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154:鍛錬と狩り①

 

 トーカ城滞在二日目の早朝。ハヤトはクリオと共に城の中庭にいた。


 丈長の衣と、手ぬぐいと、一振りの剣を持って。


 朝の日課は、ここでも続けていた。


「動きがとても良くなりましたね。普段から剣で戦っているのですか?」

「いや、斧です。片手で持てるくらいの。戦闘だとたまに使うくらいです。」

「ふむ。レオノルド卿の教えですか。」

「はい。でも朝の訓練はこの剣でやってますよ。」

「そうですか。その剣が役に立っているようで、本当に良かった。」


 いくらか言葉を交わしながら手ぬぐいで肌を拭う二人の体は、あちこちに小粒の雫を湛え。黒い瞳と琥珀色の瞳はまだ、爛々と輝いている。


 しかしすぐに、二本の視線は「あっ!」という声が聞こえた方へ向けられた。


(せんせい)!クリオ卿!おはようございます!」

「おはようルイナーク。」

「おはようございます、ルイナークくん。」


 このブロンドの髪の美少年もまた、手ぬぐいと一振りの剣を携えている。


「お二人も鍛錬ですか?」

「え。ああ、えーっと。」

「ふむ……。」


 明るい笑顔で訊ねてくるルイナークに、ハヤトはどうしてか、終えたばかりだ、とは言えなかった。クリオも同じようで、握り直した柄に目を遣っている。


 少年は、む、と小さく唸る。

 たまにはこういう日があってもいいだろう。


「そうだよ。体、あっためてたところ。」

「ご一緒してもよろしいですか!」

「ええ、もちろん。」


 クリオと、ハヤトと、ルイナーク。三人で横に並び、手前の剣を真っ直ぐ構える。


「俺が音頭とります。」

「お願いします!」

「お願いします。」


 最も基本的で、最も効果的な構え方。


「イチ!ニ!サン!ヨン!ゴ!ロク……。」


 この世界に来て半年と少し。


 王の城を出た日から、ずっと続けてきたことだった。





 昼からのハヤトたちは、「ワルレイの地下書庫」にいた。


 台座に乗せた本のページを一枚、一枚とめくっていく。体感で一時間を費やしておおよそ半分は読み進めた少年は、ある時、背もたれに体重を預けて地上を仰ぐ。


 __全然わかんね……。


 おおよその内容としては……過去の大規模戦闘からいくつかの事例を取り上げて、最も効率的な戦術機動を追究する……というものだ。


 しかし射角がどうたら、陣形がどうたら、指揮系統がどうたら。百人隊なのか五百人隊なのか千人隊なのか……馴染みがない概念や単位が入り交じっている。


「カーリー、これ読んだことある?」

「ぁ……う、ん。学園のし、書庫に、も、ある。」

「マジか。」

「『ジャートの戦術録』ですね。今年の『戦術全般』の講義では必読資料の一つになっていますよ。」

「ひ、必読……。」


 最近まで座学の講義にはあまり顔を出していなかったはずのルイナークがそのことを把握しているということは、彼もこの『ジャートの戦術録』の内容を理解しているのだろう。


 少年は内心で、ふむ、と唸る。


 初日にも少年は思ったが、地下書庫にある書籍の内容はかなりレベルが高い。専門性が高く、豊富な知識ありきの書き方になっている。


