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磯の味と血の轍 其の一

ガランは饅頭の最後の一口を飲み込み、さらに歩みを進めた。前方では、上半身が人間で下半身が鹿の姿をした二人の「セルヴィタウル」の女たちが、土偶や骨董品が乱雑に並ぶ屋台の前で足を止めていた。


異邦の観光客どもは土偶をのんきに眺めているが、地元の連中は命の危険に怯えている。見事な隠蔽工作と感心すべきか、それとも救いのない状況を憐れむべきか。ガランは冷淡にそう思った。


「見て、この子可愛い! 私たちにそっくりじゃない!」 若い方の女が、鹿を象った置物を手に取り、ギリシャ語で歓声を上げた。 「あんたに似てるかもね、せいぜい」

友人がからかうように応える。


ガランが念波マインドキャストを彼女たちのガイドへと向けると、値交渉の内容が翻訳された思考として流れ込んできた。女たちは茶器のセットについて尋ねていた。商機と見た店主は、携帯型の宝物庫から大ぶりの桐箱を取り出した。


店主がその裏側を向けて見せる。それは見事な芸術品だった。満月の下、日本の神々が茶会に興じている姿が描かれている。象嵌された金細工が午後の光を反射し、周囲で見守っていた群衆から感嘆の溜息が漏れた。


「ほう……大したものだ」ガランも思わず独りごちた。


年長のセルヴィタウルは、一万皇金こうがんという法外な値段に二の足を踏んでいた。

「買いなさいよ!」友人がけしかける。「ギリシャ評議会からたっぷり予算が出てるんだから。これくらい余裕でしょ」

ため息をつきつつも、年長の女は微笑んで評議会の会員証ウッドカードを提示した。瞬時に決済が完了し、驚くべき巨額が事も無げに送金される。


(ふん、金持ちの嬢ちゃんたちだ。ドブさらいのような汚れ仕事で稼いできた俺が馬鹿らしくなるな)


ガランは内心で毒づいた。店主が助手に合図して重い箱を配送に回す。女たちは笑い声を市場の喧騒に紛れ込ませながら、サラダバーの方へと去っていった。


「何か気になるものはありますか、旦那?」 店主が期待に満ちた笑みを浮かべ、ガランに声をかけてきた。


「いや、見ていただけだ。それよりも……最近、森について何か噂を聞いていないか?」


店主の笑みが消えた。顔から血の気が引いていくのが目に見えてわかった。「なっ……!?

いいえ、私は何も。……失礼ですが、あなたは調査官インベスティゲイターの方で?」


「そうだ」


「そ、それなら街の執政官マグニストレイトに聞いてください。私のようなしがない商人に聞かれても困ります。頼みますよ、旦那……私には家族がいるんだ。森のことなんて何も知りません」

商人は震える指で、遠くに見える行政区の立派な建物群を指差した。 「あっちの豪華なビルにいるはずですから。……頼みます、私が教えたとは言わないでくださいよ」


ガランは遠くの威圧的な建築物を細めた目で見やった。 (役人どもからまともな答えを引き出すより、茶柱で占う方がまだマシだろうな)


「ありがとう(アリガトウ)」 ガランはそう言い残し、人混みの中へと戻った。


無意識のうちに念波が周囲の思考を拾い上げる。品物の値段、食事の相談、些細な不満。それらは断片的な情報として脳裏をよぎり、すぐに消えていった。


やがて、彼は「海鳴うみなり」という大きな食事処の前で足を止めた。入り口には緻密な模様が描かれた暖簾のれんが下がっている。手首を軽く動かして空の包み紙を近くの屑籠に消し去ると、彼は店の中へと足を踏み入れた。


