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確率を操るのは  作者: 安藤真司
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23/34

友莉のこと

 少女は言った。

「私ね、明日、遠くに引越しちゃうんだって」

 少年は返した。

「遠く、って、どこ?」

 少女は言った。

「わかんない。聞いたことのない場所だったから。でも、ここからじゃ全然行けない、遠く」

 少年は返した。

「じゃあ、もう会えないの?」

 少女は言った。

「うん。もう、会えないかもしれない」

 少年は返した。

「嫌だよ」

 少女は言った。

「私も嫌だよ。だけど、しょうがないの」

 少年は返した。

「絶対に、行っちゃうの?」

 少女は言った。

「絶対に」

 少年は返した。

「でも、でも、行って欲しくないよ」

 少女は言った。

「なら、ジャンケンしようか」

 少年は返した。

「ジャンケン?」

 少女は言った。

「そう、ジャンケン。君が勝ったら、私はここに残るよ。でも私が勝ったらダメ」

 少年は返した。

「本当に、本当に僕が勝ったら、ここにいてくれる?」

 少女は言った。

「本当に、約束する」

 少年は返した。

「わかった。じゃあ、ジャンケンしよう」

 二人は声を揃えた。

「「ジャンケン、ポン」」

 そして少女は少年の前から姿を消した。

 

 

 綾はため息を吐きながら家を出た。

 そのすぐ後ろを弥々が追う。

「ちょっと待ってよ綾お姉ちゃん」

 今日は何故か綾の反応がおかしい、と弥々は感じながら声を掛ける。

 正確には、自分を避けている、らしい。

 そのくらい、すぐにわかるよ、と弥々は思わないでもない。

 自分よりもよほど聡い姉である、自分の妹に異変を気付かれている自覚はあるのだろう。

 あって、なおもこうした態度を取っているのだから、弥々としては何も言うことはない。

 いかに仲の良い姉妹といえども、何から何まで互いに言い合う謂れはない。

 むしろ、常に一緒にいるからこそ互いに守りたい部分が存在するものだ。

 そうした機微を知っている弥々はここで『どうしたの? 』とは聞かない。

 その代わり、自分を無視するような、していないような微妙な距離をうろうろしている姉には注意の言葉をかけてやる。

「とりあえず赤信号くらいは止まってくれるかな?」

 綾の制服をがっつりと掴みながら。

 やや語気を強める。

「……そうね」

 全くこの姉は。

(危ないなぁ)

 なんて。

 人の事は言えない弥々だが。

 それでも思ってしまうのだ。

 綾文綾は、なんというか、完璧すぎるのではないか、と。

 弥々にとって綾は尊敬し敬愛し、ついでにちょっぴり好きすぎる対象であるわけだが、それを差し引いたとしても、いや、むしろ差し引くことによってその完璧さが目立つ。

 学業は優秀。

 運動も得意。

 趣味、興味、関心も多岐にわたる。

 性格も生真面目そのもの。

 こんな妹(と、弥々は自分の事を卑下するが)の面倒も本当に楽しそうに見てくれる。

 中学に入ってからは生徒会でその力を如何なく発揮している。

 普通にスイパラやカラオケ、お買い物にいくような仲の良い友人もいる。

 もちろん顔もスタイルも性格も良いので男子生徒に人気が高い。

 今の所綾の目に適う男は現れてはいないが。

(ま、現れても邪魔するんだけどね……)

 犯罪紛いの攻撃で綾に寄る男共を蹴散らしてきたことを棚に上げても、綾は誰かと付き合おうとはしなかっただろう。

 とはいえだからこそ、弥々は心置きなく男の邪魔をしてきたわけである。

 もし本当に本当に綾に好きな人が出来た、と言われれば。

(邪魔出来ないよね。心の底から嫌でも)

