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確率を操るのは  作者: 安藤真司
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私らしさ

「帰って! 今すぐに!」

 

 と、友莉が声を荒げるのにそう時間はかからなかった。

 友莉の後をしっかりと追っていった綾と櫛夜だったが、いよいよ友莉が自身の最寄り駅から歩いて帰ろうという所まで来て、その道の中途で気付かれてしまった。

 人の混み合う電車や駅ならともかく、そこから人気の少なくなった通りでは目立つのも無理はない。

 やはり学校付近でもない場で、一度でも振り返られればそれを誤魔化すのは難しいだろう。

 友莉の家がどこにあるのかもわからないまま見つかってしまったことはあまり綾と櫛夜にとっては望ましくない展開だったが致し方ないだろう。

 そうして一軒家が並ぶ歩道で友莉は二人に対して怒りを顕わにしていた。

「帰ってください綾文会長!」

「友莉ちゃん……」

 綾が友莉の想像以上の拒絶に少しだけ怯む。

 しかしそれはわかっていたことだ、綾もすぐに気を取り直す。

「聞いて、いえ、聞きなさい。侑李友莉さん」

 そこで綾はあえて命令口調にする。

 可愛い可愛い後輩が言うことを聞くように、だ。

 その効果があったのかどうか、櫛夜にはわからなかったが、しかし友莉が露骨に声を荒げることはなくなった。

「なんですか。奏音に続いてまさか綾文会長まで私に嫌がらせするおつもりではないですよね?」

「そのつもりは私にも奏音ちゃんにもないわよ。櫛咲くんは知らないけれど」

「なんで俺はわからないんですか嫌がらせのつもりなんてあるわけないでしょうが」

 櫛夜の流れるような突っ込みを受けて、綾の弁が加速していく。

 緊張を解くために櫛夜を利用していたらしい。

「友莉ちゃん。櫛咲くんと奏音ちゃんが話したことは、本当よ」

「私が、怪我する、ですか」

「えぇ。私と奏音ちゃんに未来が視えること、櫛咲くんがジャンケンで勝てること、友莉ちゃん、あなたが危険だってこと」

「それを信じろって言うんですか」

「言うわよ。友莉ちゃんが信じてくれるまで、何度だって」

「私は何度だって拒みますよ」

「嫌われたって構わないわ。それでもこのまま放っておくより数百倍マシ」

「本気ですか?」

「本気よ。友莉ちゃんだってわかっているんでしょう? 私が、奏音ちゃんが、こんなこと冗談で言うわけないって」

「知りません。まだ一年しか一緒にいません」

「一年も一緒にいるのよ。わからないわけないじゃない」

「……」

 友莉が言葉を詰まらせた。

 綾は本気だ。

 綾が本気だということを、やはり友莉は理解している。

 櫛夜はそう見て取った。

 いや、きっと、奏音が話した時にも、気付いていたのかもしれない。

(そうか)

 櫛夜は自らの根本的な勘違いを確認した。

 友莉は、奏音の言葉を受け入れなかったわけじゃない。

 受け入れられなかったのだ。

 もっと言えば、受け入れられない理由があるのだ。

 だから、信じることが出来なかった。

 いくら奏音が本気でも、その言葉を認めてしまうことで、友莉の中で崩れてしまうものがあったから。

 今だって、綾の言葉を信じることが出来ないのは信憑性の問題なのではなく。

 彼女自身の問題があるのかもしれない。

「ねぇ、何を隠しているの? 友莉ちゃん」

 綾も櫛夜と同じ考えらしい。

「何も隠してなんてないです。そんな未来が視えるなんて詭弁、信じろって言うほうがおかしいです」

「じゃあ質問を変えようかしら」

 綾がそう言って、ついに持ち札を切る。

 それは櫛夜と綾が現在持っている唯一にして最強の切り札でもある、今朝疑問に上がった、友莉に関する違和感。

 

「友莉ちゃん、今からご家族にこの話をしてもいいかしら?」

「やめろっ!!!」

 

