第111話:地上戦の攻防 その6
最前線には、たきび殿がいる。
彼が操る無数のゴーレムが、これまで魔物の進軍をかなり食い止めてくれていた。
このような大群を通過させたということは……たきび殿がやられた……?
——否だ。
あの飄々とした少年が、無策のまま死を選ぶとは思えない。
それに、たきび殿は瞬時に移動する力がある。
もし自らの命が危うい状況に陥ったのなら、こちらへ帰還して情報を共有するはずだ。
ドーザは踵を返し、防壁の方に向かって全速力で駆け出した。
壁近くで、腹の底から叫び声を上げる。
「最前線の状況はどうなっている!?たきび殿は!?」
絶望に包まれた戦場に、彼の声だけが虚しく響く。
しばらく誰も反応しなかった。
しかし、やがてよく通る凛とした声が上空から降ってきた。
「彼は生きているわ!現在、強力な魔物と単独で交戦中みたい!」
防壁上で、いち早く異常な魔力に気づいていたキーニルだった。
やはり、たきび殿は生きている!
そのたきび殿が、五百体もの上位魔物をただ無為にこちらへ通過させるか?
これも否だ!
あの数を無傷でこちらに通過させたら、全滅する事くらいわかっているはずだ。
だとすれば……!
「キーニル殿!魔物の群れに、魔法攻撃は届くか!?」
ドーザの声が少し上ずる。
「届く範囲に入っているわ!」
「ならば撃ってくれ!強力なものでなくても構わない!牽制でいい!」
「わ、わかったわ!」
ドーザの意図を測りかねたキーニルだったが、即座に杖を構えた。
キーニルの体の周りに、赤い魔法陣が複数浮かび上がる。
「ファイア・ジャベリン!」
炎の槍が空気を切り裂き、魔物の群れの先頭を歩く数体に正確に突き刺さる。
しかし、魔物達は止まらない。
そのままの歩調でこちらへと向かってきた。
「やっぱり効かない……」
上位魔物の強靭な肉体と魔法耐性を前に、初級魔法ではダメージが通らないのはわかっていた。
キーニルが落胆の声を漏らした、次の瞬間だった。
炎の槍を受けた魔物が、突然膝を折り、ばたりと地面に倒れて動かなくなったのだ。
「!?」
確かに攻撃は当たった。
だが、正直上位魔物に通じる程の威力は無い。
それで倒せるなんて、絶対にありえないのだ。
ところが、倒れた魔物はピクリともしない。
「なっ!?なにがどうなって」
キーニルが動揺を隠せずに声を震わせる。
「何が起きた!?」
地上からドーザが叫ぶ。
「た、倒せたの。初級のファイア・ジャベリンで!」
その言葉に、防壁の上の他の魔術師たちもどよめきを見せた。
「もう一度だ!!」
ドーザの指示を受け、キーニルが再度ファイア・ジャベリンを放つ。
「お、俺もやる!」
「私も!」
他のスペルキャスターたちも、各々の攻撃魔法を次々と放ち始めた。
それに対して、魔物達は避ける素振りすら見せず、ただ無防備に進軍してくる。
魔法が直撃した魔物が、またしても次々と倒れ始めた。
「うぉぉ!倒れたぞ!?」
「本当に上位魔物だよな!?」
「レベルアップして、俺も覚醒したか!?」
上位魔物をあっけなく倒した興奮と混乱が防壁上に広がる。
続けざまに他のスペルキャスターやハンター達も遠距離攻撃を開始した。
まるで的当てゲームのように、バタバタと倒れていく魔物たち。
キーニルは、冷静にその様子を観察していた。
攻撃が当たった直後に倒れるものもいれば、少し進んでから力尽きるものもいる。
しかも、魔物達は攻撃を避ける事をあまりしないまま、ただ前へ突っ込んできているようにも見える。
よく見れば、なかには足元がおぼつかずフラフラしている個体もいた。
息は異様に荒く、口からは白い泡を吹いている。
「……弱体化、しているの?」
理由はわからない。
だが、間違いなく異変が起きている。
「おそらく、かなり弱体化しているわ!!近接でも、十分に戦えると思う!」
キーニルが地上で待機するドーザに向かって叫ぶ。
その報告を聞き、ドーザはにやりと口角を上げた。
やはり!
彼の目に、強い希望の光が宿った。
前線に戻るドーザ。
そして、走りながら絶望感で埋め尽くされていた戦場へ向けて声を張り上げた。
「魔物が大幅に弱体化している!初級魔法で倒せる程だ!今が稼ぎ時だぞ!」
生真面目なドーザにしては、酷く下世話な鼓舞だった。
しかし、冒険者達の欲望にストレートに刺さるその言葉は、効果テキメンだった。
「ほ、本当だ!防壁のやつら、笑いながら魔法を撃ってるぞ!」
「なんで上位魔物が弱ってるんだよ!?」
「わからねぇ!だが、確かに倒れてるぞ!」
「金、ランク、両方手に入れられるって事か!?」
「おい!防壁の連中に全部横取りされるぞ!」
先ほどまで絶望にへたり込んでいた冒険者達が、息を吹き返す。
血走った目で我先にと前線へ向かって走り出した。
一番先に到着した冒険者が、ふらつくハイオークに長剣で攻撃を繰り出す。
ハイオークは反応が遅れ、なんとか腕でガードするものの、力なく片膝をついた。
その隙を突き、冒険者が首元に深く剣を突き入れ、いとも容易く止めを刺す。
「こいつら、本当に弱体化してる!!なぜか苦しそうだぞ!!」
「うおおお!俺も一人で上位魔物を倒したぞ!」
「ここまできて疲れちゃったのか!?ざまあねぇな!!」
「うぉ!?大した事は無いが反撃はされるぞ!!油断だけはするな!!」
戦場のあちこちで乱戦が再開された。
明らかに動きが鈍く、呼吸もままならない魔物たち。
スタンピードが起こってはじめて、冒険者達が圧倒的に優位に立った。
それを見たドーザが、未だ座り込んでいるガボンの元へ駆け寄る。
「ガボン殿、今がチャンスだぞ!」
「……けっ」
何やら納得のいかないような顔をしているガボン。
これをやったのが、最前線にいるあの忌々しい『スパウン』だと、うすうす勘付いたからだ。
不機嫌極まりない表情。
しかし、自身の野心には逆らえず、ガボンはすぐに斧を拾い上げて前線へと走っていった。
「また、おかしな事をやってくれましたな、たきび殿」
ドーザの口角が自然と上がる。
そこに、巨体を揺らしてウルノラが近づいてきながら問いかけた。
「あいつが、何かしたのか?」
「そうとしか考えられん。何をしたのかは、私には分かりかねるが」
首を横に降るドーザ。
「助かったのはいいが、ギルドとしての報酬支払いが痛いな……」
「心中お察しする」
頭を抱えるウルノラの言葉に、ドーザが苦笑いを浮かべて返答した。
「我々もいきましょう」
「そうだな。あいつらの取り分を少しでも減らしにいくか」
そのウルノラの悪戯っぽい言葉に、ドーザがにやりと笑い返した。
数分前まで確実な死の匂いが充満していた絶望の戦場。
それが、冒険者たちにとっての格好の狩場へと変わった瞬間だった。
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次回、第112話は【直感はチート過ぎ】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




