第七章:魂の帰処を求めて
観衆のざわめきが驚嘆と好奇心に変わる中、舞台の右奥から、静寂を切り裂くような龍笛の鋭い一音が響き渡った。その音は高く、一点の曇りもなく空気を震わせ、一瞬にして場内の雑音を沈黙させた。息を呑むような沈黙が続く中、今度は左手から琵琶の重厚な音色が重なり、龍笛の旋律を導いていく。
一対のスポットライトが灯り、緑の直垂を纏った琵琶奏者と、深青の狩衣を纏った龍笛奏者の姿を浮かび上がらせた。二人が舞台の前方で静かに腰を下ろすと、屏風の裏から、心を落ち着かせるような若い女性の歌声が流れ出した。
時の流れに
風と共に行く
やがて、黒と深紅の装束を纏った鴉の姫君が、屏風を越えて優雅に宙へと舞い上がった。彼女の翼が羽ばたくたび、ガランの念波がその歌に込められた哀切な意味を解き明かしていく。
空の果てまで
独り行く者よ
想い出呼ぶは
翼導く
辿り着くは
我が巣を知らない
彼女が舞台に着地すると、歌声は力強さを増し、楽器の音色もまた彼女の気迫に呼応するように激しくなった。
声は風に
昔を訪ねて
ただ空は静か
変わりし世
風に舞い上がり
友よと羽ばたく
あの木々に遊び
儚き日は遠く
歌声が一度途絶えると、観客は完全にその世界に引き込まれ、微動だにせず舞台を見つめていた。だが、ガランだけは平然と鴨の肉を口に運んだ。「おい」彼は箸の先で正彦の食べかけの皿を指した。「それ、もう食わないのか?」
正彦は我に返り、瞬きをした。「えっ?ああ、もちろんいただきます」彼は一口食べると、再び舞台に目を向けた。「……見事なものです。これまで多くの舞台を見てきましたが、これは……まるで、自分が経験したことのない記憶を見ているような気分だ」
「サビの旋律が、否応なしに過去を呼び起こすからな」ガランが指摘する。
「確かに」正彦が頷く。「彼女の目には、かつての世界がどう映っていたのか……そう思わずにはいられない」
「そいつは、彼が教えてくれるさ」ガランは肉を飲み込んだ。
「彼?」
ガランはニヤリと笑った。「彼女の夫だ。蒼天の王子。……三、二、一……」
その言葉が終わるのと同時に、舞台の右袖から太鼓の地響きのような音が轟き、重厚な男声が響き渡った。
今もこの道
記憶を宿して
壊も愛しさ
進み続ける
紅の狩衣に身を包んだ大天狗が、歌い手である鴉の姫君の元へと大股で歩み寄る。
望郷誘うは
足を導く
辿り着くは
誰かが佇む
彼が鴉の姫君の元に辿り着き、その腰に手を回して力強く抱き寄せた。その瞬間、太鼓、琵琶、龍笛が嵐のように吹き荒れ、二人の歌声は力強い二重唱となって天へと昇っていった。
風よ舞え
羽を包みて
天翔ける
共に昇らん
二人は翼を広げて高く舞い上がり、空を切り裂きながら複雑な空中舞踊を繰り広げた。舞台の下方からは、隠れていた合唱隊による低く波打つような聖歌が湧き上がり、潮の満ち引きのように響き渡る。
山は応え
水面ざわめく
森も囁く
そして大天狗の声が、劇場全体を震わせるような宣言を放った。
『お前は独りに非ず』
二人は気流に乗った二枚の葉のように、完璧に同期して旋回し、滑空した。音楽と合唱は最高潮に達し、観客が息を止めて見守る中、最後は柔らかなリフレインへと落ち着いていった。二人が静かに舞台へと降り立つと、王子の声は優しい囁きへと変わる。
風よ凪げ
続いて、妻が合わせる。
羽を守りて
そして、最後に二人の声が重なった。
空に響け
示さん我の場所
最後の一音が深い静寂の中に消えていった。一瞬の間。そして、ホールは割れんばかりの喝采に包まれた。雷鳴のような拍手が、劇場の空間を激しく揺らしていた。
【劇中歌のイメージ音源について】
作中に登場した楽曲のメロディを形にしてみました。こちらのリンクから聴くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=SWLBAPgyB8k
音楽制作の知識が乏しく、伴奏なしの歌のみ(アカペラ)となっておりますが、物語の雰囲気を感じる助けになれば幸いです。
拙いものですが、よろしければお聴きください。




