第11話:探索、戦闘、そして罪悪感
とうとう奈落の森の探索を始める永灯。レベルアップによるスキルの進化で、多様なゴーレムの作り方と使い方を思いつく永灯だが、この世界最悪の森で、永灯は無事、採取と食料調達はできるのか。
「きのこ、の~このこ……」
俺は情けない鼻歌を響かせている。
翌朝、俺は拠点の『大岩』から、ウサギ狩りと素材採取のために森へと繰り出していた。
まず最初に向かったのは、前日俺が倒した、あの狂暴な角付きウサギの場所だ。
「無い……か」
結果は、予想通りだった。倒したはずのウサギの死体は、跡形もなく消え失せていた。
代わりに地面には、何か巨大な生き物が這い回ったような、不気味な引き摺り痕だけが残されている。
「やっぱりな。息を吹き返した可能性は万に一つもない。ということは、他のもっとデカい魔物に食われたか、お持ち帰りされたってのが妥当か……」
そんなわけで、俺はその先へ進んでいる最中なのだが、相変わらず【危険察知】が俺を煽ってくるのだ。
「やっぱりレベル28くらいじゃ、この森ではモブの中のモブなんだろうな……」
不安に押しつぶされそうになる心を、なんとか鼻歌で誤魔化しているというわけだ。決して機嫌がいいわけではない。
「肝試しかよ……」
嫌な汗が出っぱなしの状態で俺は1時間くらい程の距離を進んだ。
しかし、ナイフで道を切り分けながら進んでいるから、距離的にはそんなに進めてはいないだろう。
さて、これ以上進むべきか、それとも退くべきか。
判断材料を増やすため、俺は視界に入った奇妙な植物へと視線を向けた。
【対象】:ミアザキサラム(変異種)
現地固有の有毒成分、および強烈な麻痺性の繊維を含む。人が摂取した場合、3分以内に呼吸不全を引き起こす。
「……こんなのばっか!」
こういう森は魔力などが強いから、土地が肥沃で貴重な植物がたくさんある、みたいな鉄板的要素があるのかと思ったが、今のところ皆無。
おかげで俺のインベントリの中は、なにか変な効果がある雑草や毒草ばっかりになってる……。
「うーん……」
違うルートにした方がいいかな。大岩から離れすぎるのもまずそうだし。
「とりあえず、このルートは一旦探索をやめよう」
俺は踵を返し、足元に等間隔に置かれたミニマッドゴーレムを確認しながら移動し始めた。
この森での『迷子』は死に直結する。だからあらかじめ対策を施した。抜かりはない。
『山を絶対に舐めてはいけない』
前世の知恵だ。ここは森だけど。
そうして俺は1時間かけて進んだ道のりを、およそ40分程で戻る事ができた。
椅子に座り、コップの中にウォーターゴーレムを作り解除。それを口に運び一息つく。
「うまい。ぬるいけど」
本当に便利だなこれ。水がどこでも飲める安心感は何にも代えがたい。
「さて」
俺はペブルゴーレムを使い地図を描き始めた。東西南北がわからないので、大岩の形を中心に方向を決めている。
「ウサギを倒したのはこの辺りだから、そこをさらに進んだ感じ…かな。」
ペブルゴーレムが地図を作成している。
「大岩の左ルートはハズレっぽいから、次は右にいってみるか」
――少し休憩を挟んで、俺は大岩の右面を背にしたルートを出発した。
「しかし、ミニゴーレムの道しるべ作戦は我ながらいいアイデアだな!」
帰りのルートが確保される安心感は、段違いだ。
実は最初は定番の『木に傷をつけながら進む』という方法を試そうとした。
しかし、木にナイフで傷をつけて歩く迷子対策は、すぐに取りやめることにした。木を意図して傷つけることには大きなリスクがあると気づいたからだ。
1.知恵のある魔物がこの傷を見つけた場合、俺の拠点へと続く明確な足跡になってしまう可能性。
