恋をするんだ
放課後、櫛夜は生徒会室に入るや否や、真っ先に友莉を捕まえて資料室へと向かった。
誰もが唖然として動けないうちにとっとと移動してしまう。
突然の出来事に友莉も普段のキャラやら櫛夜と微妙に合わせづらい顔やらを忘れ、ただただ悲鳴を上げていた。
「んなっ、なになになに!?」
そんな悲痛な叫びを無視して櫛夜は友莉の手を引っ張って離さない。
なお、放課後の教室及び廊下で雑然と微睡む生徒達の目には『嫌がる侑李友莉を無理やりどこかへ連れ出さんとする櫛咲櫛夜(かの綾文綾会長と付き合っているいやいやその妹の弥々殿と付き合って否否狩野奏音と一緒に歩いている姿を云々)』の姿がはっきりと映っていた。
一部生徒の間で『櫛咲ハーレム』と機も衒わずに名付けられることになる決定打は、今回の光景だったりするがそれはさておき。
到着するとさっと櫛夜は友莉の手を離し、そして予め教員室から資料室の鍵を貰っていたのか、滞りなく資料室の扉を開け、足早に中へと入っていく。
だがしかし友莉の正直な気持ちとしては、足を中に踏み入れたくはなかった。
如何せん、全力でぶつかる、と宣言された翌日であるということ。
資料室、という個室に男女二人きりになってしまうこと。
そして何より、明らかにテンションのおかしい櫛咲櫛夜。
これら三つの理由から、友莉はたっぷり一分ほど中に入るかどうか悩み、その後意を決して中へと誘われていった。
(なんだなんだ?)
と思いながら友莉はおそるおそる櫛夜の表情を伺う。
その表情は、なんというか、ひどく焦燥に駆られた印象を受けるものだった。
いまいちイミが分からない。
「ええっと、なに?」
今更櫛夜の前で『キャラ』を演じる必要はない。
果たしてキャラなのかどうか自分では分からないものの、しかし兎に角櫛夜の前ではもうこの低いテンションと声音でも構わないだろう。
「侑李に聞きたいことがあるんだ」
いつもよりも早口で言葉を紡ぐ櫛夜に、やはりそれでも友莉は疑問符を浮かべる。
一体、昨日の今日で何を聞こうというのだ。
簡素に先を促してしまう。
「どうぞ」
自分が想ったよりもよほど平坦な口調になってしまったが、実際それほど困惑しているのだ、と友莉はやはり変に気を遣いながら櫛夜の言葉を逃すまいとする。
真意がわからないままでは落ち着くことが出来ない。
「玉川って知ってるか?」
そして櫛夜から聞かれたのは。
やはり意味が分からず、意図も不明な質問であった。
(玉川……まさか本当に文字通り河川の話じゃあないよね?)
こうしてここに二人きりにしているのだ。
生徒会の他の面々には聞かれたくない、という話なはずである。
それも可笑しな話で、ここ最近恐らくは友莉の見えない所で話し合いをしていたであろう綾や奏音に聞かれたくないというのだ。
いっそこれもまた全力でぶつかる、と評した櫛夜なりのサプライズで精神を乱す手法であったりするのだろうか。
櫛夜の意図はわからないので、ひとまず友莉はそうでない部分、つまり櫛夜の意味する部分について考える。
玉川。
玉川と聞いて友莉が真っ先に浮かべたのはやはり川とつくだけあって河川であったが、恐らくはそんな話なはずないだろう。
とすれば、一応思いつくのはあと一つだけ、というよりも一人だけである。
「ええと、もしかして珠子のこと? 同級生の」
友莉の予想はどうやら正しかったらしい、櫛夜が大きく頷く。
「そうだ、玉川珠子」
「珠子ねぇ? えと、去年同じクラスだったから、まぁ普通にお喋りするくらいには仲良かったけど」
「玉川について知ってることを教えて欲しい」
「……はい?」
ますます混乱する。
(知っていることを教えて欲しい? じゃあ別に私のことは関係ないのかな)