 怒号。

 辺りを歩く人が思わず三人の姿を見て、そして見てみぬ振りをしてそそくさと通り過ぎていく。

 綾は予想通りの反応に、しかし気持ちの上では頭を抱える。

 これはまた、根が深そうだ、と。

 先輩後輩の関係をそこまで重んじるタイプでもない綾ではあるので別に友莉の暴言に今更嫌悪を感じたりはしない。

 だが、運動部らしく結構に上下関係をきっちりしている友莉がここまではっきりと怒りを前に出すとは。

 なるほど『家族』というワードはなかなかにNGだったらしい。

「家族に、話されたくないんだな?」

 櫛夜の、今度は確認口調となった言葉に、友莉が揺れる。

 揺れ動いた、文字通り動揺した。

 それを綾は逃さない。

 櫛夜以上に友莉のことを理解している身としては、友莉の機微を見て取るのに、櫛夜に遅れを取りたくはない。

 それがせめてもの先輩の意地というものだ。

 特段この場において、意地なんてものがどう働くこともないのだが。

 だがそれでも、綾は櫛夜が気付かなかった結論に、先に行き着いた。

 行き着くことが出来た。

 命の危険がある後輩が、元気で明るい後輩がこんなになってしまう状況。

 こうさせているのは綾自身と櫛夜の二人だが、しかしたったこれだけの言葉でこうなってしまう友莉の闇が垣間見えているわけで。

 その闇に今、二人は踏み込もうとしているのだ。

 一介の高校生に、対処しきれるかどうかはわからない。

 そもそもプライベートな話に踏み込んでいいのかどうか、正しい判断が下せるわけでもない。

 綾はそれでも、瞳に焼きついてしまった、友莉の無残な姿を消し去りたい。

 可愛い後輩が二度と歩けなくなってしまう未来などお断りだ。

 そのためならば、多少の強引さは認めよう。

 多分に罵られる覚悟も決めてきた。

 綾は気付いてしまった可能性を、述べる。

「ねぇ友莉ちゃん、教えて」

「い、や、です」

「駄目。教えて?」

「あ、う」

「何を、怖がっているの?」

「あ、ああぅ」

「私達がご家族に話をすることで、何が起こるかもしれないって思ったの?」

「こわ、くなんか」

「体育祭の、たかが新競技を休むくらいで、何が起きるかもしれないって思ったの?」

「な、にも」

「ねぇ、また、また質問を変えるわよ。友莉ちゃん」

 綾の声音は、とても優しいものだった。

 櫛夜は隣にいる綾の顔を見なかったが、きっととても優しい顔をしているであろうことはわかった。

 真っ直ぐに友莉を見つめる綾と、それを拒む友莉。

 そのまま、綾は言い放つ。

 

「ご両親は、健在なのかしら?」

 

 今度は、静寂に包まれた。

 質問した綾は勿論そのまま黙り、友莉も櫛夜も言葉を失ってしまう。

 櫛夜はその全く想定していなかった言葉に驚きを隠せない。

 だが友莉の反応を見て、綾のその発言が的外れでないことを悟る。

「わ、たし、の」

 なおも何かに反論しようとした友莉の、何かが崩れ落ちる。

 崩れ落ちてしまったせいで、言葉が言葉として発することが出来ていない。

 そんな友莉の姿は、櫛夜が思っていたよりも、ずっと脆かった。

 綾もまた、この友莉の姿を、見ていられない。

 一体、この体のどこに、いつもの元気があるというのだろうか。

 全く、人とは難儀な生き物だ。

 心も、元気も、何もかも。

 人を構成する要素の最重要な部分が、見えないのだ。

 形がないのだ。

 そんな生き物の内側なんて大抵碌なことになっていない。

 黒かったり白かったり色が見えてこなかったり。

 人によって様々で。

 人によって違っているからこそ見たいのに、見えないから自分の基準で考えてやることしか出来ない。

 だから、わからないことは、聞かなければならないし。

 聞きたい、と言わなければならない。

 そんなどうしようもない曖昧さを配合した情報の中を生きざるを得ない。

 綾はそうした自分の無力さを痛感してしまう。

 友莉を痛めつけたいわけじゃないのに。

 そうしなければ前に進めないだなんて。

 自分は嫌な奴だな、と。

「侑李。話、聞いてくれないか? それに、話してくれないか?」

 そんな綾を横目に櫛夜が後を継ぐ。

 綾の胸中を少しは感じつつも、櫛夜は前に進む。

「俺は、俺達は、侑李を助けたい」

 手を伸ばす。

 友莉はその櫛夜の手を恐怖の対象か何かと思ったのか、びくっと体を震わした。

「で、も」

 それでもまだ、残り一歩を踏み出すことの出来ない友莉が、困惑した表情を浮かべる。

 その顔を見て櫛夜がさらにもう一度友莉に踏み込もうとしたそのとき。

「友莉……?」

 三人は後ろから声をかけられた。

 櫛夜が振り返ると、そこには買い物帰りの主婦と思わしき女性が不安げな表情で立っている。

 綾もまたその女性に見覚えはなさそうである。

 そして、もう一人、名前を呼ばれた友莉が俯きながら、一言。

「おかあ、さん」

 そう呟いた。

 

