会議
櫛夜と奏音の話を友莉が一切を受け入れずに否定した放課後の一幕より。
少々時は遡り、時刻は午後三時半。
三時に六時間目が終了し、掃除を始める生徒、部活動の準備に取り掛かる生徒、委員会の集まりに向かう生徒と廊下が溢れ出し、各々の行動を始める。
しかし生徒の移動も大分収まり、校舎からはどこか穏やかな空気が流れている。
生徒会室に集まる面々も、和やかに、ただ自分の為すべき事は頭でイメージしながらこの時間を過ごしているのが常だ、が。
(全く、穏やかじゃあ、ないわよね)
生徒会室にて、綾は一人心労を隠しながら不思議そうな顔で席についている皆を眺める。
綾は所謂上手側、座長の席に着き、そこから順に長机を囲むように座っている。
今いるのは合計で六人。
三年は綾文綾に光瀬光。
二年は夢叶優芽。
一年は綾文弥々に森崎みもりに、織上詩織。
奏音が提案したように、どことなく一緒にいることによって不安の残る櫛夜と綾と弥々は一旦別行動にしている。
シスコンなのは変わらず、しかしその妹に初の恋人が出来たというのだ、荒れないと見積もるのは甘いだろう。
綾は全体のまとめ役として必要、櫛夜と弥々はどちらもそこまで友莉と面識が深いわけではなかったが、櫛夜の方が真面目な話をするには無難だろう、ということで櫛夜と奏音には外れてもらっている。
恐らくは今頃友莉の部活の様子を二人一緒に眺めている頃だろう。
そう考えると、何故かほんのりといらいらする自分がいる。
綾は不思議に思いつつ、全員に向けて話を始める。
今日の議題はもちろん、自分の能力について、奏音の能力について、そして、友莉のことについて、だ。
「じゃあ、皆揃ったわね」
綾の言葉に、うん? と首を傾げるものが二人。
「あの、二年の先輩がいらっしゃらないようですけど」
「友莉先輩に奏音先輩に、櫛夜先輩がいませんよ?」
一年生のみもり、そして詩織が疑問を口にする。
こうしてすぐにでも先輩に向けて発言出来るようになっている辺り、全体としては木曜に顔合わせをしたばかり、今日が三日目にしては順調にコミュニケーションを取れているようだ。
綾は、まさにそのコミュニケーションが苦手な優芽が積極的に後輩と接してくれていることに感謝と更なる期待を寄せつつ応える。
「友莉は今日は部活に出てもらっているわ。それと、櫛咲くんに奏音は別件で外します」
(まぁ、別件じゃないけどね)
綾は心で唱え、しかしいつも通りの態度をなるべく崩さない。
若干近くで妹の恨み言が聞こえてくるような気がしたが、綾は無視した。
「さっきも話したけれど、ちょっと皆に聞いて欲しい話があるの」
「ひょっとして、その三人が今いないことと関係があるのかな?」
「ええ、そうね」
綾の言葉にすぐ反応したのは、同じく三年の副会長、光瀬光。
生徒会役員として動くのは、綾も光も三年目だ。
さすがに綾が物を含んだ発言をする裏側はある程度把握出来るらしい。
櫛夜を除けば唯一の男性である光はしかし、その柔らかな物腰と的確な判断力、穏やかな兄気質で生徒からの信頼は厚い。
光は眼鏡をかけているが、実は伊達眼鏡であることを綾は知っている。
本人曰く、「それっぽい」かららしいが、そんな微妙なジョークが出来るところも含めて、彼の良さなのだろう。
「中々信じてもらえる話じゃあ、ないんだけれど」
と、前置きをしてから綾は全てを話した。
時に弥々もフォローを入れながら、事の発端から、その顛末。
友莉の身が危ない、というところまで、余すことなく、全て。
話をし終えてようやく全員の表情を落ち着いて確認するだけの余裕が出来た綾は、予め話をしていた弥々を除いて、困惑する顔となにやらうんうんと頷く顔の二種類を見た。
「いい顔だね、詩織」
弥々も同様の感想を持ったようで、しかし綾とは別視点からの発言をする。
綾は、弥々そんなところが美点だとも思っている。
中々言い出せないことを、弥々はきちんと口に出来る。
中々気付けない相手の良さを、弥々はきちんと気付くことが出来る。
その自分の良さをもう少し自覚すべきだとも同時に思うのだが。
「なら、友莉先輩を助ければいいわけですよね!」
と、詩織は明るく発言した。
なんとも緊迫感のない発言に、こちらは困惑顔のみもりが言い返す。
「ちょっと詩織、今の話信じれたんですの!?」
「へ、だって友莉先輩がよくないんでしょ?」
「よくないって、その前に」
「みもり、前も後もないでしょ。友莉先輩は今危ないんだから」
