第39話:聖女の報酬
魔法も使わずに、水を生成したたきびに一同驚愕した。そしてその能力を治癒工程で使えないか探りはじめるレーヴァ。たきびは思わぬ状況に直面していく。
「お前の力で作ったウォーター・ゴーレムの事なんだが」
先ほど裏庭において、俺が大気から魔法も使わずに水を生成した直後の事だ。
俺は彼女の細身の腕からは考えられない圧倒的な力によって首根っこを掴まれ、逃げる間もなくこの部屋へと連れ込まれた。
目の前で腕組みをするレーヴァさんの部屋は、無駄な物が無い質素なものだった。
少し大きめの机と椅子、小難しそうな魔法関連の本が並んでいる本棚はあるが、それだけだ。
そして現在、尋問めいた熱量でウォーター・ゴーレムの仕様について追及されている最中である。
「ウォーター・ゴーレムをお前の力で水に戻す事はできるのか?」
「可能です」
「その場合、ウォーター・ゴーレムだった水は大気に戻るのか?」
「いえ、普通の水としてその場に残ります」
「その水は綺麗か?」
あまり考えた事もなかった質問だ。
俺自身、拠点での日常で普通に飲んだり調理に使ったりしていたが、衛生基準なんて厳密に数値化した事はない。
そう思った瞬間、脳内でアカシャが答えてくれた。
『ウォーター・ゴーレムの構成要素は、大気中から抽出した100%の純水(H2O)です。生成時は分子間結合的な群体構造を保持しているため、無菌状態かつ極めて純度の高い状態にあります』
ただの水って事だよな?
『正確には純度100%の純水です。ただし、解除して液体に戻した瞬間、周囲の空気中に浮遊する微粒子や地面の土壌、多孔質な容器表面の雑菌などを急速に吸着します。環境にもよりますが、不純物の混入率は0.8%〜5%と推測されます。それでも、この世界の町の井戸水や河川水と比較すれば、桁違いに無菌かつ清浄です』
なるほど。
地球の物理学と化学の法則は、この異世界でもほぼ同じように作用する感じか。
「この町の井戸水より遥かに綺麗です」
「……なあ、その水をくれないか?」
「はい?」
「患者の怪我に使いたいんだ」
「怪我……傷口を水で洗う、みたいな感じですか?」
「そうだ。傷口に泥や毒が残ったまま治癒魔法を施すと、中に異物を閉じ込めて後から膿むことがある。まずは物理的に汚れを洗い流すのが鉄則なんだが、この町の井戸水は雑菌が多くてな。水洗いが原因で感染症を起こす患者も少なくない」
「でも、浄化魔法などで傷口を綺麗にする方が確実なのでは?」
「確かにそれが理想だ。だが、浄化魔法はかなり魔力を消費するんだよ」
「そうなんですか?」
「大きな怪我なら迷わず使う。だが、戦場や町で日常的に発生する切り傷や擦り傷にまで毎回浄化魔法を使っていては、魔力がいくらあっても足りん。診られる人数が致命的に限られてしまうんだ」
そこまで燃費が悪いのか。
ファンタジーの魔法といえば万能なイメージがあったが、現実は甘くないらしい。
『補足します。この世界における浄化魔法は、対象の有機物・無機物を識別して有害物質を選択的に分解・消滅させる高次元の魔法です。分類上は第三階梯クラスに該当し、一般的な治癒師の1/3程度の魔力を一度に消費します』
つまり、本来なら雑巾や水でサッと処理すれば済む汚れやばい菌を、毎回最新鋭のナノマシン治療術で消し去っているようなものか。
そりゃ燃費も悪そうだ。
「ちなみに、レーヴァさんは、1日に何人くらいが限界なんですか?」
「そうだな……今の俺の全魔力を注ぎ込んでも、浄化魔法を連発すれば30〜40人といったところか。患者の種族や体格によっても変わるがな」
『補足。レーヴァさんの魔力保有量は、この世界の一般的な治癒師10人分以上に相当します』
「そんなに!?」
二つの情報に驚き、思わず声が裏返った。
「いや、30人しか、診られないんだよ……」
レーヴァさんは悔しそうに拳を握りしめ、目を伏せた。
自分の限界に対する歯痒さが、その表情から痛いほど伝わってくる。
「それが、もし綺麗で安全な水があれば……ってことですか」
「そうだ。もし害のない水で傷口の物理的な洗浄ができれば、無駄な浄化魔法を使わずに済む。回復魔法だけに専念できれば、1日に200人は十分診られるようになる」
この人、見た目は乱暴な姉御肌だが、中身は本物の医療従事者だ。
本気で目の前の患者を救うことしか考えていないんだな。
しかし、1日200人て…マジで凄すぎないか?