2.強力な魔物の縄張りだった場合、木に傷をつける行為そのものが「挑発」や「敵対行動」とみなされる可能性。
3.木自体が、実は擬態した植物型の魔物だった場合。
知らなかったじゃ済まされない事態になる可能性が高い。
「……うん、リスクが高すぎる。却下だ」
リスクマネジメントは基本中の基本。そこで俺が新たに考え出したのが、ミニマッドゴーレムによる『道しるべ設置作戦』だった。
メリットは4つもある。
1.非常に小さいため魔物に見つかりにくい。
2.顔の向きでルートの方向が視覚的にわかる。
3.俺自身が「何番目のゴーレムがどの位置にあるか」を、なんとなく感覚的に把握できる。
4.引き返す時に、歩きながらこのゴーレムたちのスキルを解除すれば、森には一切の痕跡が残らない。
完璧なサステナブル迷子対策なのだ。
「どれくらいの距離、自分が作ったゴーレムを把握できるのかの検証にもなるしな!」
俺は意気揚々と進んでいった。そのうちあの鼻歌を歌うことになるかもだけど。
――ふぅ。結構来たな。
現在使役中のミニマッドゴーレムは25体。感覚的に、最初のゴーレムから等間隔に配置して……もう500メートルくらいは来たかな。
「よしよし、順調……と言いたいけど」
食べられそうな野草とかキノコとか無いんだよな……。
これはちょっとまずいな。俺のインベントリが本当に毒草だらけになってしまう……。
俺は鑑定を多用しつつ、ナイフで進路を塞ぐ不気味な草を刈り取り、進んだ。
そして、体感的に10分くらい進んだ時だった。
「…うっ」
それまでとは比較にならない不安と焦燥感に襲われた。前頭葉が痛むほどの、強烈な拒絶反応だ。
なにかいる!ウサギか!?
すでに俺は、【気配隠蔽】と【認識阻害】を全開にして発動している。だが「これ以上進むのは危険」と体が拒否してる感じだ。
俺は息を殺し、音もなく近くの巨大なブッシュの中へと身をひそめた。気配を消し、呼吸を限界まで細くする。
ガサリ、と重い草音がした。しかし、
「……っ!」
姿が無い!草は折れているのに!
ザッ、ザッと草を踏みしだく音と同時に、草が折れている。
認識阻害か!?それとも……!と思っていると、突然それは現れた。
一目見て、全身の毛穴が収縮するような恐怖が走った。
そこにいたのは、見た目は一頭の狼。サイズは大型犬を二回りほど大きくした程度だが、
明らかに異常だった。
尻尾が、不気味にうねる二本に分かれている。さらに、その顔面には、上下左右に並んだ『四つの目』があった。
その四つの漆黒の瞳が、それぞれ独立してカチカチと別々の方向を向いて動いているのだ。
こいつとは理解し合えないと感覚的に感じる……生理的な嫌悪感が這い上がってきて気持ち悪い……。
俺は心臓の鼓動を必死に抑えながら、すかさず解析・鑑定を飛ばした。
【対象】:カマイレオンウルフ
【レベル】:71
【スキル】:環境擬態、気配隠蔽
奈落の森に生息している魔物。周囲の環境に完全に擬態する能力を持ち、暗殺者のように近づき獲物の急所を噛みちぎる。群れる習性はなく、基本的には一個体で行動する。
レベル71の擬態と気配隠蔽持ち!?俺の上位互換かよ。こんなのが森にいたらほぼ一方的に攻撃されるじゃないか。
特性の『擬態』が、恐ろしさに拍車をかける。
だが、幸いにも四つの目はまだ俺の姿を捉えていない。
【気配隠蔽】と【認識阻害】は確実に機能しているな。
カマイレオンウルフは、目をしきりに動かし、鼻をひくつかせながら、獲物を探してゆっくりと歩いているようだ。
落ち着け。俺には勝ち筋があるだろ。
俺はウサギと同様に、顔の部分に解析・鑑定の詳細情報を集中させた。
【対象】:カマイレオンウルフ
【状態】:空気の吸引確認。二酸化炭素の排出確認。肺呼吸の可能性100%。
よし!
