繰り返したいなんて
「櫛咲くん、綾文会長来てるよ」
勢いよく櫛夜が顔を上げると、見慣れたクラスメイトがやや呆れ顔で櫛夜を見下ろしている。
櫛夜がぼんやりと教室の時計を見れば、既に昼休みに入っていた。
あれこれと考えごとをしている内に授業四時間分が終わったようだ。
「もしかして、何度か呼びかけてくれてたか?」
いつも綾の訪問を伝えてくれている彼女の苦笑いを見て、櫛夜は恐る恐る尋ねる。
彼女はますます微妙な顔を浮かべた。
「櫛咲くん、随分考え事してるみたいだね」
そんな彼女の返答は、少しずれたものだった。
つまりは肯定である。
「ごめん、ちょっとな」
「いいよ別に。ほら、会長待ってるって」
「あぁ」
櫛夜はまだ良くは回っていない頭ながら、礼、というか簡単な謝罪を伝えることは忘れずに、席を立つ。
教室の入り口で、やはりいつも通り綾が立って櫛夜を待っているのが見える。
「このやりとりも、なんだか繰り返して慣れてきたね」
そんな櫛夜に、彼女は笑いかける。
櫛夜としてはいい加減、彼女の名前を知っておきたいところである。
いや、集中していればどこかしらで必ず呼ばれているはずであり、そうした機会に覚えておこうと櫛夜自身も思っているのだが。
如何せん櫛夜が教室での雑多な会話に耳を寄せる機会はそう多くは無かった。
「同じようなことを繰り返しちゃうのは、何でだろうな?」
特に意識したわけではないのだが、思わず櫛夜は他愛も無い彼女の会話に、意味深な返答をしてしまう。
言ってから、
(今のはおかしかったか)
と後悔したものの、特に彼女は気にした様子でもなく。
けろりとした表情で、雑談の一ページとばかりに軽く返してきた。
「繰り返したいのは、その先にやりたいことがあるからなんじゃない? 勉強なら繰り返し復習してテストでいい点が取りたい、とか」
そんな彼女の発言はしかし、櫛夜にとってはかなりに興味深いものだった。
自分たちが同じ時間をループしているかもしれない、と旦夕に迫る状態の櫛夜達である。
なるほど、繰り返すのは、その先にやりたいことがあるから。
その言葉はすんなりと櫛夜の中に入ってくる。
「勉強以外でも、スポーツとかでも同じかな? 基礎練習を繰り返して、最後は試合に勝ちたいもんね」
「そうだな……確かにそうだ」
「そんな真剣に聞かないで欲しいな。テキトーに話してるんだから」
「そうでもない。テキトーに聞いてるって」
「本当かなぁ……まぁでも」
そこで急に彼女は大きく伸びをした。
手もぴんと上に伸ばし、背伸びもして、「ん~っ」と声でもない声を漏らす。
そのなんでもないような行為がしかし、意外と艶やかに感じられるのは、彼女の少しだけ大人びた雰囲気から来るものだろう。
「こうして繰り返し話しかけているのは、なんでだろうね?」
「はぁ?」
「繰り返した先で、もっと櫛咲くんと仲良くなりたいのかも、しれないね」
「……はぁ」
冗談なのか、本気なのかよくわからないその言葉に、櫛夜は曖昧な空返事しか出来ない。
「それじゃ」
雑談は終わり、とばかりに彼女のほうも元の席に戻っていく。
櫛夜も「あぁ」と返事をして綾の元へ向かう。
ほんの少しの違和感を、なかったことにして。
昼休み。
生徒会室。
先週は火曜から金曜までの四日間、櫛夜と綾は二人ここでご飯を食べつつ作戦会議を行っていた。
と、言い切れない辺りが櫛夜の無関心さの顕れであり、綾の甘さそのものなのかもしれないが。
しかしながら、今日はこの場に倍の人数が着席している。
綾、櫛夜に加えて、奏音と弥々がそこにはいた。
恐らくは今朝の話をより具体策を考えること、そして更なる協力者として弥々も呼んだはずなのだろう。
だが摩訶不思議な四者四様の視線が飛び交う。
視線がまるで射線の如く、互いを牽制し合っているかのように。
それだけで火花を散らしているかのように。
「えーと、綾文会長? 弥々ちゃん?」
奏音がようやく、口火を切る。
「その意味の分からない威嚇の交換はそろそろやめて頂けませんか?」
威嚇の交換、とは上手い表現だ。