 という結論になる。

 それは恐らく現在の弥々と櫛夜に関して綾が感じているであろう想いと同じものだろう、と弥々は考えている。

 弥々が綾を好きなくらい綾は弥々を好きである。

 自他共に認めるシスコンな綾なので、綾が自分と櫛夜の交際を快く思っていないことはよくよくわかる。

 だが、それまた大切な妹が本気なのであれば邪魔はしない、したくない、というのが綾のスタンスなのだろう。

 それでも本心としては認めたいとは思っていないだろうが。

 その辺り、シスコンなのは今あまり関係ないとして。

 完全無欠の姉、綾文綾が、弥々は昔から心配ではあった。

 心配するようなことが何もない人間ほど心配になるものはない。

 そんな人間がいてたまるものか、とまで思うのだ。

 その点。

 綾は。

「ないなぁ」

「え、と、どうかした? 弥々」

 つい口から零れたノイズには反応してくれる、らしい。

 全く優しい綾お姉ちゃんだ、などと弥々は可愛らしい姉にくすりときてしまう。

「え、だからなぁに?」

 綾がそんな弥々の様子を、恐らくは心配から問うてくる。

 弥々は笑い返す。

「なーんにも」

 いつか、この姉が自分から弱みを話してくれることがありますように。

 願わくば、その相手が自分でありますように。

 もちろん自分でなくとも、そんな話を出来る相手が、綾に出来ますように。

「ほら行こ? 綾お姉ちゃん」

 言って、弥々は綾の手を取った。

 離さないよ、とでも言いたげに、強く握り締める。

「ふふ、変な弥々」

 綾も笑って、握り返す。

 仲の良い姉妹は、手を繋いだまま、朝の道を往く。

 

 

 友莉は登校中に早速、前を歩く可愛い後輩を見かけた。

 陸上部と生徒会の両方に所属する、かなり奇特な環境下にいる友莉は登下校中にこうして先輩や後輩に会う機会はかなり多い。

 そうでなくとも友莉自身がそもそも校内では割と有名人であるため、知り合いでなくともたまに声をかけられることはある。

 ついでに友莉のそうしたエピソードを一つ挙げておくと、昨年度の二月、つまり今から数えてつい二ヶ月前程度のことだ。

 二月十四日。

 バレンタインデー。

 その日、友莉は幸魂(さきみたま)高校の誰よりもチョコレートを貰った。

 男子陣は言ったものだ。

 『侑李のせいで我々はバレンタインデーに希望が持てない』

 『我々は本命チョコなんてものの存在を信じてなどいない、求めているのは初めから唯一つ義理チョコなのだ』

 バレンタインデーというイベント自体、既に本来の目的を失いつつあるため、その主張もわからないでもないが。

 ちなみに友人伝いに男子から呪いを受けていることを聞いた友莉は一言で切り捨てた。

 『男が情けないね! 』

 そんな風に言ってのけたのも、言ってのけてしまえるのも友莉の魅力の一つであろう。

 その発言がまた噂となり、近々友莉のファンクラブも立ち上がろうとしている、らしい。

「よっ、お二人さん!」

 友莉はいつも通り、元気良く声を掛ける。

 いつも通り、元気の良い自分を演じて元気良く声を掛ける。

(そんなことしなくていいんだ、って言われたばっかりでは、あるんだけどねぇ)

