第38話:水の授業
神官が一命をとりとめた事を伝えられ、見舞いのためその神官がいる治癒院に行ったたきび。そこで、凄腕の治癒師といわれる人物に会う。
その治癒院は、空の教会から走って15分ほどの場所にあった。
決して綺麗とはいえない外観の看板には、控えめに『レーヴァ治癒院』と書かれている。
男に促され入口に入ると、受付らしい女性が正面の机に座っていた。
男が話すと、その女性は立ち上がり後ろの通路へ。
後をついていくと、少し長い通路にいくつかの部屋が並び、布カーテンがドアの代わりにつけられていた。
その一つをくぐり、部屋へ足を踏み入れた。
「これは、これは……」
「神官さん!目が覚めたんですね!良かった……!」
ベッドで上半身を起こしていた神官さんが、こちらに気づいて穏やかに目を細めた。
俺は胸を撫で下ろす。
「ご心配をおかけいたしました」
神官さんは深く頭を下げた。
部屋には神官さんの他に、昨日一緒に彼を運んでくれた二人の男たちが付き添っていた。
「かなり危険な状態だったんだが、レーヴァ先生が助けてくれたんだ」
「先生は怖いが、腕は間違いなく凄腕でね。だからここに運んだんだよ」
「誰が怖いって?」
背後でバサリとカーテンが捲られる音がした。
振り返った俺の視線は、そこに立つ人物に釘付けになる。
腰まで伸びた赤髪はボサボサであちこち跳ね、着ているのはヨレヨレの白い半袖の服に、デニムのようなズボン。
身だしなみなど何一つ気にしていない風体だ。
しかし、その服を押し弾けさせんばかりの豊満な双丘と、引き締まった臀部の曲線は、無頓着さすら強烈なセクシーさに昇華させていた。
そして、何より目を引く左目の黒い眼帯。
眉の上から頬へと走る大きな傷跡も相まって、まるで大海賊のような圧倒的な迫力を醸し出している。
「かっこいい……」
思わず口から漏れ出た呟きに、ハッと正気に戻る。
「……カッコいい、だと?」
右目の鋭い眼光が俺を射抜いた。
瞬間、部屋にいた男たちの顔色が横一線で青ざめる。
あ、これヤバいやつか?
「……ぷ!ククク……ハハハハハ!」
豪快な爆笑が部屋中に響き渡る。
笑うたびに見事な胸が揺れた。
「男勝りだの、女を捨ててるだのは言われ慣れてるが……カッコいい、なんて言われたのは初めてだよ!」
周りの男たちが、胸を撫で下ろすように一斉に息を吐いた。
「お前、名前は?」
「たきび、です。あの、神官さんの命を救っていただき、本当にありがとうございました」
俺は深く頭を下げた。
「へぇ、お前が……ねぇ」
「?」
「なに、貰うもんはしっかり貰ったからね。全力を尽くすのは当たり前さ」
俺は付き添いの男たちにも「ありがとうございました」と頭を下げた。
男たちは照れくさそうに頭を掻く。
すると、俺を呼びに来てくれた男が革袋を差し出してきた。
「そうだ、これ。残りの金だ」
受け取ると、重さは渡した時の半分ほどになっていた。
「私のために、申し訳ありません……」
神官さんがすまなさそうに身を縮める。
「いえ、俺の不注意でもありましたから。すみませんでした」
「……何度も言いますが、決してあなたのせいではありません!だから謝る必要などないのですよ!」
ピシャリと一刀両断された。
俺は苦笑する。
そして気まずそうにしていた三人の男たちが、話し掛けてきた。
「その……君のことを悪く言ってすまなかった」
「え?」
「神官様が襲われたのは君のせいだとか、邪神の呪いだとか……」
「ああ、気にしてないですよ」
と、手首を軽く横に振る。
「俺も昔、属性のことで同じようなことを言われていた時期があってな……」
男の一人がぽつりと語り始めた。
「俺は無属性魔法しか使えなかった。それで周りからバカにされて……自分自身が嫌な思いをしてきたはずなのに、自尊心を満たすために、いつの間にか君に同じようなことをしていたんだ。それを、神官様に諭されてな」
「間違いに気づけた事は、素晴らしいことです」
神官さんが優しく微笑む。
だが、男の顔は曇ったままだ。
「……だが、怖いんだ。もし、君と、その…親しく話しをしたりする事で、周りから変な目で見られ、孤立していくのが」
気持ちはわかる。
特に、家族や大事な人達にまでその目を向けられるとしたら、耐えられないだろう。
「ゴーレムマスターのスキルが発現することが、なぜ邪神に繋がるのか……俺は学がないので今もよくわかっていません」
男たちは意外そうな顔をした後、哀れみの混ざった目を向けてきた。
「だけど、他の人になんて言われようと俺はこのスキルが好きですよ。今まで生きて来られたのもこのスキルのおかげだし、助かったこともたくさんありました」
俺は足元から小さな土のクマを作り出し、パタパタと歩かせてみせた。
「ほう……」
レーヴァさんが感心したように声を漏らす。
「そして、どんなスキルも魔法も、工夫次第で誰かの役に立てると俺は思っています」
神官さんは強く頷いている。
「ハッハッハ!気に入った!」
突如、レーヴァさんが豪快に笑いながら俺の首に腕を回してきた。
ぐいぐいと肩を揺さぶられるたび、彼女の見事な双丘が俺の顔に容赦なく当たる。
OH YEAH!
