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確率を操るのは  作者: 安藤真司
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雑談/決断a

 金曜の朝。

 櫛夜はいつも通り起きていつも通り登校する。

 駅から高校までの長く短い道のりを飽き飽きと歩きながら、思考は二人の少女に向けられる。

 先輩及び同級生の事を少女という括りにして良いのか、という疑問すらあるのだがそれはさておき。

 綾文綾は飛びつき綱引きを望み。

 狩野奏音は騎馬戦を望んでいる。

 どちらも具体的なことは話さなかったものの、何か事情を抱えていることはよくわかった。

 正直、櫛夜としては悩んでいる。

 先に話をされたのは綾であり。

 櫛夜も綾に協力すると立場を明確にしているが。

 しかし奏音もそれをわかった上でお願いをした。

 櫛夜は、決める日は今日だというのに、まだどちらに傾くべきか迷っていた。

 実質、櫛夜がジャンケンで勝つことは恐らく決定事項なのだろう。

 いまだ自身の能力に関しては懐疑的な櫛夜であるが、しかし二人きりでなければ確かに負けたことが無いのも事実ではある。

 ジャンケンで勝ち、そして、どちらの味方をするべきなのか。

(わからないな)

 櫛夜はこれまでの人生の反動かのように、ずうっと、悩んでいた。

 

 

 悩んでいる間にあっという間に時は進み。

 またまたお昼休み。

 なんとなく綾が来るのではないかと櫛夜が思い始めた頃に、やはりお出迎えが来た。

 人間慣れればなんとも思わなくなってくるようで、四日も連続でやってきた綾に反応する者はそう多くはなかった。

 まぁ、元々綾は人気者であるため、綾本人に対して騒ぐ者はいるわけだが、櫛夜と並べてどうこう言う者はもうなかった。

 そしてこれも櫛夜にとっては恒例となる、同じクラスメイトからのひと声。

 もう入口から綾が直接呼んでもいいと思うのだが。

 櫛夜が初めから注意して様子を見るに、どうやらこのクラスメイトの方が律儀に綾が来てすぐに櫛夜の方に歩いて来てくれているらしい。

 今日も一言、「ありがとう」とだけ伝え、「いえいえ」と返され、それ以上の会話はしない。

 あたかも同じことの繰り返しかのように、しかし櫛夜としては日ごとに申し訳なさが増すので一言添える進歩はしつつ。

 まぁそもそも別に友人なわけではなく。

 ただこうして、伝達係を買って出てくれているだけなのだ。

 それ以外の場で話すわけでもない。

 櫛夜は依然として彼女の名前を知らないわけなのだが。

 彼女以外の名前もろくに知らない櫛夜である。

 それ以上、話す内容もそもそもないのだった。

 

 

