第28話:人助けのテンプレ
グラトニー・グリフォンよりもレベルが高く、攻撃方法が全くわからないスライム・アバドンとの遭遇から、一気に緊張感が高まる永灯。湿地帯を早く抜けたい永灯だったが、思わぬ伏兵が立ちふさがる。
スライムの化け物──『スライム・アバドン』との遭遇から、さらに十日が経過した頃。
森の空気感が、明確に変わり始めた。
あの一戦のあと、俺たちはルートの大幅な変更を余儀なくされた。
もう「奈落の森観光」なんて甘っちょろい気持ちは微塵も残っていない。
とにかく移動スピードを一段階上げ、先を急いだ。
幸いにも、それ以降プリムスクラスの化け物と遭遇することはなかった。
その代わりと言ってはなんだが、とにかく大量の通常種スライムと遭遇。
腹でも減っているのか、なんの躊躇も無しに俺を襲ってくる。
およそ五十メートル間隔で一匹は潜んでいるのではないかと思えるほどの密度だ。
レベルも20から100とかなり幅広く、赤、青、緑、黄と様々な色のスライムたちと刃を交えることになった。
「多すぎない!?」
『これは想定外ですね…足場の悪さなども含めて、大分時間のロスになりそうです』
しかし、どのスライムもあのスライム・アバドンとは根本的に異なっていた。
こちらの主戦力であるアイアンオーク・ゴーレムで十分に対処可能であり、セオリー通りに核を潰せば問題なく撃破できたのだ。
流石にレベル100クラスとの戦闘になると動きが段違いで、酸やら突撃やらで苦戦する。
が、実戦経験の積み重ねも手伝い、1日〜2日で戦闘自体はかなり手際よくこなせるようになっていた。
「こんなに倒しても、スライムってなんにもならないの?」
『【スライムゼリー】は比較的人気があるようです。が、回収が面倒なうえ、単価がそれ程高くないので、ここはスルーしていいかと思います』
「そうなのね…」
そんな道中で、俺はある生き物に目が釘付けになった。
体長は1m程あり、皮膚の色もかなり毒々しい派手な斑模様で、手足も六本生えている。
しかし、あの座るような佇まいと顔立ち。
「カエル、だよなあれ?」
アカシャが鑑定結果を出してくれた。
【対象】:フロギリアン
【レベル】:45
【詳細】:湿地帯に生息している生物。温和で殆ど攻撃してこないが、怒らせると高速の舌で攻撃して丸呑みにする。主食はスライム。食用で肉は鶏肉のようにさっぱりして美味しいが、毒腺には注意。
――うん。カエルだ。
野生動物なんてこの森で初めてみたぞ!
『毒腺を処理すれば食用として大変美味です』
「う、うーん…」
確かに前世でも食べた事はあるよ。
でもあんな色じゃないんだよな…どうも食指が動かない…
しばらく見ていると、手前の水に浮いているスライムを目にも止まらぬ舌捌きで口に入れた。
「はやっ!」
『人間が瞬きをするよりも5倍も速く、獲物を捕らえて口に戻るまでの動作を完了するようです』
「マジかよ…」
怒らせるのはやめよう…
「今はスライムを減らしてくれる仲間だと思って、捕獲は無しで」
『そうですか。残念です。』
連日のように視界を埋め尽くすスライムの群れには流石に辟易してるからな。
カエルに構っている暇も惜しい程、一刻も早くこの湿地帯から抜け出したいのだよ。
そう思いつつ、俺はまた走り出した。
そして――ようやくその日が訪れた。
足元のぬかるみや浅い沼地が徐々に引き、周囲に生い茂る木々や下草の種類が明らかに変わり始めたのだ。
「なんか……キャンプ場の森林サイトみたいな感じになった気がする!」
『木の種類もアイアンオークでなく、サプレスやシーダといった一般的な木々が並んでいます。森林地帯になったと言っていいでしょう』
「おお!とうとう『脱ジャングル』したか!」
木漏れ日が差し込む美しい森の景観に、俺は思わず胸をワクワクさせた。