 

「どうぞ。上がって」

 友莉の母親に促されて、櫛夜と綾は靴を脱ぐ。

 家はごく普通の、現代においてはやや手狭で古めなアパートだ。

 入ってすぐに、和室の仏壇で鈴を鳴らし誰かを尊ぶ友莉の母親に、二人も倣う。

 そこには、恐らくは友莉の父親と思しき人物の姿があった。

 四人、居間で卓を囲んで座ってから、ようやく綾が話を進める。

「初めまして。私、綾文綾といいます。幸魂(さきみたま)高校の三年で生徒会長を務めています」

「二年の櫛咲櫛夜です、同じく生徒会の役員をしています」

 簡単に挨拶を済ませる。

「よく友莉から話は聞いているわ。特に綾文さんは本当に優秀だ、って」

「とんでもございません。友莉さんにそう思われている事実は光栄ですが」

「いいのよ謙遜しなくても。それで、何かあったのかしら? いえ、何かあったんでしょう?」

 友莉の母が早速と本題に入る。

 綾もようやく覚悟を決める。

「どこまで信じて頂けるか分からないのですが……」

 と前置きをしてから、綾はここ最近何度も繰り返し説明してきた現状を友莉の母親に話した。

 勿論、友莉がこちらの願いを拒絶したこと。

 そして友莉が家庭の話をした記憶がなく、そこにヒントがあるのではないかとここまで来たこと。

 それらを淀みなく説明していく。

 友莉の母は突拍子もない綾の話を笑うことなく、真剣に聞いていた。

 大切な後輩の不幸話は、何度話しても綾は慣れない。

 嫌な気分になってしまう。

 それでもやらなければならないのだから、やるしかない。

 

 全てを聞き終えた友莉の母はおもむろに語り始めた。

「もう十年も前の話よ」

 直接綾の話に応えるわけではなく、過去の話を、淡々と。

「友莉はずっと元気な子だったけれど、ある日珍しく高熱を出してね。小学校をお休みしたの」

 その目には涙が滲んでいる。

「当時私とお父さんは共働きでね。どちらも大事な時期だった。それで、私はどうしても外せない仕事があって、仕事に出かけて」

 その先は、なんとなく、綾にも櫛夜にもわかってしまう。

「お父さんはそれでも、いままで友莉が元気なものだったからか、あるいは結構な高熱だったからか、どうにか仕事を早くに切り上げて、昼過ぎに帰ってきたのだけど」

「待って、お母さん」

 友莉がそこで一旦話を止めた。

 友莉の母が優しそうな目で友莉を見る。

 母親らしい見守り方だな、と櫛夜は感じた。

 無言で先を促す。

「ちゃんと、私が、話す、から」

「うん、じゃあお願い」

「うん」

 そう言って、友莉が話の続きを引き継ぐ。

「私が起きたら、お父さんもお母さんもいなくって、それでふらふらした頭で私『迎えにいかなきゃ』ってなんだかよくわからない考えで、一人で外に出ちゃったんだ」

 小学校入りたての女の子が高熱の状態で一人外出する。

 その危険性は高校生にもなればよくよくわかるが、しかし体中がうまく動かせない少女が不安から親の姿を求めてしまうのも理解できないわけもない。

「そしたら、ね。そしたら」

 友莉の声が震える。

 体も、見て分かるくらいに小刻みに揺れている。

「丁度帰ってきてくれたお父さんが、ね。私が外にいるのを見て。慌てて駆け寄って。それで。それで……」

 その先は、声にならない。

 出来なかったのだろう。

 車に撥ねられてしまったのかもしれないし、歩道橋から足を滑らしたのかもしれない。

 どちらにせよ。

 友莉は目の前で父親の死を見てしまったのだ。

 そしてそれが、自分が原因である、ということも同時に知ってしまった。

「だから、さ」

 友莉が、母親と向き合う。

 

「私は、いい子でいたかったんだ」

 

