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確率を操るのは  作者: 安藤真司
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クラスメイト

 時は進み、放課後。

 櫛夜と綾は校門の脇で二人、並んで黄昏れていた。

 既に夕日が校舎をオレンジ色に染め、なだらかな風が心に何か哀愁を匂わせている。

 哀しいと感じるのは風の所為なのか、自分も知らない自分の内側が原因なのか。

 感傷に浸るタイプでもない櫛夜はそんなことを微塵も考えずに。

 情緒ある今この瞬間を大切にしていたい綾はそんな気持ちをしっかりと受け止める。

 二人の目的は当然、友莉の家に押しかけることである。

 友莉の親にどこまでの話が出来るかはわからないが、しかし家族の手を借りれるならばそれに越したことはない。

 だがいかに緊急事態だとしても、勝手に人を尾行して勝手に家におしかける、という行為はあまりにも迷惑、どころか普通に犯罪である。

 せめて見知らぬ男子生徒(つまり櫛夜だ)が一人で挨拶するよりは、一年以上共に役員を務め、現在生徒会長でもある綾がいた方がましだろうという程度の認識で綾はついてきている。

 綾は、まだ確定事項が何もない状態で家族にあれこれ話すことには否定的名スタンスを崩してはいない。

 なお、今日の生徒会活動はいつもと変わらず行われている。

 その間、友莉と奏音が会話することはなかったが。

 仕事をしている場合ではない、という声もないわけではなかったのだが、そこは生徒会役員の面々である、自分の立場というものはよく理解しているようで仕事は仕事と割り切って全力を注いでいた。

 特に目覚しいのは一年の活躍で、少しだけ早くから参加していた弥々はもちろん、みもりと詩織の飲み込みの早さが際立っていた。

 それぞれ、みもりは友莉に、詩織は優芽に付き従い仕事を手伝っていたが、綾が何の含みもなく褒めるくらいにテキパキとメモを取りつつ勤しんでいた。

 ちなみに弥々は奏音が以前まで行っていた会計の仕事を教わっていた。

 大事があったとしても、生徒全員を巻き込むわけにもいかない。

 体育祭は体育祭で真面目に活動しなければならない時節なのだ。

 そんなわけでしっかりと時間いっぱいまでは仕事を行い、今日は普通に解散としている。

 綾と櫛夜は特に含むところもなく早目に帰り支度をして、校門の脇に構えて友莉の帰宅を待っている。

 校門の脇、とは微妙な表現であるがつまるところ普通に帰る場合には視界に映らない、校門からやや離れた場所辺りを想像してもらえれば差し支えないだろう。

 二人はそこでひっそりと隠れるようにしていた。

「もうすぐかしらね」

「でしょうね。もうあと十分もしないでしょう」

 もうすぐ生徒の完全下校時刻になる。

 友莉も生徒会役員なのでぎりぎりになることは多いが、生徒会役員なのでその時間は極力厳守するであろう。

 すぐにも校門を通るはずである。

「本当にいいのかしらね」

「なら綾文会長も先帰っても良いですよ」

「馬鹿言わないでよ櫛咲くん」

「ですよね」

 軽く言い合って、気持ちを引き締める。

 これから行おうとしているのは尾行だ。

 気付かれればまた、友莉に色々と思われるばかりか警戒度を上げてしまうし、最悪は見つかった時点で警察の厄介になる危険性すらある。

 それは櫛夜としても、もちろん避けて通りたい。

 別に、無鉄砲と無計画とは、櫛夜の中では全く別物なのだった。

 無計画に友莉の家に行くようなことはしても、無鉄砲に『今から侑李の家に行くぞ』などと宣言はしない。

 最低限の、櫛夜の中での最低限の線引きは行っている。

 勿論、行動は全て、友莉のために行っている、という部分はぶれていない。

 最終到達目標だけは忘れない。

 そうした目的意識及びそれに対する行動力、と、改めてみると櫛夜は中々生徒会に向いているのかもしれない。

 そんなことを綾も考えるが、致命傷を上げるとすれば。

「自分って線引きが甘いのよね」

「はい?」

「なんでもないわ」

 自分がされて嫌なことは人にするな、とよく言われる文言だが、櫛夜はそのラインが異様に低いとみえる。

 つまり、自分がされても嫌ではないから、人にしてもいいだろう、と考えて行動している。

 今も、それくらい大丈夫だろう、などと何一つ根拠のない行動を、何の迷いもなくしている。

 それが物事を動かす際には重要であることも多いだろう。

 消極的なだけであるよりは勿論良いことだが、それによる失敗は得てして取り返しのつかないことも多い。

 綾にはそれがリスクに思える。

 危うさに思える。

 櫛咲櫛夜は、危うい。

 

 