「だから、その前の未来が見えるとか、私たちが同じ時間を繰り返している、とか」
どうやらみもりは常識に則ったところ、綾や弥々の言葉をどう受け止めたらいいのか判断しかねているようだ。
綾からすれば当然の反応ではあるが。
しかし詩織は特に何も疑うでもなく、真っ直ぐに言ってのけた。
友莉を助ける、と。
「そう、友莉先輩をだから助けるための話し合いをしたいんだ」
弥々が詩織の言葉を継ぐ。
ますますみもりが妙な顔を浮かべる。
「えっと、弥々ちゃんも、本気なの?」
「うん。本気だよもちろん」
「み、光瀬先輩はどうお考えですか……?」
みもりが今度は光に助けを求める。
実際に話をしてきた綾、弥々、それを簡単に受け入れた詩織に隣であたふたしている優芽を除くと、光しか話せる相手がいない。
その光も、詩織と同系統の表情をしていたわけだが。
焦るみもりはそんなことには気付かない。
「織上さんと同じ感想だよ。侑李さんを助けようって」
「ど、どうしてあんなことをすんなり信じれるんですか……」
光もしっかりと前を見据えている。
(ほんとさすがね光瀬くんは)
綾は光に全幅の信頼をおいている。
一昨年、昨年と彼の功績は確かなものであり、何よりもその柔軟性には綾も助けられることが多い。
しかしまぁ、今回は事が事である。
さすがの綾も、光が未来視なんて存在をこうもあっさり認めるとは思っていなかった。
「正直なところ実感はないけどね。心の底から信じたわけではない。けれど、綾文会長が下らない上に侑李さんが傷つきそうな嘘をつく気もしないし」
「って思ったよりは辛辣ね光瀬くん」
思わず綾は突っ込んでしまう。
嘘だとしたら下らない、と言ってのけた光は、恐らく本心からそう言っている。
適度に厳しい言葉は、適度に人との距離を測れる光なりのコミュニケーション法なのかもしれない。
「それに体育祭の準備をやめるわけにはいかない。そしたらどの道安全対策は必須だし、現実に事故が起こるかもしれないと思って動くことは重要だよ」
綾への信頼と現実的な運営方針、という感情面と事実面の双方からのフォローを入れる光。
これが一瞬で判断出来るのは、常日頃から生徒会役員として、一生徒として、色々に思考を巡らせているからであろう。
みもりもここで思案顔になる。
説得されているわけではない。
が、『起こらないと想定して動いて何か起きる』よりは『起こると想定して何も起こらない』方がよほど比較するべくもなくマシであることは自明である。
高校に上がってから一ヶ月程度しか経っていないみもりら一年生の間でも、あることないこと噂が流れる綾文綾が本気で『事故が起こる』と言ったのだ。
光の言うように、確かに綾が無意味な嘘を言う性格には思えない。
みもりは不服そうな顔を崩すことはないまま、ひとまずは回答する。
「わかりました……信じたわけではありませんが、騙されたと思っておきましょう」
「みもりちゃんッ!」
「みーもりっ!」
そしてそのみもりの回答に満足気な一年生二人、弥々と詩織がみもりに向かってぴょんと飛びつく。
というよりも、抱きついた。
「ちょっ、なにするんですの!?」
「おぉ、なんだか肌触りが良くなっている……!」
「なに言ってるの詩織!?」
「ほんとだー、ほっぺた気持ちいー」
「弥々ちゃんもやめてってば!?」
そんなみもりの悲痛な叫びは弥々と詩織に届くはずもなく。
たっぷり愛でられたみもりはやつれたようにぐったりと机に突っ伏す。
そんなみもりの横から再度弥々が声をかけた。
「ねぇねぇ、みもりちゃん」
「なに、もう勘弁してよ弥々ちゃん?」
「それはまた今度の機会にするけどさ」
「今度も是非やめて頂きたいところなのだけれど……」
「名前」
「へ、名前?」
「やー、二人は『みもり』と『詩織』って呼び捨てにしてて、なんていうか、いーなーって。その、思っているのです」
頬を少し朱に染めて、みもりと詩織のことをちらちらと横目で見るようにしている弥々。
そんな仕草を見て、今度はみもりと詩織が顔を見合わせて、無言でにやりと意思疎通を行った。
そして弥々に抱きつく。
「なんだよー。かわいいなー弥々は」
「さっきの仕返しです、弥々」
「あぅぅ、いやいやッ、なにさ二人とも!?」
二人に密着され、あちらこちらを触られている弥々は嫌がる言葉に反し、中々に嬉しそうである。
どうやら名前を呼び捨て合うことを羨ましがっていたらしい。