 いい子で、いたかった。

 そこに一体どれだけの感情が渦巻いていたのか。

 きっとその全部は分からないのだろう、と櫛夜は思わずにはいられない。

 "いい子"。

 確かに櫛夜から見た侑李友莉の印象をまとめると、そうなるのかもしれない。

 元気で文武両道で欠点の見当たらないような少女。

 なるほどその姿は友莉自身が創りあげたものだったらしい。

 そしてそのことを、母親に話すのも今日が初めてなのだろう。

「勿論、友莉が無理やり頑張ってそうしているのは知ってたよ。知ってて、お母さん何も言えなかったの」

「だって、また、私がどうかしちゃったら、今度はお母さんがって、思ったら」

「うん、大丈夫。大丈夫だから」

 親に迷惑をかけたくない。

 それ以上に、自分の所為で家族が傷ついて欲しくない。

 その想いから、友莉は優等生を、『演じて』きた。

 そんな想いを吐露して、友莉は母親に抱きつく。

 母親もまた、そんな友莉をしっかりと抱きしめた。

 

 

 ようやく友莉が、櫛夜と向き合う。

「……ありが、とう」

「別にいいよ」

「でもさ。私やっぱり、新競技を休むことは出来ないよ」

 その言葉に、櫛夜と綾が驚きを隠せない。

「ねえ、お母さん。たぶんね、綾文会長と櫛咲くんの言うことって本当なんだ」

「……友莉が大怪我をしてしまう、って?」

「うん。信じられないけど、たぶん、そうなんだと思う」

 友莉までが、そう断言した。

「もしかして侑李、未来のこと何か知ってるのか?」

 そう思った櫛夜に、しかし友莉は首を横に振る。

「違うよ。ただ、夢を見るんだ」

「夢?」

「うん、私がね。そうやって、なんか『此処から落ちちゃう』夢」

 それは恐らくは、今までに怪我を負った瞬間を、どこかで覚えているのだろう。

 もしくは、それが彼女の能力なのかもしれない。

 でも、そうであるのなら。

「俺達の話を信じれるんだろう? だったらどうして」

「駄目なの。まだ、駄目なの」

「友莉ちゃん、どうして?」

「私は、こうやって十年間生きてきたんだよ。いい子になろうって。そうやって生きていたの」

 友莉は、何故か笑っていた。

 それは少し、哀しい笑顔だった。

「ごめん、急には、変えれないよ」

「友莉……?」

「お母さんごめんね。私、でも、このわがままは通したいんだ」

「で、でも」

 友莉の言葉に全員が困惑する。

 特に、綾の動揺は禁じえなかった。

 あと少しなのに。

 ただ、友莉が認めてくれれば万事上手くいくと思っていたのに。

「私には何がなんだか分からないけれど、やっぱり友莉、あなたを信じるわ。もちろん怪我には気をつけて欲しいけれど」

 友莉の母は、ようやく本音を話してくれた自分の娘を信じる、と言う。

 当然と言えば当然なのかもしれない。

「……友莉」

「なんでしょう、綾文会長?」

「本気なのね?」

「本気です」

「そう、なのね」

 綾はそれ以上、言葉を返すことが出来ない。

 そして、縋るように櫛夜を見た。

 その櫛夜は。

 真っ直ぐに友莉を、友莉の内面を、見ようとしていた。

 これで。

 本当にこれで全部なのか。

 自分は、侑李友莉の言葉を信じることが出来るか。

 否か。

(なんて、もう答えは決まってるか)

 櫛夜はいつも通りのシニカルな笑みを浮かべた。

 侑李友莉が、本気かどうかなんて。

 今まさに見てきたばかりだ。

 本気じゃないわけがない。

「わかったよ、侑李」

「櫛咲くん?」

「大丈夫です、綾文会長」

 櫛夜は綾に目配せをしてから、自分の結論を友莉に伝える。

 

