第112話:直感はチート過ぎ
最前線には、焦熱と土煙が荒々しく渦巻いていた。
腕の形をした土の砲身。
そこに充填された圧縮空気。
そして、高速で打ち出されるサボットを纏った流線型の小人ゴーレム弾。
巨大な大猿の周囲に群がるハイオークやトロルたちの群れを正確に穿ち、次々と血飛沫へと変えていく。
しかし、俺の本当の標的である青い大猿——サラマンダー・エイプ・アズールには、一向にダメージを与えられない。
不気味に明滅する蒼い紋様を身に纏い、仁王立ちする巨体を見上げる。
ヤツの余裕の顔に、俺の胸の奥で苛立ちがじわじわと渦を巻いた。
「くそっ、手応えゼロかよ!」
俺は即座に次の手を打った。
不可視の気体ゴーレムによる即死コンボである。
純度100%の窒素で脳を沈黙させる『ナイトロ・ゴーレム』。
高濃度の二酸化炭素で呼吸を奪う『カーボニック・ゴーレム』。
そして魔力反応そのものを遮断して不発化させる『ゼロ・リアクション・ゴーレム』。
どのゴーレムも相手の顔面や周囲を密閉さえすれば、勝利を確定できる。
だが、あの大猿はそれらをあざ笑うかのように、そのすべてを回避してみせた。
「直感スキル、チート過ぎだろ!!」
俺は叫ばずにはいられなかった。
『マスターの天敵と言えますね』
脳内に、相棒であるアカシャの冷静な声が響く。
他人事みたいに言わないで、なにか打開策を考えてくださいよ、アカシャさん!
『解析を行っていますが、単純な攻撃以外で攻撃するしか打開策がありません……』
単純な攻撃以外って、なんだよ!
『例えば…』
突然、アズールの姿勢が低くなる。
巨大な肉体が、砲弾のような速度で正面から突っ込んできた。
くそ!作戦会議中なのに!
あいつの直感、まさかアカシャとのやりとりまで何か感じているなんて事ないよな!?
「このっ!」
俺は位置交換スキル『シフトチェンジ』を発動した。
瞬時にヤツの真裏へと空間を跳び、背後から無防備な背中へ向けて砲身を突き出す。
しかし、アズールは地面を強く蹴り弾丸の射線を軽々とずらした。
まるで背中に目がついているかのように。
それを繰り返す度にヤツが纏う蒼い炎の熱波が俺を襲った。
パワードスーツとして身に纏っている『タクティカル・シェル』の土の装甲が、悲鳴を上げる。
「あっつ!」
俺はさらに後ろに飛び退きながら、熱を帯びた表面の装甲を再構築した。
「あいつの炎神化って、魔力切れとか起きないのかよ?」
『大気中および周囲の魔物から魔力を無制限に吸収しているようです。現在のペースであれば、一週間でもあの状態が可能なはずです』
もしかして、ドミナントって魔力供給も可能にさせるのか?!
「魔力切れは望み薄って事か……」
俺は移動しながら、牽制のために砲弾を撃ち込み続けた。
だが、未来が視えているかのように、あいつは最小限の動きでそれを回避していく。
一見無駄なように繰り返される攻防。
あわよくば、と攻撃を出すがあの大猿には予想通り通じない。
だが、俺は敢えてそれを繰り返した。
そして、俺の望みはようやく完遂される。
後方に配置していた二体のマッド・ゴーレムが、周囲の配下の魔物たちをすべて削り、完全に殲滅したのだ。
ようやくか!
バレずによくがんばった、俺!
「これでお前を庇うやつはいなくなったぞ、猿!」
俺は大声で煽った。
アズールは牙を剥き出しにし、凶悪な怒りをあらわにする。
全身を包む蒼い体毛が、ガスバーナーの火力を最大にした時のように激しく噴き上がった。
俺は二体のゴーレムと連携し、ヤツを三方から完全に包囲する。
それぞれの肩から伸びる砲身の狙いを、中央の大猿へ定めた。
「三方からの同時攻撃なら!」
強力な空気の圧縮が砲身内で起こる。
炸裂音と共に音速の小人ゴーレム弾が三方向から一斉に放たれた。
「当たれ!」
ところが、ヤツは驚異的な行動を見せた。
射線が見えているかのように、超低姿勢になったのだ。
そして、そのままの低さで俺の懐へ突っ込んできた。
「くそっ!」
迫り来る高熱の塊。
身に纏うアーマーが悲鳴を上げ、皮膚が焼けるような感覚に襲われる。
俺はとっさに前面へ二体のゴーレムを滑り込ませた。
強固な土の壁が、ヤツの体当たりを正面から受け止める。
凄まじい衝撃音とともに、俺の目の前のゴーレムがまたたく間に押し込まれる。
「ステータスを90倍に強化したゴーレム二体でも厳しいのかよ!」
ゴーレムの壁にメリメリと亀裂が走り、少しずつ崩壊していく。
その崩れかけた隙間から、アズールが巨大な蒼い炎の拳を振り上げた。
強引に俺の頭上から叩きつけようとする。
脳筋猿が!
