152:トーカ城・初日②
トーカ城で過ごす、最初の晩。王立学園の一団は城の中庭で、賑やかな夕食会に興じていた。
「ご無沙汰しております、イーダフ先生。先に拝借したお知恵もあり、何事もなく済ませることができました。」
「ふぬ。之の知るうるばかりであらば、何時をもってもはばかることなく報されよ。」
「ありがとうございます、先生。」
フィルリスティア夫人と独特な言葉遣いの老師のやりとりを横に聞きつつ、黒い髪の少年は目の前に広げられた料理たちに目を遣る。
広いテーブルには皿の上で切り分けられるのを待っている鹿肉のステーキや、瑞々しい色香で誘ってくる果物、円形の白っぽいチーズ、葡萄酒が注がれた広口瓶が並べられている。
参加者たちは使用人が取り分けた分を受け取ったり、自ら手に入れたりしたモノを思い思いに口へ運んでいく。
「ダッハッハッハ!そんでよぉう!『猫の寝床』の姉ちゃんに言ってやったわけよ!オレの槍を磨けってなぁ!」
「正気かお前ッ?!あそこの女連中、相手しねぇどころか首締め上げてきやがるっつって話じゃねえか!」
「なあに言ってんだ!そりゃカネの無ぇ貧乏野郎が吹いたホラだ!オレらの短剣見せてやりゃ、お前も相手させられっぞ!」
「くあーっマジかよクソ野郎?!次の休みはぜってぇ『猫の寝床』行ってやる!」
一方、中庭の隅にある厩舎の近くでは「銀の短剣」の傭兵たちが、酒がなみなみと注がれた杯を片手に山盛りの食べ物を囲っている。
遠慮してそのような場所に陣取ったのかどうかはわからないが、何にせよ馬たちも、厩舎の壁の側に寝そべる犬も、他の参加者たちも耳をそちらへ向けようとはしない。
「チビは聞くなよ。」
「んー?」
たまたま彼らに近いベンチを占領していたリオンは、頭をテーブル代わりにしていたハルハルの両の耳を膝で挟み塞いでいる。
まあ、ただ。パーティというほど改められた雰囲気ではないが、これほどの人数で食事する機会は多くない黒い髪の少年も、いくらか高揚してしまうのは確かだった。
「カーリー、大丈夫そう?」
「ぁ……だい、じょうぶ。」
左隣にあるカルリスティアも細切れにしたステーキをせっせと口に運んでいる。見知らぬ人物との接触があまり得意ではない彼女だが、とんがり帽子の広いツバが視線を遮ってくれている。
「師、こちらは召し上がられましたか。なかなかに良い味ですよ。」
「えっ。ああ、うん。後で食べるね。」
「ああっ、師。杯が空いたままでしたね。葡萄酒をどうぞ。」
「あ、ありがとう。」
ところで。夕食会が始まってからずっと、右隣にルイナークが陣取ってきている。酒や飯やと取って出してくれるのはありがたいのだが、あまりにもピッタリと張り付いてくるせいで落ち着かない。
学園の外で過ごす大人数での食事なのだから、普段は関わらない相手とコミュニケーションを取りに行けばいいものを。
「ルイナーク。他の人とも話してきなよ。」
と、ハヤトが声をかけると彼は「あ……っ。」と漏らして、どこか寂しそうに眉を寄せる。
「そ、そうですよね。せっかくの、機会ですし……。」
せっかくの機会、と言われてしまうとハヤトにも思うところがないわけではなかった。ルイナークと食事をする機会だってあまりないのだから。
どうしたものか、と少年が辺りを見渡してみたところ、傭兵たちと何かを話しているクリオの姿を発見した。彼は傭兵たちに声をかけ終えると、琥珀色の視線をあちらからこちらへ渡らせていく。
そうしていれば、すぐに互いの目線が重なることになる。
「ハヤトくん、食事は口に合いましたか。」
「クリ……モンカソー男爵!」
彼は「ふふ。」と穏やかな笑みを浮かべて。
「クリオで構いませんよ。」
「あ……はい、クリオさん。すごく美味しいです。」
「それはよかった。」
やはり穏やかな笑みを浮かべるクリオは、ふと右隣へ視線を移す。
「そちらのキミは、リーリ伯爵のご子息ですかね。」