「侑李の言いたいことはよくわかった。が、俺は逃げないぞ。逃げているほど暇じゃない」

「逃げ、え?」

「大体、そんな侑李の気持ち一つでどうこうしていい問題なら、こんな所まで来るわけないだろ」

「ちょっと櫛咲くん、意味が分からないんだけど」

「だから、俺は侑李を変えるよ。何度だって話し続けてやる」

「それは、説得し続ける、ってこと?」

「説得もするし、誰も傷つかないようにしてみせる」

「誰も、傷つかないって」

「侑李が助かる代わりに誰かが傷つくようならそんなものは意味がない。それも含めて、だ」

「どうして、櫛咲くんがそこまで、頑張るのさ。私達って出会ってまだほんの少ししか経ってないよね?」

「期間なんてどうでもいいだろ。関係ないよ」

「それでも、私は、折れる気はないよ」

「いいよ別に。そのときはそのときで無理やりにでも止めてやるから」

「あはは、怖いことを言うね」

「生き方なんてものは任せるよ。ただ、俺には俺の生き方がある。その邪魔になるから、何度だって侑李にぶつかってやる」

「納得はしないけど、理解はしたよ。じゃあ櫛咲くんは、私の意見は尊重してくれるんだね?」

「勿論」

「分かった。なら、私も櫛咲くんを受け入れよう。ぶつかろう」

「あぁ、ぶつからんと分からん世の中だ。そのくらいは許されて然るべきだろ」

「いいね。私、運動部だからね。ぶつかり合いは好きだよ」

「だからさ、侑李」

「なにかな。櫛咲くん」

「『私から私らしさを奪ったら、何が残るんだろうね? 』なんて、言うなよ」

「駄目かな? やっぱり」

「侑李らしさが何なのかなんて俺は知らないけどさ。『いい子であること』が侑李らしさなわけないだろ」

「そう、かな。それもまた、私らしさの一つにならないかな」

「嘘で固めた自分が自分になるなら苦労はねぇよ」

「ひっどいな。私これでもずっと、ずぅっと辛かったし、きっとこれからも辛いままなんだよ」

「辛いからなんだよ。ちゃんと誰かに話せよ」

「誰かに、って」

「お母さんでも綾文会長でも狩野でも夢叶でも誰でもいいだろ。誰でもいるだろ」

「話しても、いいの、かな」

「駄目な理由が一つも見当たらないんだが」

「だって、その、不安とか、話したら、嫌われない?」

「馬鹿じゃねぇの」

「あーっ、ひどい! そういうこと言われないかが心配で誰に何を話すこともなくなったって言うのに!」

「んなあほらしいこと言うからだろ。なんだそれ」

「だって! 私のせいで、お父さんが、その、あんなことに、なった、なんて、話されたら、誰だって」

「だからほら、見てみろって」

「え……」

「こんなに優しそうな顔したお母さんがいて、まぁ頼りになるシスコンの綾文会長がいるだろ」

「綾文会長を馬鹿にしないでよ」

「シスコンなのは本当だろ」

「それは否定しない」

「でも、少なくともここにいる二人は、どんな話だって真剣に受け止めてくれるよ」

「……う、ん」

「自分がどれくらい嫌いかも、自分がどれだけ憎いかも、後悔も懺悔もいくらでもしたらいいさ」

「そ、の」

「ん、なんだよ」

「く……くんは」

「ん、なに?」

「くっ、櫛咲くんは!!」

「お、おぅ」

「櫛咲くんに話しても、いいかな……?」

「当たり前だろ、いくらでも話してくれていいよ」

「ほんとに?」

「さっきも言ったろ、俺も侑李にぶつかっていくつもりなんだ。いくらでもかかってこいよ」

「そ、か」

「おぅ、でもそうだな。一つだけ約束してくれ」

「なに?」

「体育祭で起こるだろう事故を、贖罪だなんて思うのはやめろ」

「……は」

「それはただの自己満足以下の、下らない逃げ道だ」

「……なんだ、ばれてるんじゃん」

「なんのことだかさっぱり分からんな。なんだ、自分に全く非のない形で自分が事故に遭うことを知って安心でもしていたのか?」

「そりゃ、ちょっとはね」

「そう考えること自体は勝手にしてみればいいけどよ。結局お母さんその他が悲しむだけで、世界は何も変わらない」

「そんなもの、なんだろうね」

「そんなものだよ」

「じゃ、検討しておく」

「よろしく」

「はぁー。そっかそっか、こんなところにあったか」

「ん? どうした侑李」

「いや、私の本音、私が求めていた『私らしさ』が、こんなところにあったかと思って」

「……良かったな」

「うん」

 

 そんな。

 二人のやりとり。

 二人だけのやりとりが続き。

 侑李友莉はようやく本音を見せたのであった。

 綾はその友莉の姿に対して露骨に安堵した。

 これで、あとは少しずつ互いに歩み寄れば、必ず。

 友莉の事故を防ぐことが出来るはず。

 そんなことを思っていた。

 思っている、と、信じていたかった。

 

 

 自分の中に芽生えた。

 感情に。

 思い出してしまった。

 記憶に。

 気付く前までは。

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