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確率を操るのは  作者: 安藤真司
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思索

「というわけで侑李と滅茶苦茶険悪になってしまいました」

「というわけで優芽ちゃんが時間を戻す能力を持っていることがわかったわ」

 

 

 二つの「なんでそんなことになってしまったんだ」が飛び交う早朝の生徒会室。

 櫛夜と綾、奏音に弥々の四人は朝のホームルームが始まる前に集まっていた。

 昨日の放課後の報告を朝のうちにしてしまおう、という話である。

 その四人の表情は分かりやすく、櫛夜と奏音は異様に暗く、綾と弥々はまぁまぁ明るいものであった。

 無理もない。

 櫛夜と奏音は、予想通り友莉の説得に失敗した。

 しかし、ただ信じてもらえないだけであると予想していた二人を大きく裏切ったのは、思いのほか友莉が徹底的に、嫌悪を持って否定してきたことであろう。

 どうやら奏音もあのような態度を取る友莉を見るのは初めてだったらしい。

 友莉が喫茶店を去ってからしばらく、奏音は動くことも出来ずにただただ涙を流した。

 そうすることしか出来ないほどに、完全に拒絶されたのだ。

 話を聞いて、綾も深刻な顔になる。

「そう……友莉ちゃんがそんなこと言ったのね」

 櫛夜もその時の友莉の言葉や表情を思い出す。

 普段の元気いっぱいな友莉からは想像もつかないほどに、いっそ怖い、とすら思うまでの感情を閉ざした表情。

 そして、そこから漏れる乾いた言葉。

「『私から私らしさを奪ったら、何が残るんだろうね?』か」

 櫛夜が友莉の去り際の発言をなぞる。

 友莉の友莉らしさ。

 運動が好きで勉強が好きで、生徒会が好きな彼女らしさ。

 友莉に体育祭の新競技だけでも不参加でいてもらうことは、彼女らしさを奪ってしまうことに、なるのだろうか。

 それでも救いたいと願う奏音の想いは、届きはしなかった。

 そんな思考を巡らす櫛夜を横目に今度は綾が簡単に現状報告を行う。

 優芽が時間を巻き戻す能力を持っていたこと。

 心の底から未来視やら時間遡行やらを信じてもらえたわけではないが、全員が協力をしてくれる体制は整ったこと。

 それらを聞いて、弥々がさらに付け加える。

「ただ優芽先輩に記憶が残らないってことは、ここまでの事すら、もうやったことがあるのかもです」

 弥々が指摘したのはつまり、ループの過程で、既にこの会議も行われた可能性がある、ということだ。

「相変わらず、それは考え出したらよくないわね。一旦は忘れましょう。少しでも前に進んでいるものだと思って」

 綾もそれに応える。

 ここにいる全員の共通認識ではあるのだが、確かに相手にしているのがなにせ"時間"だ。

 いくら束になっても適わない概念を相手に思考を続けるのはよくない。

 というか、答えがいつまで経っても出ないだろう。

 答えが出る頃には事件が起きてしまいそうだ。

 なので、櫛夜達はあまり、『今やっていることは既に前回、無駄に終わってしまったのではないか』と考えないようにしている。

 そう考えてしまっては、ほんの少しだって身動きが取れない。

 それはよろしくない。

「しかし、夢叶が時間を巻き戻せるとは驚きだな……」

「私もまさか優芽ちゃんがそんな力持っているだなんて予想だにしなかったわよ」

「そういえば、最近は何か未来が視えたりしていないんですか?」

 櫛夜が綾と、そして奏音に疑問を向ける。

 二人の未来視の能力は自分の意思で発動することが無い代わりに、勝手に視えてくるもの、らしい。

 そうであれば、友莉が怪我を負うまでの、より具体的な何かが少しでもわかれば全体としては行動が取りやすい。

 それこそ、櫛夜が十円玉を落とす、ということがわかっていたからこそ、綾は大胆に嘘をつけた。

 結果的にはその嘘は功を奏し、櫛夜は生徒会に入っているし、こうして友莉の怪我をどうにか止めるために動いている。

 そんな風に、使い方はどうとでもなるのだ。

 なんなら、友莉に対して目の前で未来を言い当てることが何回も出来たらそれも十分なアピールになるであろう。

「ごめんね、私には何も」

「私も、友莉さんのこと以外には何も視えないわ」

 綾、奏音が共に首を横に振る。

「そ、か。じゃあやっぱり、友莉をどうにかして説得するのが一番の方法なんですかね」

「うーん、それはそうですよね。といいますか、友莉先輩ってどういう方なんですか? 私正直ここで数日ご一緒したくらいですし」

 丁度自分も聞きたいと思っていた櫛夜が、弥々の発言に乗っかる。

「あぁ、俺も聞いておきたい。一体どうしてあんなに拒んだのか見当もつかない」