現在席についている四人の配置は、適当に座って、綾と奏音が隣同士になりそれと向かい合うように櫛夜と弥々が座っている。
そして、弥々は椅子を櫛夜にくっ付けている。
というか、体を櫛夜にくっ付けている。
端的に言って綾はそれを睨みつけ、弥々と櫛夜を交互に呪っているようだ。
弥々はそんな目を向けてくる綾を挑戦的な態度で迎え撃っている。
「どうしようとも私の勝手だよ、綾お姉ちゃん」という心の声が駄々漏れなのが不思議である。
そして視線に挟まれた櫛夜は、冷や汗が止まらない。
「あ、あぁ、奏音の言うとおりだ。昼休みは短い、だから、その」
「ねぇ、弥々から離れてくれないかしら。櫛咲くん」
「ううん? 私が櫛夜先輩にくっ付いてるんだよ、綾お姉ちゃん?」
「もうどうにかしてくれないかしら櫛咲くん」
四者四様に。
それはもう、天変地異がその場で吹き荒れているかのように。
それは、もう……。
と、四人が落ち着いて話を進めることが出来るまでにどれだけの時間がかかったのかはあえて言及しないでおくが。
ようやく、奏音が本題を話し始める。
「まずは、弥々ちゃんに聞いて欲しい話があるのだけど」
「へ、私ですかッ?」
と、少しだけ驚く弥々だが、奏音の真面目な雰囲気が伝わったのだろう、すぐに真剣な眼差しになる。
ともすれば、この時点でその後の話の内容も予想していたのかもしれない。
綾と奏音に未来が視えること。
友莉が傷ついてしまうかもしれないこと。
そんな時間を繰り返しているかもしれないこと。
それらを奏音がわかりやすく順序立てて話していく。
ループしてはいないだろうか、と櫛夜に言ったのは弥々であったこともあり、それほど大きな衝撃はなかったらしい、聞き終わった後も呆けた表情を少しもしなかった。
「それで、どう動くつもりですか?」
次の動きを弥々が尋ねる。
それには綾が応える。
「まずは友莉ちゃん抜きで話しておきたいのよ」
「そのための段取りとして、今日は友莉さんには陸上部の方に出て大丈夫なように伝えておきました」
「ありがとう。奏音ちゃん」
綾と奏音が矢継ぎ早に状況報告を済ませる。
奏音はどうやら、友莉抜きで話し合いの場を設ける準備を既にしていたようだ。
そこで友莉以外に情報を回して集まるようにするのではなく、友莉だけを外すように動けるのは。
頭が回ると言うべきか、女子の闇の片鱗を見ていると言うべきか。
櫛夜としては深追いしたくない部分である。
しかしさすがの仕事の速さは有難く、行動もすぐ実行に移しやすい。
「それはいいですね。ただ」
話を聞いて弥々も思考し始める。
今朝も感じたことだが、さすがに生徒会役員なだけあり、一旦考え出すとそこから始まる議論は驚くほどスムーズに進む。
弥々も凛とした顔つきで、先輩相手に(と言っても姉と彼氏が混ざっているが)物怖じもせずに発言していく。
「やっぱりこれも繰り返していそうなんですよね」
「あぁ、それは確かに」
ループしているのが事実なのであれば。
こうして悩んでいる、という行動すら繰り返しているかもしれない。
それは今後常に検討しなければならない事案であろう。
それを踏まえつつも、櫛夜は持論を展開する。
「まぁでも所謂一番初め、一週目とでも言えばいいか? 少なくともその時にはこの会話はなかったはず、だろ」
「周回しているからこそ生まれた会話である以上、全く同じことを繰り返しているわけではないだろうってことね」
「はい」
議論が少しずつ進んでいく。
その兆しを見て奏音が今朝に続き、紅茶を用意しようと立ち上がる。
しかし、立ち上がろうとすっと椅子を下げたところで弥々が奏音より早く立ち上がる。
「私がやりますですッ」
「そう? それじゃお願いしようかしら、ありがとう弥々ちゃん」
「いえいえッ」
この反応の良さから察するに、奏音がちらりと周りの様子を伺っていたのを弥々も見ていたらしい。
いや、奏音と同じように弥々も場の様子を常に伺っていたのかもしれない。
互いに見合っていたから、奏音も弥々の真意を分かった上で任せた、ということもあるだろうか。
なんとも気の遣える後輩である。
いっそ気を遣いすぎだろう、と櫛夜は思うのだが。
