第37話:動き出すものたち
爆発事件の次の日に早速、動き出すドーザとたきび。それと同じくして、様々な人や事態が動き出す。複雑に絡み合う思惑と陰謀の導線を、二人は解く事ができるのか?
マナ・フォールアウト事件は、町全体に大きな波紋を呼び始めていた。
そもそも禁制品である魔導具が出回っていた事もそうだが、その爆発を『スパウン』が食い止めたと、ジワジワと広がりつつあったからだ。
「ありえないゴーレムをみたぞ!」
「あのスパウンが?そんな事あるわけないだろ!」
「実は身分を隠した錬金術師なんじゃないか?」
「いや、邪神の力を使ったんだ!」
「本当は犯人と仲間なんじゃないのか?自作自演もありうるぞ」
町のあちこちで、色々な噂が錯綜していた。
そんな中、俺はドーザさんと一緒に、昨日あの男から聞き出した場所の付近へと来ていた。
「この辺りだ」
「ネデル魔法具店……あそこですね」
他の魔法具店とは、あきらかに規模が違う。
人の出入りも多く、かなり繁盛していることが伺えた。
「あんな大事件があった直後なのに、店は盛況なんですね」
「昨日の事件の影響で、護身用の防衛魔導具が飛ぶように売れているそうだ」
「災い転じて福となす、逆に繁盛してるってことですか」
「とにかく、店の中に入ってみよう」
俺とドーザさんが店の入口へ向かうと、そこには厳めしい鎧を着た騎士が二人、護衛として立っていた。
俺がそのまま通り抜けようとすると――。
「待て。お前は店に入るな」
ガチャン、と鞘付きの長剣で立ち塞がれた。
手の甲にあるスパウンの印を見られたらしい。
まあ、想定通り。
「すみません、ドーザさん。俺は入れないようです」
ドーザさんは無言で頷くと、俺を店外に残したまま一人で店内へと入っていった。
俺はその間、すぐ近くにある広場の噴水際で待つことにした。
暇つぶしがてら、俺は足元に膝丈ほどのマッド・ゴーレムを作り出した。
『マスター。そのかわ…奇妙なゴーレムは一体?』
ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたねアカシャくん。
これはだな、私の前世において世界的人気を博した、クマのぬいぐるみを模したものなのだよ。
そう、土で捏ね上げられたそのゴーレムは、愛らしい顔立ちをしたクマの形をしていた。
『人型』ならいけると思い、やってみたら見事成功した。
俺はトコトコと、可愛らしくその土製クマさんを歩かせてみた。
『なぜ今、そのような造形を?』
まあ見ていなよ。
しばらくすると、近くを通った親子が足をとめた。
「ママ!あれ見て!」
小さな女の子が目を輝かせて指をさす。
「かわいい!」
駆け寄ろうとする女の子を、母親が焦ったように制止した。
「いけません!」
「なんで!?」
「あれは……良くないものなの!」
母親は俺の手の甲にある印に気づき、不快感を露わにして睨みつけてくる。
俺はそんな母親の視線はスルーして、子供の足元までピコピコとクマさんを歩かせると、ペコリとお辞儀をさせてみた。
「かわいすぎるー!ママ、これ欲しい!」
俺は母親の方も一瞬顔がデレたのを見逃さなかった。
が、母親は大きく咳払いをして正気に戻る。
「駄目です!行きますよ!」
母親は嫌がる子供の手を強引に引いて、逃げるように去っていった。
俺は今確信した!
前世のキャラデザは、この世界でも通用すると!
『子供を懐柔する作戦ですか?』
「んー、そこまで深い計算はないかな」
俺は公園のベンチの背もたれにもたれ掛かるように、後ろに体重をかけ空を見上げた。
なんだか、ドーザさんから聞いたフラーさんが皆を喜ばせていた時の話が、頭から離れなくてさ。
元々は不労所得生活ができるかも的な理由で選んだゴーレムマスターのスキルだったんだ。
『マスターらしい、実に浅はかな打算ですね』
さらっとディスるのやめてくれる?
だけどさ、純粋に人を喜ばせる道具としても、ゴーレムって使えるんじゃないかなって考えさせられたんだよ。
『大道芸人にでも転職されますか?』
「ははは、それも悪くないかもな」
そんな雑談を交わしながらクマのゴーレムを何気なく動かしていると、通りすがりの人々が足を止め、段々と人だかりができてきた。
「結構、集まってきたな」
笑顔になる子供、不気味そうに怪訝な顔をする大人、あいつが噂の?的に覗いてくる人、様々だ。
そんな中、不意に俺の足元で動いていたゴーレムを、ツンツンとつつく者が現れた。
「……かわいい!」
「!?」
アカシャ!こいつ、いつの間に俺の間合いに入り込んだ!?