 もう何年もそんな自分を演じてきたのだ。

 演じ続けていれば、そんな自分も、自分の一部だと思えても来るのだが。

 それすら否定されてしまったのが、昨日だ。

「あ、侑李先輩、おはようございます」

「おはようございます!」

 丁寧にお辞儀を返してきたのが一年のみもり。

 同じくらい元気良く返してきたのがやはり一年の詩織だ。

 生徒会に入ってきてくれた新進気鋭の二人。

 主として優芽が勧誘にあたってくれたおかげで無事役員になってくれた、という経緯の二人。

 一応話では綾であったり光であったり奏音であったり、一々出来のよい現行生徒会のメンバーに対して邪魔にならないか、と思慮深くなっていたために渋っていたらしいが。

 友莉が見るに二人とも十二分に即戦力だ。

 みもりは落ち着いて周りの様子をいつでもちゃんと見ているようだし。

 詩織は『これ』と決めたものをどこまでも真っ直ぐに追求できるタイプだ。

 慣れてきて大分口数も増えた二人はもうかなり溶け込めているのではないだろうか。

 特に詩織は調子が良く、すぐにみもりに注意されている。

 なんと仲良しさんか、と友莉も微笑ましい光景を実は密かに楽しみにしている。

 今詩織のその楽しそうに笑う表情を見ていると、逆に自分が不安になったりもするかもしれないが。

 まだまだ詩織のこともみもりのこともよく知らないのではっきりとは言えないが、詩織の元気は、作られたものでない、自然なものだと感じる。

 自分が演じていることを意識しているからこそ、わかる。

 詩織の天真爛漫さが垣間見えていることに。

 そうしてその度にみもりがフォローに入るのだから、中々いいコンビである。

「羨ましくはないけどね!」

「どうしたんですか友莉先輩?」

 と、思わず口を滑らせてしまった友莉に素早く詩織の突っ込みが入る。

 この反応の良さもある意味さすがと評するべきなのかもしれない。

「いやいや、独り言だよ! なんてことのない!」

 友莉は話しつつ、一つ綾と櫛夜に確認するのを忘れていたことに気付く。

 櫛夜に奏音、綾は友莉に対して、未来に纏わる話をしてきた。

 曰く、侑李友莉が怪我を負う未来を防ぎたい、と。

 そんなことを堂々と言ってきたわけだが。

 この話は、生徒会全員で共有されているのかいないのか。

 つまりみもりと詩織は知っているのだろうか。

 その辺を全く考慮していなかったので、この際直接聞いてしまおう、と友莉はすぐに判断する。

 悩んでいても仕方がない上に、悩むほどの事柄でもない。

「一昨日昨日と櫛咲くんとか綾文会長とか奏音とかが私の所に来たんだけど、その話って皆知ってるかな!」

 そんな質問に対して、二人は特に気にする風でもなく、しどろもどろになることもなく答えてきた。

「あ、一応伺いました」

「聞いてますよ」

 友莉は少しだけ恥ずかしい気持ちになる。

 なんだか、自分の心の内を読まれたような気分だ。

「一応、解決は、した、かもしれない!」

 していないかもしれない。

 友莉自身の気持ちの問題如何によっては、解決したとも未解決だとも言える状態だ。

 現在の友莉の心を優先するならば、解決はしていない、と言うほうが正しいだろう。

「そうなのですか?」

 みもりが不思議そうな顔で首を傾げ。

「そうなんですね!」

 詩織が嬉しそうに顔を綻ばせた。

 その大きな声に、周りを歩く生徒の視線が集まる。

 普通に登校中の三人である、目立たないわけがなかった。

「微妙、というように綾文会長からは話があったのですが」

「微妙ね! 言いえて妙だね!」

 みもりの言葉を聞いて、思わず友莉は納得してしまう。

 なるほど、確かにこの状況を表すのに相応しい。

 と、いうかわざわざメールか何かで連絡が回っているくらいだったのか、などとそちらに驚いてしまう。

 どれだけ心配やら迷惑をかけていたんだ私は、と友莉はますます恥ずかしい気持ちが収まらない。

(ま、私の問題だしね、迷惑かけて当然か)

 実の所、友莉は知っていた。

 綾と櫛夜には少しぼかして伝えたものの、自身の夢において、自分が傷つく未来が見えてしまっていることを知っていたのだ。

 このままだと自分が歩けなくなってしまうほどの大怪我を負うこと。

 さらに、それを止めようとして、この時間がループしているかもしれないこと。

 

 知っていてなお、自分が櫛咲櫛夜に止めてもらいたがっていること。

 

(結局は、恋する乙女ってこと、なんだよね)

 友莉は自身の感情を正確に把握する。

 否、把握したのだ、昨日。

 どこまでを信じていいものか、半信半疑であった友莉はまず、櫛夜と奏音の話でどうやら自分の夢が本当らしいということを知る。

 そして昨日、綾と櫛夜が家にまで押しかけてきて、色々と思いを吐露したことではっきりと気付いてしまった。

 自分は、櫛咲櫛夜を待っていたのか、と。

 果たして今がどれだけの回数、同じ時間を繰り返しているのか分からないのだが、分からないからこそ、少なくとも分からないくらいにはループしているのではないかと友莉は考えている。

 そしてループしているということは前の自分が大怪我を負ったということで、それを見た優芽によって巻き戻されているということだ。

 ちなみに時間を巻き戻していたのが優芽であったことは何となく夢から察していたが、綾と櫛夜に言われるまでは確証は持っていなかった。

 二人に言われて、やはりそうなのか、と自身の夢の信憑性を増す役割すら果たしている。

 そんな信頼性の高い夢の内容を信じるならば、前の自分が大怪我を負ったということは体育祭の新競技に出たということで。

 体育祭の新競技に参加したということはつまり櫛夜と戦い、勝った、つまり自分の意見を折らなかった、ということだ。

 自分の意見を曲げなかった理由は、それこそ一つしかない。

 櫛咲櫛夜に、勝ちたかったのだ。

 昨日侑李友莉は初めて、人に本気で想ってもらえた。

 ぶつかってもらえた。

 櫛夜がぶつけてきたそれは勿論恋愛感情ではなかったけれど。

 自分を隠し続けてきた友莉には、本気でぶつかってきてくれるだけでも新鮮な気持ちだった。

 だからきっと、前の自分も同じことを想ったはずだ。

 同じことを信じたはずだ。

 同じことを呪ったはずだ。

「もっと本当の気持ちを教えて欲しい」

「もっと本当の私を見つけて欲しい」

「もっと本当の気持ちをぶつけたい」

(あーもうホント、さいっあく)

