第27話:恐怖再び
とうとう、町に向けて出発した永灯。この森を抜けるという高揚感に、ある「大事な事」の確認すら怠ってしまう。
はたして、無事に森を抜け町にたどり着けるのか?
あの安全な拠点を後にしてから、早いもので3日が経過した。
アカシャの言葉に従えば、一番町に近い方向は拠点の正門を出て左手に折れる方角だそうだ。
道中、幾度か魔物との遭遇戦があったものの、決して余裕とまではいかないが、特に命の危険に晒されることもなく勝利を重ねていた。
ただ――あの「爆弾蜘蛛」だけは本気で厄介だ!
何故か最近よく遭遇するようになった。大繁殖でもしてるのか?
中でも接触した瞬間に容赦なく自爆特攻をかましてくるやつは特にまずい。
ク○ーパーかよ!って思わず叫んでしまった。
頼むからもう少し自分の命を大切にしてほしい。
そんな危ない奴らが多いこの森だが、テントに付与された特殊効果のおかげで、夜間の危険は今のところ皆無。
これがどんなに素晴らしい事か!
寝不足も無し。足取りも軽い。
ワラン様、本当にありがとう。聞きたい事は優しく聞くように努力します。
「早く町に着くといいな、アカシャ!」
歩行の合間、俺は上機嫌でアカシャへ話しかけた。
『……マスター。町までの距離、どれほどかご存知ですか?』
「え?ああ、そういえば聞いてなかったな。まあ多分、2週間くらいだろ?ゆっくり進んでも1ヶ月くらいじゃないか?」
『ここから直線距離で約3,000kmあります』
「…………は?」
俺の足がピタリと止まる。
『現在の移動速度、時速4kmで計算しますと、約3ヶ月を要します』
「うそでしょ……?」
『本当です』
なんなんだこの森は!?アマゾンの奥地なのか?
「まさかと思うけど……拠点があった場所って、この森の端っこじゃないよね?」
『ほぼ中央部です』
「……」
アマゾンどころの騒ぎじゃない!広さ2倍確定だ…
確か地球でアマゾン川流域を徒歩で横断した冒険家がいたはずだ。
結局、右往左往しながら足かけ2年とかかかっていなかったか?
「……ちなみに、この森を踏破した人っているの?」
『私が照会可能な情報の中には、一人も存在しません』
……うん。知ってた。そんな気はしていたんだ。
「なんで教えてくれなかったんだよ!!」
『聞かれませんでしたので』
アカシャは私は悪くない体で淡々と言ってるけど、絶対わざとだよな。
なんか微妙に笑ってる感じがするし…。
「そういうところだぞ、アカシャ!」
『そういうところですよ、マスター』
「……少し急ぎましょうか、アカシャさん」
『その方が賢明かと存じます』
アカシャのいじわる!
