第110話:地上戦の攻防 その5
ひび割れた大地の上。
二つの小さな影が、山のような巨体を持つ二体の魔物と激しい死闘を繰り広げていた。
ドーザと、ガボンである。
相手は身の丈四メートルを超える大猿ギガントロプスと、丸太のような腕を持つトロル。
圧倒的な体格差とレベル差が存在していた。
しかし、戦況は奇跡的に拮抗状態を保っている。
「右だ、ガボン殿!」
「いちいちうるせぇ!言われなくても分かってる!」
ドーザの鋭い指示に応え、ガボンが地を蹴った。
ギガントロプスが巨大な腕で攻撃を放ってくる。
まともに受ければ、全身の骨が砕け散る一撃だ。
だが、ドーザは衝突の瞬間に盾を傾け、自ら後方へステップを踏む。
衝撃を完全に受け流す技術。
力のベクトルを逸らされたギガントロプスは、一瞬だけ体勢を崩した。
そのわずかな隙を、ガボンが見逃さなかった。
「オラァッ!」
地面を蹴り返し、一瞬で間合いを詰める。
振り下ろされたバトルアックスが、ギガントロプスの分厚い胸板に深く食い込んだ。
血が噴き出すが、致命傷には至らない。
そこに、横からトロルが痛烈な棍棒の突きを放ってくる。
「くっ!」
ドーザが素早く身を翻し、盾で棍棒の軌道をずらす。
言葉を交わす余裕などない。
それでも二人の間には、長年死線を共にしてきたパーティーのような、洗練された連携が生まれていた。
ドーザの精密な防御と立ち回りが、敵の隙を作る。
その隙をついて、ガボンの暴力的な攻撃力が削り取る。
理にかなった戦術が、格上の魔物を完全に翻弄していた。
しかし、均衡は唐突に崩れる。
ギガントロプスが苛立ち任せに放った大振りの裏拳での薙ぎ払い。
ドーザがそれをすんでで躱した瞬間、大猿の巨体が不自然に大きく揺れた。
踏み込みの足。
そこにはドーザが与えた深い切り傷と、ウルノラの魔法によるダメージが残っていた。
限界を超えた負荷に耐えきれず、ギガントロプスが完全に前のめりに崩れ落ちたのだ。
「もらった!」
ドーザがとっさに両手で長剣の柄を握り直す。
続けざま、倒れそうなギガントロプスの太い首筋を目掛けて渾身の力で振り下ろした。
刃が肉を裂き、頸椎に届こうとしたその瞬間。
横合いから、丸太のような棍棒が突き出される。
トロルの援護だった。
長剣の刃は棍棒の硬い木目に半ばまで深く食い込む。
攻撃が防がれた。
しかし、ドーザは驚くべき行動に出た。
「うおおおおっ!」
気合と共に、全身の筋肉を異常なまでに膨張させる。
身体強化の魔法である。
ドーザは長剣を引き抜くことを放棄した。
逆に棍棒ごとギガントロプスの首を大地に向かって力任せに押さえつけたのだ。
重戦士の真骨頂。
「ガボン殿!」
「そのまま押さえつけとけよ、おっさん!」
ドーザの意図を瞬時に理解していたガボンは、すでに遥か上空へと跳躍していた。
重力と己の魔力を込めた大斧を上段に構える。
狙うは、地面に縫い付けられてもがく大猿の脳天。
ドゴォォォォンッ!!