一体どんなステータスしてるんだ?
アカシャが情報を流してきた。
【対象】:レーヴァ・ルナリアル
【年齢】:29歳
【レベル】:106
【職業】:聖女
【ステータス】:正常
【経歴】:元Aランク冒険者。かつて勇者パーティの主要メンバーとして魔王と交戦。左目を負傷しながらも部隊全員を生存帰還させた。その後パーティを脱退し、この街で身分問わず、怪我人を診るための治癒院を開設。
【固有スキル】:フォトン・ヴェール
【HP】:1763
【MP】:3912
【加護】:カルー・イラトの加護
聖女!?
この人聖女だったのか!?
しかも元Aランク冒険者で、勇者パーティとして魔王とやり合ったって、本当の英傑じゃないか!
王道ファンタジーの重鎮が目の前に普通に座っている!
しかし俺の脳内にある『聖女』といえば、白い修道服を身に纏い、清楚でおしとやか、慈愛に満ちた笑みを浮かべる聖母のような存在なのだが……。
『マスター。見た目や言動はともあれ、患者を一人でも多く救いたいという献身的な信念は、紛れもなく聖女そのものです』
アカシャの言う通りだな。
見た目や言動だけ切り取って、判断しちゃいけないね。
「あの、レーヴァさんは水属性の魔法も使えるんですよね?それなら自分の魔法で綺麗な水を作り出せば良いのでは?」
「確かに水魔法で生み出すことはできる」
レーヴァさんはそう言って、空中にソフトボールの玉くらいの大きさの水の塊を出した。
「だがな、私の場合、この水に属性魔力が過剰に含まれてしまうんだ」
「属性魔力?」
『補足。魔法によって生成された水には、魔力が残留する事がほとんどです。特に高レベルの術者の場合、多くの魔力が含まれてしまう傾向が顕著です』
「それだと、何か問題があるんですか?」
「患部に余計な魔力が付着すると、後から施す回復魔法と干渉を起こし、治癒効果を著しく阻害してしまう場合があるんだよ」
「へぇ……そんな弊害があったとは」
異世界の魔法も、物理法則とは別の意味で制約が多いらしい。
万能に見えて、痒いところに手が届かない仕様になっている感じだな。
「わかりました。いいですよ」
「本当か!?」
「その代わり、色々黙っててくれるんですよね?」
「もちろんだ!お前、やっぱりめちゃくちゃ良いやつだな!」
歓喜したレーヴァさんは、勢いよく立ち上がり俺の首に腕を巻き付け、またヘッドロックのような体勢で俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回してきた。
その瞬間、彼女の豊満すぎる胸部が、俺の顔面に容赦なく押し付けられる。
柔らかい。
そして、暴力的なまでのボリューム。
視界が豊かな脂肪の壁で埋め尽くされた。
OH YEAH!サンキュー異世界!
『…ナイトロ・ゴーレム』
やめて!俺死んじゃうから!
俺は必死に理性を保ち、レーヴァさんの腕から抜け出した。
「えっ……えっと!具体的には1日にどれくらいの水が必要なんですか?」
俺を解放し、ドカッと椅子に座り直す。
そして、胸の前で腕を組んで考えるレーヴァさん。
「そうだな…。緊急の搬送やピーク時のことを考えると、あの木桶一杯分は常にストックしておきたい」
部屋の隅には、木組みで作られた大きめの桶のようなものが置かれていた。
大人が入ると、胡座をかいて下半身が浸かるサイズ感だな。
アカシャ、あれ、容量はどれくらいあるんだ?