 自分で自分が許せないわけではない。

 許してしまう自分こそが最悪だ。

 自分の至った思考に、結論に、『仕方ない』と言い訳してしまえる自分が最悪だ。

 友莉は知っている。

 自分が大怪我を負うこと。

 時間が巻き戻っていること。

 きっとその度に食い止めようとして、櫛咲櫛夜が動いてくれること。

 それが嬉しくて、喜ばしくて堪らないこと。

 自分をそんな気持ちにさせてくれた櫛咲櫛夜の事が、好きになってしまったこと。

 それでも、櫛咲櫛夜には、既に想う相手がいること。

 自分の初めての気持ちは、決して実ることはないこと。

 でも。

 もう一度、時間をやり直すことが出来るのならば。

 チャンスがあるかもしれない世界があるのならば。

 ちょっと今の自分が傷を負ってしまったとしたって、どうでもいいじゃないかと考えてしまうこの心は、私自身そのものなのだと。

 友莉は知っているのだ。

 知ってしまったのだ。

 傷を負ってでも、櫛咲櫛夜と上手くいく可能性のある世界を求めてしまうのだ。

 だから、負けられない。

 折れることは出来ない。

 体育祭の新競技、騎馬戦。

 自分はそれを欠場するわけにはいかない。

 どうしても、どうあっても。

 ここにいる、今の自分の想いを無駄にしないためにも。

 ここにはいない、いつかの自分の想いの積み重ねを無駄にしないためにも。

 友莉は、逃げるわけにはいかないのだった。

「って、聞いてます? 友莉せんぱーい?」

 と、煩雑な思考を巡らせていた友莉は詩織の言葉で我に返る。

 今は登校の途中だ、と思い出して、友莉は無理やり笑顔を作って返事をする。

「ごめん! 聞いてなかった! 何の話だっけ!」

 この堂々とした発言に詩織は嫌な顔一つせずに話をきちんとやり直す。

 それも彼女の美徳だ。

「いえいえ。生徒会内部で恋愛しているのはいかがなものか、って話です」

 あぁ、と友莉はそれだけで何の話をしているのか大体把握する。

 女子とは恋愛話に飢えている生き物ではあるが、正直自分に被害が及ばない範囲であれこれやっていて欲しいものである。

 人数の多い少ないに関わらず、ある種のグループ内の恋愛はろくなことがない。

 ただ、今歩きながらしていた記憶を思い返すに、自分の話からどうやって恋愛話になったのか、いまいちよくわからない。

「お似合いだとは思いますけどね。仲も良いですし」

 みもりも続く。

 しっかり者で、仕事中の真面目な姿以外はそれほど見ていないので、みもりもこういった話に十分興味があることを友莉は少し面白く思いつつ、話に乗っかっていく。

「まぁ、いいんじゃないかな!」

 『仕事してくれればね! 』と忘れずに付け加えておく。

 そこは大事な要素だ。

 認めるうえでの最重要項目だと表現しても構わない。

 仕事をしなくなってしまったり、恋人を大切にするあまり二人でどこかに旅立たれても戦力ダウンということで困る。

 なので友莉は、プライベートな人間関係はともかくとして、仕事に重きを置いているのかもしれない。

 そんな面白くもない考えを頭で練っていると、詩織の声が矢の如く届く。

「いやーほんと、まさか本当に櫛咲先輩と弥々ちゃんが付き合うだなんてねー」

 友莉はその言葉をなぞる。

 なぞってみて、そしてやはりよくわからない。

「弥々ちゃんが楽しそうなら、いいけれどね」

 みもりが、ふふ、と微笑みながら続けた。

 みもりが訂正しないのだから、詩織の言ったことは間違いではないのだろう。

 友莉の聞き間違いでもなさそうだ。

 であれば。

 どうして。

 こうなっているのだろう。

「…………あれ?」

 友莉は首を大きく傾けた。

 

 

 少女は言った。

「また、会おうよ。二人で」

 少年は返した。

「もう、やめよう」

 少女は言った。

「どうして、そんなこと言うの?」

 少年は返した。

「もう、会っても意味がないよ」

 少女は言った。

「でも私は会いたいよ」

 少年は返した。

「いいだろ。君といると辛いんだよ!」

 少女は言った。

「つら、い?」

 少年は返した。

「君といると、嫌なことを思い出すんだ! だからもう僕はここにはこない!」

 少女は言った。

「そ、そんなのひどいよ」

 少年は返した。

「……なら、ジャンケンをしよう」

 少女は言った。

「ジャンケン?」

 少年は返した。

「僕が勝ったら、もう会わない。君が勝ったら、また会う」

 少女は言った。

「本当に? ジャンケンで勝ったら?」

 少年は返した。

「約束しよう」

 少女は言った。

「……わかった」

 少年は返した。

「じゃあ、いくよ」

 二人は声を揃えた。

「「ジャンケン、ポン」」

 そして少年は少女の前から姿を消した。

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