「櫛夜先輩、どうぞ」
「おぅ、ありがとな」
「いえいえー」
さて、と気を取り直して話を進める。
「まぁ現状、いっそ今が何週目であろうと関係はないようにも思う。だからといって取れる手段は変わらない」
「ただ、それでもやっぱり『普通に思いつきそうな方法』以外の何かは考えておいたほうがいいわよね」
「というと?」
「生徒会メンバーを集める。友莉になんとか話をつける。時間を巻き戻しているかもしれない誰かを見つける。ループに気付けたならすぐに浮かぶでしょう」
「それは、そうですね。今日の内に浮かんだようなアイディアですしね」
今朝も櫛夜は考えた。
普通に浮かぶ対処法ならば、きっと既に試しているのではないだろうか。
本当にループしているのであれば。
櫛夜は周りの三人を見渡す。
綾文綾、狩野奏音、綾文弥々。
三人は馬鹿ではない。
馬鹿ではないどころか、普通よりもよほど頭が切れる。
そんなメンバーが他にも沢山いるのだ。
どこまで信じてもらえるかは話してみないとわからないが、きっとこちらの真剣さが伝われば全てを理解せずとも協力はしてくれるだろう。
であればこそ。
こんなすぐにでも浮かぶ案は、試しているはずなのだ。
そうでなければおかしい。
櫛夜がそう思うくらいには生徒会の役員の面々は有能だ。
ならば。
何が出来る。
何をしなければならない。
櫛夜は思考する。
「ひとまず、放課後には全員に話をしましょう。それと、部活が終わる時間になったら友莉さんにも話を」
「そうだな。でも全員で囲うように話をするべきじゃあないか」
「あまり威圧感を与える意味はないものね。私が一人で話してみます」
「そうね。お願いしてもいいかしら?」
「もちろんです」
友莉と話をするならば、確かに同じ学年で去年一年間共に生徒会役員をやってきた仲である奏音が適任だろう。
「しかし、そうなるとあれですね。俺達も作戦会議しましょうか。どの道生徒会の仕事はこなす必要がありますし」
「それもそうね。仕事のペースは、毎年のことながら余裕なんてないわけだし」
「なら、主な作戦会議は俺達主体のほうがいいですかね。もちろん解決策自体は沢山募りたいものですが」
「かもしれないわね。あまり負担をかけすぎるのもよくないし」
そこにほんの少しだけ不満げな弥々が口を挟む。
「もちろん私もそれでいいけど、そう言ってる綾お姉ちゃんが無理するのはどうかと思うよ?」
元々弥々は綾のことが大好きな、控えめに言わずともシスコンである。
綾の性格は熟知しているし、綾の能力も知り尽くしている。
その弥々が、綾を心配した。
それだけで櫛夜は、現状抱え込もうとしている問題が綾個人の手に負えないような量であることを改めて悟る。
「何言ってるの、私は大丈夫よ。生徒会の皆がいるんだから。もちろんあなたもいるわ、弥々」
「……頑固なんだから」
そう言って拗ねる様は弥々にしては珍しく妹らしい対応だった。
年よりも幼く見えるその仕草に櫛夜は気持ちを落ち着かせる。
「極力、俺と弥々と狩野を混ぜることを約束してください。綾文会長」
「そんなことする必要がある?」
「今の弥々の言葉をちゃんと聞いていたなら、届いていたなら、して下さい」
櫛夜も、そんな弥々の気持ちは尊重したい。
綾を相手に、真っ直ぐに思ったことを口にする。
その気持ちが届いているのかどうか、表情からはよくわからない。
「単独行動なんかしないわよ。仮にも生徒会長なのだから皆の力は信じてる」
「その言葉忘れないでよ。綾お姉ちゃん」
「もちろん」
綾の言葉に、弥々が弛緩する。
弥々の反応を見て、櫛夜と奏音も少しだけ安心する。
「一応言っておくけれど、弥々だってあんまり無理しないでよ?」
「無理? なにが?」
今度は綾があからさまにお姉ちゃん振って話し始める。
しかし、どことなく自分の何を指摘されているのか把握していそうだった綾に対し、今度の弥々は自分の何を言われているのかよく分かっていないらしい。
ついでに櫛夜にも何の話かはわかっていない。
「うーん、あんまりどう伝えればいいんだかよくわからないんだけど」
