぶことにした。
――同時間帯。
たきびと別れた冒険者のナディは、依頼の報告をするため冒険者ギルドを訪れていた。
「あ、ナディさん!おかえりなさい!」
「ん。ただいま。……討伐依頼、失敗した」
「!!」
受付嬢が驚いた顔をしたと同時に、ギルド内で酒を飲んでいた数人の冒険者たちが一斉にナディへ視線を向けた。
蜂の巣をつついたようなざわめきがギルド内に広がる。
「依頼失敗?あのナディが!?」
「おいおい……『血爪』が依頼をしくじるなんて、今まで一度でもあったか?」
それを察した受付嬢がすぐに対応する。
「ナディさん、ここではちょっと……奥へ来ていただけますか?」
「わかった」
受付嬢の案内に従い裏手へ進むと、そのままギルドマスターの部屋の前へと通された。
受付嬢が扉を軽やかにノックする。
「ギルドマスター、ナディさんが戻られました」
「おう、入れ」
室内から低く太い声が響いた。
「失礼します」
部屋に入ると、そこにはアイアンオークの丸太のような、重厚で頑強な身体付きをした男が重々しく椅子に腰掛けていた。
「おう、ご苦労さん」
「ん。今着いた。討伐は──」
ナディが報告を切り出そうとした瞬間、彼が手をかざして制した。
「失敗したんだろ?というより、最初から討伐目標など存在しなかった。違うか?」
「……うん。そう」
「……」
短い沈黙の後、ギルドマスターはデスクの引き出しを開け、金属の擦れ合う重厚な音を響かせて一袋の革袋を取り出した。
それを机の上にコトンと置く。
「今回の報酬だそうだ」
少し沈黙を置いて、話を続ける。
「お前が依頼を受けて出発してから3日後、依頼主が突然依頼を取り下げてきたんだ。理由は『運良く別件で討伐できたから』だとさ」
「……」
「すでに受理された依頼だから取り消しはできないと突っぱねたんだが、相手はあっさりと受け入れてな。『報酬はそのままナディに渡して構わない』と置いていった」
ギルドマスターは肘を突き、組んだ手に顎を乗せた。
「そして、今回の不手際のお詫びも兼ねて、ナディ、お前に指名で護衛依頼を出したいと先程使者がやってきた」
「私に?」
「ああ」
と彼は重く頷く。
「護衛対象は領主様の側近、ヒルナン伯爵だ。すでに今ある革袋と同じ、領主印が捺された革袋で、破格の前金を受け取っている」
「……だったら受ける。依頼の承認をお願い」
ナディが迷いなく告げると、ギルドマスターはギッと椅子の背もたれを軋ませた。
じっと天井を仰ぎ、思案に暮れた後、重苦しい口を開く。
「単刀直入に聞く。……お前、何か妙な企みに巻き込まれていないか?」
「……なんで?」
「この依頼、領主様絡みである可能性が極めて高い。ところが、この依頼を持ち込んできた使者の裏が全く取れないんだ」
巨躯をゆらりと立ち上がらせる。
「本来なら怪しすぎる依頼など撥ねるのだが、本物の領主印がある以上、ギルドとしても断るのは難しい」
ズシン、ズシンと、床板が抜け落ちんばかりの足音を立てながら、ギルドマスターはナディの間近へと歩み寄る。
「それに、最近町で起きている不穏な騒ぎ……時期が重なりすぎている。お前、本当に何か隠しているわけじゃないんだろうな?」
強面の顔が至近距離まで迫る。
「……私は何も知らない。聞きたいことはそれだけ?」
「……ああ」
「なら、行く」
ナディは静かに踵を返し、扉へ向かって歩き出した。
ドアノブに手をかけた瞬間──。
「おい、ナディ」
背後から図太い声が掛けられ、彼女の足が止まる。
「何かあったら、一人で抱え込まずに相談しろよ」
ナディは背を向けたまま何も答えず、静かに部屋を後にした。
――一方、俺とドーザさんが酒場『メイオス』に到着すると、昨日と同じ奥まった角の席へと案内された。
着席するや否や、ドーザさんが懐からあの遮音の魔導具を取り出し、静かに展開する。
俺は喉から手が出るほど『その魔導具をくれ!』と言いたい衝動を抑えつつ
「あの、今日は俺もお酒を頼んでいいですか?」
「え!?たきび殿は成人していたのか!?」
ドーザさんが今日一番と言わんばかりの驚愕の声を上げた。
まあ、前世の記憶を合わせれば十分すぎるほど成人しているのだが、この体での実年齢は正直よくわからない。
でも、異世界の酒というものを一度味わってみたいのだから問題なし!
ねえ、いいよね?アカシャ?
『お好きにどうぞ』
頭の中に、いつもの冷ややかな相棒の声が響く。
「ええ、まあ、最近成人しまして」
「そうなのだな!これは失礼した。あまりに若々しく見えたものだから、まだ未成年かとばかり思っていたよ」
俺ってそんなに幼く見えるのだろうか?
