第33話:空の教会
町を探索したたきび(永灯)だが、ゴーレム使いに向けられた侮蔑の感情は予想以上だった。そんな中ワランとの約束を守るため、ベルシアにある空の教会を探し出し、訪れるたきび。そこでお祈りを捧げると…
中から足音が近づいてくる音が聞こえ、重々しくゆっくりと扉が開かれていく。
そして、きれいな青色の法衣を纏った、穏やかそうな顔の初老の男性が現れた。
「いかがされましたか?」
「ここはワラン様が祀られている場所で間違いないですか?」
「いかにも。ここは空の教会です」
とても丁寧に対応してくれる。
俺は少しだけ安堵しながら尋ねた。
「お祈りを捧げたいのですが、いいでしょうか?」
それを聞いた瞬間、クレリックの表情がパッと明るくなった。
「もちろんです!」
クレリックは歓迎するように扉を大きく開けてくれた。
俺はそのまま中に踏み込もうとしたが、一瞬だけ足を止め、ふと思い直して声をかけた。
「あの……一つ質問いいですか?」
「なんでしょうか?」
俺は無言で、右手の甲をクレリックに見せた。
そこにはあの烙印がある。
「どうやらこの町では、私はスパウン……邪神の落とし子と呼ばれているのですが、こんな私でも入れますか?」
すると、クレリックの顔が急に険しくなった。
あ、これダメなやつじゃね……?
俺が内心諦めかけた時、クレリックは強い口調で言った。
「当然です!このような差別や迫害が行われている事自体、恥ずべき事だというのに……!」
そう言うと、彼はさらに扉を押し開き、中へ入るよう手で促してきた。
おやおや!?この町に来てはじめて普通に接してくれる人が出現したぞ!?
「そもそも『邪神』などという言い方が広まった事自体が間違いなのです」
これは……!何か新しい手がかりが掴めそうだぞ!
『やりましたね、マスター』
だな!
俺はクレリックに向き直り、目を輝かせた。
「そうなのですね!ぜひその辺りのお話も詳しく伺いたいです!」
「私でよろしければいつでも!ささ、その前にお祈りをどうぞ。あれがワラン様を模した像です」
示された先には、決して大きくはないが、とても精巧に作られた神像が祀られていた。
すげぇ、本物そっくりじゃん。
『何度か地上に顕現されているので、それを元に作られたのでしょう』
「それでは、この出会いに感謝を込めて」
クレリックが神像の前で片膝をつき、両手を組んだ。
前世の宗教にも同じような作法があったなと思い出しながら、俺も真似をしてお祈りの姿勢をとった。
その瞬間――視界が眩い光に包まれ、急に真っ白な空間へと投げ出された。
「永灯さん」
「!?」
聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、ハッとして目を開けて前を見る。
そこには、彫像と全く同じ姿をしたワラン様が立っていた。
そして開口一番、
「申し訳ございませんでした!」
と、深々と頭を下げてきたのだった。
おぅ……なんだろう、この凄い既視感。
「まさか【ムルジュ・カルタ】に飛ばされていたなんて思わず……!」
「ムルジュ・カルタ?」
『マスターがいた奈落の森の事です』
ああ、あの過酷すぎる森のことか。
俺は苦笑しながらワラン様を見た。
「お久しぶりです、ワラン様。俺に会う度に毎回謝ってないですか?」
「ははは……」
苦笑いするワラン様の顔が、相変わらずやばいくらいに可愛い。
「相変わらずの童貞ジェノサイド神っぷり」
「な!?また何を言っているんですか!」
俺がクスクスと笑うと、ワラン様も釣られたようにクスクスと笑い出した。
『お二人とも、仲がよろしいですね』
脳内でアカシャが会話に割って入る。
「久しぶりですね、アカシャ」
『お久しぶりでございます、ワラン様』
俺は驚いて二人に問いかけた。
「あれ!?二人って知り合いなの!?てか直接会話できるの!?」
『ワラン様は私の生みの親ですので』
「え!?」
「と言っても、アカシャそのものではなく【解析・鑑定】の方ですけどね」
「そうなんだ!」
「教える事にいろいろと制約がありましたからね。ちなみに【インベントリ】も私が作り出したスキルですよ」
「じゃあ俺、無意識に二つもワラン様のスキルを取ってたのか」
ワラン様はニコニコと笑っている。
相変わらずの圧倒的イケメンだ。
「それはそうと、あまり時間が無いので、まずなぜ永灯さん……あ、今はたきびさんでしたね。たきびさんがどうやってムルジュ・カルタに送り込まれたのか説明します」