その綾の逡巡する様に、奏音がなにやら気付くものがあったのか、嫌そうな顔をした。
櫛夜はその奏音の表情に見覚えがある。
ある、と、はっきりと言えるのは、ほんの少し前、ほんの数分前に見た顔だったためだ。
つまり。
姉妹の抗争が始まらんとしているということで。
「あんまりはしゃいで? 櫛咲くんと変なことしたりしないでよ?」
「変なこと? しないよ?」
弥々が急に挑戦的な目つきになる。
(っていうかシスコン姉妹がどうして抗争してるんだ? 綾文会長が俺に敵意を向けるならいざ知らず)
櫛夜が若干的外れな思考を流しつつ。
二人の微妙なやりとりは続く。
「しないんならいいけれど。今は結構ほら、生徒会的にも忙しくなるし、おかしな現象も起きているしちょっと心配かなって」
「そうだね、大変な事態だもんね。大丈夫だよ変なことしないって。お付き合いしている範疇からは外れないって」
ピク、と綾の頬が引きつる。
「そ、それはどうかしら。まだ付き合ったばかりだし、その線引きは難しいんじゃないかしら。あと私まだ弥々の口からは何も聞いていないんだけど」
「あぁ、うん、私櫛夜先輩とお付き合いすることになったんだ。初めての恋人」
「そ、そうなんだー知らなかったなぁ」
「はぁ、俺今朝言いましたよね」
「うるさい」
「ごめんなさい」
「駄目だよ綾お姉ちゃん。私の恋人にあんまりひどいことしないでッ」
「許さない!!! お姉ちゃん許さないわよ!!!」
「櫛咲くん私もう帰っていいかしら?」
「待ってくれ狩野俺を置いていかないでくれ」
「え、私関係ないし」
「ひどいな!!」
「ほらぁ、綾お姉ちゃん。二人が困ってるよぉ?」
「あら、困らせてるのは弥々なんじゃなくって?」
「「二人です」」
もう埒が明かない、と判断した奏音が一つ提案をする。
頭を抱えながら。
「あの、いい加減その小競り合いどうにかして欲しいので、今日きちんと二人で話し合ってください」
「私と弥々で? 何を?」
「櫛咲くんと弥々ちゃんの交際についてです」
「交際? なわけないでしょ私のかわいい妹が交際なんて私が許さない」
「だから! そういうところを含めてちゃんと! 話し合ってください!」
有無を言わさぬ奏音の常には無い大声に、ようやく綾と弥々も落ち着いた。
このときから櫛夜は心の中で奏音のことを『お母さん』と呼ぶことにしたのだが、そのことを公言する機会は今後一切なかった。
なくて良かったとも思っているが。
そして来たる放課後。
櫛夜は奏音と共に陸上部の活動を見ていた。
ここ幸魂高校の運動部は総じて全国有数の強豪ではない。
大会の規模や母数の差はあれど、大体が中途で負けて受験に専念する程度の実力である。
そのため、特筆するほど優遇される部活があるわけではない。
よって狭くは無いが複数の部活動が同時に活動を行えるほどの広さも無いグラウンドは曜日や時間で厳格に区切られて各部活動に割り当てられている。
今日はその陸上部の日、ということらしい。
各々の種目に合わせて次々に走り込んでいく姿が眩しい。
なお、強豪ではないこの学校において、友莉は全国大会に出場している。
それはかなりの快挙であり、友莉はこの学校では随一の有名人である。
この学校、に止まらない有名人と言っても過言ではないだろう。
三階でグラウンドを見渡せる教室である奏音の教室に二人、櫛夜と奏音は窓際に並んで立つ。
教室内には二人の他にも幾人かが残っているが、櫛夜と奏音を変な目で見るようなことはないようだ。
「本当によかったのか。俺もこっちで」
「だって話が進まないでしょ。櫛咲くんがいたら」
「ごもっともで」
「それにまぁ綾文会長に光瀬先輩もいるんだし、任せていても進行に差し支えはしないでしょう」
「それも、ごもっともで」
そう、本来今、つまり放課後は友莉以外の生徒会役員は皆集まっているはずなのである。
集まり、現状をどうにか理解してもらって助力を仰ごうという段取りにしていたのだが。
奏音がそれに苦言を呈した。
つまるところ、櫛夜がいるとまとめ役である綾がまともに機能しない、ということである。
