1話
今日のギルドの午後もいつも通り。
「はい、こちらの依頼ですね。確認します」
「セシルさん、そのあとお茶でもどうっすか?」
「仕事中ですよ」
「相変わらず堅いなあ」
軽く笑いながら、冒険者は肩をすくめて離れていく。セシルは特に気にした様子もなく、次の依頼票に目を落とす。ペンを走らせる音が、小さく乾いたリズムを作っている。
奥の方からは、酒で焼けた濁声が大きく響いてくる。
「だから無茶すんなって、何回言えばわかるんだ」
「わかってますって、バルトルドさん」
「分かってねえから怪我するんだろ。俺みたいになりてえのか?」
若い冒険者が頭を掻いている。バルトルドは足を投げ出したまま、杯を口に運ぶ。酒の匂いが、その一角だけ少し濃い。
窓の外で、荷車の音が遠ざかっていく。誰かの欠伸が溶け、広げられた地図の端が、風もなく微かにめくれる。笑い声も、靴の音も、午後の光の中でどこか遠く聞こえる。
カイムは壁際の席で、それを見ていた。
猫背のまま、杖に体重を預け、自分の杯をゆっくり回す。誰とも話さない。誰からも話しかけられない。ちょうどいい。
扉が開いた。
外の空気が中に入り、埃の匂いが薄く動いた。
入ってきた少年の身なりは粗末で、目だけが落ち着いていない。周囲を一度だけ見回し、まっすぐ受付へ向かう。
セシルが顔を上げる。
「いらっしゃいませ。どうされましたか?」
少年は、少し黙っていた。唇を一度結んで、それから口を開く。
「剣を教えてほしい」
セシルの手が止まった。
「剣、ですか? こちらでは依頼の仲介を……」
「母さんと父さんは殺されたんだ」
ギルドの喧騒が一瞬だけ遠くなる。
「仇を討ちたい。だから、剣を教えてほしい」
近くの席から、誰かが低く笑った。
「またかよ」
「ガキが剣習ったって死ぬだけだろ」
「敵討ちってのはな、口で言うほど簡単じゃねえんだよ」
嘲笑に近い声が、複数重なる。別の席では、誰かがわざとらしく舌打ちをした。セシルが困ったように少年を見る。
少年は、それらの声を聞いているのかいないのか、セシルから目を離さなかった。
「誰でもいい、教えてくれる人がいるなら、誰でも……。金がいるなら働く。だから……!」
その言葉のあと、ギルドの空気がわずかに変わる。
嘲笑していた冒険者たちの視線が、互いの間を行き来し始める。誰かが顎で隣を示し、示された側は目だけで否定する。視線だけが、何度もたらい回しにされていく。
セシルが何かを言いかけた、その前に、不等な足音が近づいてくる。酒の匂いも一緒に運ばれてきた。
「坊主」
「……なに?」
バルトルドが、少年の前で立ち止まった。
「復讐はな、剣を握ったくらいでどうにかなるもんじゃねえ」
「……知ってる」
「それでもやるのか」
少年は一度だけ俯いて、すぐに顔を上げた。
「オレがやらなきゃ……誰がやるんだ……!」
バルトルドは、その目を見たまま、次の言葉を止めた。
嘲笑う声は、すでに止まっている。セシルが二人の顔を交互に見る。若い冒険者の一人が、小さく息を飲んだ。
バルトルドはすぐに何も言わない。ただ、少年から目を外さず、ゆっくりと息を吐く。
カイムは杯を置いた。
「……へえ」
指先で、杯の縁を一度なぞる。口元が、わずかに緩む。回していた杯が、いつの間にか止まっていた。
笑われても、押しつけ合われても、まだそこにいる。
周りは目で押しつけ合ってるだけだ。誰も前に出ねえ。
杖を握り直し、席を立つ。
厳つい親父にガラの悪い野郎どもに囲まれてるっつうのに負けてねえ。
手も足も震えてるのに、こりゃあ悪くねえじゃねえか。
壁に背を預ける。杖の先端が、床を小さく叩いた。
さしづめ、手負いの小狼ってとこか。
あの少年は今、どんな眼をしているのだろうか。
へへっ、と喉の奥で笑いが溢れる。
……へえ、良い覚悟だなあ。