『毒草以外の有用な薬草や香草も多数自生していますね。毒草マニアのマスターには残念と言わざるを得ないのでは?』
「おい、嫌味を言うのはやめなさい!アカシャくん」
俺は苦笑しながら、アカシャのナビゲートに従って有用な草木を次々とインベントリへと放り込みつつ、森の奥へと進んだ。
森が進むにつれ、起伏も多くなり、大岩拠点の周辺とは比べ物にならないほど多種多様な生き物や魔物と遭遇した。
だが、レベル帯は40前後。
今の俺たちにとっては危なげなく対処できる相手ばかりだ。
おかげでインベントリ内は良質な魔物の素材や肉で潤っていく。
また、レベル差というものを魔物側も本能的に察知するのか、こちらが立ち向かう前に自ら引き下がっていく個体も多くなった。
無用な戦闘が減ったのは非常にありがたい。
そして、拠点を出発してから、およそ一ヶ月半が過ぎた頃――。
先頭を歩いていた俺の頭の中で、アカシャの声が響いた。
『マスター。これより前方約五百メートルの位置に、開けた空間を検知しました』
その言葉に従って木々の隙間を抜け、少し小高い丘の上に躍り出た俺は、思わず息をのんだ。
「あ……家屋の屋根が見える!」
眼下に広がる小さな開拓地。
そこには確かに、人の手によって作られたであろう数軒の家々の屋根が並んでいた。
「とうとう、人に会えるのか。」
俺は一瞬緊張するも、少し違和感を覚えた。
こんなやばい森の中に集落?
「ここが、アカシャの言っていた町か?」
『いいえ、違います。該当する規模の都市構造ではありません。ですが、この世界には公式の地図に記載されていない無数の村や集落が存在します。ここもその一つかと推測されます』
なるほど、隠れ里のようなものか。
俺は期待に胸を膨らませつつ、慎重にその村らしき場所へと近づいていった。
……だが、近づくにつれて違和感が膨らんでいく。
「……静かすぎる」
人の気配が、まったくしない。
集落の規模は大体七から八軒ほどの小さなものだったが、どの家も半壊していたり、ダメージを受けていた。
そして何より――地面のあちこちに、赤黒く変色した「黒い染み」がいくつもこびりついていた。
「……間違いない。何かに襲われたんだ」
一気に緊張が走る。
俺はエア・ゴーレムなどを周囲に展開して警戒網を張りつつ、村の中を慎重に探索した。
幸いにも、現在進行形で潜んでいる生き物や魔物の気配はなかった。
探索を続ける中、崩壊した一軒の家屋の瓦礫の脇で、俺はある「手がかり」を見つけた。
「これは……羽根か?」
地面に落ちていたのは、大人の腕のサイズほどもある、驚くほど大きくて美しい一枚の羽根だった。
見覚えがある。
この独特な毛並みと凛とした質感――俺は知っている。
「グリフォン……」
……ということは、あの地面のこびりついた黒い染みは……。
頭の中で嫌でも繋がってしまう。
何らかの事情があって、この森の奥に移り住んでいた人々がいたのだろう。
その中に、あの女の子も。
そこを、あの凶悪なグリフォンに襲われた、としたら。
『羽を解析した所、グラトニー・グリフォンのものと99%一致。あのグリフォンがこの集落を襲った可能性は極めて高いです。』
「……」
俺は少しでも遺品や生前の手がかりが残っていないか、各家の中を丁寧に探して回った。
だが、結局それらしいものは何も見つからなかった。
元々、余計な物など持たない、かなり質素で慎重な暮らしをしていたようだった。
俺は、地面に残された黒い染みをもろとも土ごと削り取り、ゴーレムマスターのスキルで小さな土山へと組み上げた。
その頂に削り出した木の棒を固く突き立て、簡易的な墓標を作り、俺は手を合わせた。
仇であるグリフォンはすでに俺の手で叩き潰した。
だが、そうせずにはいられなかったのだ。
壊された村を前にして、これからどうすべきかという名案は、今の俺には何も思いつかない。
