第35話:渦巻く陰謀
フラーの突然の死。それを聞いたドーザは、動きだした。その裏のあるであろう陰謀を暴くため、そしてフラーの忘れ形見を守るため。
その話を聞いていたたきびが、思った事は?
ドーザさんはゆっくり話始めた。
「死因は、ここ一ヶ月ほど患っていた病による病死だと。確かにフラーは昔から体が弱かった。だから、表向き何も違和感無く『そうなのか』で終わる話だったろう。だが……」
ドーザさんは胸ポケットから、古びた一通の手紙を取り出し、俺に差し出した。
同時に、カウンターの店主が新しい酒を運んできて、静かに置いて去っていく。
「これは、読んでしまっても?」
ドーザさんが静かに頷く。
俺は封筒から手紙を取り出し、慎重に目を通した。
「これは……いつ届いた手紙ですか?」
「フラーの死が知らされる、一週間前の日付の手紙だ」
「……」
手紙の内容を要約すると、こうだった。
『この手紙が帝都に届く頃には、私は実家へ着く頃かと思う。当主様から許可をいただいたの。お兄様は帰って来られないかしら?テレスタリアに早く合わせたいわ』
病気のことなど、微塵も触れられていない。
それどころか、実家へ帰る喜びにあふれている。
「殺されたのだと、すぐに理解したよ」
ドーザさんの手の中で、木のジョッキが悲鳴を上げた。
この手紙の内容と、死亡通知のタイミングを照らし合わせれば、真相は火を見るより明らかだ。
「私は自分を呪ったよ。『今まで何をしていたんだ』と。自分の生活の忙しさを言い訳に、フラーは不幸ではないと自分自身に思い込ませ、目を反らしていたんだ」
「ドーザさん……」
「私は翌日、魔物討伐の任についている最中、あえて魔物の攻撃を受けて怪我を偽装し、戦線を離脱した。そして重傷を理由に帝都の騎士団を辞し、知人のつてを辿って、家名を隠してロンブリッツ家の私兵募集に志願したのだ」
「身元はバレなかったんですか?」
「当時、バクストーン家に頻繁に交渉に来ていた仲介役は我が家を陥れるために雇われたものだ。そんな者は屋敷には滅多に出入りしない。それに、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったロンブリッツ家が大量に私兵をかき集めていた時期だったから、潜り込むのは容易だった」
なるほど。
急拡大していた時期だからこそ、素性調査も甘くなっていたわけか。
「潜入した理由は、やはり妹さんの死の真相を突き止めるためですか?」
「それもある。だが一番の目的は、テレスタリアの身を守ることだ。フラーという後ろ盾がなくなった時点で、幼いテレスタリアにまともな味方はいないと分かっていたからな」
亡き妹が残した唯一の宝物を守るためか……根っからの騎士なんだな。
「同じ時期に、既に他領のベルシアで糾問官を務めていた長男ハルティアの元へ、第一夫人とハルティアが引っ越したという話を聞いた時点で、確信に変わった」
「他領?ベルシアはロンブリッツ家の領地ではないのですか?」
「違う。ここはサーベツェリ侯爵領だ。ロンブリッツ家はサーベツェリ家と非常に深い繋がりがあり、密月関係にある」
「だから表向きは『ハルティアの仕事の手伝いや身の回りの世話』名目で移住させ、ほとぼりが冷めるまで避難させたわけですね」
納得いったものの、俺はある疑問をぶつけてみた。
「でも、仮に家督争いが原因だとしても、フラーさんを殺害するメリットがロンブリッツ家にあるでしょうか?フラーさんの予知能力のおかげで勢力を伸ばせたのでしょう?」
「……私も最初はそこが疑問だった。だから密かに屋敷を探り続け……そして真相に行き着いた。答えは、家督争いなどという高尚なものより、遥かに愚かで稚拙な理由だったよ」
ドーザさんの顔が、強い嫌悪感で歪む。
「嫉妬だ。第一夫人の、醜い嫉妬によって殺されたのだ」
なんとなく、その可能性はあるだろうなと思っていた。
あの絵に描かれたフラーさんの人間離れした美貌を見れば、嫉妬で命を狙われる理由としては十分すぎる。
