第30話:たきび
ピンチを打開するために放った永灯の一言は、その場の全員の頭の上にはてなマークを浮かべて、時間停止のスキルを使ったように動きを止めた。
はたして、永灯はピンチを切り抜けられるのか?
『?』
「?」
俺が、土壇場で叫んだ渾身の質問。
その意味不明すぎる問いかけに、現場の空気が一瞬で凍りついた。
周囲を囲む護衛騎士たちだけではない。
アカシャでさえ、一瞬沈黙したほどだ。
――どんな状況でなんてバカな質問を投げかけているんだ?
その場にいた全員の脳裏に、全く同じツッコミが駆け巡ったに違いない。
静まり返る街道。
張り詰めた沈黙が、数秒間ほど続いた。
その沈黙を破ったのは、唐突な破裂音だった。
「……ぶっ!」
絢爛な馬車の中から、吹き出し声が漏れ聞こえてきたのだ。
俺も含め、全員の視線が一斉に豪華な馬車へと注がれる。
「くすくすくす……ふふ、あはははははは!」
もはや抑えきれないといった風の、可憐で高らかな笑い声が静寂を切り裂く。
「お、お嬢様!そのような下品な笑い方は……ぷ、ぷぷっ!」
諫めようとした侍女らしき女性まで、耐えきれずに吹き出した。
「だってノリア、あの状況で……あんな命乞いの言葉を大声で叫ぶ人なんて、私、生まれて初めて見ましたわ……!」
二人分の笑い声が重なり、馬車全体が震えている。
さらには、それにつられたのか、俺を取り囲んでいた護衛騎士たちの数人からも「カタカタ……」と不自然な音が漏れ始めた。
鎧が微動している。
どうやら騎士たちのツボにも見事にハマってしまったらしい。
緊迫した戦闘態勢はどこへやら、である。
ひとしきり爆笑が続いた後、馬車の中から深いため息混じりの声が響いた。
「はぁ……はぁ……んんっ。護衛騎士の皆さん、剣を収めて下さい」
その言葉と同時に、騎士たちはカチャンと音を立てて剣を鞘へと収めた。
直後、馬車の扉が静かに開き、中から一人の若い女性が姿を現す。
「お嬢様!」
止める声を意に介さず、彼女はこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
艶やかな金色のストレートヘアに、吸い込まれそうなほど大きなエメラルドグリーンの瞳。
瑞々しく張りのある肌からは、年齢が十六から十七歳程度であることが窺える。
ボリュームのある豪華なドレスを纏っているが、その佇まいからは細身でバランスの取れたスタイルの良さがしっかりと伝わってきた。
誰が見ても「超絶美少女」あるいは「絵に描いたような貴族のお嬢様」と絶賛するにふさわしい女性だ。
立ち並ぶ騎士たちは一斉に道を開け、片膝をついて頭を垂れる。
ただし、先ほどまで俺と対峙していたナイスミドルの部隊長だけは、立ったまま鋭い視線で俺への警戒を続けていた。
うおぉ……本物の貴族のお嬢様が出てきたぞ…
まさに「テンプレ」のような出で立ちに感動している俺の脳内から、冷ややかな声が届く。
『まさかこのような滑稽な一手で難を逃れるとは……これも天文学的…』
アカシャさん、今はちょっと黙っていようか?
お嬢様は俺の前まで来ると、洗練された美しい所作で優雅にお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私はロンブリッツ伯爵家が三女、テレスタリア・ロンブリッツと申します」
まさに王道を行く貴族の挨拶。
育ちの良さが全身から溢れ出ている。
「先程は不逞の盗賊どもからの襲撃に際し、ご助力いただいたにも拘わらず……その、恩を仇で返すような真似をしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
テレスタリアは、綺麗に並べた手を腰の前に置き、深く深く頭を下げた。
「お嬢様!そのような者に頭をお下げになってはなりません!」
眼鏡をかけた、いかにも『厳格な教育係』といった風貌の妙齢の女性――ノリアと呼ばれた侍女が駆け寄り、慌ててお嬢様を叱咤する。
騎士たちの間にも「おいおい」といったざわめきが広がった。
恐らく、俺のような素性の知れない「汚れた者」に貴族が頭を下げるなどあり得ない、ということなのだろう。
だが、テレスタリアは毅然とした態度で首を振った。
「良いのですノリア。このお方が、私達に対して一切の敵意を抱いていないことは既に確定しています。」
ん?なんで言い切れるんだ?
俺が首をひねると、すかさずアカシャの解説が入る。
『彼女はユニークスキル『真偽眼』を保持しています。相手の言語や態度の嘘を見破り、自分に対して敵意や害意を向けているか否かを一瞬で判別する知覚系スキルです』
なるほど。歩く高精度の嘘発見器というわけか。
「何度も申し上げましたが、敵意の有無などという、そういう問題ではないのです!」
ノリアは俺の方をギロリと睨みつけてくる。……が、俺の顔を直視した瞬間、サッと横を向いて「ぷっ」と肩を揺らした。
「ノリア!だから貴女のその態度が間違っていると言っているのです!」
テレスタリアが語気を荒げてノリアを諫める。
だが、そのテレスタリアも顔を背け、「ぷふっ」と吹き出した。
『ぷっ』
アカシャ!便乗しない!