『外見的には一般的な15歳よりあどけなさが残っております。内面的には熟練の変態おっさんですが』
はい、今日の辛辣なディスいただきました。
俺が心の中で突っ込んでいる間に、ドーザさんが店主に指を二本立てて合図を送る。
店主は無言で頷き、ジョッキの準備を始めた。
「さて、早速なのだが……今後の動きについて意見を聞かせていただきたい」
「はい」
俺は自分の『ゴーレムマスター』のスキルで何ができるのか、その能力の特性をある程度明かしつつ、今後の具体的な作戦案をドーザさんに伝えた。
「……本当に、そのような事が可能なのか?」
「ええ。恐らくは」
「正直、未だに信じがたいな……たきび殿のスキルは、本当にただの『ゴーレムマスター』なのか?」
「はい、間違いなくゴーレムマスターですよ」
このやり取り、一体何回目だろうか。
どうにも納得がいかない様子のドーザさんだったが、今後の展開において最も懸念される点に思い至ったようだ。
「仮に、決定的な証拠を手に入れることができたとしても相手はあのハルティアだ。権力と嘘で強引に押し潰しにかかる可能性が高い」
「そこなんですよね……」
その場で証拠を突きつけたところで「知らぬ存ぜぬ」「捏造だ」で押し切られる未来が目に見えている。
「だからこそ、言い逃れのできない第三者の証人か、揺るぎない証拠が欲しいんだよな……」
再び思考の壁にぶち当たる。
まったく、なんで俺はこんな面倒な陰謀劇に巻き込まれているんだろうか。
俺が悶々としていると、店主が木製の大きなジョッキを二つ運んできた。
「まあ、まずは一杯飲もうじゃないか。たきび殿にとって記念すべき初陣だな」
ドーザさんの厳格な顔がほころんだ。
「いただきます!」
異世界の酒、初体験だ。
「この酒は『モルトハスク』という。皆単に『ハスク』と呼ぶな。様々な穀物の殻を発酵させて作られた庶民の酒だ。……では、たきび殿の初の酒に──ジラ!」
ドーザさんが豪快にジョッキを掲げる。
ジラ?こっちの世界の乾杯の挨拶かな?
『乾杯の際に用いられる一般的な祝詞です。「喜ばしい佳き日」などの意味合いを含みます』
なるほどね!
「ジラ!」
俺もジョッキを合わせた。コン!と木のジョッキ独特の音がする。
そして、俺は一気にぐいっと煽ってみせた。
「どうだ?初めての酒の味は」
ドーザさんがニヤニヤしながらこちらの反応を窺ってくる。
……まず、ぬるい!
でも、氷魔法が上位魔法だとわかった時点で、冷えた酒が出てこない事は想定内ではある。
肝心の味はというと……炭酸の抜けたぬるいビールに、雑穀の癖を加えたような感じか。
穀物の殻独特の雑味が残っているが、後味の強い苦味がそれをなんとか抑え込んでいる。
アルコール度数はそこまで高くなさそうだな。
「……美味しくもないですが、飲めないほど不味くもないですね……」
「はっはっは!やはりそうか!皆、最初の感想はそんなものなのだ」
良かった、俺の味覚は正常だ!
冷やせばもう少しマシになりそうだな。
「一番安価な酒だからな、町ではこれが一番親しまれている。もちろん、もっと質の高い酒も存在するぞ」
「ドーザさんが今まで飲んだ中で、一番美味しかったお酒って何ですか?」
「そうだな……昔、帝国の騎士団に在籍していた頃、ある晩餐会で口にした『フォリア』という酒だな」
「フォリア?」
「私も製法までは詳しくないが、『フォリア』という苦味のある薬草を用いているそうだ。細かな気泡が絶え間なく湧き上がり、心地よい苦味と爽快な喉越しが実に最高でな……」
それ、絶対にビールじゃん!
まさかこの世界にもビールに近いものが存在するとは!
「それはすごく美味しそうですね!どこへ行けば飲めるんですか!?」
「私も欲しくなって調べたのだが……残念ながら一般の市場には一切出回らないらしい。一部の貴族階級や王族のみが嗜む最高級酒なのだそうだ」
くっ……前世では庶民の味方が、こちらでは超高級酒扱いなのか。
「そうなんですね……ちょっとショックです」
「そう落ち込むな。他にも『ドルフ』や『ヴァーナル』といった美味い銘酒はある。機会があれば奢ろう」
「本当ですか!約束ですよ!楽しみにしています!」
「はっはっは!たきび殿は存外、酒豪なのかもしれんな!」
ドーザさんが再びジョッキを持ち上げたので、俺も笑顔でジョッキを打ち鳴らした。
しばらく酒と食べ物談義で盛り上がった後、俺たちは再び真剣な表情を取り戻し、今後の対策へと会話を戻した。
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次回、第41話は【救出】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