真剣な表情になったワラン様が、事の経緯を語り始めた。
ワラン様が俺を所定の安全な場所に転送した後、どうやら魔の神ミリン・パンガが、転送スキル自体に遅延発動の妨害魔法を掛けていたらしい。
しかもそれは普通には発動せず、『アルチャ』がそのスキルを選んだ時にだけ起動する、非常に手の込んだ仕組みだったそうだ。
「なんでそんな手の込んだ嫌がらせを?」
「それは……」
ワラン様は言葉を濁し、気まずそうに目を逸らした。
あ、今これは立場上言えないやつだな。
「まあ、とにかく事情は分かったよ。でも最初ちょっと疑っちゃったよ。ワラン様が意地悪でやったんじゃないかってね」
「本当に申し訳ありません……!」
ワラン様は再び深々と頭を下げる。
「じゃあ、ミリン様だっけ?その神様には気をつけた方がいいって事だね」
「はい。ちなみに今、永灯……たきびさんは『死んだ』事になっているのですが……」
「はい!?」
思わぬ言葉に大声を上げてしまった。
ワラン様はその理由についても説明してくれた。
どうやら、スキルをアカシャに進化させる際の莫大な魔力の引き換え現象が、人の命が尽きる最後の瞬間に酷似していたらしい。
そのため、神々全員が死と認識したのだという。
「アカシャが後で教えてくれるまでは、私もそう思っていましたから」
「以前に会ってたの?」
『はい。私が、私を認識した時に。相談もありましたので』
「相談?」
『乙女の秘密です』
なんだが解せないが、乙女の秘密と言われたら引き下がれとばあちゃんに教えられてるから引き下がるしかないか。
「つまり、ワラン様以外の神様達は、俺が生きている事を知らないと」
「その通りです」
俺の知らないところで、大変な事態になってたのね。
「分かったよ。と言っても、どうすればいいかなんて分からないし。俺は今まで通り、好きなように生きるよ」
「それで問題ありません」
ワラン様は満面の笑みで微笑んだ。
「ところでさ、ゴーレムマスターのスキルについて聞きたいんだけど……」
俺がそう切り出した瞬間だった。
「ねぇねぇ、そこにアルチャくんがいるんでしょ?」
空間に、聞き慣れない軽い声が響き渡った。
ワラン様の表情が劇的に変化する。
「ぼくもお話させて貰っていいかな?いいよね?」
「ちょっ、なぜあなたがここに!?」
ワラン様が今までにないほどの動揺を見せる。
「たきびさん、少しお待ちを!」
ワラン様が突然、俺の前から姿を消した。
「なんだ?一体誰なんだろう?」
『神々のどなたかかと推測されます』
「でもさ、俺って他の神様からは死んだ事になってるんだよね?」
『可能性があるとしたら……』
アカシャが答えを出す前に、ワラン様が再び姿を現した。
そして、その斜め後ろには見知らぬ男の人が立っていた。
ワラン様より少し小柄だが、均整の取れた引き締まった体つき。
上半身は裸で、見事な肉体美を誇っている。
特徴のあるヒスイ色の髪に、吸い込まれそうなほど深い緑がかった瞳。
ワラン様とはまた違う、独特の魅力を醸し出していた。
「たきびさん、すいません……どうしても断れずに……」
「やあ!君がアルチャくんだね。ぼくは風の神ウルラ・シル。会えて嬉しいよ〜。よろしくね〜!」
軽いノリで手を挙げて挨拶してきた。
『ウルラ。約束は守って貰うよ』
『もちろん!ミリンには絶対言わないよ〜』
風の神……?
『……やはり。あのグリフォンに加護を与えたのは……』
!!
俺は一瞬で警戒態勢に入った。
グリフォンはこの神の眷属なのか?
もしかして討伐した件で仇討ちにきたのか!?
「いやだな〜、そんなに警戒しないでよ!ぼくはお礼を言いに来たんだからさ〜」
「お礼……?」
「そうそう〜!」
ウルラの体がフワリと浮き上がり、俺の目の前へとゆっくり降りてきた。
「グリフォン、倒してくれたでしょ?そのお礼!」
屈託のない子供のような笑顔。
この神様もベクトルは違うが、超絶整った顔立ちをしている。
神様達って、みんなこんなイケメンばかりなのかよ……。
「あいつ、はじめの頃はみんなにいじめられててさ。かわいそうだから加護をあげたら、スキルが覚醒しちゃってね」
困ったように首を傾げる仕草も超絶可愛い。
「そしたらどんどん付け上がっちゃって。最近じゃ『神を喰らう』なんて言い始めてさ〜」
うわ。あいつ絶対言いそう!
