無慈悲な戦火と灯る覚悟
彼らが合流する前、野営地の反対側では、ティベリウスとトラニオが背中合わせで戦っていた。六人の必死な護衛を相手に、獣の毛並みと鋼が織りなす旋風が吹き荒れる。
回避の一歩、斬撃の一撃に至るまで、ガランの念波が彼らを精密に操り、その意志によってすべての動きが完全に同期されていた。
一人の弩兵がテントの脇に膝をつき、ティベリウスに狙いを定めた。だがその瞬間、フラヴィアの魔力が頂点に達した。彼女は低く、揺るぎない声でその意図を紡ぐ。
「――絶火」
杖から熱波が波紋のように広がる。純然たる焦熱の奔流が放たれ、砦を貫いて射手へと迫った。音に気づいた男が振り向いた時、その顔は恐怖に凍りついていた。だが、引き金を引くよりも早く、劫火が彼を飲み込んだ。
断末魔の叫びさえ、炎に焼かれて消え去った。フラヴィアは術が完遂されるまで、冷徹にその集中を維持し続けた。
一方、同じくティベリウスを狙っていた別の弩兵は、爆発と仲間の絶叫に一瞬だけ怯んだ。そのわずかな隙こそ、ティベリウスが求めていたすべてだった。
人狼が弾かれたように地を蹴る。護衛が放った矢は、彼の毛先をかすめて虚空へと消えた。咆哮と共に斧が低く振り抜かれる。衝撃に耐えかねた護衛は、悲鳴を上げながらテントの中へと吹き飛んだ。
外ではマリーベルが立ち尽くし、膝の震えを必死に抑えていた。杖を握る力は弱まり、足元の詠唱陣は点滅して消えかけている。吐き気に襲われ、今にも崩れ落ちそうだった。
だが、涙で霞む視界の奥で、断片的な記憶が灯火のように蘇った。暴力の嵐の中で、それが彼女を繋ぎ止める唯一の錨となった。
ガイウスが初めて自らの手で暖炉に火を灯した日、ノクタヴィアと一緒に作った豚肉のスープの温かな湯気。食卓を囲んで交わした、家族のような他愛のない笑い声。夜驚症に怯えて眠れないガイウスに寄り添い、暗闇から彼を守るように囁き続けた静かな夜。
(だめよ……)彼女の心の中で、震える声が響いた。(あの子たちを失望させたくない……私にだって、できることがあるはず……!)
荒い呼吸を整え、彼女は背筋を伸ばした。親指の爪を中指の腹に深く食い込ませる。鋭い痛みがパニックを切り裂き、彼女を現実へと引き戻した。震えていた杖が、その手の中でぴたりと止まる。足元の魔法陣が波打ち、今度は拒絶しがたい強烈な輝きを放って再構成された。
彼女は再び杖を掲げた。恐怖と決意に高鳴る鼓動を魔法へと注ぎ込み、全神経をその一点に集中させた。
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テントの中。入り口には、双子月の光を背負ったティベリウスの巨躯が、禍々しいシルエットとなって立ちはだかっていた。喉の奥から漏れる低い唸り声。めくれた唇の間から剥き出しになった牙には涎が滴り、その瞳は慈悲なき捕食者の光を湛えている。
「た、助けてくれ!」護衛は後ずさりしながら、動かない足を必死にバタつかせた。震える手をかざし、惨めに命乞いをする。「持っているものは全部やる……十年間貯めた金も全部だ!
だから、命だけは……俺には家族がいるんだ!」
男の顔を涙が伝う。だが、ティベリウスはテントの天幕を震わせるような、地響きに似た笑い声を漏らした。彼は腰を落とし、恐怖に顔を歪ませる男の鼻先に、その狼の貌を近づけた。
「お前の主が俺に何をしたか……貴様が何を差し出そうと、帳消しにはならん」
憎悪という名の刃で研ぎ澄まされた声が響く。「救う価値があるのは、この惨劇に加担しなかった者の命だけだ」
彼は斧を高く掲げた。刃に付着した血が、薄暗がりの中で鈍く光る。 「――そして、貴様の年貢はとっくに納め時を過ぎている」
「やめろ! 助けてくれええ!」 男がクロスボウで顔を覆い、絶叫した。
重い衝撃音と共に、テントの中には静寂が訪れた。
ティベリウスは斧を引き抜き、物言わぬ骸を見下ろした。荒い呼吸だけが、静まり返った空間に響いていた。
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ティベリウスが射手に飛びかかった時、トラニオは四人の剣士を一人で相手にしていた。鋼の閃光が交錯する中、彼は死の舞踏を舞うように刃の間をすり抜けていく。
『おいトラニオ、加勢は必要か?』 アエリアの声が脳内に響いた。彼女は壁の上で軽食を片付けながら、余裕の表情で戦況を眺めていた。
『ああ、頼む……骨が折れる』トラニオが荒い息を吐きながら思念を返す。
『なら、そこをどきな!』アエリアの思念に、悪戯っぽい笑みが混じる。『連中に「とっておき」をプレゼントしてやるから!』
トラニオはニヤリと笑った。彼は一人の護衛の腕に短刀を突き立て、そいつを盾にするように引き寄せて他の連中の動きを封じた。一瞬の躊躇を見せた隙に、男の背中を蹴って前方へと鮮やかに転身。負傷した男を仲間に衝突させ、自分は圏外へと離脱した。
直後、小柄なドワーフが放ったとは思えないほど巨大な金属容器が、護衛たちの中心に着弾した。シュウッという鋭い音と共に容器からガスが噴出し、四人の男たちを濃密な煙の中に包み込む。
「な、なんだこれは……!?」 男たちは一斉に咳き込み、次の瞬間には糸が切れた人形のように武器を落として崩れ落ちた。
戦場に、束の間の静寂が訪れる。
「げっ……」トラニオが鼻をひきつらせて呟いた。「お前の汗を蒸留して作った煙幕弾か? 勘弁してくれよ」
「あんたの部屋をこのガスで満たしてやってもいいんだぞ? やってみるかい?」 アエリアが腰に手を当て、勝ち誇ったように言い返す。
トラニオはおどけて両手を上げた。「いや、結構だ。お前の成分は一生分もう十分味わってるからな」
「ふんっ!」




