第23話:おせーよ
※予定タイトルを変更しました。
見事にグリフォンの片翼を切り落とせた永灯。しかし、自身も動くこともできない程のダメージを受けていた。
その動かない体で、グリフォンを倒すために最後の作戦を決行する。
果たしてその最後の作戦とは?
『タ、――スタ、――マスター、聞こえますか?』
脳内に響くのは、相棒であるアカシャの、いつも通り冷静でありながらも、どこか緊迫感を孕んだ声音だった。
ああ……聞こえてる。
『直ちに肉体のダメージを分析します』
分析、頼むわ……
意識の底から這い上がるようにして、俺は心の中で応じた。
『肋骨の数箇所に亀裂、左肩の脱臼、全身の広範囲に及ぶ打撲と裂傷』
息を吸うだけで胸の奥が灼けるように痛む。
客観的に見ても、かなりの大ダメージを追っていることが分かった。
『本当に無茶をしますね、マスター。一歩間違えれば、肉体が消滅していましたよ』
呆れたような、しかし微かに安堵のニュアンスを含んだ声でアカシャが伝えてきた。
でも……おかげで、あいつの翼を一枚落とせたよ
声にはならず、ただ血の混じった呼気だけが口唇から漏れる。
『確かに私も、あの瞬時のアイデアには驚かされましたが。まさか、あの極限状態であれをやってのけるとは。』
アイデアだけさ。アカシャの力がなきゃ、今頃は肉塊になってたわ。ありがとな。
本当に、コンマ数秒の世界――一瞬の出来事だった。
超巨大なグリフォンが、その圧倒的な質量と速度をもって、俺を圧殺せんと正面から突撃してきたあの瞬間。
俺は自分の目の前に、マッド・ゴーレムとウォーター・ゴーレムを交互に、列をなすようにして一瞬で配置した。
大きな目的は2つ。
一つは奴の直撃の軌道から、自分自身を強制的に退避させること。
衝突によって発生する急激な熱量変化と圧力変化を暴発させ、その爆風を利用して俺の身体を後に吹き飛ばす。
もう一つは俺に意識を集中させる事。
グリフォンは俺が放った土と水の壁を単なる防御壁だと誤認し、まんまと突っ込んできた。
だが、本番はそこからだった。
奴が突入し、盾のゴーレムたちに衝突するまさにその一瞬、俺はアカシャに『ある特殊な構造のゴーレム』を生成するよう、指示を飛ばしていた。
まず、中心となるウォーター・ゴーレムを生成する。
その全周を包み込むようにして、エア・ゴーレムを纏わせ、限界まで圧縮。
気体の圧縮限界を高めたエア・ゴーレムを、極限まで硬度と密度を高めたマッド・ゴーレムで再度包み込んだ。
準備が整った瞬間、中心のウォーター・ゴーレムを瓦解させ、『ただの水』に戻す。
言わば『高圧水タンクゴーレム』だ。
グリフォンの巨躯がウォーター•ゴーレムにぶち当たる直前、奴の死角である真横にそのゴーレムを出現させた。
そして、グリフォンの翼の付け根に向けた指鉄砲の形状をした部位の先端に、本当に小さな、直径1ミリメートルにも満たない微細な穴を空けたその瞬間。
押し出された水流は、瞬時に音速の壁を突破。
ウォータージェットカッターをも凌駕する、超音速の『水のレーザー』となって射出された。
超高圧水流のせん断力は、グリフォンの強靭な翼を一瞬で切断したのだ。
同時に、グリフォンの突撃による衝撃の余波と熱、水蒸気爆発の衝撃が加わり、そのゴーレムも連鎖的に爆発。
周囲を巻き込む大爆発が起こり、俺はラグドールのように吹き飛ばされた。
これが、あの一瞬の間に起こった物理現象の全貌だった。
