第34話:フラー
空の教会にたどり着き、無事ワランと話ができたたきび。しかし、風の神ウルラも乱入して聞きたい事も聞けず終いで空間から弾き出されてしまう。気がつけばドーザとの約束の時間。ドーザは一体、何を語るのか?
ドーザさんが机の上に、見慣れない小さな金属製の箱を置いた。
「デトラ・ベティア、シニス・ヴェル——クラウディテ(右の獣、左の虫、遮断せよ)」
——小さく呪文を唱えると、カチャリと音がして箱が開いた。
「これで周りには声が聞こえなくなった」
おお!音声遮断の魔道具か何かか!?かっこいいな!今度余裕ができたら買おう!
『マスターには魔力が無いため使用できませんが』
……
今俺は、ドーザさんに紹介された店の中、一番奥の角席にいる。
軽く食べ物と飲み物を注文し、これからようやくドーザさんの話を聞ける。
俺は最初、この店にすら入れないのでは?!と思ったが、普通に入れてびっくりした。
どうやらここはドーザさんと深いつながりのある人物が経営している酒場らしい。
この街の情報収集や極秘の会合などに使われる、いわば隠れ家的な場所って事か。
「今まで色々黙っていて失礼した。まずは謝罪させほしい。」
ドーザさんが頭を下げてきた。
「大丈夫ですよ。頭を上げて下さい」
「すまない。では、早速話をさせて頂こう。聞いていて気分のいい話にはならないと思うが…」
ドーザさんが申し訳なさそうに話し始めた。
「事の発端は、私の妹であるフラーが、ロンブリッツ家に側室として召し上げられたのがきっかけだった」
「妹さんが……?」
ドーザさんが重々しく頷く。
「私の妹は、テレスタリアの母だ。つまり私は、あの子の伯父に当たる」
「!!」
正直驚いた。
この二人には何かあるなとは思っていたが、まさか血の繋がりがあったとは。
「テレスタリアさんはこの事を?」
ドーザさんは顔を横に振った。
「テレスタリアは自分に伯父がいる事を知っているとは思うが、私とは面識が無いし、伝えてもいない」
「……」
ドーザさんは話を続けた。
「私の実家であるバクストーン家は、決して裕福ではないものの、代々騎士の家系だった。私も例に漏れず、子供の頃から厳しく騎士の訓練を受けて育ったよ」
そこから、バクストーン家とドーザさん自身の過去についての説明があった。
幼少期からドーザさんは剣技と魔法に非凡な才能を見せ、騎士学校を首席クラスの優秀な成績で卒業。
その後、トーラメルキア帝国の第一都市にある、帝国直属の騎士団に任命。
まさに絵に描いたようなエリート騎士の道だ。
ドーザさん自身も、このまま生涯を騎士として捧げるのだと思っていたようだが——たった一つだけ、大きな気がかりがあった。
それが、妹のフラーさんのことだったという。
「……フラーは、ゴーレムマスターのスキルを持っていたのだ」
「!!」
俺は驚くと同時に、いくつかの疑問が湧き、嫌な予感が背筋を駆け抜けた。
「バクストーン家は騎士の家系として、相応の名声があった。そんな中にゴーレムマスターのスキル持ちがいることは、家にとっても非常に都合が悪かったのだよ」
「……」
「バクストーン家は当然のように、フラーのスキルのことを徹底して秘匿した」
ドーザさんの顔に、悲しげな影が落ちる。
「もしかして、フラーさんに対して……ひどい扱いを?」
「いや。たきび殿が考えているような酷い事は一切していない。父も母も、そして私も、フラーを心から愛していた」
俺は正直ホッと胸を撫で下ろすと同時に、勝手な邪推をしてしまったことに罪悪感を覚えた。
「……すみません。街の人たちの俺に対する対応を思い出して、つい最悪な想像をしてしまいました」
「謝る必要はない。そう考えるのは当然だ。私もフラーが生まれる前は、世間と同じような教育を受けていたのだからな。もしフラーが妹として生まれなければ、私も他の者と同じようにゴーレムマスターを蔑んでいたかもしれない」
ドーザさんは、木のジョッキに入った酒を一口煽った。
俺はどうやら容姿から成人(15歳)していないと思われているらしく、出されたのはただの水だ。
まあ、これから聞く話の重さを想像すれば、酒を飲んでいる場合でもないか。
「フラーは、身内の私から言うのもなんだが、容姿端麗で器量良しだった。ゴーレムマスターを持っているという後ろめたさなど微塵も感じさせない、太陽のように明るい子だったよ」
「……」
「その明るさで、ゴーレムマスターのスキルを隠すどころか、小さな人形を作って踊らせ、みんなを喜ばせていたのだ」
くっ……俺、もう泣きそうなんだが!