今、櫛夜と友莉は微妙な関係にある、少なくとも友莉はそう思っている。
いや、友莉でなくとも普通の感性であれば微妙な関係にある、と判断して然るべきであろう。
昨日、櫛夜は綾と共に友莉のことを尾行した。
帰り道の中途、友莉に向かって二人は友莉が事故に遭ってしまうこと、そこで大怪我を負ってしまうことを話した。
それを友莉は拒否したのだが、偶々通りかかった友莉の母親の計らいで侑李家で話の続きを行うことになり、結局友莉はそこで自分の考えを語った。
曰く、そんな未来は知っている。
それでも、自分らしく生きていたい。
家族に負担を背負わせたくない。
いい子でいたい、と。
それを聞いた上で、櫛夜は言ってのけた。
それでも侑李友莉を救ってみせる、侑李友莉を説得してみせる、と。
その櫛夜の闘志を友莉も受け入れ、ではではどうぞ救ってみせろ、と話をしたところだ。
実際、その裏には友莉自身の願いも多分に入っているのだが。
と、このように妙な雰囲気になったばかりで、友莉としてはあまり櫛夜と顔を合わせていたくない。
そんな風に考えている友莉としては、だ。
むしろ今のこの、友莉との関係など全く気にも留めていないような櫛夜の態度は。
なんとなく。
気に食わない。
なんとなく、だが。
「理由を聞いてもいいかな」
「玉川が何かを知っているかもしれない」
「何か?」
「それが何なのかが分からない。見当もつかない。だけどこのまま放っておくのはまずい、気がする」
「いやいやちょっと待ってどういうこと? 全然意味がわからないんだけど櫛咲くん」
何かを知っているかもしれないのに何を知っているのか見当もつかないとは如何なる事態か。
そしてその訳の分からない疑問をぶつける相手が自分なのかも分からない。
まさかこれやっぱりぶつけに来ているんだろうか。
と、困惑極まる思考に押し潰されてしまう前に、櫛夜からきちんと説明がなされた。
どういう状況かといえば。
「今日の昼休みな、まぁ玉川に押し切られてというかわざとらしく通せんぼされたんで二人で一緒に食べていたんだが」
いら。
その前置きは必要かい、と友莉は胸中で突っ込みを入れる。
「そこで急に、俺の恋愛観とやらを聞いてきたんだが」
「ただの世間話じゃなくて?」
「にしては細かい仮定を設定した質問をされた。四人、俺の事を好きな女の子がいたら誰を選ぶ、だのって」
「それは確かに……変、かな」
それだけではどうにも判断がつかないが。
確かに普通に女子の恋バナの領域は超えているような気がする。
そうしたもしもの話をしないわけではないが、もっと現実味のある仮定をするものだ。
女子は男子が思っている以上に現実を見ているのだ。
「それで、俺と弥々が付き合ってるのを何故か知っていたり」
「……それ、やっぱり本当なの?」
実は友莉としては本人から聞くのは初めてである。
「やっぱりも何も本当だが?」
「いや、私は今朝詩織ちゃんとみもりちゃんの二人に聞いたからさ」
「そうだったか?」
思えば確かに、友莉を避けて話し合いを行っていたので、友莉はそうした場にはいなかったかもしれない、と櫛夜は状況を思い出す。
「……まぁ、そっちはいいかな」
「もしかして何か気になることでもあるのか?」
友莉は慌てて首を横に振り、どうぞ、と先を促す。
「あとな。侑李を尾行するとき校門の横に隠れるでもなく隠れていたんだが、そこに玉川が真っ直ぐ歩いてきてだな」
「うん」
「侑李の話は一切しなかったのに、俺と綾文会長が侑李を待っていることを玉川が知っていたんだ」
「……うん?」
櫛夜と綾が友莉を待っていることを、知っていた。
(知っていた?)