俺はステップバックしながら、アズールの顔面へ向けてナイトロ・ゴーレムを錬成した。
さらに空気の密閉壁であるタクティカル・シェルで頭部を囲い込む。
しかし、ヤツは拳を振り下ろす直前で動作を強引に中断し、首を大きく引きながら後方へ大きくジャンプした。
「このタイミングでも躱されるのかよ……だったら!」
俺は深く息を止め、即座にシフトチェンジを発動した。
空中で無防備になるアズールの着地予定地点、その背後へと一瞬で転移する。
この位置なら逃げられないだろ!
迫りくる大きな背中に狙いを定める。
アズールが放つ超高温の熱放射により、俺の砲身はすでにマグマのような赤味を帯び始めていた。
発射の意識を集中させたその瞬間——。
俺の目の前、アズールの背中のすぐ上で、巨大な蒼い炎の玉が唐突に膨らみ始めた。
『背後へ直接、巨大な火球を生成しています!退避してください!』
「なっ!?」
あいつ、俺の砲撃を喰らう覚悟で、背後にいる俺ごと吹き飛ばす気か!?
硬化した土の装甲が一気に熱を帯びてくる。
くそっ、鎧が持たない!
俺は咄嗟に左のゴーレムとの位置を再度入れ替えた。
先程ダメージを負った二体のゴーレムは、俺の射線から外れるように、左右に飛んでいたのだ。
シフトチェンジが完了した瞬間、元いた場所に巨大な炎の玉が着弾し、置かれていたゴーレムを一瞬で飲み込んだ。
俺は着地点からすぐさま砲身をアズールへ向ける。
しかし、そこにはすでに別の炎の玉が練り上げられていた。
「なっ!?」
位置を読まれている!?
俺がゴーレムと位置を入れ替えるパターンを学習したのか!?
『マスターの回避行動の法則を完全に把握し、入れ替え先のゴーレムの座標へあらかじめ攻撃を配置しています』
アカシャの冷静なアナウンスが絶望を告げる。
ヤツは、俺がもう一体のゴーレムの位置へ瞬間移動する事を予測し、すでに二つ目の火球を放つ準備を完了させていた。
俺に向かって放たれた、太陽の黒点に迫る高温の火球。
俺はそれを回避するため、再度シフトチェンジを起動する。
だが、俺が入れ替わった先は、もう一体のゴーレムの位置ではなかった。
ヤツがまったく予期していなかった場所。
「ガア!?」
アズールの口から、間抜けな驚愕の声が漏れた。
見えているゴーレムに転移すると思ってたんだろ?
残念だったな!
俺の砲身のすぐ目と鼻の先に、アズールの無防備な左脇腹がある。
俺の身体全体からチリチリと焦げる音が鳴り響き、一気に致死量の熱が伝わってきた。
熱で砲身がやられる前に、ぶち込む!
喰らいやがれ!
しかし、アズールは着地した瞬間の踏み込みを利用し、強引に巨体を捻り回した。
高熱を纏った巨大な拳が、上空から俺の顔面めがけて振り下ろされる。
「ガアアアッ!」
「うおおおっ!」
ドゴォン!
音速の徹甲弾丸が砲身から放たれた発射音と巨大な拳が炸裂する衝撃音が混ざり合う。
激しい衝撃波が周囲の土煙を吹き飛ばした。
気がつくと、俺は空を見上げて倒れていた。
左顔面に引きつるような痛みと熱さが走る。
「くっ……殴られた拍子に火傷を負ったか……」
『マスター!』
脳内にアカシャの切迫した声が響きわたる。
「大丈夫だよ……大した怪我じゃないさ」
俺は息を整えながら、咄嗟に立ち上がった。
自動防護スキル『インターセプト』が発動し、アイアンオーク・ゴーレムが死角から直撃の威力と熱を削ってくれた。
それでも左半分の視界が大きく開けている。
顔面を覆っていたパワードスーツの装甲が木っ端微塵に弾け飛んでいた。
アイアンオーク・ゴーレムの盾を貫通したのかよ…。
直撃した時を想像して、鳥肌が立った。
視線を前方に送ると、そこには蒼い炎を激しく揺らめかせた大猿が立っていた。
ヤツは左脇腹を手で強く押さえつけている。
そして、その指の間からは魔物の血が大量に流れ落ち、地面を濡らしていた。
俺は思わず、ニヤリと口角を上げた。
「やってやったぞ!」
ついに、あの化け物に明確なダメージを与えてやった。
俺は熱で短く削れた砲身と、崩れた顔面のアーマー、そして炎の玉で削られたゴーレムの装甲を即座に修復しながら、ゆっくりとアズールに向かって歩み出た。
「単純な攻撃以外、か……なるほどね」
勝ち筋は、完全に視えた。
「アカシャ、次の作戦を伝えるよ」
俺は頭の中で、相棒へ向けて迅速に次の手順を組み上げた。
『なるほど。マスターにしては実に上出来な作戦ですね』
「お褒めに預かり光栄ですよ、アカシャ様」
『サポートはお任せください』
「頼んだ」
俺はサラマンダー・エイプ・アズールの目を見据えた。
ヤツの瞳には、これまで以上の憎悪と殺意が満ち満ちている。
口元から、地響きのような低い唸り声が漏れ出していた。
殺してやる!
そう言わんばかりに、全身の蒼い炎を爆発的に勢いづかせた。
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次回、第113話は【勝利の行方】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