のんびりキャンプしながら珍しい植物や素材をインベントリに回収し、1ヶ月ほどの旅路をワクワクしながら楽しもうとしていた過去の自分を、今すぐ引っ叩いてやりたい。
しかし、こんな危険な森で無暗にスピードを上げれば、索敵が散漫になり思わぬ事故に繋がるのは明白だ。
そこで俺は、【危険察知】をリンクさせたエア・ゴーレムを8体生成。
自分を中心に半径100mの円形となるよう散開させた。
俺の動きに追従して連動移動するよう、自律制御の命令を組み込んでおく。
これなら、不意の事故は大分防げるはずだ。
「よし、3倍のスピードで行くぞ!」
俺は一気に駆け出した。
ジャングル地帯ではあったが、幸いにも崖などの険しい悪路はなかったため、それからの10日間は比較的順調なペースを維持できた。
しかし、11日目。
「あれ……?なんか急に雰囲気が変わったな。湿地帯か?」
『はい。湿地帯バイオームへ進入した模様です』
「おお!なんか新鮮だね!」
転生してからというもの、視界に入る景色はずっと鬱蒼とした深い森ばかりだったからな。
この世界が森だけで構成されていないと、ようやく実感できた。
そんな風に感動したのも束の間。
100m先を先行させていたエア・ゴーレムの索敵反応が飛んでくるのを待つまでもなく――久方ぶりの、強烈な危険察知が脳を突き刺した。
大きく息を吸い込まないと呼吸すら困難なほどの圧迫感。
俺は耐え切れず、その場に両膝をついてしまった。
「はぁ……はぁ……っ!」
『マスター!』
わかってる、大丈夫だ。
この感覚……グラトニー・グリフォンと遭遇した時と同等、いやそれ以上か。
「はぁ……はぁ……距離は、約300mというところか。なのにこのプレッシャーは……」
間違いなく、このエリアのプリムスクラスだ。
『直接接触し解析を行わなければ、存在の特定すら不可能なレベルの生命体です』
なんだよそれ…。この威圧感に耐えながらさらに接近するなんて、自殺行為以外の何物でもないだろ。
『私があちらへ向かい、解析を行います。【憑依転身】の許可を』
「……了解した。頼む!」
俺はインベントリからアイアンオーク・ゴーレムを召喚。
バフ盛したその巨躯へとアカシャが憑依転身を実行する。
本来、アカシャをゴーレムへ憑依させる行為自体、俺の精神力を凄まじく摩耗するため、実戦での使用は事実上不可能だった。
しかし、エーテルドライブを獲得したおかげで、その懸念は克服されている。
『行ってまいります』
アカシャは超絶的な速度で跳び出していった。
俺は即座に1番近いエア・ゴーレムとの感覚共有をする。
ソナーのような3D映像が脳内に流れ込んでくる。
そこに映し出されたのは――
巨大な……お餅か?まさか!
その直後、お餅にとんでも無いスピードで巨大な人型が激突し、激しい戦闘の火蓋が落とされた。
「うわ!躊躇ないな!」
アイアンオーク・ゴーレムが、怒濤の打撃ラッシュを叩き込んでいる。
超重量級の拳が幾度となく叩きつけられ、その度に餅のような謎の黒い物体はブニョブニョと大きく撓んでいた。
「攻撃を仕掛けたってことは、勝算があるのか!?」
確かにアカシャの打撃は命中している。
だが――次の瞬間。
アイアンオーク・ゴーレムは突如として敵から間合いを取り、ジグザグと複雑な回避ルートを描きながら、高速でこちらへ離脱してきた。
『マスター、帰還いたします』
アカシャが憑依転身を解除し、俺の体内へと戻ってくる。
そして即座に、交戦データの解析結果が展開された。
【対象】:スライム・アバドン
【レベル】:342
【スキル】:物理吸収
【詳細】:不明
やっぱりスライムだったか!しかも明らかに異質な特殊個体だ。
レベル的にもあのグリフォンより更に上かよ!