店内は豚肉の焼ける匂い、濃厚な出汁の香り、そして磯の香りが混ざり合い、熱気に包まれていた。入り口にある実物大の食品サンプルが並んだショーケースを眺める。


「ふむ、よくできているな」ガランは口端を上げた。「本国の連中が見れば神の供物だと思うだろう。実際、その通りだがな」


彼はカウンターへと向かった。周囲からは麺を啜る音や咀嚼音が響いてくる。海の模様をあしらった着物姿の店主が、少し訛りのある神語しんごで彼を迎えた。


「次の方」 「海鮮丼と、味噌仕立ての汁そば、それとタコ焼きを」 「飲み物は?」 ガランは不敵な笑みを浮かべた。「特級ブラッド・カクテルを」


店主の手が止まり、ペンが伝票の上で浮いた。「……すぐにお出しします」 ガランは片眉を上げた。「ほう、本当にあるのか?」

店主は低く笑った。「ここに来る吸血鬼ヴァンパイアは、あんたが初めてじゃないんでね」


「なるほどな」ガランは言った。「いくらだ?」 「六百皇金。それに十パーセントの税をいただく」 「……ああ、わかった、わかったよ」


ガランが手のひらを差し出す。そこへ重厚な金貨と銀貨が数枚、実体化した。それらには様々な神々や伝説の獣の横顔が刻まれている。


「見事なコレクションだ」店主は硬貨を確認すると、素早く自分の光り輝く宝物庫へと収めた。 「エンダスティラで手に入れたものだ」ガランはカウンターに寄りかかった。


「神聖王国か。天使や神々と日常的に話せるなんて、いい身分ですな」 「過大評価だ。生存競争がないだけで、中身はあんたや俺と大して変わらんよ」


「そいつは意外だ。魔法生物どもの相手も楽じゃなさそうだ」


「小規模な依頼をこなしているだけさ」ガランは偽の身分設定を淀みなく口にした。「評議会のエージェントから報酬をもらってな。生活の足しにはなる」


「ご愛顧ありがとうございます」店主がレシートを渡した。「十四番席へどうぞ」


ガランはレシートを受け取り、席へ向かった。座布団に深く腰を下ろし、目を閉じて新鮮な海の香りに身を委ねる。


すると、隣の角の席に座っている裕福そうな旅行者たちの噂話が耳に入ってきた。上質な絹を纏った彼らの声は大きく、尊大だった。


「ローマ帝国からの噂を聞いたか?」男が連れに身を乗り出して尋ねた。

「皇帝がここ一年、姿を見せていないらしい。国境を視察する『巡礼』に出ると言って、そのまま消えたそうだ。以来、音沙汰なしだとよ」


その言葉は、ガランが数週間かけて築き上げた精神の防壁を、鋭いガラスの破片となって切り裂いた。


彼は息子に嘘をついた。元老院にも嘘をついた。何百万という民の安定を、自分自身の平穏という身勝手な沈黙と引き換えにしたのだ。血塗られた王冠を後継者たちに押し付け、自分は分不相応な安息を求めて逃げ出した。


「あの大陸全土を支配した男のこと?」 女が焼き魚を口に含んだまま尋ねる。


「嫌な噂ばかりよ。若い頃は『改革』の邪魔をする奴らを片端から皆殺しにした屠殺者ブッチャーだったって。私の姉が言ってたわ。今の西側が豊かなのは、あの男が鉄の拳で支配し、あらゆる都市に絶対服従を強いて、自分の言葉を唯一の法としたからだって。胸がムカムカするわ。あんな男の名前、口にするのも汚らわしい」


ガランは聞き流そうとした。だが、その言葉は彼が直視を拒んできた真実を抉り出す。


犠牲者たちの悲鳴と慈悲を乞う声が、記憶の淵から這い上がってきた。レストランの香りは消え失せ、代わりに喉の奥に鉄のような「血の味」が広がった。幼い頃に歩いた街路の埃の匂い。とっくに沈んだはずの太陽が、肌を焦がすように熱い。


手の中に、ずっしりとした重みを感じた。ルビーがあしらわれた贅沢な箱。完遂した「仕事」への正当な報酬。彼が蓋を跳ね上げると、金貨の輝きが目に飛び込んできた。


彼はその輝きを見つめ続けた。やがてレストランの床は硬い石畳へと変わり、熱気は失われた。周囲の柱は細くねじれ、不吉な二つの月が見下ろす骸骨のような木々へと姿を変えていった。

救世主の年代記はまだ始まったばかりです。ガランの歩む道のりを見届けたい方は、ぜひブックマークをお願いします。次章もお楽しみに。

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