確かにそれ程警戒はしていなかったが、アカシャもいる中で、こんな懐近くまで一瞬で入り込んできた目の前の人物に、俺は驚愕した。
『一瞬感知はできましたが……取り急ぎ簡易的に解析・鑑定します』
【解析対象】:ナディ
【レベル】:69
【種族】:ワータイガー(虎獣人)
【スキル】:獣化
特別な移動スキルも無しに、この間合いを詰めたのか?
空間魔法か何かか?
『魔法が発動した形跡や魔力残滓は検出されません』
純粋な身体能力ってことかよ!?
俺は動揺を隠しつつ、クマのゴーレムをその人物に向け、ちょこんとお辞儀をさせた。
するとその人物――大きな虎のしっぽを生やした獣人の女性は、尻尾をぶんぶんと全力で振り回し、瞳をキラキラと輝かせた。
「これ……買える?」
不意に立ち上がり、首を少し傾げながら俺の顔を見て尋ねてきた。
吸い込まれそうな程澄んだ、大きな金色の猫目。
手を伸ばして思う存分撫でたくなるような、見事なけもみみと綺麗な虎柄のしっぽ。
にもかかわらず、首から下に広がるのは艶やかな人間の女性の肉体だ。
180cmはあるであろう俺を少し見下ろすほどの高い背丈と、しなやかに引き締まった肉体美。
太陽に愛されたような小麦色の肌に、無駄な脂肪が一切削ぎ落された締まりきった身体から、圧倒的な戦闘能力の高さがひしひしと伝わってくる。
その一方で、どこか幼さを残した顔立ちとは裏腹に、豊かな曲線を描く胸元と引き締まった腰つきのアンバランスさが、戦闘力以上の凶暴な色気を漂わせていた。
強さと色気が同居するその姿に、俺の視線はすっかり奪われていた。
けもみみの魅力、恐るべし……!
『見過ぎですよ、マスター』
おっと、これ以上じろじろ見たらセクハラになってしまうな。
「いや、ごめんね。これは売り物にできなくてさ」
俺がそう答えると、あからさまに残念そうに耳としっぽがくったりと垂れ下がった。
その解りやすさに、俺は思わず吹き出しそうになる。
「そんなに気に入ったのか?」
「……すごく」
またピコピコと動くクマさんゴーレムをツンツンとつつきながら、実に楽しそうに遊んでいる。
まるで大きな猫みたいだな、とほっこりしていると、周囲にいた冒険者風の野次馬たちがヒソヒソと話し始めた。
「おい、あれって『血爪』のナディじゃないか?」
「ああ、間違いない。ランクB上位の血爪だ。討伐依頼から帰ってきてたのか」
へぇ、二つ名持ちの有名冒険者なのか。
その愛らしい顔立ちと無邪気な仕草からは、ちょっと想像できない物騒な二つ名だな。
「スパウンの奴にも平気で近づくなんて、相変わらず恐れ知らずだな」
「まあ、あいつも獣人だしな。似たようなもんだろ」
「顔と体はいいのに、残念なこった」
クスクスと不躾な笑い声が聞こえてくる。
『獣人は生まれつき保有魔力が少ない傾向にあるため、この国では差別対象となりやすいですが、純粋な肉弾戦における物理戦闘力は極めて高いです』
なるほどな。
魔力至上主義のこの世界らしい不条理さだ。
「君は……俺と話してて平気なのか?」
「?」
俺は自分の右手の甲にある、スパウンの刻印を見せた。
「あ、スパウンの印。……ぜんぜん気づかなかった」
俺の顔と手をじっと見つめると、ケロッとした顔で言った。
「平気。嫌な感じ、ぜんぜんしない」
そう言うと、また夢中になってゴーレムをつつき始めた。
本当に猫みたいな奴だな。
なんだか見ているだけで、殺伐とした事件の疲れが癒やされてくる。
しばらくそのまま様子を眺めていると――。
「いた!おい、おま……君!」
背後から、不意に大きな声で呼び止められた。
「俺?」
「そうだ!俺のことを覚えているか!?」
ハァハァと息を切らせた男が立っている。
……誰だっけ?
『マスターが昨夜、瀕死の神官のために金貨の袋を渡した男性です』
あ!
「あの時の!神官さんの!」
「そうだ!ずっと君を探していたんだ!」
ようやく本命が釣れた!
あれからずっと神官さんの事は気になっていたが、運ばれた場所がわからなかった。
しかも、昨日の事の調査もあり、二つを同時に行うことは時間的にもロスが大きい。
『マスター、もしかしてこのために?』
注目されれば、もしかしたら向こうから来てくれるかもと思ったんだよね。
賭けだったけど。
『考えましたね』
アカシャに褒められると素直に嬉しいぞ!
