第106話:地上戦の攻防 その1
空を覆っていた分厚い土埃が、わずかに風で流された。
「どうやら、最悪の事態だけは防いでくれたか」
レーヴァの声と飛行魔物を攻撃し始めた防壁の上の冒険者を見て、ウルノラは額の汗を拭う。
万が一、逃げ遅れた住民の頭上に落ちていれば、大惨事は免れなかった。
それがわかっていても、ワイバーンからの猛攻を凌ぐため、あの巨大な岩塊を直撃させるしかなかったのだ。
結果的に町への被害は抑えられた。
だが、犠牲の数を天秤に掛けた自分に、ウルノラは少し吐き気を催した。
「なんにせよ、あの聖女様には頭が上がらんな」
ウルノラは小さく呟き、すぐに表情を引き締めて前を向き直した。
上空での激しい迎撃戦の末、火球や魔法の直撃を免れた魔物たちが、次々と地上へ落下してきていた。
その数、およそ三十体。
だが、ただの雑魚ではない。
分厚い装甲をまとったハイ・オーク、異常な再生能力を誇るトロル、そして身の丈四メートルを超える巨猿ギガントロプス。
どれも、Bランク冒険者パーティでの討伐が推奨される上位の魔物ばかりだ。
殆どが落下時の衝撃や魔法の余波でダメージは負っている。
それでも戦闘態勢を整え、殺意に満ちた目を防壁に向けていた。
「くそっ……!とうとう高ランクの化物どもが来ちまった……」
「あんなの、Cランクの俺たちじゃ束になっても勝てねえよ!」
「Bランクの魔物なんて……俺たちここで死ぬのか?」
地上戦を必死に耐え抜いてきた冒険者たちの間に、絶望の波が伝染していく。
高ランクの冒険者のほとんどが不在という今の状況で、あれだけの数の上位魔物を相手にするのは、自殺行為に近い。
握りしめた武器を持つ手が震え、足がじりじりと後ずさる者もいた。
「おい!ギルマス!」
恐怖に呑まれかけていた戦場に、空気を切り裂くような怒声が響いた。
前線で傷だらけになりながらバトルアックスを構える、ガボンだった。
彼は肩で荒い息をしながら、ウルノラを真っ向から睨みつける。
「俺があいつらの首を獲ったら、その場で俺をBランクに引き上げろ!」
ガボンの目は、血走っていた。
CランクからBランクへの壁は厚い。
実力だけでなく、名声や大きな討伐実績が必要とされる。
ガボンにとって、この絶望的な戦況は、自らの名を上げるための千載一遇のチャンスでもあった。
死の恐怖よりも、強欲さと野心が勝ったのだ。
ウルノラは迷わなかった。
「構わん!」
即答するウルノラの声が、戦場に響く。
彼はさらに腹の底から声を張り上げ、全冒険者に届くように叫んだ。
「よく聞け、お前たち!あの格上の化物どもを打ち倒した者は、俺の権限で必ずランクアップを約束する!」
その言葉は、恐怖で凍りついていた冒険者たちの心に、熱い火を点けた。
「まじかよ……!」
「一匹でも倒せばいいんだな!?」
数人の冒険者が、震える声を期待の色に変えて叫び返す。
「構わん!俺が保証する!」
再度、力強く断言するウルノラ。
「うおおおおっ!やってやるぜ!!」
「Bランクになれば、報酬の桁が変わるぞ!」
「死んでたまるか!俺が首を獲る!」
現金なものだ、とウルノラは心の中で苦笑した。
だが、それでいい。
死地に立たされた人間に必要なのは、綺麗事ではなく、欲望だ。
士気は確実に戻りつつあった。
とはいえ、相手は格上の魔物。
士気だけで勝てるほど、現実の戦闘は甘くない。
むやみに飛び込めば、待っているのは無残な死だ。
「一人では絶対に戦うな!必ず四人以上で連携を組め!デカい相手は、まず足を狙って機動力を奪え!」
ウルノラが的確な指示を飛ばす。
「実力が伴わない者は、迷わず下がれ!それは恥ではない!後方から援護できる時に、無理せず牽制に回れ!」
最前線で剣を構えていたドーザも、周囲の冒険者たちに向けて叫んだ。
騎士としての冷静な観察眼で、彼は状況を瞬時に分析していた。
空中から落下してきた上位魔物のうち、すぐ攻撃してきそうなのは約二十体。
冒険者たちの数は勝っているが、個々の戦闘力では圧倒的に劣る。
「ウルノラ殿!この辺りの防衛は、お願いしてもよろしいか!?」
「承知した!」
ウルノラの了承を得ると、ドーザはすぐさま前線で息巻くガボンの元へと駆け出した。
「ガボン殿!私も一緒に戦わせてもらう!」
ドーザが声をかけると、ガボンは忌々しそうに顔を歪めた。
バトルアックスを乱暴に振るって、ドーザに噛みつく。
「ああ!?騎士さまの助けなんか必要ねえ!獲物を横取りする気か!」
「強がるな。怪我をしているのだろう」
ドーザは感情を交えない、低い声で事実だけを指摘した。
「……っ!」
ガボンの動きが、一瞬だけ止まる。
ドーザは乱戦の中でも、周囲の動きを正確に把握していた。
ガボンの戦闘センスは間違いなく一級品だ。
まだ力任せではあるが、その戦い方は見事だった。
だが、時間が経つにつれて明らかに攻撃のキレが鈍っていたのだ。
先ほどのオークとの交戦時、隙を突かれて棍棒の直撃を右脇腹に受けていたのを、ドーザは見逃していなかった。
呼吸の浅さから見て、おそらく肋骨が数本いっている。
「レーヴァ殿の治療を受けに行けと言っても、貴殿は絶対に行かないだろう。だったら、これを飲め」
ドーザは腰のポーチから小瓶を取り出し、ガボンへ向けて放り投げた。
最後の一本だった、下級の回復ポーションだ。
「完治はしないが、骨のひびや痛みはだいぶ楽になるはずだ」
ガボンは宙を舞ったポーションを片手で受け取ると、胡散臭そうにドーザを睨んだ。
「……なんだって、こんな貴重なもんを」
「痛みを抱えたまま倒せるほど、上位の魔物は甘くない。死なれては戦線が崩れるからな」
「……ふん。恩着せがましいんだよ。礼は言わねえぞ!」
ガボンは小瓶のコルク栓を口で引き抜くと、緑色の液体を一気に喉の奥へ流し込んだ。
顔をしかめながらも、少しだけ呼吸が深くなる。
「くるぞ!!」
ドーザの鋭い声に、ガボンがポーションの空き瓶を放り捨てて前を向く。
土煙の向こうから、身の丈四メートルはあろうかという一つ目の巨猿、ギガントロプスが迫ってきていた。
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次回、第107話は【地上戦の攻防 その2】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