『……』
あ……マズい。アカシャが無言の冷徹な圧で、俺の脳を凍死させようとしている。
これは不可抗力なんだよ、アカシャくん!
「あ、あの……レーヴァさんは、俺に触ったり治癒院に入れたりすることに抵抗はないんですか?」
「無いな」
即答かよ。
カッコよすぎる。
「俺がこの治癒院を開いたのは、どんな患者でも治すためだ。お前みたいな、この町の理不尽に苦しんでいる奴も含めて『全て』な」
力強い眼光だ。
この人も、様々なものを背負ってきたのだろう。
「まあ、貰うもんはしっかり貰うけどな!ハッハッハ!——それはそうと」
急にレーヴァさんの顔が至近距離まで近づき、俺の両頬をガシッと掴んだ。
眼帯のインパクトに隠れていたが、間近で見ると、とんでもない美人だ。
目をつむって切ない顔をした方がいいやつか!?
『きもいです』
「ここは患者のいる部屋だ。許可なく何の土かも分からない人形を出すとは、いい度胸をしているじゃないか?」
眼光が爛々と光る。
あ、詰んだ。
「この部屋の掃除、やるよな……?」
手に力がこもり、俺の顔が更に潰れる。
「ふぁび!やはせでひだはひはふ!」
「よし」
ニヤリと笑うと、レーヴァさんは廊下へと出て行った。
「掃除用具は廊下の突き当たりの倉庫だ。あ、他の奴らもうるさくて迷惑だから、廊下と全室掃除しとけよ!」
「えぇー!?」
神官さんがクスクスと笑う。
付き添いの男たちが俺をじっと見た。
「とばっちりだ……!」
「でも、一番うるさかったのレーヴァさんだよな」
「この町の理不尽って、絶対レーヴァさんのことだろ……」
ひそひそ話していた男たちだったが、廊下から
「あぁん?なんか言ったか?」
と顔が覗く。
と、一瞬で直立不動になった。
「いえ!喜んで掃除させていただきます!」
全員で声を揃えて叫ぶ。
「じゃあ、早くやれよ~」
去ろうとする彼女の後ろ姿に、俺は声をかけた。
「あ、レーヴァさん。水、使ってもいいですか?」
「水?ああ、裏に井戸があるが……」
「いえ、これです」
俺は空気中の水分を集め、目の前に『ウォーター・ゴーレム』を出現させた。
いちいち井戸まで汲みに行くのは面倒だからな。
「うわぁっ!?」
部屋中の男たちが跳ね上がった。
去りかけていたレーヴァさんも、目を見開いて部屋に飛び込んでくる。
「お前、これ……どこから出した!?これはゴーレムなのか?」
「空気からです」
「くうき……?」
全員が「何を言っているんだこいつは」という顔で俺を見る。
『マスター。「空気」という概念自体がこの世界では一般的ではありません』
え?空気って言葉がないの?
