第105話:飛行魔物の襲来 その3
「町の被害を最小限に抑えてくれ!」
眼下の地上から響き渡ったのは、ウルノラの声だった。
規格外の密度と質量を持ったロックバレット。
彼は、前線から瞬時に軌道を読み切り、側面からワイバーンに岩の弾丸を直撃させたのだ。
しかし、その代償として、岩とワイバーンは防壁を越え、町の中へと落下する軌道を描いてしまっていた。
防壁の上の冒険者たちも、すぐさまその事実に気づく。
しかし、どうすることもできない。
「風魔法で落下の衝撃を抑えるか!?」
「馬鹿言え!あの質量と速度だぞ!今から詠唱したって間に合うわけがない!」
「間に合ったとしても、町に落ちればただじゃ済まないぞ……!」
キーニルは、何も出来ない悔しさに唇を噛み締める。
落下地点の周辺に逃げ遅れた住民がいないことを、ただ祈るしかなかった。
だが、無力感に苛まれる彼女の耳に、信じられない声が届いた。
「おらよっ!」
同時に、ワイバーンの落下する位置に向かい、突如人影が現れた。
驚異的な跳躍力で宙を舞ったのは、レーヴァだった。
彼女は、空中で落下していくワイバーンに追いつくと、腰の入った強烈な蹴りをその巨体に叩き込んだ。
バキィッ!という生々しい、骨の砕ける音が響く。
蹴りの衝撃により、ワイバーンの巨体は軌道を変え、防壁の内側の壁面へと激突した。
ズズン!と防壁全体が激しく揺れ、壁面に亀裂が走る。
だが、町の中への落下という最悪の事態は免れた。
「す、すげえ……!!さすがレーヴァ様だ!」
「死んでるとはいえ、ワイバーンを空中で蹴り飛ばすとか、規格外過ぎるだろ!」
どよめきと歓声が湧き上がる。
だが、キーニルの顔に安堵の色はなかった。
「まだよ!あの『大岩』が落ちてくるわ!」
ワイバーンを弾き飛ばした、ウルノラのロックバレット。
ワイバーンより重いであろう大質量が、速度を緩めることなく、放物線を描いて町中へと落下していく。
「嘘だろ……居住区に落下していくぞ!」
「あんなの、どうやって防ぐんだよ!」
冒険者の一人が、手にした弓を取り落としながら呆然と呟いた。
キーニルの魔導士としての頭脳が、絶望的な計算を弾き出してしまう。
落下後の衝撃波は周囲数十メートルの家屋を跡形もなく吹き飛ばし、クレーターを作り出す。
飛び散る岩の破片だけでも、致命的な散弾となって家屋や住民を襲うだろう。
「ダ、ダメだ!!」
誰かが悲鳴のように叫んだ。
防御魔法の詠唱など、絶対に間に合わない。
風魔法で相殺しようにも、圧倒的な質量の差の前に押し潰されるのは火を見るより明らかだった。
誰もが、直後に訪れるであろう凄惨な破壊を想像し、息を呑んだ。
まさにその時だった。
「ウォーター・ナース!頼んだよ!」
絶望に支配された空間に、ひどく場違いな、明るく豪快な声が響いた。
レーヴァだ。
彼女は空を見上げ、ニッと口角を上げて笑っていた。
その直後、キーニルの視界の先で何かが動いた。
町中から、また信じられないほどの跳躍力で空へと飛び上がる人影。
それは『人』ではなかった。
「な、なんだあれ!?女性!?」
「体が……透けて!?」
冒険者たちが次々と声を上げる。
空を舞うその姿は、確かに女性のシルエットだ。
だが、その体躯は少し青みがかって透けている。
体表面に当たる太陽の光を複雑に屈折させ、水面が揺らめくように見えた。
キラキラと輝くその存在は、この凄惨な戦場においてあまりにも異質で、そして美しかった。
「魔物か!?いや、あんな魔物見たことないぞ!」
「精霊……なのか!?」
「レーヴァさんが指示してたよな?ってことは、レーヴァさんが召喚したのか!?」
次々と飛び交う推測の声。
「レーヴァさん……治癒だけじゃなく、あんな高度な召喚魔法までできたの!?」
キーニルもまた、信じられないものを見るように目を大きく見開いていた。
極度の混乱の中、ウォーター・ナースは、空中で重力を無視したかのような滑らかな動きを見せた。
落下してくる巨大な岩の塊へと肉薄していく。
大質量を持つ岩と、華奢な流体の女性。
どう見ても蟷螂の斧だった。
激突し、弾け飛ぶしかない未来に誰もが身構えた、その瞬間だった。
ウォーター・ナースが、巨大な岩に向けて、両手をかざした。
——ふっ。
破壊されたわけではない。
魔法で吹き飛ばされたわけでもない。
一切の衝撃音も、風切り音すらもない。
ウォーター・ナースの眼前で、死の大岩が、文字通り『消滅』したのだ。
レーヴァ以外の全員の時間が、完全に停止した。
あり得ない現象。
目の前で起きた事実を、脳が処理できない。
「な、なにが起こって……」
数秒の沈黙の後、ようやくキーニルが乾いた唇を動かした。
その戸惑いの声と同時に、レーヴァの力強い声が防壁の上に響き渡った。
「こっちは心配しなくていい!!今は前線の魔物に集中しろ!!まだ敵が来てるぞ!」
その一喝により、まるで夢のような出来事を見ていた全員が、ハッと我に返る。
そうだ、今はまだスタンピードの最中なのだ。
大岩が消えた理由など、後で考えればいい。
全員が弾かれたように防壁の外、遥か彼方の空へ向き直った。
空中の残党が、陣形を立て直して向かってきていた。
ワイバーンが全滅したとはいえ、飛行系の魔物の群れはまだ残っている。
キーニルは杖を握り直し、すぐさま声を上げた。
「一番の脅威だったワイバーンはもういないわ!落ち着いて弾幕を張れば、確実に切り抜けられる!」
彼女の周囲に、すぐさま巨大な魔法陣が幾重にも展開される。
「各員、対空迎撃態勢!弓使いは仰角を上げろ!」
「詠唱開始!一歩も引くな!」
他の冒険者たちも気合を入れ直し、再び激しい攻撃を繰り出し始めた。
絶望の淵から生還した彼らの目には、もう恐怖の色はない。
あるのは、この防衛戦を必ず生き抜くという強い意志だけだった。
「良い反応じゃないか」
レーヴァは、再び活気を取り戻した冒険者たちの背中を見て、満足げに口角を上げた。
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次回、第106話は【地上戦の攻防 その1】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