「ああっ!は、はい!ルイナークともっ、もっ、もうしわしゅ!」
噛んでいる。それもかなり思いきった噛み方だ。クリオに対して並々ならぬ感情を抱いているせいだと見受けられる。
「うぅ……。」
「クリオさんのこと好きなんだね。」
「ううぅぅうう……!」
軽く突っついてやると真っ赤になった顔を俯けて、喉から唸るばかりになってしまった。可愛らしい姿ではあるが、正気を取り戻すまで話を続けておいてやろう。
「ルイナークのこと知ってたんですか?」
「ええ。剣術の腕がかなり立つと以前から評判ですから。」
「そうなんですよ。しかも最近、加護の扱いもかなり上達してて。……この前も、ルイナークに助けられちゃいました。」
「ああ、あの焼け死んでいた男ですね。『雷の加護』であそこまでのことができるとは、私もあまり聞いたことがありません。素晴らしい才をお持ちのようですね。」
「だってよ。よかったね、ルイナーク。」
そろそろ、と右隣を見遣るも、ブロンドの髪の美少年はもじもじとしている。
「ぁ、こ、光栄、です。モンカソー、男爵……。」
「キミもクリオと呼んでくれて構いませんよ。」
「あ、えと……く、クリオ、卿っ。」
少年は「へへへ。」と恥ずかしそうにはにかむ。……なまじ顔立ちが良いだけに、可愛らしさが爆発してしまっている。
__傾国の美男、って感じになるのかなぁ。
異世界ファンタジーらしいブロンドの髪しかり。凛々しいが舌足らずな喋り方しかり。成熟し、青年となった彼の姿への期待を禁じえない。
ただ、黒い髪の少年、ふむ、と内心で唸る。
この世界に送り込まれて、幼なじみと離ればなれになって。いつか彼女がいるところに辿り着いて。
それから、その後はどうなる?
彼女がいるところが、終わりなのか?
自分はいったい、どこまで行けるのか?
いったい、いつまでいられるのか?
この世界にいるはずではなかった自分は、どうなるのか?
__なに考えてんだろ、俺。
少年は内心でかぶりを振る。
たぶん、だけれど。今、考えることではないはずだ。
「ガンナー先生の軟鉱物学についてはカルリスティア嬢がかなり得意としていましたね。」
「ぇ……う、ん。満点、だった。」
「ままっ満点?!ガンナー先生の修了試験を!」
「わ、私の年、は、私、だけ。」
「いいえ。私の知る限り、彼の試験で満点だったのはカルリスティア嬢だけですよ。」
「さすが『銀の魔女』……。」
少年が独り、他愛のないことを考えている間に、クリオとルイナークとカルリスティアの三人で会話が盛り上がっていた。
「あの。軟鉱物学っていうのは?」
不躾だったか、と少年は一瞬迷ったが、何事でもないようにクリオが答える。
「採掘や加工が容易な柔らかい鉱物について研究する学問です。」
「金とか銅のことですか。」
「主にはそれらについてですね。近頃は『アカサスの金槌』が方解石を熱心に研究していると聞いています。」
「ぁ……ウチのと、土地で、採れる。」
「へえー。」
方解石とやらがどんな鉱物なのかも、『アカサスの金槌』とやらがどのような組織なのかも少年はわからない。三人はちゃんと理解して話しているだろうに。
「方解石は石材として使うのでは?」
「私もそうだと思っていて調べたのですが、どうやら昔から硝子作りに使われるようです。『アカサスの金槌』がその方向で研究しているかはわかりませんが。」
「硝子、ですか。上質な方解石の宝石はすごく綺麗ですけど。」
「ぁ……融かし、て、使う。」
「融かしてしまうのですね……なんだか、もったいない気がします。」
「きっと宝石としては低質なものを使うのでしょう。」
「ウチのと、土地、のが、良い。」
「フィグマリーグ領の硝子職人も北ラーダにいるのでしたね。」
「うん。」
ここまで置いてけぼりを喰らっていたハヤトは会話に混ざるのをとっくに諦めて、手元の料理を食べることへ意識を傾けていた。
鹿のステーキは、少しだけ硬くなってしまっていた。