こういう健気な話にめちゃくちゃ弱いんだよ、俺は。
『マスター、まだ早すぎです』
「そんな優しくて明るいフラーに、神様が祝福を下さった。15歳の頃、第二のスキルを授かったのだ」
ドーザさんの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「フラー曰く【夢見の事読み】と呼ばれるユニークスキルでな。夢の中で未来を見ることができるそうだった。ただ、遠い未来ではなく、比較的近い未来に限られるとのことだったが」
へぇ……予知夢みたいなものか。
「その的中率は凄まじく、そのスキルによって導き出された内容は、100%の確率で現実となった」
「とんでもないスキルですね……」
「ただ、『その事象自体』は起こるのだが、その後の展開までは確定しないそうなのだ」
?どういうことだ?
『マスター。そのスキル保持者は、未来における重要な『分岐点』の発生を予知できるのだと推測されます。分岐点が訪れること自体は確定事項ですが、そこでどの選択肢を選ぶかによって、その後の結果は変化するのでしょう』
なるほど。
「確定した未来ではなくても、そこに分岐点が来ると分かっていれば、大抵の事態には前もって対策が打てる。と」
ドーザさんが深く頷いた。
「そのおかげで、バクストーン家は数々の危険を回避し、功績を上げていった。……だが、その噂がロンブリッツ家の当主の耳に入ってしまったのだ」
「容姿端麗で器量良し、その上強力なユニークスキル持ちとなれば、貴族なら喉から手が出るほど欲しい人材でしょうね」
「だが、ゴーレムマスターのスキルを持っていることは極秘だったため、父も母も最初は固く辞退したのだよ」
「貴族相手に、断ることができたんですか?」
「フラーは元々生まれつき体が弱く、病気がちだったのだ。それを理由に、重責に耐えるのは難しいと主張してな」
なるほど。体調面の懸念なら、角を立てずに断る理由としては筋が通っている。
「だが、しばらくすると貴族たちの間で良からぬ噂が流れ始めたのだ。『バクストーン家は娘の予知能力を独占して功績を上げ、縁談を持ちかけたロンブリッツ家をも足蹴にして、何か良からぬ企みをしているのではないか』とな」
「あからさま過ぎる……誰かが意図的に流した噂ですね」
「ところが、ロンブリッツ家はその噂を逆手に取ったのだよ。自らバクストーン家を庇い始めたのだ。『バクストーン家にそんな意図はない。当主が、純粋に彼女の美しさに惚れ込んでいるのだ』とな」
「うわ……噂を流させたのは、ロンブリッツ家確定じゃないですか。完全に出来レース!」
「デキレ?まあ、自作自演で自分たちの株を上げつつ、バクストーン家に貸しを作り始めたわけだ」
あの芝居がかったハルティアの顔を思い浮かべると、その場の胸糞悪いやり取りが目に浮かぶようだ。
子が子なら、親も親ってことか。
「流石にそこまで手を回されては、無下に断り続けることもできなくなった。そこで父は、苦肉の策としてフラーが持つ『もう一つのスキル』の真実を明かし、諦めてもらおうとしたのだ」
「確かに、ジョブが世間から蔑まれるゴーレム使いだと知れば、引き下がる可能性は高いですね」
「ところが——」
これまでで最も険しい顔になり、ドーザさんは酒をもう一口、口に含んだ。
「ロンブリッツ家は、脅してきたのだよ。それまでの友好的な態度を一変させてな。『世間にバラされたくなければ、娘を差し出せ』『家が取り潰されてもいいのか』とな」
「……っ」
ごまかしを続けようが、本当の事を言おうが、どちらにしろ詰んでいたんだ。
最初から側室として迎える気なんてない。
バクストーン家を道具として利用できれば、どんな形でも構わなかったということだ。