周囲の異様な空気に耐えかねて、俺は苦笑いを浮かべながら手を振った。
「あの……俺、私は特に気にしていませんので」
「な、なんですか!その不遜な態度は!貴族家のお嬢様に対する言葉遣いではありませんよ!」
間髪入れずに突っかかってくるノリア。
だが、その矛先をテレスタリアが毅然と遮った。
「いい加減にしなさい、ノリア!下がりなさい!これは命です!」
ハッとしたノリアは、今度は思い出し笑いをする余裕もなく、一転して神妙な顔つきになった。
「……失礼いたしました」
ノリアはうやうやしく一礼し、静かにテレスタリアの背後へと下がった。
「本当に、私の家臣が無礼を働き、大変失礼いたしました」
お嬢様は再び俺に向かって深々と頭を下げる。
「いえ、本当にもう大丈夫ですから。どうぞ顔を上げてください」
「過分なお言葉、感謝申し上げます」
テレスタリアが顔を上げ、まっすぐに俺を見つめた。
これでようやく、まともな会話ができそうだ。
「それで……私はどうすればいいでしょうか?」
俺の問いかけに、お嬢様は少しだけ困惑と申し訳なさの混ざった表情を浮かべた。
「……このような事態を引き起こしておきながら、重ねて身勝手なお願いとなりますこと、真に心苦しく存じますが……」
テレスタリアから提示されたお願いは、以下の三点だった。
一つ、捕縛した盗賊は全て「騎士団が自力で捕縛した」という扱いにし、身柄もそのまま引き渡してほしいこと。
二つ、今回一行を助けたのは「ゴーレム使い」ではなく、「通りすがりの錬金術師」だったことにしてほしいこと。
三つ、今日ここで起きた一連の出来事は一切他言無用とし、全て忘れてほしいこと。
「本当に、厚かましすぎるお願いであることは重々承知しております。ですが……どうか」
お嬢様の表情と醸し出される雰囲気を見れば、彼女が本気で心苦しく思い、申し訳なく感じていることが痛いほど伝わってくる。
育ちが良いだけでなく、根が非常に優しく誠実な人なのだろう。
きっと将来、良い妃になるに違いない。
と、感慨に耽っていると、なんと彼女は俺の両手をキュッと優しく握りしめ、上目遣いで見つめてきた。
くっ……!そんな濡れたエメラルドの瞳で見つめられなくても、俺は一度交わした約束は死んでも守る男だぞ!
『……落ちましたか?』
落ちてねぇよ!俺はこれでも前世で五十年の人生経験を積んだ初老のおっさんだぞ。十代の小娘に鼻の下を伸ばすような事なんてしない!
「なにも問題ないでしゅ!」
『思いっきり噛んでいますが』
くっそうっ!!
「……!寛大な御心、感謝申し上げます!」
俺の「噛み倒した承諾」を聞き届けたお嬢様の表情が、一気に華やかに明るくなった。
距離が近い!美少女の顔が近すぎる!
『……』
おいアカシャ、冷ややかな沈黙で威嚇してくるんじゃない
「そういえば……お助けいただいた貴方様のお名前を、まだ伺っておりませんでしたわね」
あ、そういえば名乗っていなかった。
「これは失礼しました!私の名前は……え」
言いかけて、俺はハッと口を噤んだ。
待てよ……俺の本名を教えて良いものか?
以前、アカシャがワラン様の加護がどうのこうのって時、「真名」みたいな事言ってたな。
この世界では、もしかして下手に本名を名乗ると呪いの標的にされたり、ステータスを割り出されたりする危険があったりする?
ヤバい、偽名なんて全く考えていなかった!
「……え?」
「え、え〜と、その……」
「?」
「……『たきび』です」
「……たきび?」
「はい。俺の名前は、たきび、と言います」
背後のノリアが「ぷっ」と盛大に吹き出した。
『下賤な者にふさわしい奇妙な名前ね』とでも言いたげな生温かい目で見ている。
敵認定だ、あいつ!
『ぷっ』
アカシャまで笑うな!!
「たきび……様。とても温かみのある、素敵なお名前ですね!」
テレスタリアはパッと笑みを咲かせた。
なんて出来た子なんだ!
おいノリア、そしてアカシャ、爪の垢を煎じて飲め!
今すぐタライ一杯分飲め!
「たきび様は、この後どちらへ向かわれるご予定なのですか?」
来たぞ!異世界定番の移動イベントだ!
「はい。まずは一番近くにある街まで行こうと思っています」
「まあ!一番近い街でしたら『ベルシア』ですわね。私達も、そのベルシアへと向かう途中でございますの!」
これは間違いなく馬車に同乗させてくれるイベント発生だな!
