役員揃いの放課後
そして木曜日、その日の放課後。
櫛夜は今日も再び奏音に付き従って、奏音の手伝いをすることとなった。
ついでに、生徒会室には大きな変化が訪れていた。
綾が櫛夜に対して昼休みに言っていた通り。
「一年の森崎みもりです。先輩たちみたいに動ける自信はまだないですが、頑張ります」
「同じく私、一年の織上詩織です。あの、ずっと憧れていたので、嬉しいです。よろしくお願いします」
二人の一年生が、生徒会役員として加わった。
櫛夜は直接は見ていないが、奏音ら二年生に加え、弥々の説得でようやく生徒会役員になることを決めたらしい。
だがもちろん、二人とも初めからやってみたくはあったのだろう。
そうでなければ勧誘を続けたりはしないはずだ。
綾の言うように、出来の良すぎるメンバーの中に自分が入っていく、という行為は高校生には難しいものである。
勧誘の仕方も考えたものであったのだろうが、しかしその重圧を押し切ってこうしてやってきた一年生はそれだけで骨があると密かに上級生からの評価は既に高い。
森崎みもり。
こちらはそこそこ上背がある。
奏音くらいあるだろうか。
その奏音の身長を櫛夜は把握していないので、相対評価しか下すことは出来ないが。
正面からみて右側に三つ編みにした髪を垂らしており、佇まいには清楚な、より詳しくは母性を感じさせるようなものがある。
その心は。
つまり。
大きい。
何とは言わないが。
そしてその横であせあせとしているのが、織上詩織。
こちらは少し目つきが鋭いが、嬉しそうな顔に八重歯が覗き、根は真面目であることが伺える。
毛先が丸まり、櫛夜の貧相な語彙でいう所の『大学生っぽいふわふわな髪』のようになっている。
背丈は平均よりもやや低めで、みもりと並ぶと歳の離れた姉妹のようになっている。
事実、二人は昔からの幼馴染らしい。
「二人ともよく決断してくれたわ。ありがとう、よろしくね」
綾の言葉に感慨深そうに返事をするのは、詩織だ。
「は、はい! 頑張ります!」
「詩織、あんまり気を張り過ぎないの。そうやっていつも失敗するんだから」
「う、そうだね……」
「挨拶に失敗するの! すごいね詩織!」
「やめて下さい友莉先輩それ地味に心を抉ってます」
「よろしく、ね?」
「はい、よろしくお願いします優芽先輩」
優芽もみもりと詩織に優しく話しかけている。
櫛夜としては結構不思議な光景である。
優芽は基本人見知りであり、こんな風に話をするのは苦手なのでは。
そんなことを思っていると綾がその櫛夜の様子にすぐ気づき、説明を足す。
「実はこの二人をメインで勧誘してくれたのは優芽なのよ?」
その言葉に優芽は恥ずかしそうに縮こまっている。
「へぇ、ストレートな感想ですが、意外ですね」
「優芽なりに考えがあって志願してくれたの。単に自分のステップアップ、って以上にね」
「そうなんですか」
「まずは、さっきも話したでしょう。二人とも、こう、委縮してしまっている節があって」
その綾の言葉にみもりがすぐに反応した。
「いや、先輩相手に委縮しない方が変です。というか櫛咲先輩はだから変です」
「はぁ……え、俺?」
「櫛夜先輩が変なのは満場一致だから大丈夫です。でも先輩には私がついてますですッ」
「いや待て弥々。全然フォローになってないどころか普通に悪口になってるぞ」
いきなり初対面の後輩に変だと言われた挙句、少し仲良くなった(と思う)後輩にも同じく変だと言われた櫛夜はさすがに抗議の一つもしたくなった。
しかしながら弥々は露骨に櫛夜にアピールをしている。
そのことについて綾から死刑宣告を受けているかのような目を向けられているが気にしない。
ついでに言えば、弥々のそのような態度も気にしたら負けだと思い、原則無視する方向で行こうと決めている。
が、そんな櫛夜の胸の内など、新入りたる二人にわかるはずもない。
「……弥々ちゃんって、櫛咲先輩と付き合ってるの?」
今のやりとりだけを聞いた詩織が尤もな疑問を口にする。
それが地雷であることもまた、詩織が知るはずもなく。
「そんなわけないでしょう? 詩織ちゃん?」
「へ、でも、弥々ちゃんが男の人の事を名前で呼んでるし、櫛咲先輩も弥々って」
「そんなわけないでしょう? 詩織ちゃん?」
「あれ、弥々ちゃん?」
「うん、付き合ってないよ? まだ」
「そんなわけないでしょうねぇっ櫛咲くんっ!!??」