男は肩で激しく息をしながら、歓喜に満ちた表情で叫んだ。
「神官様が……神官様が目を覚ましたんだ!」
「本当ですか!!」
「ああ!今から案内するから、すぐに来てくれ!」
俺が力強く頷くと、楽しそうにゴーレムをつついていたけもみみ美人が、寂しそうに視線を向けてきた。
「ごめん、行かなきゃならなくなった」
「ん。話、聞こえてた。……また、ここに来る?」
「そうだな。時間があれば」
そいうと、けもみみ美人はスッ立ち上がった。
「私はナディ。……名前、教えて」
「俺は、たきびだ」
「たきび。ぽかぽかして、覚えやすくていい名前」
「ありがとう。またな、ナディ」
「うん。またね、たきび」
俺は男性の方に向き直ると、集まっていた人だかりを速やかに抜け出し、男の後に続いて駆け出したのだった。
――その頃、ハルティアの屋敷では、あからさまに不機嫌なハルティアが、自室の豪奢な椅子へと深く身を沈め、込み上げる苛立ちを殺しきれずに高価なワインを煽っていた。
「チッ……どいつもこいつも、使えん奴ばかりだ……!」
重厚な扉が静かにノックされる。
「ハルティア様。先ほどネデル商会の使いが、手紙を届けに参りました」
部屋に響いたのは、熟練の執事らしい落ち着き払った声だった。
「入れ」
ハルティアが吐き捨てるように命じると、執事が隙のない洗練された所作で室内に滑り込み、ハルティアの前で恭しく一礼して手紙を差し出した。
淀みの無い動きは、一流の暗殺者のよう。
「こちらでございます」
ハルティアは乱暴に封を破り取ると、中の便箋に素早く目を通す。
途端、その額の血管がはち切れんばかりに太く浮き出た。
次の瞬間、ハルティアは手紙を床の絨毯へ叩きつけた。
「無能共が!!」
肩を激しく上下させ、荒い息を吐き散らすハルティア。
「内容をお聞きしても?」
ハルティアが苦々しく顎で床を指し示すと、執事は眉一つ動かさずに手紙を拾い上げ、静かに目を通した。
「なるほど。……いかがなさいますか?」
「どうもこうもない!!」
ハルティアは激昂し、手にしていたワイングラスを執事の顔面へ向けて力任せに投げつけた。
だが執事は涼しい顔のまま、飛来するグラスを首の動きのみの、最小限の傾きで回避する。
グラスは背後の壁に当たって甲高い音とともに砕け散り、深紅の液体が伝い落ちていった。
「今回の発注ミスもなんとか揉み消したというのに、今度はその発注先の奴らに逃げられ、挙げ句の果てに爆発騒ぎまで起こされて……それなのに『助けてください』だと!?ふざけるのも大概にしろ、ゴミ共め!」
「ハルティア様、お声が大きうございます。誰に聞かれるかわかりません」
「黙れ!!」
ハルティアの怒りはとっくに理性を喰らい尽くしており、執事の制止すら彼の前では無力だった。
「この件は必ず審議会で追及される……なんとかしなければ私の立場が……!」
ギリギリと歯ぎしりをする音が部屋に虚しく響く。その時だった。
「ハルティア、入ってもいいかしら?」
甲高い女性の声が響いたかと思うと、返事の許可を待つこともなく、扉を開けて入ってくる人物があった。
ジャラジャラと派手な高級装飾品を全身に纏い、富を露骨に見せびらかすような出で立ち。
ハルティアの母、フローディアだ。
「母上!勝手に部屋へ入るなと何度も言っているでしょう!」
抑えきれぬ怒りのまま、ハルティアは入ってきた母へ怒鳴り散らす。
「そうカリカリしないで、私のかわいいハルティア。先ほどのお話、廊下にまで丸聞こえでしたよ」
フローディアは怒るハルティアにゆっくり近づくと、愛おしそうにその身体を優しく抱きしめた。
「母上……」
そしてフローディアは、ハルティアの耳元へそっと口を寄せ、低く囁いた。
「私に、とても良い考えがあるのよ」
ボソボソと耳元で打ち明けられる企み。
それを聞くうちに、ハルティアの苛立っていた顔は、次第に歪んだ醜悪な笑みへと変わっていく。
「……さすが母上だ」
納得したように頷くと、ハルティアは母の身体から離れた。
「クロード」
「はっ」
ハルティアが呼びかけると、あの熟練の動きを見せる執事がすっと側へ歩み寄る。
ハルティアは耳元で執事に密かに指示を出し始めた。
「……かしこまりました」
指示を聞き終えた執事は完璧な所作で一礼し、部屋を退室していった。
「ふふふ……これなら、すべて上手くいく」
部屋の中に、下卑た満足げな笑い声がいつまでも響き渡る。
『うふふ。楽しみだわ』
フローディアもまた、部屋をどす黒く汚染していくような笑みを浮かべていた。
ご一読いただきありがとうございます。
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次回、第38話は【水の授業】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