妙に引っかかるのは、何故だ。
もしかして、この違和感を櫛夜も感じているのかもしれない、と友莉は考える。
「昨日のことって、二人が私を尾行することってそもそも誰が知っていたの?」
「生徒会の皆には話しているな」
「……」
友莉は体の芯から急速に冷えるのを感じる。
だがやはり、どうしてこんな感覚に襲われているのかが分からない。
そして自身の感じる違和感のままに、質問を重ねる。
「じゃあ、さ。櫛咲くんと弥々ちゃんが付き合っているっていうのは?」
櫛夜の表情が、一気に曇る。
恐らく、私もこんな顔をしているのかもしれない、と友莉は感じた。
「話しているのは、生徒会の皆だけ、だな」
沈黙が、重たくのしかかる。
どちらの情報も、生徒会の人しか知らない情報なのであれば。
その入手先は、生徒会の誰か以外ありえない。
だがそれは本来、全く以て問題ではないはずである。
先ほど友莉も言っていた通り、例えば友莉と珠子は去年クラスメイトだったらしい。
仲もそこそこ良かったようだ。
そんな関係ならば、そうした恋愛の話をするのはそれこそ普通の女子高生といえるだろう。
それも生徒会に新しく入ったメンバーが急に付き合い出したのだ、話してもおかしくはない。
ついでに言えば、櫛夜も弥々も別に口止めをした覚えもない。
好き好んで言いふらす気も無論ないが、隠し通さなければならない理由も見当たらない。
そんなわけで、別に誰かしら仲の良い人づてに聞いたのだろう、と考えるのが妥当だ。
だが。
時節が。
状況が。
そして何より思わせぶりにしては異様な玉川珠子の言動が。
普通でない何かを物語っている。
だが、仮に。
生徒会の誰かが、意図的に玉川珠子に情報提供しているとして。
その誰かにどんなメリットがあるのだろう。
玉川珠子にどんなメリットがあるのだろう。
そしてその事と、侑李友莉に纏わる一連の事象とに関わりはあるのだろうか。
「じゃあここに私一人を連れてきた理由って、珠子に通じていなさそう、だから?」
「今の所、確実だと思えたのが侑李だけだったんでな」
「え、でもそれこそ弥々ちゃんと綾文会長と奏音とかは」
それには櫛夜は元の、いつも通りの思案顔を浮かべる。
櫛夜が元通りの表情になることで友莉も少しだけ落ち着きを取り戻す。
「いや、正直それは言い切れない」
だが、思案した後に櫛夜は断言した。
微塵も有無を言わせる気がないようにはっきりと、だ。
「どうしてさ」
「玉川珠子が、仮に、仮にだが何かしらの形で、侑李の事故に関与しているとする」
「う、うん」
「その場合、たぶん何かしらの意思があって、自分から関わりを持ってることになるよな?」
友莉は少しだけ考えてみる。
珠子は可愛らしく、ジョークをふんだんに会話に織り交ぜるクラスの中心にいつもいるような女子だった。
去年一年で色々と話す機会はあったし、打ち上げやらなにやらで二人きりで会話を楽しんだ記憶もある。
もしも近い未来、友莉が事故に陥ると知ったら珠子はどうするだろうか。
友莉の知る珠子なら、間違いなく止めようとしてくる、ような気がする。
だがそれならば、事態は既に落ち着きを見せているのだ。
事実、揺らぐつもりもないがあとは友莉が櫛夜達の提案を受け入れるだけだ。
友莉の気持ちの問題だ。
そんな状況下にまで珠子が首を突っ込んでくるかと問われれば、恐らく来ないだろう。
彼女は賢く、人との距離感、共有感覚に秀でている。
友莉の気持ちの問題であり、しかもその状態に持っていったのが櫛夜だということまで知れば、珠子はでしゃばる様な真似は恐らくしないだろう。
しかしやはり、そうだ。
珠子が無理やりにでも友莉の問題に首を突っ込んでくるとは、思えない。
であれば、櫛夜が言うような何かしらの意思で以て、関わっているのであろう。
「そう、かもね」
曖昧に同意をすると、櫛夜が続ける。