 体育祭の新競技に出るな。

 そう友達に言われて、はいそうですかなら休みます、と話す人間は何も珍しくは無いだろう。

 相手がふざけていればもちろんの事、真剣ならばそれはそれでこう考えるのではなかろうか。

 『この人は自分の事が嫌いなのだろうな』

 そう考えるだけであり、自分の身を本気で案じているなどとは思わないだろう。

 よほどの信頼関係があれば別なのかもしれないが。

 ともかく、普通ならば体育祭に出るなと真剣な顔で言われれば、単に信じないか呆れるか、そうでなければ相手の発言に嫌気が差すものだろう。

 だが、友莉はといえば。

 恐らくは信じなかったし呆れていたし櫛夜と奏音の発言に嫌気が差していただろうが、しかしなによりも、体育祭に出ないこと自体、奏音がそうするよう発言すること自体を明確に拒んだのだ。

 あそこまで拒絶するものだろうか。

 と、櫛夜は思わずにいられない。

 何かあるのではないだろうか。

 綾や奏音と同じように。

 友莉には友莉で、何か事情があるのだろうか。

 いや、そうでなければ、あそこまで怒りはしないだろう。

「基本は、そうね。元気な子って表現が一番しっくりくるイメージかしら」

 綾がまずは自分の中の侑李友莉像を話す。

「活発な子だし、それこそ友莉ちゃんが二人に言っていたように、運動もこうして協力しながら何かを企画運営することも好きみたいだし。勉強、というか学校全般が楽しいみたいよね」

「私も、ほぼ似たような印象です」

 綾の言葉に、奏音が同意する。

 だからこそ、いや、奏音は同じ学年で仲良くやってきたからこそ余計に、昨日の友莉の反応は堪えるものがあっただろう。

「友莉のあんな平らな声、聞いたこともありません」

 櫛夜も同じだ。

 弥々に並んで友莉と過ごした時間は少ないので、判断材料はあまりないのだが、大体そんな性格の元気な女の子、というところが端から見た友莉らしさだ。

 もちろん。

 本当にそんなものが友莉らしさであるはずがない。

 それを櫛夜はよく知っている。

 ほんの少し一緒にいたくらいでわかる"その人らしさ"なんてものがその人の本質であるわけがない。

「まぁそんなイメージですよねぇ。そっかそっか」

 櫛夜の隣で弥々も頷く。

 そしてそのまま、言葉を続ける。

「で、どうしましょうか?」

 弥々はしかし、感傷にいちいち浸っている性格はしていない。

 実際に怒った友莉を見たわけではないのと、こういう時に嫌な役回りをするのは自分だけでいいと思っている節がある。

 つまりは、言いづらいことを、言ってのける役割だ。

「現状取れる選択肢は三つです」

 三つ、と言う弥々に視線が集まる。

 この場にいる全員。

 その三つの選択肢なんて、言われなくてもわかっているはずなのに。

 弥々が言うまで、言葉にしてしまうまでは。

 自分から言いたくは、ない。

 

「一つ。友莉先輩を引き続き説得する。ただし成功確率は低い……いえ、ほぼゼロだとみるべきでしょうね」

「一つ。新競技を今から変更する。ただしこちらも結果が変わるような気はしないですね」

「一つ。夢芽先輩が能力を使わないように説得する」

 

 弥々が淡々と話した三つの選択肢。

 それが意味するところも、櫛夜、綾、奏音も正確に読み取っている。

 まず初めの選択。

 友莉を説得を試みる。

 それが現状最も妥当な判断ではある。

 案外すぐに見つかった、時間を巻き戻す能力を持った者、つまり優芽のことだが、彼女は前回の時間の記憶を持ってはいなかった。

 つまり彼女がいたとしても、今直面している事態の解決には至らない。

 となれば、後は当の本人である友莉をどうにか説得していくのが妥当ではる。

 ただこの方法はそもそもの話、前の時間においても必ず検討されていたはずであり、かつ、今も試みた結果が仲をこじらせている。

 その辺りの事情を踏まえると弥々が言ったように、最も取りやすい選択であるが故に、恐らくこのままでは上手くいかないであろう選択でもある。

 そして次の選択。

 こちらは友莉をどうにかするのではなく、ルール側のほうをどうにかしよう、という案だ。

 騎馬戦でもない、飛びつき綱引きでもない何かを考えれば、友莉を救えるのではないか。

 ただこの方法も実行には移しにくい。

 というのも、やはり優芽の存在が明らかになったことで、確実に一度は時間を巻き戻された後の世界であることが確信されてしまっている。

 今がちょうど三度目のループならばいいのだが、それ以上ループしている場合、綾にも奏音にも視えていない可能性がある、ということになり、逆に言えばそれらは無駄に終わったが故に結局二人の記憶に残ることはなかった、ということになるだろう。