その正論過ぎる奏音の案を、真面目に話を進めたい綾、櫛夜、弥々の誰も否定することは無かった。
そんなわけで渦中の櫛夜は生徒会役員への話からは外れることとなった。
友莉の部活が終わるまでは奏音も生徒会で一緒に議論に参加する予定だったのだが、櫛夜を外した手前、自身も初めから友莉の様子を眺めることにした。
その実務的な流れから櫛夜と奏音はこうして教室に二人いるのであった。
友莉はさすがに、外から素人の櫛夜が見てもはっきりわかるくらいに、速い。
一体どうやって足を動かせば、同じく練習に明け暮れているであろう仲間達とああも差が出てくるのだろうか。
櫛夜は運動がさほど得意ではないのだが。
考えずにはいられない。
果たして部活仲間は、友莉のことをどう思っているのだろうか。
成績優秀。
生徒会役員。
自分達よりも短い練習時間。
だというのに、自分達よりも速く走り、実績のある友莉、という存在。
ついでとばかりに端麗な容姿に加えて誰に対しても分け隔てなく接する性格ときている。
外から見ている分には、友莉に向けられる視線は、敬意であり憧憬であり羨望であるように思えるが。
その胸中ばかりは伺えない。
あのグラウンドには一体どれだけの想いが渦巻いているのだろう。
「はぁ、でもどう話したものかしらね」
「どこまで信じてもらえるかわかんないからな」
自分が大怪我を負うらしい、という話を信じれるか。
そう聞かれて信じれる人は多くないだろう。
いや、普通にいないだろう。
挙句、体育祭の競技を出ないで欲しい、という話をしようというのだ。
気が重くもなる。
「一応さっきまでに出なかった案として、競技を変えてしまうっていう話はなかったけれど。やっぱりそれは難しいかしら」
奏音も同じことを思っていたのだろう、櫛夜にそんなことを聞いてきた。
自分でも、駄目な理由がわかっている風である。
一応律儀に櫛夜は答えておく。
「駄目だろうな。騎馬戦ならまだしも綱引きでもそんなことが起きるんだ、他でも変わらないと思うし」
「ごめんなさいちょっと逃げの発想だったわ。撤回して」
「……そういうこともあるんだな。狩野も」
「あるわよ。だって、友莉は大切な友人だもの」
「……悪い」
「いえ、私こそごめんなさい」
奏音は奏音なりに考えていたのだろう。
なんとか、酷い話を友莉にしないでも済む方法を模索していたのだろう。
櫛夜にもそのくらいの機微は読めた。
だが、言わねばならないことも同時にわかっている。
だから、櫛夜は言わなければならなかった。
自分の予想を。
確信に近いその予想を。
「なぁ、狩野、あんまり言いたくはないんだけどさ」
「前置きはいいわよ、何?」
「たぶん、この話は失敗すると思う」
「……」
この話、が何を指すのか。
そんなことを考えたわけではなかったが。
奏音はそれでも沈黙してしまった。
その言葉は、今最も聞きたくない言葉だったからだ。
「失敗、ね」
「たぶんだけど、話は信じてもらえないし、どうにか出場しないように説得しても上手くいかないと思う」
「……それは、未来視かしら?」
「いやなんとなく、の域を超えないものではあるんだが」
櫛夜も言葉を濁す。
濁した言葉が、放課後の教室の空気すら、暗く染めていく。
「ま、私もそんな気がしているわ。正直ね」
「ま、やるしかないことに変わりはないからな。どういう反応でもきちんと話すべき内容は話しておこう」
「友莉さんがどんな反応するのか、全然検討もつかないから、フォローお願いね」
「フォロー出来るほど話上手くないけどな……」
「大丈夫よ。今こうして話せてるくらいなんだから」
「善処しよう」
そう言いあって、ぎりぎりの所で暗くなりすぎてしまう雰囲気を回避する。
しかし、二人は知っている。
わかっている。
そう簡単に説得が通じているならば。
それこそ同じ時間を繰り返すなんてことなど、起きはしないだろう、と。
であればこの話はきっと信じてもらえないのだろう、と。
わかっては、いる。
その甘い考えは半分当たり。
半分外れる。
もちろん、櫛夜と奏音にとって悪い意味で。