「だとすれば、俺達と同じく未来に起こるであろう侑李の事故を止めようって理由以外に、玉川自身が関わろうとしてきている理由が、あるはずだ」
「珠子自身が関わる、理由か」
さらに櫛夜が続ける。
「第一、事故を止めるつもりなら俺になんかじゃなく、それこそ俺達みたいに侑李に直接話しに行くべきだろう。直接じゃないにしたって侑李と親しい狩野とか夢叶とかに相談すべきだ」
「あー、それは確かに」
自分の事故の話を普通にされている、というなんとも異常な会話になっていることを友莉は思わず笑うが、真剣な雰囲気も合わさって中途半端な苦い笑みを作る。
友莉の内心など知る由もない櫛夜が、ふぅ、と一息ついてすぐ近くの椅子を引いて腰掛ける。
「これもまた仮に、だが。時間を繰り返していることに玉川が関与しているとして、だ」
「仮にの仮にだね」
「もしかしたら、時間の繰り返しに、別の意味があるんじゃないか?」
またすぐには意味が掴めない。
友莉はしっかり考えてから、しかし何も浮かばずに、さらなる説明を求める。
「えと、どういうこと?」
「俺達にとって時間を繰り返していることはその回数分、侑李を救えるチャンスを得ることが出来るって意味があると同時に、その回数分、侑李を救えなかったって意味もある」
友莉からすれば自分のことなのであまり実感は沸かないが、櫛夜から見れば確かにその認識は間違っていないだろう。
「時間を繰り返したい理由が、玉川にもあるいは玉川に情報を渡している生徒会の誰かにも、あるのかも、しれない」
「その、理由って」
「それが全く見当がつかんので、玉川の話を聞きに来たんだ」
そこまで言ってから、櫛夜は先ほどの友莉の疑問に答える。
「まぁだから、繰り返すことによって嬉しいことってのに心当たりがないんだが、少なくとも時間が巻き戻る条件はさ、侑李が怪我するのを夢叶が見てしまうことだろう。そうでなければ時間を繰り返す意味もない」
「それは、そう、なのかな」
優芽ともまだ話せていない友莉としては、この辺りの優芽の気持ちもいまいち把握しきれていないので、友達として恥ずかしい気持ちもあり。
友達として嬉しい気持ちもあり。
いつかきちんとお礼を言いたいなという気持ちがある。
「だから侑李が玉川と繋がっても利点がない。そもそも自分の怪我でループが始まるわけだし」
「なるほどね。それで私にだけ話をしにきたってわけ」
「そういうことだ」
なるほど、そういう事情なのであれば確かに分からないでもない。
しかし、そこまでわかっているのであれば、と友莉は櫛夜の思惑を勘ぐる。
どうやら櫛夜は珠子の行動がおかしいと考えているらしい。
そしてそれが、友莉の事故、ではなく、事故に起因する時間の巻き戻しそのものに関して、別な意味合いが存在するかもしれないと話した。
さらには、それが生徒会の誰かから情報を得ているのかもしれない。
生徒会の誰かが珠子と共犯で何かをしようというのか、珠子が単独で何かをしようとしているのか。
それすらもわからないが。
そこまで思考した上で、友莉をこうして半ば無理やり連れてきているのだ。
既に櫛夜には、実は思うところがあるのではないか。
友莉はそう考えたが、まずは珠子の話よりも先にしておかなければならない話がある。
そう、自分のことだ。
櫛夜の判断及び、前提としていたことについて、だ。
「ね、櫛咲くん」
「ん?」
すっかりいつもの口調から変わってしまっている自分についつい恥ずかしさを身に纏いそうになるが、なんとか気にせず続ける。
有り体に言って、文句があるのだ。
「私と珠子が繋がって利点なんてないって言ったけどさ」
「あぁ、それが?」
「そういう利点は確かに、うん、思いつかないけどさ」
「おぅ」
「でも私にとってはあるよ。繰り返すこと自体に意味が」
「……侑李に、とって?」
なんだそれは、と言いたげな表情。