『首を落とせなかったのは、本当に残念でしたね。出現位置を調整できれば、頸椎を両断できていたのですが』
アカシャが淡々と、冷さを含んで言った。
仕方ないさ。あいつは目がいいし、勘も鋭いようだし。最初から首を落とせる位置にあのゴーレムを出現させていたら、最悪、回避される可能性もある。
だからこそ、奴の意識の外、完全な死角からの一撃が必要だったのだ。
それにしても……大岩に激突する瞬間に、アカシャがエア・ゴーレムのクッションを作って衝撃を吸収してくれなきゃ、俺は今頃即死だったわ。
『完全には衝撃をカバーしきれませんでした。申し訳ありません』
いやいや、十分でしょ。むしろ、この程度の負傷で済んだのは奇跡だよ。生きてるだけで丸儲けさ。
それにしても――と、俺は自分の動かない身体を呪う。
片翼を落とすためだけに、ここまでの代償を支払わなきゃいけないなんて。
とんでもない化物だな、あいつ。
痛む首をどうにか動かし、うつ伏せのまま前方を見ると、クレーターの向こうでグリフォンがまだ半狂乱になって暴れていた。
「お、俺の、俺の翼がぁあああああ――ッ!!」
空気が震えるような絶叫。
当初グリフォンが纏っていた、全人類がひれ伏すような威厳は今は微塵もない。
片翼を失った巨躯は、一歩を踏み出すたびにバランスを失い、無様に傾いて地面へ倒れ伏す。
奴はそれを、何度も、何度も繰り返していた。
さながら餌を求めて歩き回る必死な鳩のようだ。
本来なら……今が最大のチャンス、なんだけどな……
もう一度、あのウォータージェットのゴーレムを作って、至近距離で首をはねる。
理屈の上ではそれが最適解だ。
だが、今の俺には、ゴーレムを再構築するための精神力が残っていない。
精神力の回復も到底追いついていなかった。
結構、というより、だいぶ、やばいな。
しかし、ここでやり遂げなければ、待っているのは文字通りの死だ。
『マスター……本当にやるのですか?』
小さく頷くと、俺は残された全ての力を振り絞り、大きく息を吸い込んだ。
そして、できる限りの大声で、奴のプライドを粉々に打ち砕くための罵声を叫んだ。
「ざまあみろ!!地べたを這いつくばって生きるなんて、お前にお似合いじゃないか!いい気味だ、クソ鳥――ッ!!」
その声を聞いた瞬間、グリフォンは我に返ったように動きを止めた。
ぎょろりと、血走った眼球が俺を捉える。
凄まじい憎悪に満ちた形相で、奴は脇目も振らずにこちらへダッシュしてきた。
「貴様が、貴様が、貴様が、貴様があああああ――ッ!!」
全ての怨嗟を言葉に変えて叫ぶが、やはり途中でバランスを崩して派手に転倒する。
それでも、奴は狂気だけで立ち上がり、這いずるようにして俺との距離を詰めてきた。
そして、俺の前で立ち上がった瞬間。
――ボンッ!!!
グリフォンが残された前足で、俺の身体を思い切り蹴り飛ばした。
直前、インターセプトでアイアンオーク・ゴーレムが割って入ってきたが、それでも衝撃を殺しきれず、俺とゴーレムの身体は十メートルほど後方へと吹き飛ばされた。
ずざざざざざっ!!!
地面の土を派手に削りながら、俺の身体が転がる。
受け身を取れるほどの体力はもう残っていない。
無様に地面に叩きつけられ、口内から大量の鮮血が溢れた。
「がはっ……っ!」
『マスター――ッ!!』
意識を……意識を保て!あの娘が受けた苦しみに比べればこんなもの……!