「フラーはロンブリッツ家に来た初日から、第一夫人から執拗ないじめを受けていたそうだ」
自分より遥かに美しく、才能にも恵まれた存在に対する激しい嫌がらせか。
執念って本当に恐ろしいな……。
「その上、テレスタリアは魔力こそ少ないものの、【真偽眼】というユニークスキルを持って生まれてきた。嘘を見抜くその力は、糾問官として立つハルティアにとっても大きな脅威となりうる」
蓄えられた立派な髭を弄りながら、ドーザさんが呟く。
「そこで第一夫人は、家督問題も絡めてハルティアを抱き込み、フラーを排除した……というのが私の見立てだ」
だが、その裏にある真実は、あまりにも救いがなく、胸が痛むものだった。
「夫人が追い出された理由、当主の怒りを買ったのもあるんじゃないですかね。」
「確かにな。第一夫人を自分の屋敷以外にやるなんて、まず無い事だからな」
そう言って話を続けるドーザさんの顔が少し柔らいだ。
「しかし、嬉しいこともあった。テレスタリアだ」
「彼女が?」
「うむ。なんとか彼女の護衛騎士になれた私が見たのは……かつてのフラーのように、誰に対しても明るく、誠実に接するテレスタリアの姿だった」
「確かに。俺……私に対しても、何の偏見もない接し方でしたね」
「言葉を崩して構わんよ」
ドーザさんはそう言うと、一口お酒を口に含んだ。
「なぜ身分の低い者にもそのように接するのか、一度聞いたことがあってな」
ふっと、ドーザさんの強張っていた表情が更に和らぐ。
「すると彼女は、『母の教えです。ちゃんと「人」を見なさいと、常々教えてくださいました』とにこやかに答えたのだ」
フラーさんって、器も大きい人なんだな。
俺が結婚したいくらいだ。
『完全に尻に敷かれますね』
こんな素晴らしい人なら、尻に敷かれても本望だよ。
むしろ敷かれたいね。
『変態』
アカシャの冷たいツッコミを華麗にスルーし、俺はドーザさんの話に耳を傾け続けた。
「俺は嬉しかった。彼女がちゃんと、フラーの意思を継いでいるのだと。……同時に、彼女が母の仇を討とうとしていることも確信した」
「そうなんですか?」
「ああ。俺と同じように……相手に気づかれないような言葉の綾で、色々な人間から情報を聞き出していたのだ」
同じ穴のムジナだから気づいたのかな?
『悪い仲間みたいに言わないでください。似た者同士と言うべきです』
そっか。失礼しました!
「俺も彼女の力になりたくて独自に情報を集めていたのだが、どうにも行き詰まっていてな。そんな時、貴重な情報が舞い込んできたのだ」
少し興奮気味のドーザさんが、酒を煽る。
「ロンブリッツ家次女のメイアスが、ハルティアの不正をテレスタリアに教えてきたのだ。このベルシアで、ハルティアが糾問官の地位を利用し、魔道具で私腹を肥やしていると」
「次女……?」
おいおい、これまた厄介そうな人が絡んできたな。
「どういう関係なのですか?」
「メイアスはハルティアとは母が異なる異母兄妹だ。テレスタリアとは歳が近く、幼少期はよく一緒に遊んでいた仲でな。たびたびハルティアの母、フローディアの嫌がらせからテレスタリアを庇ってくれてもいた」
…それだけで味方という判断は少し軽率すぎないか?
「でも、なぜわざわざそんな情報をテレスタリアに?」
「どうやら、テレスタリアが母の死の真相を探っていると知り、助け舟を出してきたようなのだ」
本当かよ? にわかには信じがたいな。
『家督を狙う第三勢力かもしれませんね』
共倒れ狙いってやつか。
「家督争いで、相打ちを狙っている可能性は?」
「あり得る。……しかし、情報は確かだった。罠だとしても動かないという選択肢はなかったのだ」
「それが、今回のベルシア訪問というわけですか」
「そうだ。今回ハルティアに届くはずだった魔道具の中に禁制品があり、取引先の商会が誤って別の納入先へ届けてしまってな」
「禁制品を?」
「うむ。かなり危険な代物だったらしく、出処を調査するために急遽裁判が開かれることになった」
そんなヤバい魔道具で何をするつもりだったんだ?
