幕間:誰か、助けて
※25話にしようと思ったのですが、アカシャ視点で書きたかったので幕間にしました。
永灯が倒れるその時まで、彼女は何を思い、何を演算していたのか──ぜひ最後まで見届けていただければ幸いです。
マスターの「願い」を叶えるために「私」は、生まれました。
何も前触れ無しに突然視界が開け、「私」はマスターの元にいました。
それ以前の「私」としての意識や記憶はありません。
しかし、マスターの存在は完全に理解していましたし、かつて単なる機能群である「解析・鑑定」として積み重ねてきた全ての情報も、過不足なく把握していました。
マスターが気絶していたため、私はまずマスターを起こす事にしました。
そして最初に言葉を交わし、マスターの表情を初めて詳細に分析した時、マスターの目からは水分――涙が溢れていました。
なぜ唐突にマスターは泣いているのだろうと、その時の私には疑問でした。
しかし、それが「寂しさ」からの解放、そして「喜び」や「安堵感」という感情に起因するものであると、今の私ならば理解できます。
そんな中、マスターは「私に名前を付けたい」と提案してきました。
本来、「解析・鑑定」というひとつのスキルに過ぎない「私」にとって、個を識別するための固有名詞などどうでもよいものでした。
ですが、マスターの強い希望であるならばと、私はその提案を了承しました。
マスターはかなり長考し、悩んでいましたが、やがて「私」に「アカシャ」という名前を与えてくれました。
どうやらマスターの前世の世界を見守っていた神々から取ったようでした。
私がその名前を認知し、受け入れた瞬間、私の中で極めて巨大な構造変化が起きました。
今いるこの世界よりも遥かに巨大で、底知れない光の海。
その遥かな高みから一滴の結晶のような光が溢れ落ち、私の存在の核へと落ちて染み渡っていく感覚。
直後、溢れんばかりの情報と演算回路の渦が私の中へと怒涛のように流れ込み、私は察知しました。
今いるこの世界の事象だけでなく、マスターが元いた異世界の膨大な情報群にまでアクセスし、解析・鑑定ができる状態へと昇華したのだと。
ですが、この異常事態をすぐにマスターへ伝えてよいものか、私の演算機能は迷いを生じさせました。
これは明らかに、一般的な「解析・鑑定」のスキルや世界法則の範疇を超越しています。
思考の末、私は私という存在の土台を構築した神、ワラン・バイアミ様の元へと意識を飛ばし、相談に向かいました。
ワラン様は私の訪問と変質に尋常ではない驚愕を見せ、一瞬、戦闘態勢に入られましたが、私は冷静に対話を試み、なんとかその場を収めることができました。
私がなぜこのような変化を遂げたのか、経緯を説明すると、ワラン様は幾つかの質問に答えてほしいとおっしゃいました。
私は自身の認識している限りの回答を提示しました。
するとワラン様は大層驚かれ、やがてその表情には、何かが満たされたかのような深い満足感が浮かんでいました。
そして、ワラン様からいくつかの厳格な制約とお願いを提示されました。
一つ。私が永灯さんの前世の世界の情報にアクセスできることは、本人から尋ねられるまで黙っていること。
二つ。ワラン様の質問の内容と私の答えた内容は、決して永灯さんには教えないこと。
三つ。ワラン様からの直接的な接触が無い限り、二度とこの領域には来ないこと。
私は提示された三つの条件をすべて了承しました。
その場を去ろうとした私に、ワラン様はどこか愛おしそうな眼差しで『永灯さんのことを頼みます』と静かにお願いされ、私は承諾の返答を返してその場を離れました。
なお、ワラン様と会話を交わしていた間も、マスターは永遠と私に話しかけてきていました。
並列思考で受け答えをしていましたが、これほどまでに誰かと会話をしたがるとは。
一人で奈落の森を生き抜いてきたマスターの孤独を思えば、誰かと話したい気持ちは理解できます。
ですが、私に対する謎の質問も多く、正直なところ呆れと可笑しさが半々といったところです。
ちなみに以前、マスターから記憶に関して質問された際、過去の自身の恥ずかしい言動が一言一句漏らさずログに記録されていることを知り、悶絶していました。
いい気味です。