「あの手のひら返しを見れば、ロンブリッツ家に嫁いだところでフラーが幸せになる可能性など皆無だと分かっていた。だから私は、刺し違えてでもその縁談を止めようとした。しかし……」
「……」
「フラーは、承諾したのだ。私の目の前で!私たち家族を守るために……!」
ギリリ……と、ドーザさんの握りしめた拳から、骨の鳴る音が響く。
「何もできなかった。父も、母も、そして俺も……!」
いつもの言葉使いの崩れ方と表情で、自分の不甲斐なさへの怒りが容易にわかる。
その悔しさを噛み殺すように、酒を一気に飲み干すドーザさん。
「それからは、あり得ないスピードで話が進んでいった。というより、ロンブリッツ家の要求をすべて呑まざるを得なかったのだ」
「……一度弱みを握られてしまったら、そうなってしまいますよね」
「タイミングの悪いことに、私にも帝都から緊急の招集がかかり、帝都へ赴かざるを得なくなった。何もかもが、フラーをロンブリッツ家に送るために仕組まれていたように思えたよ」
俺も喉の渇きを覚えて、冷えた水を一気に飲み干した。
「その後、ロンブリッツ家はフラーの力を利用して次々と功績を上げ、メキメキと勢力を伸ばした。その躍進ぶりは帝都にまで届くほどだったよ。そんな折、フラーから一報が届いたのだ。——子供ができた、と」
さらに握りしめられたドーザさんの拳が、ミシミシと音を立てる。
「……」
今までの対応から、ゴーレムマスターのスキルを持つ女性を孕ませるほど、その人を愛していたとは到底思えない。
つまり、誤解を恐れずに言えば……ただの遊び半分。
容姿の良さから単なる気晴らしや慰みものにしたことは容易に想像がついた。
「手紙には、とても可愛い女の子が生まれたこと、今度私にも会わせたいということが、苦労を微塵も感じさせないほど明るい文章で書かれていた。いくら読み返しても、助けを求めるような暗号は隠されていなかったよ」
妹の性格を知っているからこそ、裏に隠されたSOSを探したのだろう。
「正直なところ、私は少し安堵してしまったのだよ。妹は思ったほど辛い状況ではないのかもしれない、と。そして妹の予知能力がある限り、ロンブリッツ家も彼女を無下に扱うことはないだろう、と……」
カウンターの奥にいる店主に向かって、ドーザさんが軽く手を挙げた。
店主は無言で頷き、新しいお酒の準備を始める。
「そして手紙のやり取りを重ねるうちに、私の中の『ロンブリッツ家の血を引く子』への忌避感も薄れていった」
ドーザさんは懐から、一枚の折りたたまれた絵を取り出し、机の上に広げた。
そこには、椅子に腰掛けたとんでもない美人さんと、その膝の上にちょこんと座る、3〜4歳くらいの愛らしい女の子が描かれていた。
「これが……?」
「フラーと、幼い頃のテレスタリアだ」
「フラーさん、めちゃくちゃ綺麗な方ですね……!」
手描きの絵でこのレベルなら、実物は傾国レベルの美貌だったんじゃないか?
「こうして見ると、テレスタリアさんもお母さんの面影をしっかり受け継いでいますね!」
俺がそう言うと、本日初めて、ドーザさんの顔がふっとほころんだ。
「それから、表面上は何事もなく時が過ぎ、フラーがロンブリッツ家に渡って10年が経った。そして、それは突然だった。」
急激にドーザさんの表情から温もりが消え、これまで以上の深い影が落ちた。
「フラーが死んだ——、と、一報が届いたのだ」
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次回、第35話は【渦巻く陰謀】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




