第18話:スタレーニとスパルタ戦闘訓練
スタレーニの畑から無事芽が生えて、大喜びの永灯。収穫の日を夢見て戦闘やスキル検証を繰り返す。そんな時、今までに戦った事のない魔物に遭遇するも、アカシャから細かいデータを伝える事を拒否される。
永灯は無事、魔物を倒せるのだろうか?
アカシャの言った通り、わずか3日目でスタレーニの瑞々しい緑の芽が土を割って顔を出した。
「出た……! 出たよアカシャ! 見てみろよこの可愛い芽を!」
俺は畑の前にしゃがみ込み、目をキラキラと輝かせながら歓喜の声を上げた。
一度失敗しているから、喜びもひとしおだ。
俺は思わず、身を乗り出して土からひょっこりと覗く小さな双葉に向かって両手を広げた。
「よしよし、可愛いスタレーニちゃん〜。お水でちゅよ〜、たくさん飲んで大きくなってね〜」
「……マスター。重度の親バカ的バグが見られます。極めて不快です」
「うるさいやい! 初めて育てた野菜の芽が出たんだぞ!? これくらい可愛がって当然だろ!」
「マスターの精神安定および観察精度の向上に寄与する可能性があるため、容認しますが、赤ちゃん言葉の音圧は30デシベル以下に抑えることを推奨します」
「なんだよそれ」
アカシャの呆れたような、それでいてどこか淡々とした物言いに苦笑しつつも、俺は丁寧に水をやり続けた。
スタレーニが順調に育つまでの間、俺は畑の管理をゴーレムに任せ、アカシャの厳格な指導のもとで魔物討伐とスキルの検証に明け暮れた。
特に重点を置いたのは、新しく解放されたゴーレムマスターの派生スキルたちだ。
『スキル共有』『スケーリング』『インターセプト』『アーマード』。
あまり使いこなせていない、これら4つのスキルをいかにシームレスに掛け合わせるか、実戦を繰り返しながら体に叩き込んでいった。
――そして今、俺の目の前に、これまでに見たことのない未知の魔物が立ちはだかっていた。
「……こいつ、初めて見るタイプだな」
「個体識別名:サラマンダー・エイプ。過去のログにデータは存在しません」
目の前にいるのは、燃えるような赤毛に覆われた大猿だった。
ぱっと見の体長は5m以上あり、見上げるほどの巨体だ。
名前からしてなんとなく火を使うのだろうということは容易に予想がつく。
目は爬虫類のように妖しく濁っており、本能的に「こいつとは絶対に分かり合えない」と思わせる邪悪な光を宿している。
「なぁアカシャ、こいつの弱点とか特効のある属性とかは? 」
「今回は名称のみの開示とします。」
「はぁ!? なんでだよ! 教えてくれたっていいじゃんか!」
「未知の敵に対し、限られた情報から推測し、自身の戦術を構築する訓練です。マスターの生存率向上のため、甘やかしは厳禁と判断しました」
「チェッ、相変わらずスパルタだなぁ……まあ、危険察知はそこまで強くないからいいけど…」
俺がブツブツと言っていると、サラマンダー・エイプが動きを見せた。
俺を見た瞬間、ニタニタと品性のない笑みを浮かべると、太い指先で鼻をほじり、そのゴミをこちらへ向かって弾いてみせた。
そして、顎をしゃくりながら、左手の指をクイクイと動かして「かかってこいよ」と挑発してきたのだ。
完全に俺を雑魚扱いしている。
手応えのない、いいおもちゃを見つけたといった感じだ。
こいつ…かなり知能が高いのかな。魔物に煽られるのは初めてだ。
「……随分となめられたもんだな。じゃあ、お言葉に甘えて先制攻撃といきますか」
俺は不敵に笑い、『思考加速』を発動した。
引き延ばされた時間の中で、俺は『アーマード』と『スケーリング』を同時に選択し、大猿の目の前の空間に仕掛けを施した。
狙うは、局所的な「水蒸気爆発」だ。
原理は単純だ。
まずベースとなる『ウォーター・ゴーレム』を生成し、その周囲を包み込むように『アーマード』で『エア・ゴーレム(空気の人形)』を纏わせる。
そして、外殻となるエア・ゴーレムを『スケーリング』によって限界まで圧縮し、内部へ猛烈な圧力をかける。
密閉された空間内で圧力が上がれば、一瞬で水の温度は100℃を遥かに超えて数百℃に達する。
その状態で、外殻のエア・ゴーレムを一瞬で解放してやるのだ。
超高圧・超高温の水が一気に大気圧へと解放された瞬間、ウォーター・ゴーレムは爆発的に気化し、その体積は約1,700倍へと膨張する。
要はディーゼルエンジンの機構、断熱圧縮のそれだ。
俺はこれを、掌サイズのミニゴーレムで実行した。
大猿の鼻先に配置された極小の水分と空気の塊が、次の瞬間――。
――ボォン!!!!