「それで? 櫛咲くんはどっちの味方になるのかしら?」

 綾はまず、そんなことを言った。

 櫛夜は生徒会室で綾と二人昼ご飯を食べていた。

 綾は昨日に引き続き、というより昨日の事があったのでもう隠す事も無く初めから弁当を広げていた。

 櫛夜も隠すことなく奏音がまた、何かしらの過去を抱えているらしいこと、櫛夜にも手助けしてほしいと言ってきたことを全て話した。

 それを受けての第一声が、これである。

「……引き止めないんですか?」

「引き止めて、櫛咲くんの決定に何か影響があるのかしら?」

「ない、とは言い切れないです」

「じゃあ、やっぱり私に味方して欲しいわ。奏音ちゃんがどんな都合を抱えているかはわからないけど、私の為に私の味方をして欲しい」

「ストレートですね」

「それ以外に言いようがないもの」

「さいですか」

 いつものように軽口を言いあいながら、しかし櫛夜はいつものようなキレがない。

 悩んでいる、という事実を伝えるだけでも気分は落ち込んでいる。

 まるで、綾の事を裏切ってしまったのではないか、という感覚に襲われていた。

 どうして自分がそこまで悩んでいるのかがわからない。

 普通に考えれば、綾に協力すべきなのに。

 どうして自分は悩んでいるのだろう。

 さらに言えば。

 今まで関心など持たなかった他人に対して、どうしてここまで親身になって真剣に考えているのだろう。

 櫛夜には自分がわからない。

 自分の感情がわからない。

 しかし、そんなことまで全部を検討していたら時間がない。

 高校生はそうそう暇ではない。

 この休み時間だって、一時間にも満たない程度にしか時間はないのだ。

 そうすればあとはもう午後の授業を挟み、あっという間にジャンケンによる新種目の決定が下される。

「どうすればいいのか、全然わかんないんですよね」

「私から言えることは本当に一つだけ。お願いだから飛びつき綱引きを選んで欲しい、というだけ」

「だけ、ですか」

「だってジャンケンで勝つのは櫛咲くん、あなたであることが確定しているもの。だからあとはそれだけ」

「……凄いですね、綾文会長は」

「何がかしら?」

「だって、こんな風に、人に裏切られても冷静に自分の意見を伝えてきます」

「冷静だなんて。装っているだけで、本当は余裕なんてどこにもないのだけどね」

「そうなんですか?」

「そりゃそうでしょ。私だって、ただの高校生よ。君たちと一つしか変わらない」

 綾は「全く、聖人君子にでも見えた?」とでも言いたそうな表情で話している。

 櫛夜もそれには若干の笑みと若干の皮肉で返す。

「いえ、一つ違えば大きな違いですけどね。高校生には」

「それはなにかしら。私がおばさんに見えるとでも?」

「言ってません。ただの綺麗な先輩です」

「き、綺麗ね……」

「な、そこそんなに反応しなくてもいいじゃないですか」

「反応なんてそんなにしてないわよ……まぁ、それに裏切られた、だなんて思ってないわ」

「はぁ、でも」

「思ってないわよ」

 綾に押し切られる。

 櫛夜としてはかなり後ろめたい気持ちだったのだが、綾にそんなことは通用しなかった。

 櫛夜が悩んでいる、という事実は事実として、しかと受け止めるだけの器を持っているようだ。

「そのかわり、しっかり考えて欲しいわ」

「もちろん、残り少ない時間ではありますが、色々考えてはみます」

「繰り返すけれど、私は断固として、飛びつき綱引きをやらなければならないと思ってるわ」

「はい」

 そこまでで綾としては全て言いたいことは終わったらしい。

 大きく息を吐いて、これまでの真面目なトーンから一転、柔らかな口調に戻る。

「ところで櫛咲くん」

 しかし、その声色はどこか、黒い。

 櫛夜はすぐに昨日の情景を思い浮かべた。

 恐らくこの柔らかさは。

 シスコンモードだ。

「昨日、弥々に何を貰ったのかしら?」

 櫛夜の予感は当たる。

 ここ一週間、当たりすぎる勘の方がよほど能力なのではないかと思わざるを得ない。

 それほどまでに綾の動向を注視している、ということなのだろう。

 櫛夜に自覚があるのかどうか、余人にはわからないが。

 ちなみに、昨日弥々に貰ったもの、とは、弥々が勝手に櫛夜の制服に忍ばせた手紙のような、メモ書きのようなものを指している。

 弥々がその際綾に向かって、「内緒」であると宣言している。

 もちろん櫛夜もその中身を校内で見ることは無く、家に帰ってから落ち着いて中身を読んだわけだが。

「いや、弥々が言っていないなら、俺から言うわけにも……」

「やっぱり、何かそういうことなのね?」

「……」

「無言は肯定と受け取ります」

「そういうことじゃないです」

「否定は嘘だと受け取ります」

「肯定することは出来ません」

「肯定しなさい」

「もう答えを決めてかかっている疑問を投げるのはやめてくれませんかね」

「あら、違うというなら否定すればいいじゃない、物的証拠の提出は大歓迎よ」

「否定は嘘だと取るんじゃなかったのか……」

「口先だけの否定に意味はないもの」

「はぁ」

 綾は真剣そのものである。

 どれだけ妹好きなんだこの姉。

 と、櫛夜が思うのは仕方がないだろう。

 その陳腐な感想も出尽くしたように思える。

「いえ……まぁ実際すぐにわかることではあるんだと……思いますけど」

「……どういうことかしら」

「綾文会長、目が、目が怖いです」

「はっきり、言ってもらえるかしら?」

 櫛夜は更に数秒悩み、追加で数秒綾の表情を伺い、そしてついでに数秒思案して。

 この姉妹に思考のリソースを割いているのが面倒くさくなり、言ってしまう。

「日曜日、午前十時に、枸杞(くこ)駅に集合、出来る限りおしゃれをしてくること、高校生らしい事が行える程度にはお金を持参すること」

「……はい?」

「これが文面の全部です」

「……それはつまり、デートってこと? 日曜日に? 二人で?」

「デートとは書かれていないので、なんとも」

「だって、お、おしゃれして、お金も持って、枸杞駅に集合? それがデートじゃなかったら何がデートなの?」

「いや知りませんけども……」

「……行くの?」

「……まぁ、連絡先知らないんで、今日何も話せなければ、行くしかないかと」

 なお、枸杞駅とは綾文家からはやはり数駅離れた、しかしこの幸魂(さきみたま)高校周辺では最も開けた駅である。

 何やら堅い漢字が並んでいるのは土地柄なのか、何か歴史的にあるのか、櫛夜は興味を持った事も無いので知らず、またほとんどの学生が知ろうとはしていない。

 枸杞はただの植物名である。

 高校生にはやや難読なのかもしれないが、綾などに言わせれば高校周辺の駅名の意味くらいは知っておいて然るべきである、とのことだ。

 どうして駅名に植物の名前が冠せられているのかは、さすがに綾以外に知っている人がそういるとも思えないが。

「そう、そうなの、ふふ」

「な、なんですか?」

「阻止」

「やめて下さい危ないな」

「いえ、うーん、いえ、嘘だけど」

「何か? もちろん、遅くにはならないですよ。あー、親御さんに話をしていない可能性を思って今こうして話しましたけど」

 もちろん嘘である。

 しかしそれには綾は答えない。

「本当に、どう思ってるのよ弥々のこと」

「現状どうも思っていない、というのが偽らざる本心です」

 ここはしかし嘘は吐かない。

 吐く必要もない。

 櫛夜は脳内に繰り返す。

 何度でも確認するように。

(まだ、出会って一週間だって経っていないし、な)