必死に歯を食いしばり、薄れかける意識をつなぎ止める。
グリフォンはそれでも怒りが収まらず、ありとあらゆる罵詈雑言を吐きながら、ヨタヨタと近づいてくる。
――いいぞ、もっと近づいてこい。
俺の思惑通り、グリフォンは近寄ってきたが、途中でドサリと崩れ落ちる。
どうやら、ヤツも限界らしい。
立ち上がる事もせず、そのままほふく前進のような体勢でズリズリ這い寄ってきた。
倒れ伏したまま、奴は俺の顔の近くにその醜悪な顔を近づけ、荒く息をしながら、低く狂気に満ちた声で囁いた。
「お前、その身体に欠損すら完全に治せる力を持っているのだろう。出なければ我の攻撃をここまで耐えられるはずがない。」
何言ってんだこいつ……持ってたら、もうとっくに自分で自分を回復させてるっつうの……
「いや、お前自身が使いこなせなくとも、我ならば、その力を完全に引き出せる……!今すぐ、お前ごと喰らうてやる……!」
こいつ、焦りすぎて思考が完全に視野狭窄に陥っているな。
だが――その方が、俺にとっては都合がいいんだけどな。
「これ……な、異世界の道具で……『ライター』って言うんだ」
俺は震える右手を動かし、インベントリから取り出した小さなプラスチック製のライターを、グリフォンの鼻先に弱々しく提示した。
「……は?」
グリフォンは呆気にとられたように、動きを止めた。
時間が凍りついたかのように、奴の思考が停止する。
「異世界の道具でさ……上のスイッチを押すと、小さな火が出るんだよ。便利だろ?」
か細い声で喋る俺を、グリフォンはただただ、不可解なものを見る目で呆然と見つめている。
俺は構わず、話続けた。
「……『水素』って知ってるか?空気中にはほとんど存在しなくてさ。作るのが猛烈に面倒なんだけど……熱と、水と、土の条件が綺麗に合えば、実は化学反応で作れてさ……」
「貴様は……一体、何をわけがわからない事をボソボソと言っている……!?」
そう叫んだグリフォンの顔が、なぜか次の瞬間、みるみると恐怖に染まっていく。
グリフォンの『直感』スキルが、今までにない危険を察知したのだ。
「それがさ……とんでもなくよく燃える物質でね。特に、酸素と『二対一』の割合で混ざった時は……本当にやばいんだよ」
俺は手元に目を移す。
手に持っているライターのすぐ近くに、その不可視のゴーレムはいた。
子供の背丈くらいのゴーレムが2体、手を繋いで。
『オキシ・ゴーレム(酸素のゴーレム)』と『ハイドロゲン・ゴーレム(水素のゴーレム)』
グリフォンが俺に突撃してきたあの時――
マッド・ゴーレムが熱で爆散した時にでた炭素(C)と大量の水蒸気を利用してアカシャに生成させた、水素と酸素で作り出したゴーレムの名前だ。
グリフォンの巨躯が、ガタガタと震え出す。
ど、どういうことだ?!何もない、何もできないヤツを前にして、我が『直感』が……今までにない、最悪の警告を鳴らしている……!?
魔力の動きはない、物理的な攻撃の予兆もない!
それなのに、世界そのものが我に牙を剥こうとしている圧倒的な恐怖!
「まずい!まずい!まずい!まずい!ここにいては絶対まずい!!」
グリフォンは必死に、その場から逃げようと立ち上がろうとする。
だが――
「おせーよ」
カチッ。
俺の指先が、ライターの電子スイッチを押し下げた。
小さな火花と立ち上がる火が、2体のゴーレムの繋いでいる手に触れた。
「や、やめろぉおおおおおおおおお――ッ!!!」
グリフォンの絶叫が響いた次の瞬間。
ドゴォおおおおおおおおおおおン――ッ!!!!
上空から巨大な航空爆弾が直撃したかのような、凄まじい衝撃波が炸裂した。
アイアン・オークの巨躯すら一瞬で焼き焦がす超高熱の熱波と、視界を白一色に染め上げる強烈な閃光。
水素爆発特有の爆燃現象が、クレーター内の大気を一瞬で消費し、上空300メートル近くまで達する巨大なキノコ雲のような煙を立ち昇らせた。
そこにいる生命を根こそぎ刈り取るような圧倒的な破壊の光景を、周辺の森の魔物たちは、恐怖と共に遠くから見上げていた。
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次回、第25話は【決着】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