膨大な熱量を含んだ白い水蒸気が、爆音と共にサラマンダー・エイプの顔面を直撃した。
「ギャアァァァッ!」
激しい水蒸気爆発の衝撃波に吹き飛ばされ、大猿は巨体を大きくのけぞらせる。
悲痛な叫び声を上げながら、両手で顔を覆った。
やがて手が離れたその顔面は、超高熱の水蒸気によって無残に焼けただれていた。
しかも、至近距離での爆発による衝撃波で脳を激しく揺らされたらしく、5mを超える巨体が足元からフラフラと千鳥足になっている。
粉塵爆発でも良かったんだけど、多分名前からして火炎耐性とか持ってそうだし。
今のは『ハイドロ・バースト』、言わば水属性の攻撃だから、さすがに効いたみたいだな。
「男前になったじゃないの」
ニヤつく俺の視線の先で、サラマンダー・エイプの目が完全に血走った。
「ゴルァァァァッ!!」
鼓膜が裂けんばかりの咆哮を上げ、激昂した大猿の体毛が一気に本物の激しい炎へと変化する。
周囲の空気が陽炎のように揺らぎ、口からも激しい火炎を吹き出しながら、怒り狂ってこちらへと突撃してきた。
ただ走っているだけだというのに、奴が踏みしめた地面の土が一瞬で赤黒い溶岩へと融解していく。
とんでもない熱量だ。
「うわっ! あんなの生身で喰らったら一瞬で溶けるぞ!」
迫り来る炎の壁に冷や汗が流れるが、頭は冷徹なまでに冴え渡っていた。
あれだけ熱いなら、逆に水を置いておけば勝手に突っ込んできて自滅するんじゃないか?
俺は即座に、突進してくるサラマンダー・エイプの進行線上に、数十体もの『ウォーター・ゴーレム』を生成した。
サラマンダー・エイプは一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐに『バカめ、そんな水、俺の炎で一瞬で蒸発させて踏み潰してやる!』とでも言いたげな邪悪な笑みを浮かべた。
そして、奴の放つ圧倒的な熱源と、俺の生成した大量の水が、真っ正面から衝突した。
――ズドガアァァァン!!!!
「あ、やっべ!」
その瞬間、先ほどとは比較にならない規模の超巨大水蒸気爆発が発生した。
辺り一面が真っ白な水蒸気と、猛烈な衝撃波によって完全に視界を奪われる。
ドミノ倒しのように、周囲の鋼鉄のように硬い巨木たちが根こそぎ吹き飛ばされ、激しい地響きが鼓膜を震わせた。
やがて、もうもうと立ち込める土埃と蒸気がゆっくりと晴れていく。
その中心には、頑強な一体の『マッド・ゴーレム』が佇んでいた。
爆発が起きた瞬間、ゴーレムマスターのスキル使用許可を得たアカシャが即座に動いていたのだ。
衝撃波のエネルギーを分散して耐えるため、マッド・ゴーレムを何重もの列として緊急展開。
さらに保険として、俺の身体の表面にも直接マッド・ゴーレムを『アーマード』として纏わせ、衝撃を完全に遮断していた。
もちろん『インターセプト』でもう一体、カチカチのマッド・ゴーレムも目の前にいた。
「ふぅ……助かった! サンキュー、アカシャ」
「無事で何よりです、マスター」
ひどい有り様になった周囲を見渡す。
緑豊かだった森の一部が、完全にクレーターのようになって吹き飛んでいた。
我ながら、ちょっとした環境破壊をしてしまったと小さな罪悪感が胸をよぎる。
爆発の爆心地から視線を巡らせると、およそ50mほど離れた地面に、ズタボロになって吹き飛んでいるサラマンダー・エイプの姿が見つかった。
赤毛は焼け焦げ、ただれた皮膚のあちこちから血を流しているが、その胸はまだ微かに上下している。
「……信じられないタフさだな。まだ息があるのか」
俺はゆっくりと歩み寄り、大猿の前に立った。
息も絶え絶えにこちらを睨みつける魔物を見下ろし、俺の心の中に迷いが生じた。
『ナイトロ・ゴーレム』を使って一瞬で窒息死させる時は、なぜかそこまで罪悪感を感じない。
しかし、こうして目の前で今にも死にそうに苦しんでいる相手に対して、自らの手で直接とどめを刺すとなると、どうしても胸の奥がチクリと痛む…。
矛盾しているとは思うが、前世の平和な日本人だった頃の倫理観が顔を出す。
「マスター、その偽善に近い優しさは、この弱肉強食の世界においては最大の弱点となり得ます。速やかにとどめを刺してください」
思索を見透かしたように、アカシャの冷徹な声が響いた。
「…」
「このまま放置し、苦痛を引き延ばすことこそが残酷だと愚考します。マスターが手を下さずとも、この個体は間もなく死亡します。ならば…」
「……そうだな。分かってるよ」
アカシャの合理的な言葉に納得し、俺は小さく息を吐いた。
苦しませないのがせめてもの情け。
聞いた事の有る言葉だが、実際は「自分にも情けをかける」為なんだと身にしみてわかった。
「罪悪感を和らげる行為、か」
俺は大猿の顔の近くに『ナイトロ・ゴーレム』を生成し、一瞬で酸素を奪い去った。
サラマンダー・エイプは暴れることもなく、静かに意識を失い、そのまま絶命した。