「本当に可能そうだったから、どうしようかなって困ってた時に、君が倒してくれてさ!本当に助かったよ!」
ウルラは俺の手を両手でギュッと握り、ブンブンと振り回した。
「神様だったら、ご自身ですぐ何とかできたんじゃないですか?」
「いやいや、神だからこそ、地上にはおいそれとちょっかいを出しづらいんだよね」
そうなんだ。こちらの神様は顕現もできるみたいだし、結構地上に介入してくるのかと思った。
「そんな事めったにしないよ〜。するにしても他の神々の許可も必要だしね」
あ、心読めるんだっけ。
後ろからワラン様が厳しい声をかける。
「ウルラ。そういう事情を話してはいけませんよ」
「そうだった!アルチャくん、今の話は聞かなかった事にして忘れてね!」
ウルラは可愛らしく「てへぺろ」とウインクしてみせた。
ぐぬぬ……この世の全てのショタ好きを殺しにかかってくるやつだ。
よし、今日からウルサ様はショタ好きジェノサイド神と命名しよう。
「なにそれ!!」
ぷくっと頬を膨らませて少し怒り気味の顔も完璧だ。
そして俺は、後ろで下を向いて肩を大きく揺らしているワラン様を見逃さなかった。
ワラン様、笑い過ぎですよ。
「それでね!お礼なんだけどさ、ぼくも君に加護を――」
「ウルラ!」
ワラン様が真剣な顔で制止する。
「……と思ってたんだけど、ワランがこんな感じで厳しいしさ〜」
ちぇっと口を尖らせたウルラは、フワフワと空中を漂い始めた。
「だから、ぼくなりに工夫を凝らしたお礼にするよ!」
空中で両手を広げ、ピタリと制止する。
その姿はどこか神々しく、まるで神が降臨したかのような神秘的な雰囲気を纏っていた。
あ、神様か。
しばらくの沈黙の後――
「はい。終わり!」
「?」
俺は自分の身体を見回したが、特に変化はなさそうだ。
『マスター、ステータスにも何の数値的な変化も見られません』
一体何が起こったんだ?
「後でのお楽しみ〜!」
ウルラ様は無邪気に楽しそうに空中をフワフワと泳いでいる。
それを見てワラン様は深いため息をついた。
「それにしてもさ、アルチャくん」
急にウルラ様の顔が接近し、俺の目の奥を覗き込んできた。
近い!イケメンの顔が近すぎる!
「なんで君、魔力が全く感じられないのに生きてるの?」
ドクン、と心臓が大きく跳ね上がった。
俺は瞬間的に何も考えない事にした。
下手な思考を浮かべれば、心を読まれかねない。
「……ワランの加護が邪魔してるからよく分からないんだけど、なんか不思議な感じがするんだよね……」
無だ。俺は今、何も考えていない無の境地だ……
「ウルラ。そろそろ……」
「え〜!アルチャくん面白いからもっとお話ししたかったのに〜」
ワラン様がすまなさそうに俺を見た。
「たきびさん、何か聞きたい事があったんですよね?すいません、もうあまり時間が無くて……」
えっ!もう時間ないの!?聞きたい事が山ほどあるんだけど!
だが時間が無いなら仕方ない。
せめて感謝の気持ちだけでも伝えるんだ!
「えっと、まずはまた命を救ってくれて本当にありがとうございました!」
ワラン様がニコッと優しく微笑んだ。
「あと、このナイフとテントに特殊効果をつけてくれてありがとうございました!」
「……え?」
「え?」
『え?』
ウルラが目を輝かせて割り込んでくる。
「何何〜?何か面白い話〜?」
あれ?俺が思ってたのと全然違う返事が返ってきたぞ!?
ワラン様は謎の焦り顔を浮かべ、急ぎで告げた。
「たきびさん!機会があればまた会えますので!また神殿や教会でお祈りしてください!」
「アルチャくん、ぼくも見てるからさ、もっと楽しませてね〜!またね〜!」
強引に意識が身体へと引き戻される感覚があり、俺はハッと目を開けた。
目の前には、薄暗い教会とワラン様の神像があった。
「……」
『いろいろと、また謎が増えましたね』
なんでちょっと楽しそうなの、アカシャ……
「お祈りは終わられましたでしょうか?熱心にお祈りされていたようで感心いたしました。」
静かに見守っていたクレリックが優しく問いかけてきた。
「あ、はい、ありがとうございます」
ふと窓の外を見ると、すっかりあたりは暗くなっていた。
そろそろドーザとの約束の時間かな。
俺がすっと立ち上がると、クレリックが期待に満ちた目で言った。
「それでは、先ほどお尋ねになった邪神の件についてお話しいたしましょうか!」
「あ、すみません!これからどうしても外せない予定がありまして」
「なんと!それは……非常に残念です……」
クレリックは分かりやすいほど露骨にショックを受け、もの凄くしょんぼりしてしまった。
うわ、なんかすごく悪い事しちゃったな……
俺はインベントリから金貨を取り出した。
「これ、少ないですがお布施としてお受け取りください」
俺は金貨3枚をクレリックの手元に手渡した。
金貨3枚だと日本円で大体3万円相当。
この世界だと大人2、子供1人の家族が大体一ヶ月暮らせる金額だ。
すると次の瞬間、彼はパアァッと今日一番の眩しい笑顔を弾けさせたのだった。
「ありがとうございます!ワラン様のご加護が貴方と共にありますように。またいつでもお越しください!」
「はい、また来ます。その際はお話の続きをぜひよろしくお願いします」
俺は苦笑いしながら教会を後にした。
「なあ、アカシャ。あの神官、結構お金好きだよな」
『ワラン様の信者には商人が多いと聞き及んでいます』
「ああ、インベントリとか鑑定とか、商売にめちゃくちゃ便利だもんな」
『ですので、商魂たくましい方が多いのではないでしょうか』
「ははは。なるほどね」
理不尽に他人を差別する奴らに比べたら100倍良いやと思いながら、俺はドーザと約束している待ち合わせ場所へと足を向けたのだった。
ご一読いただきありがとうございます。
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次回、第34話は【憂鬱】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