 あまり、今が三度目であると決め付けてしまうのは得策ではない。

 また、こちらもそもそも飛びつき綱引きでも事故が起こる、という事実を念頭に置けば、失敗に終わる可能性が高いだろう。

 そして、三つ目の選択。

 優芽が能力を使わないようにする。

 それはつまり。

 時間が戻らない、ということで。

 それはつまり。

 もう、今回限りで友莉を諦めよう、ということである。

 そんなことを言ってのけた弥々を、しかし誰も咎めることは出来ない。

 誰もが同じ選択肢を、脳裏に浮かべていたからだ。

「ま、優芽先輩は優芽先輩で説得出来なさそうですけどね」

 弥々は軽く笑う。

 櫛夜達は、笑えない。

 弥々だって、心から笑っているなんてことは、決して無い。

「聞くまでもありませんでしたね。私達が取れる選択肢はもう一つしかないみたいです」

 一つ、が友莉の説得の事を指しているのは間違いないだろう。

「弥々、悪いな」

 櫛夜は頭を下げた。

 本当に、弥々嫌な役回りを押し付けてしまったようだ。

 それを櫛夜は詫びる。

「いえいえ、何を謝っているんですか。私はただ現状をまとめただけですよ、櫛夜先輩?」

「俺達が言いづらいことをまとめてくれてありがとよ。ついでに悪かった。それくらい受け取ってくれって」

「じゃありがたく受け取っておきます。謝罪じゃなくって、お礼の方ですがッ」

「ああ、ありがとな」

 言いつつ櫛夜は、ぽんと弥々の頭に手を置く。

 瞬間に弥々の顔が真っ赤に染まる。

「ぅへッ!? あ、の、ちょっと恥ずかしいですよ、櫛夜先輩?」

「そうか?」

「そ、ですです。はいもういいです大丈夫です受け取りましたからッ」

 弥々が慌てた様子で離れる。

 恥ずかしがったり自分からいちゃいちゃしてきたり、忙しいなぁ、と思いながらも、櫛夜としても別に悪い気分ではない。

 むしろそういった一挙手一投足が、いちいち可愛らしく見えてきたのは大きな変化であろう。

「はぁ、さすがに私も邪魔しようとは思わないけれど、やっぱりある程度の節度は守ってよ?」

 綾がそれを見て(握り拳にこれでもかと言わんばかりに力を込めながら)忠告をする。

 きれて見境無くなってこない辺り、自制の気持ちを強く抱いたのだろう、今日はかなり感情を抑えている。

(ちゃんと改めて話をしておいた方がいいのかな)

 と、櫛夜はどうでもいいことを考える。

 自分と弥々とのことは、話してはいるのだが、櫛夜から、きちんと、は話していないように思う。

 あまり普通、こういった男女の付き合いを家族に話すこともないだろうとは櫛夜自身も思うものの。

 綾の、いや綾と弥々二人の関係は、ただの家族にしては大分深いようなものだ。

 一彼氏として、一男として、言うべきことははっきりと言うべきなのかもしれない。

 それでもやはり、親に会って欲しい、と言われればさすがに櫛夜も嫌がるが。

 似たようなことを考えていたのかどうか、全くわからないが、綾が似た話題を口にした。

「全く、あまりひどかったらさすがに両親に言いつけるからね弥々?」

「それはちょっと嫌というか困る、かも?」

「なんで微妙に疑問系なんだよ」

 友莉についての真面目な話から、いつも通りの若干ぐだってきた話に変わったためか奏音も普通にいつも通りの落ち着いた表情で会話に加わる。

「弥々ちゃんは、ご両親が怖いんだ?」

「まぁ普通ですね。とっても優しくてとっても頼りになってとってもいい親です。だから普通に怒らせたら怖いですッ」

「弥々でもそういうこと思うんだな」

「誰でも大体そう思いますよね?」

「そんなもんか? ちょっと彼氏いるくらいだろ」

「だからそのちょっとを超えたら宜しくないって綾お姉ちゃんは言ってるわけで」

「おぅ、それはそうだけど」

「そういうのはちゃんと段階を踏んでいきましょうね?」

「待って弥々ちゃんそれくらいにしておかないと綾文会長が」

 と、そんな雑談をしていると、いや、していたからか。

 櫛夜はふと思いつく。

 もちろん真面目な話の方で、だ。

「なぁ、一つ思ったんですけど」

 綾に向けてゆっくりと言葉を発したが、まだ妹の惚気話から抜け出せていない綾は不機嫌そうである。

「なにかしら?」

「当たり前ですけれど、両親が、いるんですよね」

「……それは、私達の話? それとも」

「はい、侑李の話です」

 櫛夜の言いたいことを即座に理解した綾は思案顔になる。

 綾に遅れて、櫛夜の意図するところに気付いた奏音も妙な顔になる。

 そしてそんな二人の様子を見ながらも、気にせずに弥々は櫛夜に応える。

「親御さんに話してみるつもりですか?」

「それも一つ手なんじゃないかって思ったんだけど、どうですかね」

 櫛夜が綾に水を向けると、はっきりとはしない返答が返ってきた。

 