俺は思考加速と並列思考で意識を集中させ、カマイレオンウルフの顔の周囲にある『空気』を解析・鑑定し、窒素を確認。そして頭の中で命令する。
「形を成せ、ナイトロ・ゴーレム」
そう。呼吸をしているものなら抗えない物理法則。
バイオレットホーン・ラビットを倒した、いわゆるフラッシュアウトの再現だ。
空気中の窒素分子がギュッと繋ぎ合わされ、そこに現れたのは、完全に透明な『純度100%の窒素のゴーレム』。
「サイレント・ハグ」
俺の心の中の命令と同時に、目に見えない透明な窒素ゴーレムが、カマイレオンウルフの顔面を優しく覆う。その瞬間、
「ゴーレム解除」
窒素は無色・無臭。首を絞められるような物理的な抵抗もない。カマイレオンウルフは、いつも通りに、ごく自然に息を吸い込んだ。
一呼吸。肺の中の二酸化炭素は普通に排出されるため、魔物の脳は「息が苦しい」という危険信号すら出さない。強制的に呼吸を止められた苦しみは、二酸化炭素が体内に溜まることで起こる。それが無い。
しかし、次の瞬間、肺の中の酸素分圧がゼロになったことで、血液中の酸素が逆に肺へと逆流する。それがフラッシュアウト現象だ。
二呼吸。酸素を完全に失った血液が、一瞬で脳に到達する。その瞬間。
「ガッ……」
カマイレオンウルフの四つの目が、同時に白目を剥いた。悲鳴をあげることも、暴れることも、魔法を唱える隙すらなく、糸が切れた人形のように、どさりと横倒しに倒れ伏した。
動かない。
だが、俺は知っている。ここで油断せず、さらに数十秒の間、ナイトロ・ゴーレムを作っては解除を繰り返す!
場合によっては脳が2つあるかもしれない。だから、呼吸が完全に止まり、生命活動が完全に停止するのを、遠隔で鑑定し続ける。今度は失敗するものか!
そして、3分程経つと…
【対象】:カマイレオンウルフ
【状態】:死亡
「ふぅーーーーー……。成功だ。やっぱり、どれだけレベルが高かろうが、脳に酸素が行かなきゃ終わりだな」
思考加速のお陰で経過がよくわかった気がする。ただ、引き延ばされた時間の中で、相手が死ぬまで待ち続けるという行為自体はあまり好きになれなそうだ。
まあ今回は鑑定を見るまでもなく、あのレベルアップ時の全能感を感じたから倒したとは思ったけど。
「レベルアップの確認は後にして、ここからだ」
周囲に邪魔される前に『生き物は死んだらインベントリに入れられる』かを確認しなければ!
――インベントリは生きたものは入れられない。――
あの鉄板なお約束は、案の定俺のインベントリにも適用されていた。
ということは、死んだら入れられる、というもう一つの鉄板も当てはまるか。これが知りたかったんだ。
「インベントリに格納」
生きているものは入れられない四次元ポケットに、巨体がすんなりと吸い込まれていく。
「よし!」
完全に『物』として認識されてる証拠だ!
良かった…。正直、解体しないと駄目とかだったらどうしようとか思ってたから、一安心だ。
インベントリの最大のメリットといえる『状態維持』の機能も今更だが健在。
素材としても無傷。外装にも傷一つついていない最高品質のドロップ品だ。もし街で卸したら、高く売れるかもしれない。
「よし、ここでの検証と採取はここまでだ。欲張ると死ぬ。一旦、大岩に戻ろう」
俺は等間隔に置いてきたミニマッドゴーレムたちを、戻りながら一体ずつスキル解除して、大岩の拠点へと帰還した。
マッドゴーレムたちは、役目を終えるとサラサラとしたただの土へと戻っていった。
――テントの中に入ると、ようやく【危険察知】のやかましい警報が完全に消え去り、極上の静寂が訪れた。
「さて……ここからが最大の課題だ」
俺はインベントリから、先ほど仕留めたばかりのカマイレオンウルフの死体を、ごろりとテントの前の地面に取り出した。
生物はゴーレム化できない。魔力そのものもゴーレム化できない。
……だが、もし完全に生命活動を停止して『ただの物質の塊』になったこの魔物の死体を、【ゴーレム化】することができるとしたら?
俺のスキルの基本ルールは、そこにある素材を繋ぎ合わせて『人型』にすることだ。
しかし、もしこの魔物の死体をゴーレム化できるとすれば……人型という縛りの抜け道を発見できるかもしれない。
死体を冒涜するような強烈な罪悪感はある。反面、俺にとってはちゃんと人としての心があるという安心感にもなっている。
「ここで生き残るため、あらゆる可能性を検証したい。罪というなら受け入れる。よし……検証を始めよう」
俺は重苦しい気持ちを抱えながら、目の前の魔物の死体に手を翳した。
ご一読いただきありがとうございます。
面白い、続きが気になる! と思っていただけましたらブックマークや評価応援していただけると嬉しいです。
次回、第12話は【料理するぞ!】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