「はぁ、違いますし」
「いやー櫛夜先輩恥ずかしがり屋なんですから」
「それはどっちかと言えば弥々の方じゃ……今も顔赤いし」
「あ、そんなことより櫛夜先輩はいこれあげます家に帰ったら開けてください」
「え、なにこれ」
「えーと、なんでしょ?」
流れるように弥々が手紙と思われるかわいい包みを櫛夜に手渡してきた。
すっと制服のポケットにそれを収める。
櫛夜はその動きに反応することなく、次に起こるであろう事態に備えた。
「あらー、なにかしらー、何を渡したのかしら弥々ー、お姉ちゃんに教えて欲しいなー」
「ごめんなさい綾お姉ちゃんにも、内緒、ですッ」
「…………」
綾の笑顔が固まる。
その瞬間、櫛夜は視界の端で生徒会室を出ていく他の二年生達が仕事を始めようとし、それに続くようにみもりと詩織も仕事の様子を確認し始める。
櫛夜としては詩織が踏んだ地雷の後始末をされているようで、いっそ冥加に尽きた気分である。
さて、その後荒れる綾を宥めるまでに要した時間は、綾のために伏せておくことにする。
このように六月に抜けてしまう三年生二人、綾に光を除いてもそこそこの人員を確保できた生徒会である。
二年生は全部で四人。
友莉、奏音、優芽、櫛夜。
そして一年生が三人。
弥々、みもり、詩織。
これから先の事を考えても、七人という人数は十分とまではいかないものの、イベント事を運営するにはなんとか最低限以上の人数ではあるだろう。
その役員の中で男子が光と櫛夜のみ、つまり今年度の主たる役員の中には櫛夜しかいないという事実は櫛夜としてはかなり気にしたいところであったが、周りは案外気にしていない。
昨年度も男子は光一人だったのだ。
この光瀬光という男は確かに、比較的大人しい学生の多いここ幸魂高校においても特に尖ったところのない性格で、男女問わず頼られることの多かった。
そのため生徒会役員としても、男一人であるという事実はさほど問題になることはなかった、というか、互いに意識することは少なかったのだが。
櫛夜はまず綾に推薦された、という事実からして悪い方向に目立っていたし、ついでに弥々に振り回された現場を不特定多数に目撃されていることから現在の幸魂高校ではそこそこ有名人である。
もちろん繰り返すようだが、悪い意味で、である。
何はともあれ、こうして役員の揃った幸魂高校生徒会であるが、だからと言っていつまでも自己紹介ばかりで遊んでいるわけにもいかない。
高校生とは高校生なりに中々忙しく、生徒会として動ける時間はかなり限られているのだ。
まずもって、高校生の本分とは勉学である。
これに関しては、多少再考の余地があるのかもしれないし否定批判の声も挙がるのかもしれないが、大多数はそのことを認識の範疇としているだろう。
ここ日本の学生が果たして勉学を好んでいるかと問われれば、それも否定せざるを得ない辺りが嘆かわしくはあるが。
日本という国が行うべきは教育改革というよりも学生の意識改革ではないか、と考える者もいるくらいであるが、なにせ根が深い問題である。
あるいは根が浅すぎて変わりようもない問題なのかもしれない。
本来勉強とは楽しいものである。
いや、これでは表現が悪いだろうか。
本来勉強とは、楽しいと感じた学問を自らの意思で進んで学んでいくべきものである。
だがしかし多くの中学生、高校生にとって、『学問』と呼ばれるレベルの話は難解であり、その上辺をなぞることも結構な労力を要するだろう。
そのために、『学問』とまでは言われない、その基礎中の基礎を多種類学び、自分の興味ある分野を取捨選択していく場、それが主として中学と高校なのである。
よく考えると、中学校までは義務教育として課せられているが、高校という教育機関は自分の意思で向かうべき場である。
全科目を、全ての学問に精通する、なんてことは誰にも出来やしない。
学問は専門性を増せば増すほど、それを理解するのに時間がかかってしまう。
だから、小学校ではまず文字を書くことから始まり、中学の最後までは原則として全ての科目に触れさせられる。
そして義務教育を離れた高校では、自らの意思で持って、自らの進む方向を、学びたい学問を選定することが出来るようになる。
いや、逆に言えば、この時点で既に全ての学問を学ぶことが不可能に近づいていることを示唆している、と言ってもいいのかもしれない。
若干、言いすぎな気はするが、本意は伝わるであろう。