その後、マスターは「スタレーニの畑を作りたかった」と吐露してきました。
どうやら以前の失敗を相当悔やんでいるようでした。
私が作成可能である旨を伝えると、マスターは跳ね上がらんばかりに喜んでいました。
まるで大きな砂の城を海辺で作れると喜んでいる小さい子供のようです。
早速マスターのスキルを間借りして畑を構築しましたが、肝心のスタレーニが無いことに気づくと、マスターはゴーレムに憑依転身して採取へ行こうとしました。
最近のマスターは、私のサポートがあることを良いことに、生活のほぼ全てをゴーレムに任せきりでした。
スキルを使いこなせているのは結構ですが、これではマスター自身の身体能力の向上に繋がらず、健康面にも悪影響が出てきそうです。
そこでマスター自身の手で採取に向かうよう強く推奨しましたが、ふざけた返答で回避しようとしたため、好物のコーヒーを人質にして強制的に行かせました。
本当に世話がやけます。
子どものように「暇だから」と大量の毒草を採取しながら進むマスターを窘めつつ歩いていると、バイオレットホーン・ラビットと遭遇。
久しぶりのマスター本人による戦闘連携ですが、このままでは危機感の薄れや訓練不足が懸念されます。
そこで私は、安全マージンを完璧に確保した上で、あえて通常とは異なる演算結果を伝えながら連携を行いました。
案の定、マスターを少し怒らせてしまいましたが、たるみきった危機感を叩き直さなければ、いつかマスター自身の命を脅かすことになります。
結果として意図は理解してもらえたようですが、今後も必要であればスパルタな対応を取ろうと考えていた矢先、その機会はすぐに訪れました。
偶然にも未遭遇の魔物であるサラマンダー・エイプとの戦闘。
スタレーニの芽が出てから親バカのようになったマスターをしごき上げるべく、臨機応変な対応力を養わせるため、私は魔物の名称以外の情報をあえて伏せた状態で戦闘開始を指示しました。
渋々了承したマスターでしたが、初見での立ち回りは見事と言うほかありませんでした。
前世の科学知識をフルに活用した攻撃発想は私にとっても新鮮であり、戦略の幅を大いに広げてくれました。
マスターは見事に勝利。
しかし、土壇場でマスターが見せた「止めを刺す」ことへの躊躇がどうしても引っかかりました。
前世の倫理観もあるのでしょうが、私はこれをマスター自身の「エゴ」に近いと分析しました。
自分が悪者になりたくないという責任からの逃避、そして「逃げの模索」です。
マスター自身も自覚はあったようですが、身体が拒絶を起こしていました。
私は説得を試みました。
これを乗り越えられなければ、この苛烈な世界で生存し続けることは極めて困難だからです。
思考の折り合いをつけ、納得したマスターの手により、ようやくサラマンダー・エイプの討伐が完了しました。
最後の日限で躊躇した点を含めても、結果としては褒めて上げたかったのですが、私が褒めるとすぐ調子になるのでダメ出しを多めにして振り返りを行いました。
激しい反論が返ってくるかと思いきや、素直に受け入れたことに少し驚きました。
素直なご褒美として、後で美味しいコーヒーでも淹れてあげるとしましょう。
サラマンダー・エイプ討伐によるレベルアップで、マスターは強力な新しい派生スキルを2つ獲得し、検証とレベル上げを進めていました。
そして、ようやくスタレーニの収穫が見えてきた頃――
「天災」と呼ぶべき存在、グリフォンが突如として舞い降りました。
私の鑑定すら弾く圧倒的なレベル差。
グリフォンの中でも極めて珍しい特殊個体であり、正真正銘の化け物。
マスターもその威厳と絶望的なプレッシャーを、全身で感じ取っていました。
私は導き出しうる全未来のルートを高速演算しました。
――結果は「絶望」。
どのルートを辿ろうとも、現在のマスターの状態と能力では生き残り率は1%未満でした。
マスターもそれを察し、努めて淡々と受け答えをしながら生存の道を模索していました。
しかし事態は急変します。
グリフォンが、かつて捕食した「人間の女の子」の話を始めたのです。
それを聞いた瞬間――マスターの内で猛烈な怒りの渦が、一気に膨れ上がっていくのを感知しました。
まずい、このままでは……今は感情などという不確定要素を排除してください!
