第104話:飛行魔物の襲来 その2
翼長は十メートルを超え、暗緑色の硬質な鱗が鈍く光る。
一体だけでも騎士の一個師団が全滅を覚悟するクラスの魔物——ワイバーン。
空の覇者とも呼べる凶悪な存在が、三体同時に迫りくる光景は、まさに絶望そのものだった。
しかし、防壁の上に陣取る冒険者たちの顔に、大きな怯えの色はない。
「やっぱり来やがったぜ!」
「あいつらのせいで俺の故郷はひでぇ目にあったんだ!返り討ちにしてやる!」
「三体ならいける!準備しろ!」
ワイバーンのような強敵が来る事は織り込み済みだった。
そのため迎撃手順も、準備の合間に共有していたのだ。
「ブレスがくるぞ!」
見張り役のハンターが、喉が裂けんばかりに叫ぶ。
ワイバーンたちの胸部が異常なほどに膨張し、喉の奥で赤熱する光が漏れ始めていた。
体内で生成された可燃性ガスに、魔力で着火して放つ超高温の熱線。
直撃すれば、人間など容易く炭化する。
「スペルキャスター!シールド展開!」
キーニルの鋭い声が、戦場に響き渡る。
防御魔法に長けたスペルキャスターたちが、一斉に杖を掲げた。
「【ヴェイパー・シールド】!」
「【アブレーション・ウォール】!」
「【エアロ・ディフレクター】!」
「【ラミネート・ファランクス】!」
第二階梯に位置する強力なシールド魔法が、次々と防壁の上空に展開されていく。
氷の粒子が熱を奪う防壁、衝撃を拡散する水の層、指向性を持たせた風の断層、そして物理的な強度を誇る岩の障壁。
属性の異なる防壁を多重に重ねることで、熱減衰と物理的衝撃の緩和を同時に行う複合防御陣だ。
直後、三体のワイバーンから放たれた極太の火炎ブレスが、複合シールドに激突した。
ごうっ!という空気を焦がす轟音とともに、周囲の温度が一気に跳ね上がる。
「くっ……!魔力を回せ!」
最前線でシールドを維持する魔導士の顔が、苦悶に歪む。
強烈な熱量が、一層目の氷の盾を瞬時に蒸発させ、二層目の水の盾を沸騰させていく。
しかし、計算し尽くされた多重防御は、その負荷を見事に分散し、耐え凌いでいた。
その攻防の最中。
シールドの保護下で、一人の屈強なハンターが身の丈を越える巨大な弓に矢を番えていた。
【ドラグニル・バスターボウ】。
ドラゴン種の強靭な鱗を貫通し、厚い筋肉の奥にある急所を破壊できる、攻城兵器のごとき剛弓である。
極限まで圧縮された特殊な反発材と、魔獣の腱を幾重にも編み込んだ弦。
本来であれば、『バリスタ・スナイパー』などの限られた上位職にしか扱えない代物だ。
だが現在、この戦場にその上位職は存在しない。
故にこれを無理やり使うためには、常人の数倍の筋力を要する必要があった。
それを可能にしたのが、彼の両腕に鈍く光る【タイタン・ガントレット】だ。
ウルノラが事前にギルドの宝物庫から持ち出し、貸し与えたアーティファクト。
使用者の筋力を魔力変換によって爆発的に引き上げる、古代の遺物である。
「おおおおおっ!」
ハンターの腕の筋肉が、限界を超えて悲鳴を上げる。
ガントレットの補助があるとはいえ、肉体にかかる負荷は尋常ではない。
ギリギリと軋む音を立てて、巨大な弓が極限まで引き絞られた。
「射線クリア!いけええっ!」
シールドの一部が一瞬だけ解除された隙を突き、完璧な発射態勢から一矢が放たれた。
空気を切り裂く鋭い風切り音。
螺旋状の軌道を描く矢は、ワイバーンの吐き出すブレスの中心を貫いた。
一切の減速を見せずにその巨大な口内へと吸い込まれていく。
その矢は鈍い音と共にワイバーンの口蓋を突き破り、後頭部から抜け出た。
断末魔の叫びすら許さなかった。
一体のワイバーンが空中で痙攣し、そのまま糸が切れたように地上へと真っ逆さまに落下していく。
「やったぞ!一体撃墜!」
「すげえ威力だ……!」
冒険者たちから歓声が上がる。
しかし、それと同時に、剛弓を放ったハンターもその場に崩れ落ちた。
「ぐあっ……腕が……!」
アーティファクトによる強制的な筋力強化と、規格外の反動。
その代償は大きく、彼の両腕の筋繊維はズタズタに引き裂かれていた。
「早くレーヴァ様のところへ運べ!」
数人の仲間が彼を担ぎ上げ、後方へと走る。
その間にも、キーニルは次の手を打っていた。
「残るは二体!準備はいいわね!?」
彼女の周囲には、すでに熟練のスペルキャスターたちが円陣を組み、詠唱を終えようとしていた。
複数人で魔力の波長と位相を完全に同期させ、単独では不可能な規模の現象を引き起こす【レゾナンス・キャスト】。
タクティカルクラスと呼ばれる魔法ならば、格上の魔物であっても致命傷を与えることができる。
「魔力同調!いくわよ!」
キーニルの合図とともに、全員の杖が空へ向けられた。
「「「【カスケードブラスター】!!」」」
空中に展開された巨大な魔法陣が、眩い閃光を放つ。
魔法陣の中央から、稲妻を帯びた巨大な魔力収束レーザーが撃ち出された。
二体のワイバーンを容易く飲み込むほどの極太の光線。
直撃を受けた一体は、硬質な鱗ごと肉体を炭化させられ、絶叫を上げる間もなく光の中に消滅した。
だが、残る最後の一体が、巨体を無理やり捩った。
ギリギリで光線の直撃を間一髪で回避したのだ。
「躱された!」
片翼の一部を焦がしながらも、その凶悪な双眸がキーニルたちを捉える。
そして、翼を折りたたみ、弾丸のような速度で急降下を始めた。
「ブレスじゃない!突撃してくるぞ!」
「あの速度で突っ込まれたら、防壁ごと砕かれる!」
「魔法を撃たれる前に潰す気だ!早くシールドを再展開しろ!」
周囲のスペルキャスター達が、慌てて防御魔法の詠唱を始める。
だが、ワイバーンの降下速度に対し、魔法の構成時間が少し遅れている。
「間に合って……お願い!」
キーニルは無意識に杖を前に突き出し、防御魔法を展開する。
迫り来る数トンの質量と、風を切り裂く轟音。
他の人達の詠唱は……間に合わない。
キーニルは、己の死を覚悟し、強く目を瞑った——その瞬間。
ドンッ!という、腹の底に響くような強烈な衝突音が響く。
そのまま防壁の上を不自然な静寂が包み込んだ。
「……え?」
死の衝撃が訪れないことに気づき、キーニルが恐る恐る目を開ける。
そこには、自分たちを粉砕しようと迫っていたワイバーンの姿はなかった。
「おい、後ろを見ろ!」
誰かの叫び声に振り返り、目を疑った。
ピクピクと痙攣しながら町の中へと落下していくワイバーンの姿があった。
さらに上空を見上げると、ワイバーンの巨体程の『岩』が、弧を描いて町の奥へと落下しようとしていたのだ。
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次回、第105話は【飛行魔物の襲来 その3】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




