第22話:勝利の確信
脅威の魔力量で第六階梯魔法の精霊召喚シルフィードを4体同時発動という圧倒的な力を見せつけるグリフォン。永灯もアイアンオーク・ゴーレム2体で応戦する。
勝利を引き寄せるのはグリフォンか、永灯か?
アイアンオーク・ゴーレム1体に対し、2体のシルフィードが対応する形で、激しい白兵戦が始まった。
一見すれば、鋼鉄の質量で圧倒するゴーレムと、縦横無尽に空を駆け、目にも留まらぬ速さで槍を突き出す精霊たちの戦いは互角のように見える。
だが、やはり数の暴力と、上位精霊の圧倒的な機動力の前に、アイアンオーク・ゴーレムの頑強な木肌が、徐々に、しかし確実に削り取られていくのがわかった。
しかし、チャンスでもある。
グリフォンは、4体ものシルフィードを維持するために全神経を集中させている。
そのためか、先ほどのようなエアーショットやエアジャベリンといった手数の多い魔法攻撃が、ピタリと止んでいるのだ。
「今がチャンスだ」
『激しい魔力消費に伴い、酸素摂取量(換気量)が通常の約3.5倍に増大しています。大きく大気を吸い込むタイミングを算出します』
俺はグリフォンの口元にすべての意識を集中させた。
ナイトロ・ゴーレム――サイレントハグ!
グリフォンの顔の周囲、直径数メートルにわたる空間に、無色無臭の「窒素(N₂)」だけで構成された気体ゴーレムを出現させ、奴の顔面を覆うように張り付かせた。
『今です。』
その瞬間、ゴーレムのコントロールをあえて解除させた。
それは、大気中の酸素濃度を、一瞬にして「0%」に書き換える技術。
と、グリフォンの巨大なハト胸が、大きく膨らむ。
吸い込んだ……!
勝った、と思ったその瞬間。
グリフォンが、まるで何かの脅威を察知したかのように、唐突に羽を一度羽ばたかせ、素早く後方へと大きく移動した。
「なっ……!? バレたのか!?」
いや、もしかして勘か?初撃の顔面へ攻撃も防いでいたからな。
もしそうなら厄介だ。
一方、後ろに移動したグリフォンは、自身の持つ【直感】のスキルの反応に戸惑っていた。
何なのだ……!? 魔力の兆候も、物理的な攻撃の予兆も一切なかった。なのに、なぜ後ろに下がらねばならないと感じたのだ!?
グリフォンがその疑問の答えに辿り着く前に、着地しようとしたグリフォンの巨体が、グラリと大きく揺れた。
ドスゥン、と鈍い音が響く。
グリフォンの屈強な両前脚が力なく折れ、その場に跪くように激しく地面に突っ伏した。
「な、なんだこれは……!? 」
足に力が……入らん……。毒か!? いや、我には【毒耐性】がある。この世の大抵の毒は無効化するはずだ。なのに、なぜ……!
得体の知れない現象に、グリフォンの表情が、初めて恐怖と焦燥に染まる。
人間をはじめとする好気性生物は、酸素濃度が低下した気体を一呼吸でも吸い込むと、肺の中の毛細血管から酸素が奪われ、瞬時に「低酸素脳症(窒素中毒)」を引き起こす。
肺胞内の酸素分圧が急激に低下することで、脳への酸素供給が遮断され、意識混濁や急激な運動機能の喪失(脱力)をなど招くのだ。
グリフォンも「呼吸」して活動している、つまり少なくとも酸素を必要とする魔物という事だ。
いくら強固な『毒耐性』を持っていようと関係ない。
なぜならこれは毒による作用ではなく、単なる「酸素欠乏」という物理的な生理現象だからだ。
細胞が活動するための酸素が供給されない以上、魔物であっても神経伝達は強制的にシャットダウンされる。
もちろん、グリフォンはそれを知る由もないし、考えた事もない。
「き、貴様……っ! 一体、俺に何をしたぁぁぁぁ!!」
初めて、グリフォンの口から「恐怖」を含んだ悲鳴が上がった。
虫ケラと見下していた存在の、魔力を一切感じさせない不可解な攻撃。
それが、グリフォンの絶対的なプライドを、内側から激しく侵食していく。
「へっ。効いてるじゃない」
できるなら決めたかったが、仕方ない。
ただ、あいつの引きつった顔を見るのは悪くないな。
俺はゆっくりグリフォンに近づく。
それを見たグリフォンはゆっくり立ち上がった。
くそ!あんな羽虫に……我が恐怖するなど、あってはならぬ! 絶対に、殺す! 八つ裂きにして、塵も残さず消し去ってくれる!