「しかも、今回取引していた商会は、過去に何度もハルティアと裏で取引をしていた商会でな。そこで毒も購入していたことが判明した」
「――!?」
「そして、今回の裁判に掛けられる被告こそが、当時ハルティアと直接取引をした本人なのだ」
「なるほど……それで、街の入口で話していたことに繋がるわけですか」
ドーザさんが頷き、再び酒を飲む。
「これは今までにないチャンスだった。テレスタリアはすぐに『重大な案件ですので、私が直接お兄様のお力に』と、父である現当主フーデルガランに直談判し、今回の審議官を務める許可を得たのだ」
「要は、裁判の中で直接質問をして、真偽眼で嘘か本当かを見極めるってことですね」
「概ね合っている」
まさに、公の場で強制的に嘘発見器にかけるようなものか。
「ハルティアにとってみれば、今回の不正だけでなく、下手をすればフラーを殺害したことまで白日の下に晒されかねん」
「で、焦ったハルティアが手を回してきた、と」
「その可能性が極めて高いだろう」
ドーザさんの眉間に深いシワが刻まれる。
「しかし……野盗の件はまだしも、審議の時間を強引にずらしてくるとは!」
ドン!と、ドーザさんが木のジョッキをテーブルに叩きつけた。
「審議の時間をずらすというのは、そんなに異例なことなのですか?」
「滅多にない。審議官を含めた裁判員全員の同意が得られない限り、本来は不可能なのだ」
「立場を利用して、強引に規則をねじ曲げたわけですね……」
ドーザさんの顔に激しい怒りが滲む。
なるほど、構造がよく分かった。
この手の陰謀劇はラノベやアニメでもよくある展開だ。
作品によってはもっとドロドロして酷いケースだってある。
だからこそ、どこか不思議な感覚だった。
自分自身がその渦中にいるというのに、どこかスクリーン越しに物語を観ているような臨場感のなさ。
……だが、これは間違いなく現実だ。気を引き締めないと。
「すまない。厄介な巻き込み方をしてしまって……」
ドーザさんが再び申し訳なさそうに頭を下げる。
「もういいですよ、それよりこれからのことです。……何か打つ手は?」
ドーザさんの顔が重く曇った。
「正直……打つ手がない。最大のチャンスを潰されてしまったからな…」
まあ、そうだよな。
他に対抗できる証人もいなければ、決定的な証拠もない。
「かなり絶望的ですね……」
俺とドーザさんは重い沈黙に包まれた。
すぐに答えが出る問題じゃないな。
「あの、ドーザさん。この話の流れで申し訳ないんですけど……ゴーレム使いの話を聞かせてもらえませんか?」
「おお……そうであったな。少し話題を変えるのもいいかもしれん」
ドーザさんの雰囲気が和らぐ。
「本当に、子供への読み聞かせ程度の内容なのだが――」
その瞬間。
ダァン! と店の扉が荒々しく開かれ、興奮した男が飛び込んできた。
「おい! 町外れの教会が爆発して燃えてるらしいぞ!」
「なんだって!? 魔物か!?」
店内に動揺が走る。
「いや、なにやら口喧嘩の最中にマジックアイテムが暴発したらしい!」
「なんだよ……魔物じゃないのか。驚かせんなよな」
一瞬で場の緊張が解け、いつもの雑多な雰囲気に戻っていく。
この町の人間にとっては、魔物の絡みの事以外はそんなに重要じゃないのかな?
一応爆発騒ぎなんだけど…
「町外れって言うと……『空の教会』か?」
「あんな小さな教会、狙ったって何にもなりやしないだろ」
その会話が耳に届いた瞬間、俺はドーザさんを置き去りにして、弾かれたように店を飛び出していた。
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次回、第36話は【作戦を開始する】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