「そんなことをあれだけ恥ずかしそうに顔を赤くして可愛く言える弥々ってなんなのかしら。天使?」
「声出てるよ綾お姉ちゃん」
「詩織ちゃんもみもりちゃんも、弥々のことよろしくね」
「うん、それでこそ外面の綾お姉ちゃんだよッ」
「酷い言い草ね」
綾の弥々への愛が過ぎるのはいつものこととして(逆も然りだが)、ほんの少し、一年生同士の仲が良くなったところでみもりが話を戻す。
友莉の話だ。
「とりあえず、よくわかりませんけれど、信じてみることにしてみます。私だって友莉先輩が酷い目に合うのは嫌ですから」
「みもりはツンデレだね」
「真面目な話をしている時くらい静かにしていなさい詩織」
「みもりはツンデレだね」
「同じ事を二度も繰り返さないの弥々」
話をすぐには戻せない弥々と詩織の姿もあったが。
さておき、みもりも現状維持という見解ではあるものの、ひとまずの助力をするには惜しまないという答えを出した。
綾としては上々である。
綾はこの場に残っている最後の一人、優芽に目線を向けた。
問題となっている友莉と同学年で、去年一年間もずいぶんと生徒会を支えてくれた心強い彼女のことだ。
多少人付き合いが苦手な面もあるが、最近はそれも解消しようと頑張っているし、何より、彼女は名前通り、優しい心の持ち主であることを、綾は知っている。
いや、綾でなくとも同じ二年生の友莉と奏音、及び去年一緒に生徒会運営を行っていた光ならばそうであることを知っている。
誰よりも優しい彼女は。
誰よりも人思いで。
誰よりも傷つきやすいのだ。
そんな優芽ならば、全く問題なく協力してくれる、と綾はそう踏んでいたのだが。
意外にも挙動が不審なように見える。
いつもハキハキとしているわけではないのだが、それにしたってなにかがおかしい。
生徒会での彼女は大分普通に喋れるようになっているし、後輩に対しても、そもそも詩織とみもりを勧誘してくれたのは優芽なのだ。
(ひょっとして、何かを知っている――?)
綾は頭でそう考え、しかしいつも通りの冷静な自分のままに発言する。
「優芽ちゃんはどうかしら? 信じてもらえる?」
「あっ、え、と……」
慌ててちぐはぐな言葉を発した後に、優芽は大きく深呼吸をして、何かを言いたげに黙り込む。
そんな彼女の背中を、綾は押す。
「良いのよ、何でも言って?」
その言葉に優芽は小さく頷き、ようやく口をはっきりと開きだす。
そうして発した言葉は。
「わ、私が、時間を巻き戻しています……その、ごめんなさい」
一斉にこの場を凍らせるには十分すぎるほどの破壊力を持っており。
静寂に思考までもが静止する。
優芽の発言を全員が咀嚼し理解するまでにどれだけの時間を要したか、誰も計ってはいないのでわかるはずもないが恐らくは人としてあるまじき時間分くらいは静止していたことだろう。
ゆっくりゆっくり言葉を噛み締めて、そしてほぼ同時に驚く。
「「「「えぇっっ!!??」」」」
生徒会室に今までにない爆音が響く。
生徒会室付近の廊下にいた生徒がびくっと体を震わせたことなど、当の本人達は気にする余裕もなく。
ただ混乱の渦に身を委ねていた。
やっとのことで光が反応を返す。
「えっと、夢叶さんが、時間を巻き戻している、巻き戻す能力を持っているってことかい?」
「あの、は、はい」
優芽が今度は大きく頷く。
そのやりとりで、綾もようやく正気に戻る。
無論、本当に正気を失っていたわけではないが。
「えっと優芽ちゃん。そしたら、やっぱり、この今ある世界は、つまりループしているの?」
「た、たぶん、そうだと思います」
「たぶん?」
綾は首を捻る。
本当に優芽が時間を戻しているというのであれば。
この世界は何度も繰り返している。
その回数も。
理由も。
全てが明らかになるではないか。
綾は思わぬ事実にある意味興奮し、その上で優芽の微妙な表現が気になった。
「あの、わ、私、時間を戻すことは、で、出来ます、けど」
「けど?」
「そ、その、記憶が、ないんで、時間を戻す前の。『時間を戻した』って結果以外は」
「……えっと、つまり」
一瞬詰まる。
よくよく考えてみる。
時間を戻すことは出来る。
だが、『時間を戻した』ということ以外、時間を戻す前の記憶がない。
それはつまり。
時間を戻したい事件が起きたとして。
それをとめるために時間を巻き戻したとして。
戻ってきたこと以外には何も覚えていないというのならば。
時間を戻したい事件は、再び起こるのだろう。
起こってしまうのだろう。