『息を止める、大気がある、程度の認識です。湿気は「水の魔力が活発」と表現されたりします』
なるほど、そうきたか。
科学的な着目がないのね。
「あ、すみません。大気からです。故郷の言い方が出てしまいました」
「大気から水を出しただと……!?お前、魔法は使えないんだろう!?」
「使えません。大気にあるものを俺のスキルで利用しているんです」
「そんなバカな……こんなおかしな事が!」
「そんなにおかしな事ですか?」
「当たり前だろ!水は水の神が作り出したもの。その水は魔力を元に魔法で作り出されているんだぞ!」
世界観の違いだな。
どうやらこの世界では「水は魔力を元に作り出すもの」という常識が根付いているようだ。
言葉で説明するより、見せた方が早いか。
「レーヴァさん、見せたい事があるんですが、火を使える場所はありますか?」
「ああ、庭なら大丈夫だ」
「ありがとうございます。それと、準備してもらいたいものがあります」
そう言って、説明しながら治癒院の庭に移動した。
——治癒院の裏庭に移動した俺たちは、準備に取り掛かった。
「まず、焚き火をお願いします」
「わかった」
一人の男が木を組み、何やら唱えると火が起き、あっという間に焚き火が完成した。
本来の工程を呪文で省略できるとか、魔法って便利だよな。
「次に、用意してもらった筒を火の上に斜めに設置してください」
「俺に任せてくれ」
もう一人が何やら呪文を唱えると、木の筒がひとりでに火の上に移動して制止した。
「おお!凄い!」
「そんなに驚かなくても…簡単な魔力操作だよ」
いやいや、物を浮かせる魔法とか、前世の科学からしたらチートだよ
「次に、この石を冷やして筒の上に置きたいんですが……」
「俺がやろう」
レーヴァさんが石に手をかざすと、かざした部分の空気がひんやりしはじめる。
「回復系以外も使えるんですね」
「火と水と光の三属性だ。まあ、火と水はお遊び程度だがな」
『氷魔法は水の上位魔法です』
上位魔法が使えるのにお遊びとは…この人絶対強いよな。
『ステータスを教えましょうか?』
嫌な予感がするから、レベルだけ教えてくれる?
『LV106です』
はい、絶対に逆らいません!
「冷えたぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、いきますよ。石を見てて下さい」
俺は冷えた石を、熱せられた筒の上の排出口付近に近づけた。
しばらくすると――石の表面に無数の水滴が浮かび上がり、ぽたぽたと地面へ滴り落ち始めた。
「な……なに!?」
全員が息をのんだ。
誰一人、水魔法の呪文は唱えていない。
「ご存知の通り、俺は魔法を使えません。ですが、水は生まれました」
「なんだ……何が起こっているんだ……!?」
レーヴァさんの額に冷や汗が浮かぶ。
世界観の根底を揺さぶられている、みたいな事なのだから当然か。
実際は普通の生活の中で無意識で見ている事なのに、根底にある常識がそれを覆い隠してしまう。
「語弊を恐れず言えば、神様は大気の中に『水』をそのまま隠しているんです。魔法を使わなくても、取り出せる形として」
「……つまり、水の魔力ではなく、既に完成された水が大気中には存在しているということか!?」
レーヴァさんがガシッと俺の肩を掴んだ。
「そんな感じです。その隠されたものを集めてゴーレムにできるのも、ゴーレムマスターの力です」
「……あの爆弾騒ぎを収めた時も、水以外の大気に隠された何かを使ったのか?」
鋭い眼光が俺を穿つ。
やはり、昨日の事件を知っていたか。
「……はい」
沈黙が庭を支配する。
レーヴァさんはじっと俺を見つめ、やがてハァと大きなため息をついた。
「……で、なんでそんなことをお前が知っているんだ?普通の人間が知れる理じゃないぞ」
ピリついた空気が流れる。
俺を疑っている目だ。
まあ、そうなるよな。
俺はふっと肩の力を抜き、何か思い出すような素振りをして
「ああ、そう言えば街の門番さんには『邪神の落とし子』って言われましたけど」
一瞬の間。
次の瞬間、レーヴァさんの肩が揺れた。
「くっ……くくっ!ハハハ!そうきたか!そういうことにしておいてやるよ!」
豪快に笑い飛ばすと、彼女は俺の背中をポンと叩いた。
「だがな、この話は外で滅多にするんじゃないぞ。ただでさえお前の立場は危ういんだ。面倒が増える」
「ご免被りたいですね」
「なら俺も黙っててやる。……その代わり!」
「へ?」
ニヤリと不敵に笑ったレーヴァさんに、肩組をされ、首ねっこを掴まれた子猫のように、院内へと引きずり戻された。
ご一読いただきありがとうございます。
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次回、第39話は【邪神の罪と罰】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