 逆にそうでもしなければ、自制できないのではないか、と無意識に考えてしまうほどに。

 櫛夜は生徒会の面々の事を好いていたらしい。

 綾の指摘したような特別な感情があるわけではないが、しかし十分、これまでの櫛夜からは考えられないほどに短期間で親しくなっている。

 だからこそ、櫛夜は距離感がわからない。

 このよくわからない何かがどこから生まれてくるものなのか、それが何を意味しているのか、自分で分からないものを表現することは難しい。

 そしてわからない以上は、その先に進むことは出来ない。

 櫛夜はそんな風に考えている。

 それをどうとも思っていない。

 人間関係、そう簡単に進められるはずもないだろう。

 そもそも容易に進められるようであれば、ここまで孤独にやってきていない。

 櫛夜はそんな風に、ある意味、楽観的に今を生きていた。

 思考が停止してしまっていることにも、気付かない。

「どうも思っていない、か。それはあんまり聞きたくなかった言葉だな」

「でも、正直なところです」

「そかそか。それならよろしい」

「今日は珍しくあんまり突っかかってこないですね」

「一応弥々の想いくらい、尊重はしているわよ。それが一時の気の迷いなのかどうか、判断材料がないものだとしてもね」

「ですね。俺から見てもあれは、そういうものじゃあないんだと、思いますし」

「それにしても……なんていうか、変わり映えしないわよね私たちの会話」

「はぁ、基本弥々の話はループしてますよね」

「ループとか言わないでよ」

「いやだって、全くおんなじやりとりをしてますし……」

「櫛咲くんがおんなじような事言うからでしょ」

「綾文会長が同じようなキレ方で話聞かなくなるからじゃないですかね」

 このやりとりこそ散々繰り返されている。

 そんな不毛な事実に気付いた二人はこの話題を一旦切る。

 生産性の欠片もない。

「後は任せるわよ。櫛咲くん」

「……それ、弥々の事ですか? それともジャンケンの後の事ですか?」

「両方」

「そうですか」

「うん」

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 二人の昼が終わる。

 そして訪れるは、決戦の、放課後。

 ここ生徒会役員室に一同は集結していた。

 

 綾文綾。

 光瀬光。

 櫛咲櫛夜。

 狩野奏音。

 侑李友莉。

 夢叶優芽。

 綾文弥々。

 織上詩織。

 森崎みもり。

 

 以上、九名による。

 大ジャンケン大会。

 勝者はただ一人。

 賭けるものは、来たる体育祭にて導入される女子の新競技の行方。

 片や騎馬戦。

 片や飛びつき綱引き。

 刹那の駆け引きか、あるいは瞬発的な閃きか。

 起こりうる場合の数は、三の九乗通り。

 果たして起こるは、一度で決まるものか、あるいは何度も何度もあいこを繰り返すものか。

 綾が言葉を紡ぐ。

「いくわよ……泣いても笑っても、このジャンケンで勝った人の意見に従う。いいわね」

 弥々が間髪入れずに返す。

「もちろん」

「ええ……じゃあ、せーのっ!!」

 全員、一斉に手を振りかぶる。

 その瞬間。

 櫛夜は頭に念じる。

 いまだ信じることが出来ていない、自らの能力が、せめて今だけは発動してくれるように。

(一回入魂)

 直後、全員の声が重なる。

 

「「「「「「「「「じゃーんけーん」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「ぽん!!!」」」」」」」」」

 

 …………。

 九人、思い思いに手を出す。

 結果は。

 勿論。

「櫛咲くんの……一人勝ち……ね」

 櫛夜のみが、グー。

 そしてそれ以外の八人が、チョキ。

 九人によるジャンケンで、一度目で一人勝ちする。

 そんな、並々ならぬ確率の壁を乗り越え、櫛夜の能力は発動した。

 綾が、ゆっくりと声を続ける。

 奏音も櫛夜の様子を心配そうに見ている。

「珍しい結果だけれど、まぁジャンケンはジャンケンだからね」

 心にもないことを綾は付け加え、すぐに本題に入る。

「それじゃあ、櫛咲くんは、どちらにするのかしら?」

 櫛夜はそして。

「はぁ」

 と、声とも息とも取れるような何かを吐き出して。

 予め決めていた答えを、宣言する。

 

 

「俺は、騎馬戦に、二年生の案に一票を入れます」

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