時間を戻したい、と本当に感じる出来事などそうそう起こるはずもない。
そういった出来事は得てして、急に起こるものだ。
例えば。
大事な友人が、目の前で大怪我を負い、二度と歩けなくなってしまう事故のような、だ。
「なるほどね。そしたら優芽ちゃんは、どうして自分が戻ってきたのか、その理由は知らなかったわけね。今の今までは」
「は、はい。今わかりました。たぶん、いえ絶対!」
優芽が珍しく声を張り上げる。
「私は、友莉ちゃんを、助けたかったんだ!」
その目には、微かに涙が浮かんでいる。
その場の誰もがわかっていた。
優芽は先ほどおどおどしていたわけではなかった。
自分を責めていたのだ。
謝っていたのだ。
もっと早くに、自分が戻ってきた理由を知ることは出来なかったのか、と。
自分自身で思い出すことが出来なかったのか、気付くことが出来なかったのか、と。
そして。
時間を巻き戻す前の自分が、友莉を助けられなかったことを、強く後悔したのだ。
「うん、そうだね。ちゃんと、助けないとね」
綾が優しく優芽の頭に手を乗せる。
頭を撫でられた優芽はそのまま泣き崩れた。
その場の誰も、その泣き声を邪魔することはしなかった。
優芽が泣き止むまで、誰も喋ることはなく、ただ自分の想いを零す彼女の姿を優しく見守っていた。
それから数分、優芽が泣き止み、落ち着くと、優芽の方から話を始めた。
「私は、一応、好きなタイミングで、時間を巻き戻すことが、できます。でも、時間を戻したって事実しか残りません。だから、本当に時間を戻せているのかどうか、よく……」
「なるほどね、私と奏音ちゃんの未来視に似ているわね、自分の能力の確証を得られない辺りは」
(ついでに言えば、ジャンケンで勝つことの出来る櫛咲櫛夜の能力もまた、自身の能力に確証を得られないのよね)
綾はそんな自分達の持つ、非現実的な力にある種同様のルールがあることを不思議に思う。
自身の能力が本当に発動したのか、確証は得られないというのに、「そうである」という自信が揺らぐことはない。
まるで、自分にその能力があることがわかりきっているから、だとでも言うかのように。
能力の確証を得られないことに加えて、一定の制限があることもまた疑問である。
櫛夜の能力は二人きりしかその場にいない時には発動しない。
綾と奏音の能力は任意に発動することが出来ない。
優芽の能力では記憶がほとんど失われてしまう。
思い通りに扱えない、というところが一応の共通する点だろうか。
なんにせよ、これだけ同時にたくさんの能力を持っている人間がいるのだ。
どうやら自分達の直面している問題も現実味が増してきたと綾は感じる。
「でも、だからね。皆力を貸して欲しい。友莉に怪我なんてさせないように」
綾の言葉に、誰もが頷く。
そこに光から提案がなされる。
「そしたらまずは侑李さんに直接説得しに行った方がいいよね。僕が行こうか?」
「大丈夫。実は今ここに櫛咲くんと奏音ちゃんがいないのはそのためでね」
「あれ、どういうこと?」
綾は、これから陸上部の終わった友莉を捕まえて、櫛夜と奏音が話をする算段だということを話す。
光はわかったようなよくわからないなというような、妙な顔をした。
さすがに綾も光のそんな顔を見逃さない。
「えと、なにかしら?」
「あぁいや、それなら部活終わった後だろう? どうしてまだ全然部活動中の今も、櫛咲くんと狩野さん、ここにいないのかなって」
綾の顔が曇る。
その理由は、つまり、かなり、個人的なものであり。
話しづらい。
「あれよ。一応いつ終わるかわからないから、ちゃんと見ておいて欲しいって。確実に今日中に話が出来るようにね」
話しづらかったのでそう言って綾はごまかした。
が。
そうとはさせない少女がここに一人。
「いえ、私と綾お姉ちゃんと櫛夜先輩の関係が微妙なのでここでは一旦引き離すべきだと奏音先輩が判断しました」
そう言って表情を崩す弥々。
密かに爆弾が投下されようとしていることを、他の皆は気付かない。
だから、誰にも止めようがなかったはずである。
「やー、私、櫛夜先輩とお付き合いすることになりまして。その、関係が微妙に」
「いやあぁぁぁぁぁっ!?」
その後。
友莉を助けるための話し合いを再会するのには。
綾の暴走と。
怯む優芽と。
冷やかす詩織と。
黙って見守る光と。
綾と対決する弥々。
それら五人を引き戻す必要があり。
そのためにたった一人。
みもりの尽力が必要であったことは言うまでもない。