戦場全体を揺るがすような、凄まじい衝撃音が響き渡った。
大地に斧が叩き込まれ、土煙が爆発的に舞い上がる。
煙が晴れた先に現れたのは——
頭部が完全に二つに割れ、痙攣を繰り返すギガントロプスの姿だった。
「よっしゃ!」
ガボンが雄叫びを上げ、興奮に目を輝かせる。
反面、ドーザは冷静だった。
ドーザはガボンが着地するより早く、すでに剣から手を放していた。
「プラクリティ・ダラ、スートラ・カルマ。アチャラ・バンダナ!(根源たる大地よ、業の鎖となれ。決して動かざる戒めをここに)」
残るトロルに向けて、高速で魔法の詠唱を紡ぐ。
「土の第二階梯魔法【テンシル・バインド】!」
魔法が発動した瞬間、トロルの足元の土が意思を持ったように盛り上がった。
土砂は瞬く間に太い鎖の形状へと編み込まれ、地面から放たれる。
それはトロルの両手両足に幾重にも巻き付き、岩をもしのぐ硬度へと変化しながら強引に締め上げた。
「気が利くじゃねぇか!」
ガボンが狂気じみた笑みを浮かべ、巨大なバトルアックスを地面から引き抜く。
間髪を入れず、トロルに向かって全力で投げつけた。
空気を切り裂いて飛来する回転刃。
拘束されたトロルは逃げる術を持たない。
刃は吸い込まれるように太い首を通過し、そのまま着地先の地面に乱暴に突き刺さった。
一拍遅れて、トロルの巨大な頭部が滑り落ちる。
切断面からどす黒い血が間欠泉のように噴き出した。
しかし、地面に転がった頭部の瞳は体を探すように動いていた。
何かを喚き散らすように口をパクパクと動かしている。
首を失った巨大な胴体もまた、拘束の鎖を引きちぎろうと激しく暴れていた。
「うぉ!こいつ、首切られてもすぐに死なないのかよ……気味が悪いぜ」
ガボンが顔をしかめ、怪訝な表情を浮かべる。
「トロルは異常な再生能力を持っている。切断面をくっつければ、首であろうが数分でひっつくぞ」
ドーザは険しい顔を崩さず、拘束魔法に魔力を注ぎ込み続ける。
「だからこそ、切り離した頭部が完全に停止するまで、こうして胴体を物理的に押さえ込んでおく必要がある」
「博識なこって」
ガボンは鼻を鳴らし、地面に刺さった自分の斧を回収するためにゆっくりと走り出した。
体感にしておよそ一分。
頭部の不気味な口の動きが止まる。
それと同時に暴れていた胴体も急速に力を失って地面に崩れ落ちた。
生命活動の完全な停止。
「ふう……」
ドーザは小さく息を吐き、魔力供給を断って拘束魔法を解除した。
上位の魔物であるギガントロプスとトロル。
しかも異種族間での連携という最悪の条件を、たった二人で打ち破ったのだ。
その戦果は、実質Bランク冒険者の上位陣に匹敵するものと言えた。
ドーザの的確な戦術眼と支援が大きいのは間違いない。
しかし、ガボンもB級昇格にはふさわしい圧倒的な戦闘力を見せつけた。
だが、ドーザに勝利の余韻に浸る隙はない。
彼は即座に周囲へ鋭い視線を巡らせ、次の脅威を探る。
ガボンとの決定的な違いは、この危機管理と次の戦闘への準備能力にあった。
空を見上げても、ワイバーンをはじめとする飛行魔物はいない。
防壁上の冒険者たちとウルノラ、レーヴァの活躍により殲滅されていた。
他の戦局を見渡しても、落下してきた上位魔物はほぼ討伐されている。
ドーザは小さく息を吐いた。
次にトロルの棍棒にめり込んだ自分の長剣を一瞥する。
引き抜く事は難しく、刃こぼれと歪みもひどい。
そう判断したドーザは、迷わず少し先に転がっていたハイオークの死体から、無骨な槍を拾い上げた。
「おっさん、槍も使えんのか?」
斧を肩に担いで戻ってきたガボンが、意外そうに眉を上げる。
「一通りの武器は扱える」
「さすが騎士さま。お行儀がいい戦闘スタイルなこって」
ガボンが皮肉交じりに軽口を叩いた、まさにその時だった。
「前方から、魔物が接近!!」
防壁の上から、風魔法で拡声された悲痛な叫び声が戦場に響き渡った。
緊張が走る。
「数は……およそ四百、いや、五百体!!」
「う、嘘だろ…」
その報告に、戦場の空気が一瞬にして凍りついた。
上位魔物が五百体。
土煙の向こう側に、無数の魔物の影が徐々に大きくなってくるのが視認できた。
その光景に、さすがのドーザやガボンの顔にも色濃い絶望が浮かんだ。
「は、はは……」
ガボンは状況が飲み込めないのか、手から斧を落としてその場にへたり込んだ。
「……くそ」
震える声で一言だけ吐き捨て、完全に黙り込んでしまう。
彼の目に宿っていた闘志は、数の暴力の前に完全に砕け散っていた。
前線で辛くも生き残っていた冒険者たちも、ウルノラただ一人を除いては同様の状態だった。
武器を捨てて逃げ出そうとする者、神に祈り始める者。
前線は完全に戦意を喪失した。
「……我々も、ここまでか」
ドーザもまた、押し寄せる黒い波を見つめながら、静かに諦念を吐露した。
だが、同時に強い疑問が湧き上がった。
これほどの大群が、なぜ無傷でここまで到達できたのだ?と。
騎士の経験と論理的な思考が、小さな違和感を拾い上げた。
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次回、第111話は【地上戦の攻防 その6】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