その瞬間、身体の中にすうっと心地よい浮遊感が染み渡る。
レベルアップのサインだ。
少しだけ、やるせない気分になった。
その後、拠点へと続く帰路の途中、アカシャの脳内反省会が始まった。
「今回の戦闘に対する私の評価は、30点です」
「えぇーっ!? 低すぎない!? あんなデカいの無傷で倒したんだぞ?」
「『ハイドロ・バースト』の着眼点自体は本当に素晴らしいものでした。しかし、マイナス点が多すぎます」
アカシャの声は容赦なく俺の落ち度を列挙していく。
「第一に、相手と同レベルの挑発に乗り、わざわざ試すような行動をとったこと。第二に、後半の大規模な水蒸気爆発において、その威力の予測と自身への影響を正確に判断できていなかったこと。私が介入しなければ、マスター自身も衝撃波で負傷していた可能性があります。そして第三に、最後にとどめを刺す際に生じた無意味な躊躇。これらは実戦において致命傷になり得ます」
「う……分かってはいるんだけどさ。でも、理解するのと納得するというのは別っていうか……」
アカシャがすべて俺の生存のために言ってくれていることは痛いほど分かっていた。
「…うん。次は気をつけるよ」
だから俺はそれ以上反論しなかった。
拠点の大岩に帰り着くと、どっと一気に疲労が押し寄せてきた。
テントの前に置いた椅子に深く腰掛けると、あらかじめ待機していた料理用ゴーレムが、淹れたての温かいコーヒーを差し出してくれた。
「ふぅ……美味い。生き返るわ」
コクのある苦味が五臓六腑に染み渡る。
そんな至福の時間を楽しんでいると、アカシャが不意にステータス画面を脳内に展開した。
「マスター、先ほどの戦闘によるレベルアップに伴い、ゴーレムマスターのスキルレベルが上昇し、新たな派生スキルが発現しました。ステータスを確認してください」
【対象】:篝永灯
【精神年齢】:50歳
【レベル】:73
【職業】:ゴーレム使い
【状態】:正常
◆◇繧ィ繝ゥ繝シ◇◆によって転生させて貰った転生者。
【スキル】
アカシャ:レベル1
インベントリ:レベル4
ゴーレムマスター:レベル6
【ステータス】
HP:795
MP:0
【派生スキル】
危険察知
気配隠蔽
認識阻害
並列思考
思考加速
自律制御
ゴーレム強化
憑依転身
感覚共有
スキル共有
スケーリング
インターセプト
アーマード
シフトチェンジ(新)
オートインテリジェンス(新)
【加護】
◆◇繧ィ繝ゥ繝シ◇◆の加護
「おおっ! 本当だ!レベルも順調に上がってる! それに、新しいスキルが2つも生えてるじゃないか!」
俺はコーヒーカップを片手に、身を乗り出した。
新しいおもちゃを手に入れた子供のように心が躍る。
「アカシャ、この『シフトチェンジ』と『オートインテリジェンス』の詳細を教えてくれ!」
「承知しました。まず『シフトチェンジ』は、配置したゴーレム同士、あるいはゴーレムと指定した対象(マスター自身を含む)の位置を一瞬で入れ替える空間転移系スキルです。ただし、入れ替えられるゴーレムは一体だけ。大きさも今は3mくらいまでです」
なるほど、制限はあるが実質的な瞬間移動か!
「身代わり人形と位置を入れ替えて攻撃を避けるとか、戦術の幅がめちゃくちゃ広がるな」
「次に『オートインテリジェンス』です。これは生成したゴーレムに対し、簡易的な自律型ディープラーニング機能を付与するスキルです。マスターが一度行った作業や命令のプロセスをゴーレム自身に学習させ、高度な作業を自動マクロ化させることが可能となります」
「自動マクロ化! ってことは、畑の細かい水やりとか雑草抜きとか、いちいち細かく命令しなくても、ゴーレムが自分で考えて最適にこなしてくれるってことか! 」
素晴らしい!これぞ、俺が求めていたゴーレムの形!
「よし、休憩はここまでだ! アカシャ、さっそくこの2つのスキルの検証を始めよう!」
「……先ほどあれほど疲弊していたというのに、未知のスキルの検証となると途端に活動的になるのですね。」
アカシャの少し呆れたような声を聞きながら、俺はすぐさまテントの前の広場でゴーレムを呼び出し、2つのスキルの検証に没頭した。
それからさらに数日後。
畑のスタレーニは見違えるほど大きく成長していた。
青々とした立派な葉が何枚も重なり合い、もう明日には収穫しても良いくらいの素晴らしい出来栄えになった。
「明日辺り収穫かな!」
そう思った瞬間。
――ゾクッ!!!
突如として、脳味噌を直接冷たい氷で擦られたかのような、凄まじい『危険察知』の狂騒が頭の中で鳴り響いた。
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次回、第19話は【ぶちぎれ】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