確かに意味が分からないのだろう。
今しがた櫛夜が話したばかりだ。
そもそも時間が繰り返す原因は友莉の事故であるはずで。
この事故をどうにかするために優芽が時間を巻き戻しているわけで。
その友莉にとって、被害者であるはずの友莉にとって、時間が巻き戻ることに意味があるというのなら。
それこそ自分の不幸を避けれる、ということくらいのものだろうが。
現在友莉と櫛夜とでぶつかり合おう、と結論を出したのは友莉自身が事故に遭うとしても自分でいたいと我が儘を通すためだ。
自分の不幸を避けるくらいなら初めから櫛夜達の説得に応じればいい。
となれば、全く別の。
友莉なりの想いに与する意味が。
そこにはある、ということだが、櫛夜にはそこまでは察することが出来ない。
誰にだって出来るはずもない、が。
友莉はそんな想いを伝える。
伝わるように。
「だって、繰り返すたびに、櫛咲くんが私を止めに来てくれるんでしょう?」
たったそれだけの言葉で。
微塵も友莉の言うことを理解していなかった櫛夜は全てに納得する。
友莉の全力を知る。
櫛夜の分かりやすい顔から、櫛夜が何かを悟ったことは友莉にも理解ったが、友莉は止まらない。
「なら何回だって繰り返してもいいかな、なんて考えちゃう」
「私に向かって本気でぶつかりに来てくれるのを、傲慢だけど求めちゃう」
「私はずっと前から知ってたよ。自分の辿る運命を」
「でもさ、きっと櫛咲くんが来てくれるんだよね。繰り返してるって事はそうなんだよね」
「櫛咲くんが来てくれるかどうかまではわからなかった、知らなかった」
「来てくれて初めてわかったよ。思い出したんだよ」
「何度も何度も、櫛咲くんは私の所に来てさ、私にこう言ってくれるんだよ」
「『俺は侑李を変えるよ、何度だって話し続けてやる』って」
「ね。今まで私はさ、私を騙してきた、自分を騙してきたの」
「私は私を知らない、私は私を認めることが出来ない」
「そんな私に、意味をくれたのが、きっと、ううん、必ず、櫛咲くんなんだ」
「私は、櫛咲くんがぶつかってきてくれるならもう大丈夫だよ。大丈夫なの」
「大丈夫だから、本当は無理に自分を通そうとしなくても大丈夫なんだ。体育祭に出て自分を確立できるだなんて思っていない」
「思ってないけど、体が動かないんだよ、駄目なんだよ。昨日櫛咲くんが来てくれたときから心臓が止まらないんだよ」
「わかる?」
「この鼓動の意味が」
「この鼓動の熱さが」
「これが私なの」
「これが私らしさなの。こんな醜い思考で、繰り返してもいいんじゃないかって、永遠でもいいんじゃないかって」
「何度だって櫛咲くんが来てくれるならさ」
「何度だって事故に遭えばいい」
「何度だって繰り返せばいい」
「そうやって、何度だって、さ」
「あなたに恋をするんだ、櫛咲櫛夜くん」
友莉が、一歩ともいえない小さな距離だけ、櫛夜に近づく。
一歩だって近づいてはいけないものに、そっと、そっと。
「櫛咲くんは、綾文弥々ちゃんのこと、本当に、好き?」
友莉の言葉を真正面から受け止めた櫛夜は、真摯に応える。
「好きだ。でも正直弥々が言ってくれた『好き』と同じものがあるかと聞かれたら、それにはまだ達していない程度だとも思う」
嘘偽りの無い本心。
弥々に聞かれれば、悲しまれるだろうか。
それとも、笑って誤魔化されるだろうか。
「私はどうかな、駄目かな。入る余地は、ほんの少しだってないかな」
「分からない。第一俺は、全然侑李のことを知らないからな」
「ひどいな……分からない、だなんてさ」
だが、全然知らないのは実の所、友莉も同じだ。
櫛夜のことを知っているかと問われれば、知らないと答える他ない。
客観的には、その程度の関係だ。
「分からないが」
櫛夜は少しだけ間を取り、そして残酷な返事をする。
それが自分に出来る最善の、せめてもの思いやりであることを祈って。