 __俺、高校生終わったばっかなのに……。


 黒い髪の少年がこの世界に来たのは、去年の夏。夏季休暇の受験勉強シーズンが過ぎたあたりで、この中世ヨーロッパ風の異世界に送り込まれたことになる。


 故郷で学んだ知識は、この世界の生活でいくらかも役に立ったろうか。()()()()とやらが身を助けてくれたか。


 答えは、否。知っていることよりも知らないことの方がずっと、ずっと多かった。仲間や協力者の力に頼りきりの場面も多かった。


 世界観が違うから、の一言では片付けられない程度に。


 __現代知識無双してたヒトたちって、意外とすごいヒトたちだったのか?


 周囲を下げ、主人公を上げる……そのような描かれ方だって、知恵や知識を貸した主人公に罪は無い。貸してやれるだけのモノがあることを称えるべきだ。


 そう。問題なのは、自分は求められ、称えられるだけの知恵も知識も持っていないこと。


 少年は内心で、ふむ、と唸る。


 自分は「識者」の役割に相応しい人間なのか。

 自分こそがその役割を担うべきなのか。


 答えは、やはり……否だ。


「……?」


 なぜなら自分の左隣にはいつも、この国でトップクラスの知識量を持つヒトがいてくれているのだとわかったのだから。


 借りるべき知識や知恵を、きっと()()()は持っているだろうから。


「こういう本に載ってる知識が必要になったら、頼っていい?」


 少年がそう訊ねると少女は小さく、けれど確かに「ん。」と頷いた。


 今は、それだけで十分だった。





「ふッ!はあッ!」

 盾の表面を打ち付けて視界と意識を揺らがせた敵に、幅広の刃を突きつける。


「はッ!はッ!」

 切っ先で鼻っ柱を突き貫いて、半歩下がりつつ腹の高さを撫で斬る。


「ふッ!」

 敵の左手が掲げる盾に柄の先を引っ掛けて、強引に捲り上げる。


「おらあッ!」

 ギラリと光る分厚い牙で、敵の肩を千切り裂く。


 幾度か狂刃を受けた()()が、立っていられる道理はなく。真紅朗々とした粘塊を垂れ落としながら、剥き出しの土に崩れゆく。


 早まる鼓動が、耳に障る。

 揺れる肩が、気に障る。


 そうして黒い髪の傭兵が剣の柄を握りなおした時。はた、と彼は動きを止めて足元を見遣る。


「……やべ。」


 そこには所々から砂をこぼす、麻袋の人形が横たわっていた。


 滞在三日目。ハヤトは昼過ぎになっても城の中庭にいた。

 巨獣の革の鎧と、木板の丸盾と、訓練用の短身剣を持って。


「お使いになるのは構いませんが、あまり無茶はなさらないでください。」

「す、すいません……。」


 片付けを手伝ってくれた使用人から小言を一つ刺されてしまったハヤトは、訓練用の砂袋人形ではなく空想の敵と戦うことにした。


「ふッ!はッ!はあッ!はッ!」


 ただ、少ししてまた動きが止まる。


「なぁんか違うんだよなぁ。」


 素振りはそういう訓練なのだから、いい。しかし愛用の鎧を着込み、本物に近い重量の短身剣を握り、実戦用の盾まで持っているというのに物理的な感触だけが無いと、満足感のようなモノが不足している気がしてやまなかった。