『マスター、申し訳ありません……アイアンオーク・ゴーレムが……』
俺はゴーレムを実際見て、息をのんだ。
アイアンオーク・ゴーレムの左腕の肘から先が、ごっそりと消滅していたのだ。
「なんだこれ!?一体どうなったんだ!?」
『……詳細な機序は不明です。連続打撃を行いながら解析を進めていたのですが、拳がスライムの体内に沈み込んだ一瞬の隙に、腕の一部が削り取られました』
「削り取られた?溶解させられたわけじゃなくてか?」
『はい。瞬時にして消失いたしました』
傷口を確認しても、確かに酸で溶かされたような痕跡はない。
まるで鋭利なスプーンでくり抜かれたかのような、綺麗で丸い曲線の断面だ。
「……次は俺が行く。本体の防衛と監視を任せていいか?」
『承知いたしました』
俺はアカシャが搭乗していたアイアンオーク・ゴーレムの腕を差し替えた。
旅立つ前のあの3ヶ月でアイアンオーク・ゴーレムもかなり作成してインベントリに入れてある。
自身の意識を憑依転身させ、腕の動きを確認して猛スピードでスライムへ急行した。
足場が悪い湿地は俺の物だと言わんばかりに、そいつは鎮座しているように見えた。
エア・ゴーレムのソナーで大きさ自体は把握していたが、目の当たりにすると、その大きさと禍々しさに本能的な恐怖が込み上げてくる。
色彩は光沢を帯びた漆黒。
時折、その内部でドロリとした濃密な何かが蠢いているのが見えた。
スライムは核を破壊、が殆どの場合のセオリーだか、その核さえも見えない。
俺はアカシャの攻撃パターンを再現するように、渾身の打撃を叩き込む。
案の定、ブヨブヨとした無抵抗な感触が手に伝わるだけで、ダメージを与えられている手応えがない。
そして数発目の拳を打ち込んだ、その時だった。
不意に、拳がスライムの表面を突き抜け、体内へと侵入した。
次の瞬間――
ヌラッ……
感覚的に、肘から先の領域。
急にスライムの内部に触れている感触が消失したかと思うと、同時にその部位の感覚そのものが完全に途絶えた。
慌てて腕を引き抜く。
そこにあったのは、肘から先がまるで存在しなかったかのように、綺麗に削ぎ落とされた虚無の断面だけだった。
「……ッ!?」
背筋に激痛のような悪寒が奔る。
どんな原理で、どんな攻撃を受けたのかすら見当がつかない。
俺はアカシャが取った回避行動を踏襲し、ジグザグの複雑な機動を描きながら即座に本体へと退却した。
「ダメだ。どんな攻撃を食らったのか、全く理解できなかった……」
憑依を解除して元の肉体に戻ると、今まで感じていた恐怖が一気に冷や汗として吹き出した。
『戦闘情報や欠損部分の状態から「空間の歪み」による事象ではないかと推測。対象の体内へ侵入した部位が、物理的に異なる空間へ切断・分離された可能性が大きいです。』
「空間の切断……?インベントリの空間隔離みたいな原理を、そのまま攻撃に使ってるってことか?」
『推測の域を出ませんが』
なんて厄介な性質だ。
こちらの物理耐性や装甲の硬さなど一切関係なく、強制的に存在を消失させてくるってことか?
「魔法なのか?……何か対処法はあるか?」
『現状の情報量のみでは、魔法なのか、スキルなのかを特定する事すら難しいです。魔力の流れは微妙に感じたのですが…』
珍しくアカシャが言葉を濁す。
「もう一度、接触してデータを取るか?ウォーターレーザーならワンチャン行けるかも」
『いいえ、ここは撤退を推奨いたします。攻撃が不気味過ぎます。幸いにも、対象は移動能力が極めて低く、積極的に追撃してくる気配はありません』
確かに、俺たちが退避しても追いかけてくるようなプレッシャーは感じられない。
『現在の最優先事項は「空の神殿」を目指すことです。ここでリスクを侵してまで討伐を試みる必要性はありません』
「賛成だ。とにかく今は距離を取って迂回しよう」
俺たちは引き返し、スライム・アバドンの縄張りを大きく回避する迂回ルートを選択した。
不気味な危険察知の体の強張りがようやく解けた頃には、周囲の視界はすっかり茜色の夕闇に包まれていた。
「あんなグリフォン以上の化け物がまだゴロゴロいると思うと、本当に生きた心地がしないな……」
俺はインベントリから設営用テントを取り出し、速やかに設置。
エア・ゴーレムも10体程展開し、索敵を万全にした。
「今夜はあまり寝付けなそうだな…」
久々に味わった底知れぬ恐怖の余韻に身を震わせながら、食事も取らず逃げ込むように寝袋の中へと潜り込んだ。
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次回、第28話:【人助けのテンプレ】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




