崖上の断罪者
ガランは目を開けた。
崖の端。そこでは、これから始まる混沌を前に『鮮血の黄昏』が牙を研いでいた。二人の団員が岩場に座り、夜の刺すような冷気も気に留めず、ゆったりとした結跏趺坐で休息を取っている。
一人はルキウス。ガランが裏社会の淵から引きずり出した魔人だ。赤い尾を揺らし、小石を奈落へと弾き飛ばしている。その傍らには、簡素なローマ風の外套とズボンを身にまとった若き日のガランが、不敵な笑みを浮かべて座っていた。
「いい雰囲気じゃないか」ルキウスが、ガランの念波を通じて下の野営地を眺めながら呟いた。
「ああ、全くだ」とガラン。「あそこへ乗り込んで、連中の宴をぶち壊すのが少しばかり忍びなくなるほどにな」
「よせよ」ルキウスが鼻を鳴らす。「あんた一人で楽しみを独占させるわけにはいかないだろう?」
「俺一人でやったほうが、ずっと早く片付くんだがな」
「だが俺たちは一蓮托生だ」ルキウスは譲らない。「あんたが一人で汗を流している間、俺たちが後ろで指をくわえて見てるなんてのは無しだぜ」
ガランは溜息をつき、仲間の頑固さに折れた。「……好きにしろ」
彼らの背後では、ティベリウスが自らの銀色の毛並みを整えていた。それは、とっくの昔に狩り尽くされ絶滅した一族の誇りを守るための、一種の儀式だった。「……生かす者は決まったか、主よ」人狼の男が、地響きのような低い声で尋ねた。
「標的の男と護衛以外は全員だ」ガランは無造作に答えた。
「冷てえなあ」ルキウスが皮肉を込めて言う。「あいつらにも家族がいるってこと、忘れたのかい?」
ガランは呆れたように目を向けた。「そうか。なら、より良い生活を求めてきた弱者を食い物にする前に、その家族のことを思い出すべきだったな」
エルフの魔導師フラヴィアが、聖なる杖の紋様を指でなぞる。彼女の脳裏には、焼き払われた故郷の聖域の記憶が渦巻いていた。「いっそ、全員戦わせてあげたらどうかしら?」彼女は残酷な笑みを浮かべて提案した。「この世の真理がどういうものか、連中に教えてあげるのよ」
「過去に目を曇らせるな、フラヴィア」ガランは優しく嗜めた。「連中の中にも、過去に傷を負った者がいる。これ以上、彼らの人生を台無しにするつもりはない」
野営の陣地内では、ドワーフの爆破技師アエリアが椅子の上に立ち、恐ろしい数の爆弾を悦に浸った様子で点検していた。「ねえ、いつ行くの!?
いつ行けるの!?」彼女は爪先立ちで跳ねる。
その後ろで、豹人のトラニオが手慣れた手つきで短刀を研いでいた。自分の故郷である野生の森を焼き払った男たちの命を奪う瞬間を、彼は静かに待っている。「連中が寝静まってからだ」彼は淡々と言った。「腹を膨らませて、ぐっすり眠らせてやらんとな。最高の死に様を拝むためには、それが礼儀ってもんだ」
アエリアが彼に火炎瓶を向けた。「でも、あと数時間もあるじゃない!」
「辛抱しろ、アエリア」ガランが溜息をつく。「今はあの『ロマンス劇』でも楽しんでろ。観覧料は俺持ちだ」
「お前らはそうしてろ」トラニオが刃を鞘に収めた。「俺は一眠りする。アエリア、後で必要なもんは全部用意しとけよ」
「一時間前に終わってるわよ!」彼女が言い返す。
「なら、もっと作れ」トラニオは横になりながら言った。「連中の最期の夜を、最高に派手に飾ってやるんだからな」
「おー……そうね。じゃあ、もっと『デカいの』を仕込むわ」アエリアはニヤリと笑うと、大きな容器を取り出し、揮発性のガスと液体を混ぜ合わせた不安定な混合物を丁寧な手つきで流し込み始めた。
その隣で、他の団員たちも夜の重苦しい静寂の中で休息を取っていた。やがてフラヴィアがガランの視界に踏み込み、神語で話しかけてきた。
「……様? お客様?」
「……ああ、なんだ?」ガランは目を閉じたまま呟いた。
「お料理がお揃いになりました」
ガランの目がカッと見開かれた。「……なに?」
遠くから食器の触れ合う音や、人々の低い笑い声が不意に感覚へと流れ込んできた。記憶の刺すような冷気は消失し、代わりにレストランの温かく湿った空気が彼を包んだ。給仕の女性が、心配そうな顔で彼を覗き込んでいる。
「お料理、お持ちしました」
「ああ……すまない」ガランは過去の澱を振り払うように首を振った。
給仕が去った後、ガランは目の前に並んだ馳走に目を落とした。新鮮な海鮮丼、湯気の立つ汁そば、黄金色のタコ焼き。そしてこの食卓の主役、グラスの中で液体のルビーのように輝くブラッド・カクテル。
彼がグラスを持ち上げると、鉄の香りと果実の匂いが鼻を突いた。一口啜る。鼓動が速まり、内側に眠る「本性」がうずくのを感じた。
その味は長く残った――鉄の、甘く、生命に満ちた味。そして世界が再び反転する。 数時間後の記憶、深く静まり返った森。一行は皆、眠りについていた。
彼は自らの本性を解き放ち、不可視の霊気を野営地に這わせた。それは、目覚めながらにして見る悪夢となって連中を飲み込んでいく。彼は崖を下り、アエリア特製の油を壁に塗りたくった。惨劇の舞台は整った。
彼は仲間の元へ戻った。隣ではティベリウスが斧を手に膝をついている。 『準備はいいか、主よ』思念の声がガランの脳裏に響く。
ガランは不敵な笑みを浮かべて頷いた。だがその時、視界の端で動きがあった。野営地で、見習いのガイウスがテントから這い出してきたのだ。衛兵たちのいびきに耐えかねたらしい。
少年は、クロスボウを手に番をしていた二人の護衛の脇を通り過ぎようとした。
「おい、待て」一人が厳しく呼び止めた。「どこへ行く?」
ガイウスは肩越しに振り返った。「ちょっと風に当たりに。あそこの岩場の近くにいるだけだよ。心配しないで」
「次は貴様の交代番だぞ」もう一人の護衛が追い打ちをかける。「仕事中に居眠りするなよ、わかってるな?」
「はいはい、わかってますよ」ガイウスは独りごちて、歩みを続けた。
野営地の中央へ向かう途中、彼は本焚き火の残り火が消えかかっているのに気づいた。火の上に吊るされた大きな鉄鍋に近づき、蓋を持ち上げる。中にはまだたっぷりと豚肉のスープが残っていた。彼が二人の衛兵を振り返ると、彼らは気まずそうに視線を逸らした。
「全くだ。人のスープを盗み食いするのが習慣なのかよ」ガイウスは小さな音を立てて蓋を閉じた。「あのクソ野郎がいびきをかいて寝てたのが幸いだったな」
彼は護衛たちとスープを背後に残し、さらに歩いていった。
『鮮血の黄昏』の面々が、困惑と緊張を孕んだ視線でその少年を追う。砦を出て、岩場に腰を下ろそうとする少年の姿を。
『俺がやる』ガランは念波で命じた。『誰も動くな』




