153:トーカ城・初日③
三人はしばらく、様々な鉱物や「ガンナー先生」の話題で話し込んでいたようだった。クリオが「では、また明日。」と会釈してくるまでの内容はまったく憶えていない。
カルリスティアも、クリオも、ルイナークも。友好的な態度で接してくれるために忘れがちだが、れっきとした貴族なのだとわからされる。しかも皆、この国一番の学び舎で勉学に励んだ人々である。
クリオの剣術の腕は「剣の加護」を持つホノカに匹敵し、カルリスティアの知識は底が知れず、アストリエスの目線の先は見通せず、ルイナークの才能は計り知れず。
クリオは「土の加護」を持ち、カルリスティアは「闇の加護」を持ち、アストリエスは「光の加護」を持ち、ルイナークは「雷の加護」を持っている。
リオンとハルハルも「風の加護」と「水の加護」を持っている。
「カルリスティア嬢。続きは明日にでも。」
「うん。」
皆、期待してくれている。何事かを成すのではないか、と。
異界からの来訪者である、自分に。
幼なじみと違って、「幸運の加護」とこの世界の言葉を使える力しかないのに。
__これって幸運なのかな。
読み書きすらも貴重な技能として扱われる、この世界にあって。戦う力でなんとか登りつめた、この場所にいて。
この城でのんきに本を読んでいられる時間を得られたことこそを、運が良かったから、と言うとすれば。
__まあ、悪くはないか。
多くを持たせてはもらえなかったのに、多くのモノを持つことができた。それのなんと、運の良いことか。
もっと、もっと。多くのモノを持つ足掛かりにできるのだから。
もっと、もっと。多くのモノを失ったヒトだっているのだから。
文字通り、全てを失ったヒトだっているのだから。
あの人が、あの人である所以すらも失ったことだって……。
「ハヤト、くん。」
気がついた頃には右隣にヒトの気配が無く、男女に分けられた寝室の前に立っていた。
「ああ、おやすみカー……。」
少年はふと、左隣を見る。
そこには、一人の少女がいる。腰まで伸びた銀色の髪の少女が。
銀色に輝く前髪の隙間から、じ、とこちらを見つめてくる紺碧の瞳。
そして、それから。黒い袖口から細く白い手を伸ばしてきて、黒い髪をゆっくりと抱き寄せてくる。
鼻に入ってくる、ひんやりとした柔らかい匂い。
両の耳にじんわりと伝わる、優しい温もり。
ゆっくり、ゆっくり。頭の後ろの方を、撫でてくれながら。
「ここに、いるよ。」
彼女はただそれだけ、言ってくれた。
「うん。」
ただ、それだけしか言えなかった。
「おやすみ。」
「……おや、すみ。」
少女はまだ憂げに眉を寄せていたが、けれど長い後ろ髪をはらりとたなびかせて、扉の向こうへ消えていく。
「……ありがとう。」
そうして聞かせる相手のいない言葉を吐いてから、少年は中庭に繋がる扉へとつま先を向けた。
夕食会の時は松明や火鉢に火が灯っていた外は、今はひどく暗い。月は薄い雲に隠されている。
手の輪郭がなんとなくわかる程度の視界を頼りにして、ハヤトは中庭の広い所に歩み出る。
左腰に下がる、トリカブトの剣。
何度となく抜いたその剣の柄を、彼はしかと握る。
視界は、ひどく暗い。手元で光っているはずの深い切れ込みが入った三つ又の葉すら、仄暗い黒に染まった瞳ではろくに見えていない。
だと、いうのに。
よく見える。
ひどく、よく見える。
この切っ先の先にいる、それの姿だけは。
「んッ、ふッ!」
右足を出し、左足は下げ。左足を踏み切って、高い所を突く。
「ふッ、くッ!」
左足を軸に左回りで体を捻じり、右下へひと息に振り抜く。
「ふッ、ふッ!」
両の足で地面を掴み、中段、上段を切っ先で穿つ。
「ふッ!」
翻した右足で土を蹴り、振り向きながら右上へ振り上げる。
「ふッ!」
左足で踏ん張って、右の脚を低い所に叩きこむ。
「ッ……。」
着地した右足を強張らせ、剣を頭上へ掲げて構える。
そこにいる、それに向けて。何度となく繰り返した動きをするだけ。
輝く刃はいつだって、このためにあるのだ。
「ハアッ!」
上から下へ振り抜ける、銀色の瞬き。
仄暗い黒に染まった瞳には、よく見える。
力ずくに拓かれゆく、曲がりくねった醜い道が。
その先で強い光に照らされる、二つの背中が。
「……。」
あの遠い所に辿りつくためには、さらなる「力」が必要だ。
ぼんやりとしか見えない手のひらにある、この確かな「力」をもっと強くしなければならないのだ。
どうしてか強張り、震えているこの手のひらに収めていなければならないのだ。
もっと、もっと。大きく、強く、信じられる「力」を。
もっと、もっと。高いところへ押し上げてくれる「力」を。
ただのハヤト・エンドウを、「一番星」として輝かせてくれる「力」を。
「……ふッ。ふッふッ。ん、ハアッ!」
黒い髪の傭兵はひどく濃い暗闇に独り、ありつづけている。
もっと、もっと、と。
何度でも、何度でも、と。
その剣に見合う戦士となるために。
その体に籠る熱を肉へ変えるために。
その手のひらにあるモノを、二度と手放してしまわないように。
黒い髪の少年は独り、ありつづけている。