「お話し中に失礼いたします。発言をお許しください」
そこへ、ずっと警戒を解いていなかったナイスミドル部隊長が割り込んできた。
「許します。何事ですか?」
「お約束の刻限が迫っております。これ以上の滞留は…」
「いけない!私としたことが、すっかり時間を失念しておりましたわ!」
急に俺の手を放し、焦り始めるテレスタリア。
「たきび様、十分なお礼も差し上げられず、真に申し訳ございません。私共、急ぎの所用がございますので、これにて失礼いたします。」
「あ、はい」
「このような慌ただしいお別れとなりますこと、重ねてお赦しください。たきび様の今後の旅路に、神の気高き加護があらんことを。――参りましょう」
「あ、はい」
言いたい事だけを勢いよく言い残すと、お嬢様はノリアと共に慌ただしく馬車へと乗り込んでいった。
護衛騎士たちが素早く馬の手綱を取り、馬車がギシギシと音を立てて発進し始める。
……あっれ〜??乗せていってくれないの??
『あてが外れましたね、マスター』
淡々と煽らないでくれる?……こんなパターンもあるのかよ……
徒歩でベルシアとやらを目指すしかないのかと途方に暮れていると、馬車の殿を任されていた部隊長が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「……先程は、貴殿の命を無差別に奪おうとしたこと、大変失礼した」
本来なら「失礼した」で済むような話ではないのだが、彼の佇まいには一切の嫌味がなかった。
「……はぁ。まあ、仕事だったんですよね。」
「……。貴殿と直接対峙した時、勝てるイメージが全くわかなかった。恐らく全員でかかっても…命拾いをしたのは、我々の方だったな」
『さすがは百戦錬磨の部隊長といったところでしょうか。マスターの底知れない力の一端を、本能的に察知していたようです』
「これは、貴殿が受け取ってくれ」
部隊長が出してきたのは、あのずっしりと重い革袋だ。
中からはジャラリと硬貨の擦れ合う音がする。
「……では、遠慮なく」
「それと……差し出がましいとは思うが」
部隊長は手甲を外すと、その下にはめられていた重厚な金属製の腕輪を取り外した。
「これは私からの個人的な謝罪と、敬意の印として受け取ってほしい」
「腕輪……ですか?」
俺が首をひねると、アカシャが即座に鑑定情報を送ってくる。
『これはアーティファクトの一種、『隠者の腕輪』です。装着者のステータスやスキル構成を偽装・遮蔽する強力な効果を持っています』
え!?アーティファクト!?
「い、いいんですか!?これって……!」
さすがの俺も受け取るのを躊躇した。
「この先にあるベルシアは、規模こそ大きい街だが……貴殿のような存在にとって居心地の良い街とは言えん。そして……お嬢様にとっても…」
部隊長の表情が、苦々しく険しいものへと変わる。
ナイスミドルの渋い顔は、それだけで画になるな。
「この腕輪を使えば、職業を隠蔽できるはずだ」
「そうなんですか」
…ゴーレム使いって、そんなに差別されてるのか?なんでだ?
不思議がっている俺を見つめていた部隊長が突然
「こんな事を貴殿に頼むのが、筋違いであることは重々承知している。だが……どうかお嬢様を……テレスタリア様をお守りいただけないだろうか?」
「……は?なんですか突然!?」
一体全体何を考えているんだ、この人は。
さっきまで殺し合おうとしていた相手に向かって、「お嬢様を守ってほしい」などと依頼してくるなんて。
「……いいんですか?俺は貴方たちから見れば『汚れた者』なんでしょう?」
「お嬢様が『敵ではない』とおっしゃったならそれで十分。味方は多い方がいい。それに私は騎士だ。出自や身分より、純粋な強さを重んじる。貴殿は強い」
「……」
『どうしますか、たきび様』
さらっと名前呼びを差し込まないで。調子が狂うから。
さて……どうしたもんかなぁ。
これ、間違いなく面倒なトラブルに巻き込まれるフラグだよな。
俺は少し困り顔で、部隊長を見つめた。
「このまま金貨と腕輪だけ受け取って、逃げる事だってできますけど?」
「……そうなったとしても、貴殿を恨みはしない。これはあくまで、私の個人的なワガママなのだからな」
はぁ……。昔から人に頼まれると、断り切れないのが俺の悪い癖なんだよな。
「……分かりました。このアーティファクトは、前払い報酬としてありがたく頂戴します。ですが、完璧に守り切れるかどうかの約束はできませんよ?」
その瞬間、部隊長の強面に、初めて晴れやかな笑顔が浮かんだ。
「恩に着る!……おかしなゴーレム使い殿!」
彼は力強く右手を差し出してきた。
「……たきび、です」
俺はその手をしっかりと握り返した。
「失敬!そうでしたな!私の名前は、ドーザ・バクストーン。よろしく頼みますぞ、たきび殿!」
俺はドーザ部隊長と共に、先へと進む豪華な馬車の後を静かに追うのだった。
ご一読いただきありがとうございます。
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次回、第31話:【ベルシア】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