とりあえずはこのまま静かに眠ってもらう事にして、俺は再び足を進めることにした。
そういえば、グリフォンが言っていた「森の端」という言葉。
もしそれがこの付近の事であれば、この広大な森を抜け出す瞬間はもうすぐ近くまで迫っているはずだ。
――そして、俺の移動スピードでさらに四日後。
ついに、視界を遮り続けていた巨木群が途切れた。
森を抜けた俺の目の前に広がっていたのは――地平線まで続く、どこまでも青々とした大草原だった。
腰の高さほどまで育った草が、心地よい風に揺れて波のようにそよいでいる。
頭上には、遮るものの何一つない見渡す限りの大空。
「うわぁ……すごい……!」
この世界に来て初めて、純粋に「空だけ」を仰ぎ見た気がした。
胸のすくような開放感に、心の底から感動が込み上げてきた。
『やりましたね。マスター』
「ああ。とうとう森を突破したぞ」
だが、感動も束の間。現実的な問題に突き当たる。
「……道が無いな」
見渡す限り、そこは踏み固められた形跡すらない完全な原野だった。
だが、どこかに街道や踏み分け道さえ見つければ、それを辿ることで必ず町へ辿り着けるはずだ。
俺は草をかき分けながら、草原の中を進み始めた。
――草原を歩き続けて、丸二日。
出現する魔物といえば、巨大な鳥やヤギっぽい生き物、そしてウサギ程度だった。
ウサギが出た時は、一瞬にして全身をシェル化した。
『マスター、それはグラスラビットです。マスターが裸で体当たりされても傷一つ追わない別物です。』
そうなのか。でもウサギを舐めたら痛い目にあうぜ。ソースは俺。
色々アカシャに鑑定してもらったが、森の深部にいた化け物たちに比べれば格段にかわいらしいもので、レベルも20前後。
アカシャのいう通り、今や生身で対峙しても怪我一つ負わないレベルだ。
圧倒的な安心感から緊張も解け、久々に今日の夜はキャンプを楽しんでみようと思ったその時――
アカシャが告げた一言によって、俺の楽しいキャンプ計画は保留となった。
『マスター。大変残念なお知らせです。インベントリ内のコーヒー豆の蓄えが、あと僅かで底をつきます』
「なんですって?」
前世からの至高の嗜好品、俺の精神安定剤であるコーヒーが尽きる!?
俺は半年以上、神様が用意してくれた備蓄を切らさないように厳密に在庫管理してきた。
その中の一つが尽きかけているだと!?
『人間が暮らす中でも比較的文明度が高い文化圏の町に行けば、コーヒーに似た嗜好品や茶葉が存在する可能性はあります』
「急がねば!何としてでも町に行くよ、アカシャくん!!」
俺の移動速度はさらに上がった。
コーヒーの残量という切実な問題が、俺の背中を強力に押し進める。
そして――草原を進むことさらに半日。
ついに俺の視界に、草が踏み固められ、轍の跡がくっきりと残る「道らしきもの」が飛び込んできた!
「来たぞおおおっ!道だ!」
ついに文明の痕跡を捉えた!
俺は歓喜の声を上げた。
「いいかアカシャ!ここからは異世界の約束されたテンプレだ!この道を歩いていれば、絶対に『ならず者に襲われている貴族の馬車』とか『魔物に囲まれている商人』に遭遇するはずなんだよ!」
『マスター。また意味の分からない妄想を早口で言うのはやめて下さい。』
「妄想じゃない!人助けのテンプレなんだよ!そこで人助けをして、スマートに町への案内と通行証をゲット、お礼まで……これぞ完璧なプロット!」
『…はあ』
冷ややかなアカシャの呆れ声を聞きながら、俺は人助けの「シャッターチャンス」を待ち望みつつ、鼻歌交じりで街道を歩き始めたのだった。
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次回、第29話:【どうやったら助かりますか】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