 さて、そんな風にして二人こそこそと隠れて校門を伺っていると、帰宅に向かう流れの中から、櫛夜と綾に向ける視線を感じた。

 具体的には櫛夜がある女生徒と目が合った様な気がした。

 するとその女生徒が真っ直ぐ櫛夜と綾が微妙に隠れる、校門を出てすぐ左に十数メートル、すでに公道となっている曲がり角に向かって歩いてきた。

 初めは綾に話がある生徒かと思ったがしかし近づいてきてみれば、ここ毎日、昼休みに『綾が来ている』と櫛夜に話しかけてくれている女生徒だった。

「こんなところで何しているの?」

「ま、まぁ、ちょっと」

「あ、こんにちは綾文会長。ええと櫛咲くんと何しているんですか?」

「えぇこんにちは。まぁ、生徒会のお仕事の一環……ではないわね」

 綾も口ごもる。

 まさかこれから友莉のことを家まで尾行しよう、などと言えるはずもない。

「言うなれば、友達の相談事の解決に勤しんでいるってところかしらね」

 言いえて妙な表現だ。

 だが、嘘でもない。

「生徒会って通常のお仕事だけじゃなくって、何でも屋さんみたいなところがありますもんね」

 屈託のない笑顔を浮かべる。

「ところであなたは、えっと……」

 綾がその女生徒の名を尋ねようとする。

 すると彼女は笑顔を意地の悪い笑みに変えて、

「私、櫛咲くんと同じクラスなんですけど。ひょっとして櫛咲くん私の名前を覚えてないな?」

 と言ってのけた。

 櫛夜の顔が一瞬で青ざめる。

 綾が勢いよくすぐ隣の櫛夜の顔を覗き込む。

 櫛夜はそれに合わせて勢いよく顔を逸らす。

 だが逸らした先に、当の女生徒が顔があった。

 弥々は幸魂(さきみたま)高校の中では比較的おしゃれが過ぎている、良く言えば今風な雰囲気を持っているが、この女生徒は弥々とまではいかないまでも、割合と制服を着崩している。