 要するに、張り合いがない、というやつである。先ほど使い物にならなくしてしまった砂袋人形がなかなか良かっただけに。


 それこそ、まるで本物と戦っているような錯覚さえ覚えるほど。


 どうしたものか、と少年が考えていると、ふと城の台所がある方から足音が聞こえてくる。


「よう。」

「あ、どうも。」


 ひと欠片のチーズを齧りながらこちらへやって来る黒光りする胸当ての男は、ハヤトの頭頂からつま先までをじろじろと眺めて、「はっ。」と笑う。


「お前の真面目さ、ギャッツもちったぁ……クソッ。」

「ギャッツさんは何してるんですか?」

「まぁだ寝床に転がってやがるよ。昨日の夜、アホみてぇに飲んでやがったからな。」

「あはは、そうですか……。」


 腕っぷしでカネを稼ぐのが傭兵とはいえ、彼らの仕事は移動中の護衛。帰路につくまでの暇をどうやって潰すかは、結局のところ本人次第だろう。


「なあ『一番星』。お前、強ぇんだよな?」

「えっ、いきなりですね。」


 唐突な質問だったためにハヤトは思わず聞き返してしまうが、男は構わず話を続ける。


「南にいた時は、一晩で三百の盗賊ぶっ殺したんだろ?」

「そんなわけないじゃないですか。あっちじゃあ全部合わせても二十人くらいですよ。」

「城に攻めてきた百匹のごろつき連中、一人で叩き切ったって聞いたぞ。」

「いやいや!あの時なんか五人くらいしか倒してないですって!」

「んならロウネの巨獣はどうなんだ!あの女ども引き連れて、無傷で首落としたんだってな?」

「ガッツリ殴られて全治十日でしたし、首落としたのも仲間の力です!」

「なんなんだよクソ野郎ッ!一個も合ってねぇじゃねぇかッ!」

「俺に言わないでくださいよっ!」


 話に多少の尾ひれ背びれが付くのは理解できるが、男の話を聞く限りは物語に出てくるチート能力を貰ったラノベ主人公にしか思えない。


 __ホノカならホントに全部できそうだけど。


 武具の加護と属性の加護を全種に、わけのわからないモノをたくさん授かった彼女ならば全て一人で片付けられたに違いない。


 ただの高校生だった幼なじみがチート能力を授かり、迫り来る敵軍をたったひと太刀で薙ぎ払い、大勢からの感謝と尊敬、歓声を一身に浴びる救国の英雄となる。


 その軌跡に名前をつけるとすれば……『幼なじみは救国主』、といったところか。


「おい。なに一人でニヤついてやがる。」

「あっすいませ……。」


 ふと声をかけられて我に返ったハヤトはその声が聞き馴染んだやさぐれボイスだと気がついて、男の後ろに目を遣った。


「なんだ、『一番星』んとこの女か。」

「どうしたのリオン。」


 黒光りする胸当ての男と黒い髪の少年から視線を受けた赤毛の女は、「はあ……。」とわざとらしいため息を一つ吐く。


「なんだもどうしたもねぇよ。ンなとこいてられっか。」

「でも本とか読んでれば……。」


 と、そこでハヤトは口を噤む。


 自分だって止めてしまったことをやれと言うのは筋が通らないではないか、と。


 それにそもそも、彼女が昨日、一昨日と本の中身に目を当てた姿を見ていない。


「本、興味無いんだ?」

「ああ。よくわかってんじゃねえか。」


 リオンはなんとも珍しいことに、「ムラ」という村の出身ながら読み書きができる。ロウネで様々な手続きを代わってくれた実績があるし、数百人規模の盗賊集団を作れるほどの能力もある。


 ただ、読み書きができることと本人の賢さは、必ずしも知識欲の大小に比例するわけではないのだろう。


「訓練するの?」

「ああ。まあ、そのつもりなんだが。」


 リオンは深みのある赤褐色の瞳をこちらへ、男へ、こちらへと交互に動かすと、薄っすらとほくそ笑む。


「手があんなら、狩りでもやるか。」

「おおっ、いいな!今晩の飯にするか!」

「弓かなんか使えんのか?」

「オレは無理だ。けど故郷で狩人やってて、弓とか狩りに詳しいヤツがいる。」

「ンならアンタはそいつ引っ張ってこい。ねぇなら弓も借りてこい。」

「おうよ!任せな!」


 黒光りする胸当ての男は漆喰壁の構造物へいそいそと走り去る。


 それにしても。ただ訓練するのではなく、獣狩りに出かけるとは。リオンらしいと言えばリオンらしい判断だ。しかし……。


「あれ。でも狩りって勝手にやっちゃダメなんだよね?」

「だぁからお前は、あの騎士隊長サマに訊いてこい。準備はアタシがやっとく。」

「わかった。」


 ロウネの時といい、今といい。リオンは狩りやクロスボウのことになると途端にやる気を出してくる。普段のやさぐれ姉貴キャラから、やさぐれ成分だけ抜けたみたく。


 関心のない家事炊事はやらないが、得意な狩りや職務にはしっかり取り組む。彼女は本質的にそういう性分なのだろう。


「おい。さっさと行ってこいって。」

「あっごめん。行ってくる。」

「おう。なんならチビと坊ちゃんどもも連れてこい。」

「人手は多い方がいいもんね。」

「そういうこった。」


 牙のような八重歯を剥いて、不敵に微笑むリオン。


 これこそが「適材適所」というやつだろうと思いながら、ハヤトは地下へ続く階段がある方向へ歩いていった。

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