『概算で約70リットル程と推測されます』
70リットルなら、大人一人分よりやや小柄な体格のウォーター・ゴーレム一体分に相当する。
「わかりました。ちなみに、水を入れておく容器は?」
「それなんだよな……」
レーヴァさんは急に難しい顔をした。
ああ、なるほど。
この世界には『除菌』や『滅菌』という概念は無いはずだ。
当然、医療現場で使われるような煮沸消毒済みの密閉容器など、当然存在するはずもない。
いくら俺のウォーター・ゴーレムから生み出される水が分子レベルで純水(100%H2O)であっても、それを汚い木桶や多孔質の陶器に汲み置けば、数分で周囲の雑菌が繁殖して台無しになる。
水を使うたびにいちいち滅菌用の浄化魔法をかけていては、本末転倒も良いところだ。
二人が頭を抱えて黙り込んでいると、脳内でアカシャが提案を口にした。
『マスター。提案があります。ウォーター・ゴーレムをこの治癒院で働かせてみてはいかがでしょうか?』
働かせる?ウォーター・ゴーレムをこの治癒院の中でか?
『はい。ウォーター・ゴーレムをある程度強化すれば、100%純水の無菌状態を保持できます。外気に接する表面を保護さえすれば、さらに万全かと。後はゴーレム自身に患者の患部に水を直接かけさせればいいのです』
なるほど!
さしずめ歩く『ウォーターサーバー』みたいなものか!
さすがアカシャ!
「レーヴァさん。ウォーター・ゴーレムを、ここで働かせてみませんか?」
「は?」
意味がわからないという顔のレーヴァさんに俺はアカシャの提案内容をそのまま伝えた。
「な、なんだと……!?本当にそんな真似ができるのか!?」
「ええ、可能です。傷の確認なども…うん、問題なくできるかな。今回は、俺のスキルの検証も兼ねてという事で、無料での貸し出しという形で運用してみましょう」
「本当にそんなことができるなら、願ったり叶ったりどころの話じゃないぞ……!」
レーヴァさんは、席を立ち上がり、興奮を抑えられない様子。
「…おい、お前、本当にただのゴーレム使いなのか?実態は錬金術師か何かなんじゃないだろうな?」
整った、だが妙に迫力のある美顔が眼前に迫る。
「錬金術師に同じような事ができる人がいたら、意見交換したいのでぜひ教えてください!」
「ははっ、なんだそりゃ!錬金術師でも、お前みたいな事ができる奴はいないだろうよ!」
レーヴァさんは再び破顔し、満面の笑みを浮かべると、またしても俺の首に腕を巻き付けてグリグリと頭を撫で回してきた。
当然、俺の顔面は二度目のやわらか天国へと埋没する。
「全く、お前はどこまで凄いやつなんだ!そのおかしなゴーレム、ぜひうちの治癒院で雇わせてくれ!」
この人、俺におっぱい押し付けたいのかな?
全く、仕方ないな!レンタルの支払いはこの『極上のやわらか天国』ということで手を打ちましょうか。
『カーボニック・ゴーレム(高濃度二酸化炭素充填・窒息誘発仕様)生成準備』
冗談だって!
本気で命を狙うのはやめてくれ!!
そんな幸福で生命の危機に満ちた時間を過ごしていたその時、アカシャが真剣に俺に話しかける。
『マスター』
ああ、わかってる。ドーザさんだ。
「すいません、レーヴァさん。これから用事がありまして」
「ああ、忙しい時に引き留めて悪かったな」
「いえ。明日また来るので、ウォーター・ゴーレムについて詰めましょう。神官さんのこともよろしくお願いします」
「安心しろ。しっかり診といてやる」
俺はレーヴァさんに一礼すると、慌ただしく駆け足で治癒院を後にした。
治癒院の窓から、俺の後姿をじっと見つめるレーヴァさんの視線に気づかないまま。
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次回、第40話は【異世界初のジョッキと暗雲】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