その後大学や大学院と続いていくわけだが。
大学で専門性の高い学問に触れていると、勉学にやる気を持つ者も高校と比べると多いのではなかろうか。
近年多くの理系が通う大学院ともなれば、学びたいものに対して時間がなさすぎる、と感じる学生すら多くいることだろう。
さて話が大きく逸れたが、とにもかくにも、高校生とは本来、学びたいという思いがあって初めて成立すべき教育機関なのである。
勉強だけが全てではないのだろうが、勉強は大事であろう。
その先にすぐに社会に出るにしても、大学に進むにしても、知的好奇心を満たすという行為があることを早めに知っておくべきである。
本を読むこと、スポーツに打ち込むこと、それらは全て糧となる。
しかし、やはり一般には高校生として与えられたことをきちんとこなす、ということは重要である。
そしてここに揃った幸魂高校生徒会役員の面々は総じて、その本分を全うしている者ばかりだ。
六月の引き継ぎまでは会長そして副会長としての職務を行うらしい綾と光はまずもって受験生である。
まずは自分たちの大学受験に向けての勉強が第一で、その上で生徒会を動いている。
櫛夜が噂で聞くところによれば、二人ともレベルの高い国立大学を目指しているとのことである。
そして二年生も、櫛夜含め成績はかなり上位である。
櫛夜はそもそも去年一年間、帰宅部であり、家で家事をする以外に特に趣味もなかったので勉学に割く時間がかなり多かった。
そのため、割に進学校である幸魂でも良好な成績を保っている。
奏音、友莉、優芽は三人共にかなり上位である。
これは本人たちに聞いた話だが、去年から三人で勉強会をよく行っているらしい。
勉強会、とはその名の通り、基本的には自分の勉強を行い、疑問点があれば三人で共有、解決する、という会である。
かのように、生徒会役員だから、成績が良くなければならない、というわけではないのかもしれないが。
やはり一般には生徒会なんてものに属する者は勉学の意味を自分なりに理解している人が多いのだろう。
時間がない中でも、自分磨きに余念がないタイプが多い。
櫛夜はその限りではないが、結果的にはそのような生活を送ることとなっている。
幸魂高校ではこのことも合わさって、生徒会役員は生徒の模範である、という認識が強い。
それがいい事なのか良くはない事なのか、判断することは難しい。
だが少なくとも全く苦でない、ということもなかろう。
彼ら彼女らとて、中身はただの十代の若者なのだから。
同世代の人間に手本にされても困る、という気持ちがない、と言えば嘘になるだろう。
だが、だからこそ勉強に手を抜くことを、しない。
模範であるためではない。
自分がそうと決めた道を進むために。
ある意味意地になってでも、貫き通そうとしているのだ。
そのため、生徒会役員の一日はかなり忙しい。
まず基本情報として、一時間目は朝の八時半に始まる。
もっと言えばホームルームはもう少し早いが置いておくとして。
最後の授業、六時間目が終わるのは三時ちょうどである。
その間、休憩時間はあるものの、それらは決して長いものだとは言えないだろう。
受験生からすればこの貴重な時間も暗記のために使うものがいるわけだが、それも多数ではなかろう。
精神的に休息するくらいの時間しかない、と思うのが一般的であろう。
三時になれば、生徒会としての仕事を始めるのだが。
幸魂高校の生徒完全下校時間は普通夕方の五時半となっている。
これは安全面を考慮して、そしてやや遠方から通う生徒の事を思ってのことだが、これはかなり大打撃である。
仕事が校内では二時間半弱しか行えないというのだ。
もちろんそれだけでイベントに関しての話が煮詰まることはない。
さらに、校内に宣伝、放送する手続きや時期、文面も考える必要がある。
また、集会も月に一度は行われ、部活の表彰や先生からの挨拶、それらの進行は生徒会が行っている。
その段取りも確認する必要が有る。
特にイベント関連については基本、生徒会に一任されているので、話し合いは欠かせないし、昨年までの実績を見ておくことも大事である。
そのためよく学校近くの大きな図書館で集まってもいる。
また、これは全校生徒がもちろん対象だが、六月の半ばには中間考査が実施される。
体育祭が終わった後で気を抜かさないように、という時期の設定らしい。