グリフォンの瞳に、理性を失った狂気の光が宿る。
もはや、魔法などという搦め手では生温い。
確実に自分の手で、圧倒的な暴力をもって、物理的に圧殺してくれるわ。
グリフォンが血走った目で永灯を睨みつける。
「そんなに睨むなよ。恥ずかしいじゃ、ない、か…」
俺は両膝を地面につき、前かがみになって激しく肩で息をした。
くそ、精神力は限界、意識を保っているのが奇跡に近い状態だ。
『マスター!』
アカシャが声を掛けてくれるが、すぐに返事を返す力も湧かない。
「……ハ、ハハ。あいつ、限界ではないか!」
グリフォンはそう確信すると、自らの魔力を少しでも回復させるため、維持していた4体のシルフィードを強制的に送還した。
人間が百人規模の儀式魔術で行うような上位精霊の複数召喚を、しかも4体同時に行っていたグリフォンの魔力もまた、底を突きかけていたのだ。
それを確認したアカシャがゴーレムマスターのスキルを解除し、同時にアイアンオーク・ゴーレム2体も、カラカラと乾いた音を立てて自壊していく。
その瞬間、グリフォンが叫んだ。
「貴様を、確実にこの世から消し去ってやる!」
グリフォンの全身の毛並みが、みるみるうちに赤黒く染まっていく。
その周囲の大気が、ジリジリと歪み、周囲のアイアンオークの木々が熱で燻り始めた。
それは、あの奈落の森の破壊者サラマンダー・エイプが使っていた、摂氏1,000度を超える熱量を孕んだ肉体強化技術(炎神化)だった。
『マスター、敵はサラマンダー・エイプの能力を使用。突撃の体制に入っています。速度、および破壊力は過去の測定データを大幅に超過すると予測されます』
アカシャがスキルを遮断してくれたおかげで、少し楽になった。
「炎神化っていうのかよ……。仰々しい技名だな」
俺は、意識が遠のきそうな脳に、無理やり冷水を浴びせるように思考を研ぎ澄ませた。
「アカシャ。今から俺の『作戦』を伝える。成功するかどうか、演算してくれないか」
頭の中で、俺はアカシャに、ある無謀極まりないプランを提示した。
『ッ……!? それではマスター自身が――!』
「アカシャ。もしこの作戦の成功率が数パーセントしかなくても、俺はやるよ。今のところ、あいつを確実に仕留められる方法は、俺にはこれしか見つからないんだ」
『……分かりました。全力でサポートいたします』
「ありがとな。頼りにしてるよ、相棒」
俺はフラフラと立ち上がった。
そして、全身を炎のような熱気で包み込んでいるグリフォンに向けて、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。
「おいおい。結局、あの猿と同じ『脳筋突撃』かよ。浅はかすぎて笑っちまうな」
喋りながら、俺は顔面から足元に至るまで、今できる限りの超密度のマッド・ゴーレムを張り巡らせていく。
「あんな小猿のゴミ能力と一緒にするな……ッ! 塵も残さず、消し飛ばしてくれる! 死ね!アルチャ!!」
グリフォンが低く、恐ろしい姿勢をとる。そして
ボォォォンッ!!!