「何度繰り返しても、俺はたぶん侑李のことを好きにはならないんだと思うぜ」
何度も繰り返していることこそ、その証明だ。
櫛夜がイエスと頷けば、友莉は怪我を負う意味がない。
であれば、優芽が時間を巻き戻す必要もない。
だから、これまで何度も何度も同じやりとりを交わしてきたのかもしれないし。
この告白はもしかしたらこれが初めてなのかもしれない。
それは今の二人に知ることは出来ない。
誰にも分からない。
それでも櫛夜の心は、動かない。
「本気かどうかには自信がない。でも今は俺、弥々の恋人でいたいんだ」
「そっか」
友莉は涙で濡れた顔をくしゃくしゃにしながらも、真っ直ぐに櫛夜を見た。
櫛夜もまた、顔を逸らすことなく、目を逸らすことなく、正面に向き合い、友莉の気持ちを受け止める。
「なら、どうしたらいいんだろうな。この気持ちは」
友莉は、櫛夜に、ではなく、どこか、空気に向かって、空間に向かって語りだす。
「どうせ叶わなくても、いつかの未来を信じて繰り返せばいいのかな。それとも割り切って新しい道を歩めばいいのかな。どれが正解なんだろうな」
「正解なんてあるわけないだろうが、繰り返したってどうせ同じだろ、何も変わらない」
「うん、そうかもしれない。でも、想いが確かに繋がっているなら、いつか変わるのかもしれない」
「そんなことをしてしまった自分が、許せなくなるぞ」
「許せなくても、いいけど、うん、そうだね。きっと許せなくなっちゃうね。きっとまた、見失っちゃうね」
「だからさ、そんなあるのかないのかわかんない未来なんかじゃなくって、自分で選ぶ未来を掴めよ」
「自分で、選ぶ?」
「繰り返すなんてさ、やっぱずるいだろ」
「そう、かな」
「俺から言えることは、たぶん二つしかない」
「なに?」
「繰り返したいなんて思うほどに、想ってくれてありがとう」
「あとは?」
「繰り返したいなんて思うほどに重い女は勘弁だ」
「最悪」
友莉は笑う。
わかるのだ。
櫛夜がひどい言葉をあえて選んだ理由が。
だからこそ、愛おしくなる。
自分では駄目だとわかっていても。
届かないと知っていても。
昨日芽生えたばかりのこの気持ちはきっと。
すぐには止んでくれないのだろう。
だから友莉もまた、せめてもの対抗として。
特大の爆弾を、ぶつけてしまう。
「にしても、意外だったなぁ。櫛咲くん」
櫛夜は振った気まずさからか、微妙な顔をしているが。
構わず友莉は続ける。
「私、自分が上手くいかないのは気付いていたんだけどさ」
「おぅ?」
「てっきり私、櫛咲くんは綾文会長と付き合うんだと思ってたよ?」
「……は?」
「だってさ、昨日私と櫛咲くんがぶつかり合おうって話をしたくらいから、綾文会長の顔、真っ青だったり赤らめていたり忙しかったし」
「真っ青って」
「恋する乙女の顔くらい、私にもわかるつもりなんだけど」
「えと、どういう」
やはり櫛夜には分からない。
全く、と思いながら友莉は呆れ声で話す。
「いやいや、綾文会長と櫛咲くんってまず会うのが私たちの誰よりも早いでしょ?」
「あ、あぁ」
「だからもし、綾文会長が櫛咲くんのことを『そういう好き』だと想っていたら、二人は付き合っていたのかも、しれないねって」
友莉としては自分の中に浮かんでいた仮説を滔々と語ったにすぎない。
実際、家に来た二人が付き合っているのだろうと彼女は考えたし、過去の時間でもそうなのではないかと考えた。
そんな可能性の話を今言ってしまうのは、単なる嫌がらせのつもりだ。
櫛夜が弥々と付き合っているからこそ。
櫛夜が弥々と恋人でありたいと言ってくれたからこそ。
友莉としても簡単に言ってしまったのだが。
「まさか……そういう、ことなのか、玉川の、話って」
友莉の思惑はいざ知らず。
櫛夜もまた。
数々のヒントを得て。
一つの事実に辿り着く。
辿り着いて、しまったのであった。