多くの生徒からはやる気が出ない、と不評なものだが。
生徒会役員としては、別の意味でかなり危険な時期設定である。
つまり、体育祭を終えたら終えたで、本年度の体育祭がどのように執り行われたのか、を資料として残す必要が有るのだ。
そのため、体育祭の前後は役員たちはかなり慌ただしい。
それを知っている者たちでも、余裕を見せられるかわからないほどである。
そうした事情を経験から知っている奏音はそのため、仕事に関してはかなり真面目に櫛夜に教えていた。
櫛夜は役職としては会長補佐であるため、次期生徒会長である奏音の手伝いをしている。
今日はスケジュール管理についてあれこれと動いている。
そう、実際今はもう四月の半ばを超えたくらいの時期であり。
体育祭まで一か月半を切っているのである。
これは毎年のことながら、実務を行う側としては厳しい状況である。
いつまでに何をしなければならないのかを把握することは全体を見渡さなければならない立場としては重要なことである。
また、そのように奏音が櫛夜と動く傍ら、綾は新入生の面倒を見ている。
その中には弥々も含まれている。
せっかく揃ったので適正を見ておきたい、ということらしい。
もちろん役職は立候補があればそれに合わせていくので構わないそうだが、特にそうした希望がないのであれば適当に割り振るしかない。
そしてこういうものは適当、と言って本当にランダムに決めることは後々大変になることが多い。
そこで綾は今日は仕事の話をしながら、三人の興味の対象を含め、ある程度固めてしまおうとしていた。
弥々もこういう場では真面目にしているらしく、一後輩として生徒会長の話に耳を傾けている。
と、櫛夜はそんな一年生の様子を見ていることを奏音に見咎められた。
「ちょっと、櫛咲くん集中してる?」
「あ、あぁ。悪い」
「……もしかして本当に付き合ってるの?」
小声で奏音が付け加えたのは、見当違いの疑念である。
櫛夜も小声で返す。
「本当に違うって」
「そしたら、何を貰ったの? さっき」
「さぁ、俺にもよくわからない」
「まだ見てないの?」
「知っての通り、見ての通り」
奏音が言っているのは先ほど弥々が櫛夜に渡した手紙のようなもののことなのだが、櫛夜もまだ中身を見ていないため、一体なんなのかはよくわかっていない。
確かに気になるのはわかる。
何より櫛夜が一番気になっている。
しかし、昨日に続く弥々の態度を見るに、案外ろくなものではないようにも思う。
ただ、弥々に対しては、櫛夜も多少思う所がある。
というか、事実だけを追うならば、弥々が勝手に自爆した、というだけなのだが。
そうとは思えないような不思議な罪悪感が櫛夜にはあった。
(ある意味女の武器を最大に使われたって感じだよなこれは)
そんな失礼極まりないことを思いもする。
とにかく、どちらにせよ弥々が帰ってから見ろ、というのであれば、櫛夜は帰ってから見るほかない。
「ま、無事に一年生も集まってくれてよかった」
奏音の言葉に、櫛夜はそういえば、と思いだす。
「優芽が勧誘したって、そういえば話が途中だったけど、あれって」
「あぁ、まぁ、そうね。優芽さんは、みもりちゃんと詩織ちゃんが遠慮しちゃう気持ちが良くわかるみたいよ?」
「それって、優芽自身もそうだったからってこと、だよな」
「優芽さん自身もそうだから、なんでしょうね」
奏音は明確に、過去形を消してきた。
その意味がわからないほど櫛夜は鈍くはない。
「そうか。綾文会長に光瀬先輩、だけじゃないんだろうな、きっと」
「きっと、ね。ちょっと寂しいけれど」
つまり、優芽は同級生である奏音そして友莉に対して、委縮しているのだろう。
現在もまだ。
自分を過小評価し、自分は相応しくないのではないだろうかと。
考えてしまっているのだろう。
優芽は優芽なりに去年一年間とそして今、色々と悩んでいるのだろう。
「でも、勧誘してくれたんだな」
「ええ。だから私は、ううん。私と友莉さんは、優芽さんの想いにちゃんと応えないといけないと思っているの」
「そうか」
「結構子どもでしょ、私たち」
「かもな」
「さ、仕事に戻りましょうか」
「あぁ、なんだ、狩野」
「なにかしら?」
「ちょっとだけ、誤解してたよ。狩野の事、悪かった」
「よくわからないけど、いいわよ別に。お互いまだ出会って一週間だって経っていないんだから」