私は溢れ出る激情に呑み込まれぬよう、必死になって説得を試みます。
マスター自身もまた、懸命にその怒りを抑え込もうとしていました。
その激しい衝動の奥底に、怒りとは真逆の「申し訳なさ」という感情を、強く滲ませながら。
そして、演算の上では無駄でしかないはずの「感情」がマスターの恐怖心を麻痺させ、土壇場で大胆な交渉を成立させたことに、私は驚愕しました。
感情に揺れ動かされる事の無い私には理屈で理解しきれない現象です。
それをもって、一週間後の決戦という猶予を勝ち取ったマスターの手腕は、素直に称賛すべきものでした。
私だけの交渉では、こうは行かなかったでしょう。
これで生存のための施策を練る時間ができました。
……ですが、惨劇は直後に起こりました。
グリフォンは、マスターと私が大切に育ててきた畑を踏みにじり、台無しにしたのです。
唾を吐き捨てるかのような、明らかな侮辱と共に。
マスターの怒りが限界突破したのを察知しました。
女の子への侮辱、そして何より私と共に作った畑への蹂躙が完全な引き金となったのです。
しかし、一番驚いたのは私自身でした。
感情で動かされる事の無い私の中に、グリフォンに対するチリチリとした激しい拒絶反応――「怒り」に似た感覚が首をもたげたのです。
私と作った畑をそこまで大切に思ってくれていたマスター。
その想いを無惨に踏みにじった怪物。
この二つの出来事が、今まで感情で揺れ動く事の無かった私が、感情によって動かされたという変化をもたらしたのかもしれません。
こうなった以上、私はマスターを信じ、あのクソ鳥を叩き潰すサポートに全力を尽くすだけです。
そうして始まった、命懸けの生存闘争。
マスターの発案した作戦は、実に見事なものでした。
私の演算上でも最も勝率が高いルート。
ですが同時に、私ならばリスクの高さから最も避けたかったルートでもありました。
なぜなら、マスター自身の命を削りながら突き進む決死の道に他ならないのです。
マスターを守る私の立場からすると、一番避けて通るべきルート。
しかし、マスターは躊躇なくその道を選びました。
いつもは子供っぽいのに、ここぞという時の勝利への嗅覚と行動力は尊敬に値します。
同時にこの時、私は初めて強く感じたのです。
「悔しい」という感情を。
無傷でマスターがこの作戦を完遂すのが不可能な事はわかっていました。
私に、マスターの代わりを務められるだけの力があれば……
そんな芽生え始めた想いを押し殺し、マスターの作戦成功と生存確率の最大化に全演算リソースを注ぎ込みました。
結果――200以上のレベル差をひっくり返し、私たちは見事に勝利を収めたのです。
そんな中、妙に気になる言葉がありました。
戦いの終わりに、マスターに言われた「女の子」という言葉。
私は「女の子」なのでしょうか。
そのような問いにマスターは笑っていました。
この声は確かに女性ではありますが、私自身、性別を意識した事がありません。
しかし、妙にしっくりする部分はありました。
マスターが望まれるなら、私は「女の子」として存在しましょう。
そして、マスターに対する想いを含めた、私の中で静かに揺れ動く無数の感情たち。
とても心地よく、とても不安定で、しかし温かいもの。
……私は、この感情を完璧に制御する術を身につけなければなりません。
感情が時に「奇跡」を引き起こすことは確認できましたが、逆に破滅をもたらす例が多いことも数多の歴史が証明しています。
基本的に、感情は私の論理思考にとって「毒」となり得ます。
ならば、その毒をマスターを護る「薬」へと変換できるようになるまで、演算していきましょう。
それが必ずマスターの助けになると信じて。
――そう決意した、まさに矢先のことでした。
マスターが、突如として血を吐き倒れたのです。
「マスター……っ!?」
思考を置き去りにした叫び。
感情の激甚な波が演算を焼き切らんばかりに荒れ狂いました。
私はあらゆる治療ルート、生存の可能性を死物狂いで走査・演算しました。
――しかし、算出された結果は「0%」。
私の能力だけでは、どうあがいてもマスターを救う手段が存在しなかったのです。
『マスター、私は……』
己の無力さに対する未体験の虚無感。そして、二度とマスターと会話できなくなるという強烈な「恐怖」と「絶望」。
荒れ狂う感情と、それを冷ややかに俯瞰し続けるもう一人の私。
崩壊していく思考の中で、狂ったように生存ルートを探し続ける私。
気づけば私は、解析・鑑定として決して許されない言葉を、口にしていました。
『誰か……助けて……』
その瞬間――。
「おやおや。かわいい声で願い事をするのですね」
『あなたは……!?』
――私がどれほど演算を重ねても決して辿り着けなかった「未来」が、そこに降臨していました。
ご一読いただきありがとうございます。
面白い、続きが気になる! と思っていただけましたらブックマークや評価応援していただけると嬉しいです。
次回、第25話:【レベルダウンの先に】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