「私、友莉ちゃんのご家庭の話って、記憶にないんだけど」

 

 その言葉に、奏音もはっとした顔になる。

 櫛夜が訝る。

「そうなのか、狩野?」

「え、えぇ。私も友莉さんのプライベートな話って、言われてみれば聞き覚えがない、ですね」

「……?」

 櫛夜は再び考える。

 妙な違和感を感じている自分の心は、どこから来るものなのか。

 確かに、そうそう高校生にもなって、家族の話なんて、そうはしないだろう。

 だが。

 それでもだ。

 細かい話などしなくても、一年も同じ生徒会役員として活動していれば、一度くらいは家族構成の話にはなるのではなかろうか。

 やれ妹がいるだの、やれ兄がいるだの、家族とどこそこへ行った、だの。

 それが、一切記憶に無い、なんてことがあるのかないのか。

「駄目だな。手がかりが無さ過ぎる」

 櫛夜はそう結論付ける。

 友莉の家族構成がわからない。

 しかし、一人暮らしということもなかろう。

 実は櫛夜自身、姉と二人暮らし、という中々珍しい家庭環境に身を置いていることを話した記憶は無いのだが、それはさておき。

 友莉が家族の話をしないことと、体育祭の新競技への不参加を頑なに断ったことと。

 それらの間に何かしらの相関があるのかないのかがわからない。

 どちらにせよ。

「家族に当たってみるのは良さそうだな……」

「って、家に押しかけるつもり?」

 綾が不安げに見ている。

「まぁ、それ以外に侑李の家族に会えそうな手段が思い浮かばないですし」

「でも櫛夜先輩、友莉先輩の家の場所知ってるんですか?」

「いや知らない。狩野は?」

 奏音は首を横に振った。

 それはそうだろう。

 家族の話、ではなく、家庭の話をしなかった、ということは家に関して、何も話してはこなかったのだろう。

「一応家の方向くらいは知っているけれど、詳しくは全く」

「じゃ今日は家まで尾行しましょう」

「事も無げに犯罪予告をしないでもらえる櫛咲くん?」

 飄々と答えた櫛夜にすぐ突っ込みを入れる綾。

 これで本気なのだから困る、と綾は内心思い、しかし代替案があるわけでもなくその後が続かない。

「現状、採れる手段なら何だってしたほうがいいでしょう。普通にしていたら、何も前には進めない」

「櫛咲くん……」

 櫛夜の言葉に大きく頷く奏音に、なにやら首を傾げる綾と弥々の綾文姉妹。

「本当にこれでいいのかしらね……」

「他に案が浮かべば是非教えてください。下校前までに」

「まぁ、色々と考えておくわよ」

 そう言って大きく伸びをした綾に次いで、今度は弥々が。

「改めて、一応聞いておきたいのですけど。櫛夜先輩」

「おぅ、どうした」

「どうして、そこまで頑張れるんですか?」

 それは、綾も櫛夜に聞いたことのある疑問点であった。

 櫛咲櫛夜は、どうしてここまで侑李友莉を助けるのに尽力しているのか。

 弥々のように端から見ていれば、それは確かにわからない、わかりづらい。

 本音が隠れてはいないだろうかと、思ってしまう。

 例えば、友莉に気があるのではないだろうか、などと勘違いしてしまうような。

 しかし、その答えは櫛夜にとっては単純明快なものである。

 曰く。

 綾に答えた通り。

「俺だって大切に時間を過ごしたいんだよ。せっかく出来た可愛い彼女との時間をさ」

「……ば、ばかなんじゃないですかッ!?」

 弥々が思い切り照れて櫛夜の背中をぴしぴし叩く。

 それすら普通にいちゃいちゃしているようにしか見えないが。

「さて、ひとまずの方向性は決まったかな」

 櫛夜がまとめる。

 時計を見れば、そろそろ授業が始まりそうである。

 具体的な話は一切出てこなかったが、それは昼休みにでもまた話せばいいだろうか。

 そんなことを思いながら櫛夜は朝のホームルームへと向かった。

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