「まぁ、それはそうだけど、期間はあんまり関係ないだろ」
「ならこれから頑張って私たちのこと、きちんと知ってもらえたらいいわ」
「あぁ」
櫛夜は、知ってしまった。
奏音も奏音で。
確固たる想いを持ってここにいる。
それがなんなのかまではわからないが。
櫛夜には聞いてもわからないのかもしれないが。
(ちゃんと、ここに、いるんだな)
そんなことを、知った。
ただそれだけだというのに、櫛夜はえらく頭が回らなくなっていた。
そして、聞いてしまう。
聞かなくても良い事を。
「どうして……体育祭の種目、そうまでして騎馬戦にしたいんだ?」
昨日話は聞いた。
そして、言っていた。
私たちの輪を乱さないで、と。
その真意もまだ聞いてはいないが、しかし、どうしても騎馬戦にしたい理由が、綾に勝ちたいから、だけには聞こえなくなっていた。
生徒会役員が、そんな普通の理由だけで行動するはずもない。
とまでは思っていないが、かなり訳ありな方が多いのではないか、と櫛夜は考えている。
考えるようになっている。
だから、奏音が主張することにも、何か理由がもっとあるのではないか、とそう考えた。
そして、それは。
「少しだけ、移動してもいいかしら?」
「……わかった」
小声で確認し合い、二人はなんということもなく、生徒会室を出た。
もちろん仕事モードに入っている誰も、二人を止めようとはしなかった。
櫛夜は、場を移す、その言葉だけで既に確信を得ていた。
奏音は、何か、別な理由があって綾に対している、と。
昨日に引き続き資料室に二人、隠れるように並ぶ櫛夜と奏音。
もう今更、互いに無駄な探り合いはしない。
櫛夜に関してはそもそも、奏音に対してそこまで探りを入れたつもりもないのだが。
探っている、ということを隠そうともしていないのだから、そう思うことも不思議ではないだろう。
「もうある程度、何かを勘付いているみたいだから率直に話をするけれど」
「あぁ」
長い前置きは要らない。
「飛びつき綱引きは、ね、事故が起こるから」
「ちょっと待て」
櫛夜は反射的に奏音の言葉を遮った。
どこかで聞いたことがあるフレーズが飛び出してきたからだ。
だが、今更隠し事などしない、という雰囲気だっただけに思わず止めに入ってしまった。
「どうかした?」
「いや、あー、悪い、何でもない続けてくれ」
櫛夜もその辺の事情は奏音に話していない、ということを思い出し、次に進める。
「ええ、だから、まぁ難しいところなのだけれど。飛びつき綱引きは、事故が起こるから嫌なのよ」
「……えと、それはつまり?」
「これは、その、友莉さんにも優芽さんにも話していない事なの、だから」
「わかった。誰にも言わないよ」
「ありがとう」
「あぁそれで、事故が起こるからっていうのは、もしかして」
「その、あったのよ。そういうことが」
櫛夜はそれに驚くようなことはしない。
別に驚くほどのことではないからだ。
綾から騎馬戦の話を聞いたときにも思ったことだが、そう、体育祭のこういった全力のぶつかり合いでは、事故は、起こる。
普通に高校生が思っている以上に、だ。
飛びつき綱引きも騎馬戦とは違い、直接的に相手と体をぶつけ合うことは無いのだが。
熱中しすぎると、明確に力の差がある場合にも綱から手を離さずにいて、かなりの距離をものすごい勢いで引き摺られてしまうということがある。
しかし、だ。
これもまた綾にも言ったことだが。
事故が起こる確率は騎馬戦でも飛びつき綱引きでもさほど変わらないだろう。
櫛夜は奏音の目を見る。
綾と同じように、何かを訴えかけるかのような、目。
嘘や戯言で済まそうとしている風には見えない。
「事故でも、あったのか?」
「……ええ。とても身近で大事な人が、ね」
「そ、っか」
何も、言えない。
綾の言葉にも何も言えなかった。
櫛夜には、大切な人が事故によって怪我を負う、その感覚がわからない。
「ねぇ、櫛咲くん」
「……なに?」
「あなたは一応、綾文会長の側というか、明日のジャンケンに勝ったら、飛びつき綱引きにするのよね?」
「ま、まぁそのつもりだな」
奏音は、そこで初めて、今までにないような切羽詰った顔で。
「私の味方をしてくれないかしら」
そう言った。
そして最後に一言。
「お願い」
櫛夜はこうして、二人から同質の悩みを打ち明けられ。
同じ頼みをされたのであった。
ジャンケンによる、新競技の決定は。
明日。