 髪は特段染めている風でもなく、柔らかそうなそれがさらさらと丁度肩くらいまで伸びている。

 人懐っこさそうな笑顔とやたら攻めているスカート丈、そして謎に近い距離感に若干櫛夜は圧倒されつつ言い訳がましく答える。

「いやほら、まだ学年上がってからそんなに経っていないしクラス全員の名前なんて」

「でも私と櫛咲くんはその中でも結構話す機会多いほうだったよね?」

 返す言葉もない櫛夜を見て満足したのか、女生徒はすぐ近くまで来ていた顔を少し遠ざけた。

 なお綾は残念そうな顔で櫛夜を見たままである。

「ご、ごめんなさい」

「しょうがないなぁ。『名前を教えてください玉川さん』って言ってくれたら許してあげちゃうぞ?」

「玉川……?」

「あ、聞き覚えがないって顔をしているね? ひどいなー玉川珠子さん怒っちゃうぞ?」

 わざとらしく怒った顔を見せる女生徒――玉川珠子(たまがわたまこ)――は「ていっ」と言いながら櫛夜の頭を軽く叩いた。

 玉川珠子。

 聞こう聞こうと思い、結局今まで知ることのなかった彼女の名前を櫛夜はようやく知ることが出来た。

 忘れてしまわないように、脳内フォルダにしっかりと格納しておく。

「櫛咲くん、あなたクラスメイトの名前も覚えてないのね」

 綾の言葉に珠子も続く。

「っていうか今のクラス、半分も知らないんでしょ。名前」

「まぁ……」

 否定はできない。

 事実、覚えていない。

「なーんか櫛咲くんてそういう所があるよね」

「はぁ」

「それそれ。今みたいに、聞いてそうだけど実は人の話を右から左に流してる」

 都合の悪い話は。

 自分の中ですぐに意味がわからない話は。

 言葉の裏のメッセージを知りたくない時には。

 なんとなく相槌を打って。

 逃げている。

 相手から。

 自分から。

 櫛夜はそんな思考からも一旦、逃げてしまう。

「それで、玉川は一体どうしてここに?」

 櫛夜は話を元に戻した。

 綾も珠子も露骨な方向転換にため息をついたが、しかしそこは櫛夜に合わせた。

「いやいや、こんな絶妙な位置で校門を睨みつけてる二人組がいたら目立つでしょ」

「そうか? 一応普通に駅に向かおうとしたらこっちなんか見ないと思うが」

「視界に入ったら気になるよって話」

「それはまぁ、うん確かに」

「それにさ、結構噂になってるんだよ?」

「……何が?」

「え、本当にわからない?」

 何の話だ、と櫛夜が綾の顔を伺う。

 しかし予想に反して、綾も首を横に振った。

 つまり綾も、珠子が何を言っているのか理解していないらしい。

 そんな二人のやりとりを不思議そうに見つめながら珠子は言う。

「だから、綾文会長と櫛咲くんが付き合ってるんじゃないかって」

「「はぁ」」

「わーなにその空っぽな返事はー」

 二人の気の抜けた返事に呆れる珠子。

「だって推薦なんて制度はないのに綾文会長直々にクラスに押しかけて来て櫛咲くんを生徒会に勧誘してたし」

 綾が若干、申し訳なさそうに俯く。

「もういっそ自分で呼べばいいのにわざわざ私を通して昼休み櫛咲くんを呼ぶし、なんか朝のホームルーム前も一緒みたいだし」

 綾が俯きを通り越してしゃがみ込む。

「しかも話を聞けばこないだなんかは綾文会長、ご丁寧に早弁しないで櫛咲くんとご飯食べてたらしいし」

「もうやめてぇっ!?」

 ついに綾が耐えきれずに叫んだ。

 その顔は真っ赤に染まっており、羞恥からこの場を逃げ出したくなっていそうである。

 櫛夜もこうして改めてここ最近の自身の行動を振り返ると、そう思われても仕方ないように感じる。

 案外恥ずかしいものである。

「で、どうなの?」

 もう使い物にならなそうな(勿論比喩だが)綾は置いておき、櫛夜が答える。

「いや、全然そういう関係じゃないよ」

「おやまぁ、そうなの?」

「本当に、ただ生徒会の仕事以外では会ったりしてないって」

 ここで櫛夜は少しだけ考える。

 今自分が弥々と付き合っていることを、わざわざ話す必要があるだろうか、と。

 言ってしまえばこの話は終わるのだが、それはそれでまた詳しく色々と聞かれそうでもある。

 生徒会の面々は、これからも短くない時間を一緒に仕事していくのでさっさと話してしまおう、ということで弥々と合意を得ている。

(まぁ、別に言いふらすようなことでもないか)

 櫛夜は僅かな逡巡の末、そう判断する。

「まぁとにかく、俺と綾文会長はそういう関係じゃない。今も、詳しいことは話せないけど生徒会の仕事の一環だよ」

「へぇ、さっき綾文会長が違うって言ってたばかりだけどね。そっかそっかふぅん」

 珠子の訳あり風な返事に、櫛夜が首を傾げる。

 だが珠子はそんな櫛夜の疑問に答える気は無いらしく、一緒になって首を捻っていた。

「まぁ、なんかやっているみたいなら止めはしないけど、二人は結構目立つんだから隠れるならちゃんと隠れた方がいいと思うよ?」

「はぁ。まぁ、気にかけておく」

「うむ、よろしい」

 そう言うと珠子はくるりと背を向けた。

 ただそれだけでふわり、と、風に遠心力にで揺れ動くスカート。

 見えそうで見えない魔境の存在を自覚しているのかいないのか、その邪悪な笑みからは分からない。

「じゃ友莉ちゃんもそろそろ来る頃合いだろうし、私はそろそろ帰りますね」

「あ、あぁ」

「それじゃ、櫛咲くんはまた明日、いや綾文会長もまた明日のお昼ですかね?」

「ふふ、また玉川さんにお願いするわ」

「りょーかいです。それでは」

 嵐のように去っていく珠子。

 それを見送る櫛夜と綾。

 しばし、吹き抜ける風に身を委ねる。

 ようやく出た言葉は、何故かものすごく疲れた声色になっていた。

「あの子、いい子なのには間違いないけれど、なんなのかしらね?」

「さぁ……」

 二人して圧倒されるだけ圧倒されていたのであった。

 

 

 さて、と綾が気を引き締める。

 櫛夜も同じく気持ちを切り替える。

「ま、玉川さんのおかげでリラックスは出来たかしらね」

 綾がおどけてみせる。

「むしろ倦怠感までありますけどね」

 と、そこにようやく、奏音とみもり、それに続いて優芽に友莉、それに弥々に詩織が現れた。

 一緒に帰路に着いているようだ。

 それでもやはり奏音と友莉は離れているが。

 それは仕方がないだろう。

 一応、友莉以外の生徒会面々には今日綾と櫛夜が友莉の家に押しかけてみるつもりであるという話はしてある。

 当初は弥々や光、奏音、優芽らが自分も同行したいと言っていたのだが、綾が大勢で押しかけてもしょうがない、と断っている。

 その場合にしても櫛夜が行く意味があるのだろうか、と綾は少し逡巡したのだが、やはり仲の良い二年生に行かせる訳にもいかなそうだと判断している。

 何せ、あの侑李友莉が隠したがっている家庭事情があるかもしれないのだ。

 明るく強い、少女が。

 誰とでもどんな話題だって様々に話す彼女が。

 それでも話したくない内容、というものに綾は一抹どころじゃない不安を感じざるを得ない。

 そこで見たもの聞いたものに、仲が良い分彼女ら二年生が平静を保てるかはわからない。

 綾自身も、それを保証することは出来ないだろう。

 その点、櫛夜は言葉が出てこなくなることはあっても、余計なことを口走ることはない、ようには思う。

 少なくとも奏音は既に結構メンタルがやられているはずだ。

 今日も駆り出すわけにはいかない。

 ついでに、優芽は意外と、その辺り精神面は強いようにも思うのだが、やはり予想しうる展開を考えるとその選択は良くないだろう。

 二人は丁度全員の姿がぎりぎり見えなくなったくらいの所から歩き始める。

 どの道、駅までは同じなのだから見えなくともそれほど問題ではない。

 駅で待っていても良かったのだが、雑多な駅で見失ってしまうことだけは避けておきたかったのでそれについては問題ない。

「じゃ、心の準備はしっかりと、冷静に探っていきましょうかね」

「ですね」

 綾と櫛夜は頷き、友莉の家を目指す。

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