一瞬、音が消えた。
地面を蹴る凄まじい衝撃波が、背後の大地をクレーター状に陥没させる。
瞬時に『思考加速』のスキルを最大限に稼働させたが、グリフォンの巨体がこちらに向けて「一瞬で巨大化する」ような錯覚を覚える程の超スピードだ。
しかも奴は落とし穴などの地中トラップを警戒し、地面からわずかに数センチ浮いた、超低空滑空の姿勢で突っ込んできている。
戦闘の抜け目なさに関してだけはマジで尊敬するわ。
そして実際の時間にしては、おそらく0.1秒にも満たない、刹那の出来事だっただろう。
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
森全体を揺るがすような、天変地異のような大爆発音が轟いた。
大岩の広場は一瞬にして巨大な土煙と、すさまじい量の蒸気に包まれた。
同時に衝撃波によって、周囲に生えていたはずの頑強なアイアンオークの木々が、根こそぎ大地から引き剥がされて宙を舞う。
大岩の広場は、その直撃の衝撃だけで、さらに直径で20から30メートルほど抉られ、広がったように見えた。
降り注ぐ泥の雨と、もうもうと立ち込める白い蒸気の中の爆心地。
そこに巨大な影がゆっくりと佇んでいるのが見え始めた。
――グリフォンだ。
奴は、激しい息を吐きながら、眼前の大岩の壁を見つめていた。
そこには、全身に纏わせたゴーレムが文字通りボロボロに剥げ落ち、ピクリとも動かずに倒れている永灯の姿があった。
グリフォンは、その醜悪な顔に、これまでにないゲスな笑みを浮かべた。
「我の攻撃を防ぐつもりだったのだろうが、無駄だったな。衝撃に耐えきれず、大岩に叩きつけられたか」
俺の右手の指が、ピクッと、弱々しく動いた。
「ほほう。まだ生きておるか。しぶとい虫ケラめ。我と衝突する直前、水人形や土人形を目の前に出現させたな。我が目は誤魔化せんぞ」
「……」
「我のまとう熱と、貴様の水ゴーレムを衝突させ、瞬間的な『水蒸気爆発』を引き起こして我を吹き飛ばそうとしたのだろうが、残念だったな!我が顔面に受けたエネルギーから逆算し、その程度のダメージなど想定内だわ!」
「ゴハッ……!!!」
俺の口から、どす黒い血液が激しく吹きこぼれた。
グリフォンはそれを見て、自らの絶対的な勝利を確信し、満足そうに胸を張る。
「大岩への衝突エネルギーをどうやって殺したかは知らんが、貴様の小細工はもう、我には一切通用せん!」
そうだ。我はここ一帯の覇者、グラトニー・グリフォン。我が負けるはずがないのだ!
結局、こいつの行動は、自分が生きたいがための「生存本能」に基づいたものに過ぎない。
我と激突した時に与えるダメージなど、「自分が死なない程度」で抑えるしかないのだ。
そんな脆弱な、中途半端な攻撃が、この肉体に届くはずがない。
その証拠に、こいつは結局吹き飛ばされて瀕死ではないか。
勝った!
確実に、我が勝ったのだ!
あんなゴミのような存在に、我が敗北するなど、最初からあり得なかったのだ。
「さあ、その不快な頭部を、微塵に踏み潰してくれるわ」
グリフォンが、勝利の凱歌をあげるように右足を一歩前へ踏み出した。
――その瞬間。
グリフォンの巨体が、グラリと不自然に傾いた。
「……ぬ?」
バランスを保とうと、反射的に左足を踏み出そうとするが、足が、何かに引っかかる。
まだ視界を遮る白い蒸気と砂埃の向こうに、地面に転がっている「何か」が見えた。
「なんだ、これは……?」
グリフォンが不快そうに目を凝らし、その足元を見つめた、次の瞬間。
その瞳孔が、その生涯において最も大きく見開かれた。
グリフォンの巨体が、まるで極寒の地に取り残されたかのように、小刻みに、ガタガタと激しく震え始める。
「な、な、なぜだ……。なぜ、我の、我の翼が……」
そう。
自らの前脚が触れたもの。
それは、グリフォンの背中に生えているはずの、美しく、そして強靭な――『片翼』だった。
「どうなっているんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
これまでにない、精神の崩壊が始まったかと思われるような絶叫が、森に響き渡る。
その狂気と動揺に満ちた姿を、泥と血に塗れた地面に横たわりながら、俺は――血まみれの口角を吊り上げ、不敵に笑って見つめていた。
ご一読いただきありがとうございます。
面白い、続きが気になる! と思っていただけましたらブックマークや評価応援していただけると嬉しいです。
次回、第24話は【決着】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




