壮麗なる殿堂と予期せぬ邂逅
チケット争奪戦の喧騒を遥か下に、最初の鐘が鳴り響くと同時に、最後の入場券が呆然とする見物人の手に舞い降りた。会場の幕が上がる。
ガランは飛天劇場の正面入口へと歩み寄った。かつて都市を築き、そして焼き払った男特有の、冷徹な観察眼が周囲を射抜く。
磨き上げられた支柱と深紅の編み込みロープが、期待に胸を膨らませた群衆をカウンターへと導いていく。漆塗りの胸当てに身を包んだ護衛たちが直立し、その槍の穂先はプロフェッショナルな鋭い光を放っていた。
一歩中へ足を踏み入れると、生花の香りが彼を包み込んだ。息を呑むほど壮麗なホールだ。満開の桜の木を囲むように二つの花壇がしつらえられ、ピンクの花びらが淡雪のように床へ舞い落ちる。垂れ幕には本日のメインイベントが記されていた――『鬼格闘大会:決勝戦』。
ホールの奥では、神聖なる階級制度が音もなく群衆を分けていた。平服を纏った人間たちは一階のアーチウェイへ。獣人たちは巨大で装飾豊かな木製エレベーターへと列をなす。そして、絹や宝石を身にまとった富裕層の客たちは、優雅な曲線を描く大階段を昇っていく。
ガランは視線を上げた。天井一面を壮大な壁画が覆っている。天照と月読――太陽と月が、日本の島々を二つの光で抱きしめている図だ。描かれた海の中央からは巨大なシャンデリアが吊り下げられ、偽りの空に浮かぶ宝石のように輝いていた。
「……俺が持っているやつらと比べても、遜色ないな」ガランは独りごちた。「だが、やはり図録ではこの迫力は伝わらん。ハイライト部分の浮き彫り(レリーフ)をもっと細かくすれば、さらに良くなるがな」
カウンターへ近づくと、日本人の女性係員が、完璧に訓練された神語で彼を迎えた。「チケットを拝見いたします」
「ほう、上手いな」彼はチケットを差し出した。「ほら」
端末がスキャン音を鳴らす。「お座席の仕様上、他のお客様とご相席になりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
「畏まりました」彼女は入場票を渡した。「三階の右側へお進みください。それでは、どうぞお楽しみくださいませ」
ガランは票を受け取り、一瞬だけ彼女の思考に念波を滑らせた。「ありがとう、リカ(Rika)」彼は日本語で言った。「ああ、それと、タダオ(Tadao)に香りの良い線香を贈ってやれ。仕事の後のリラックスになるぞ」
リカは凍りついた。振り返りもせずに立ち去る見知らぬ男の背中を見送りながら、頬に深い朱が差していく。なぜ彼がその名を知っているのか問いかけようとしたが、ガランはすでに大階段を昇るエリートたちの行列の中に紛れ込んでいた。
階段の空気は、さまざまな香りが織りなすタペストリーのようだった。日本の瑞々しい桜、ローマの重厚な没薬、そして東洋の鋭い柑橘。
彼は通り過ぎる貴族たちを眺めた。彼らの衣装は、それ自体が地位を示す無言のオークションだ。裕福なローマ人たちは純白のトガを纏って昇っていく。その紫色の縞の太さは、かつてガラン自身が統帥した元老院における階級を誇示していた。
一瞬、ガランは自分が場違いであるような感覚に囚われた。上層階へ進むにつれ人数はまばらになり、真のエリートたちの視線が彼に注がれる。彼らの豪華な織物と、ガランの簡素なチュニックはあまりにも対照的だった。
ガランは小さく溜息をつくと、宝物庫から古いローマの外套を取り出した。それを肩に羽織り、ベルトを締め直す。それは単なる安らぎのための習慣であり、同時に周囲への「警告」でもあった。
「……プラキドゥス閣下!?」ラテン語の驚きを孕んだ声が響いた。「プラキドゥス・アムニス……本当に、閣下なのですか?」
前方を歩いていたローマ人の夫婦が立ち止まっていた。周囲に困惑のさざ波が広がり、傍観者たちがかつての皇帝の名を囁き合う。
ガランは鷹揚に夫婦を見やった。「ああ、俺だ。調子はどうだ(キフ)?」天気でも尋ねるような軽い口調だった。
「閣下、まさかこのような場所でお会いできるとは!」夫のプロクルスが言葉を詰まらせる。「皇帝陛下自ら……しかし、なぜこのような装いで?」
「ただの暇つぶしだよ」ガランは外套のひだに手を突っ込み、肩をすくめた。「ローマは息子に任せてきた。ヴァルド――お前たちの言うアルティには、自由にやらせる場所が必要だからな」
「若き陛下は賢明な統治を行っておられます、閣下」妻のポンプティナが深々とお辞儀をした。「ローマは幸運でございます」
「まだまだ若造だよ」ガランは溜息をついた。「……『壺の中にいつまでもワインを留めておくことはできない(ヴィヌム・ディウ・イン・アムフォラ・マネーレ・ノーン・ポテスト)』。プロクルス、もしお前の息子が哲学や演劇にうつつを抜かしていても、それを無理に抑えつけるな。舞台の上で議論を戦わせるがいい。力ではなく理性を民に説くのだ。俺の息子のアクィヌスなら、いい脚本を書くだろう。あいつへの連絡方法は知っているな?」
三階に辿り着いた夫婦の顔には、新たな活力が宿っていた。「感謝いたします、閣下」プロクルスが深く頭を下げ、囁いた。「お言葉、身に沁みます」
「礼には及ばん」ガランは手を胸に当てた。「達者でな(ベネ・ワレーテ)」
彼らが先へ進むのを見送ると、ガランは最後の護衛ブースへと足を向けた。名札に「ツトム」と記された護衛に票を渡す。
「頼む、ツトム」
「えっ? あ、はい。どういたしまして……」護衛は呆気に取られた様子で答えた。
ガランはバルコニーへと足を踏み出しかけ、ふと足を止めて肩越しに振り返った。「……ああ、それと。今夜は早く帰ってやれ。お前の帰りを待って、奥さんが毎晩泣いているぞ。二度と一人で眠らせるなよ」
彼はそのまま歩き去り、衝撃で口をあんぐりと開けたままの護衛を後に残した。
『壮麗なる殿堂と予期せぬ邂逅』をお読みいただきありがとうございます。
劇場の導入ということもあり、今回は幕間のひとときのような短めのエピソードとなりました。ですが、これはさらなる激動へのプロローグに過ぎません。次章からは、いよいよ物語の密度が加速します。
豪華絢爛な舞台の上で繰り広げられる「演劇」、そこで交わされる「深淵なる哲学的な対話」。そして、ガランの心の奥底に眠る「胸を締め付けるような過去の断片」が、かつてないスケールで描き出されます。一話一話が非常に読み応えのある、濃密な展開が待っています。
ガランが目撃する「舞台」と、彼自身の「過去」が交錯する瞬間をどうぞ見逃さないでください。続きが気になった方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!




