陽㉛
それからずっと、乃愛はほぼ俺の部屋で過ごした。仕事や学校でもあればまだマシなのだろうけど、クリスマス明けの平日はバイトもなく、十二月二十九日から一月三日までは年末年始の休みだった。その間、一人きりで過ごすのは苦痛だろうと思い、「いてもいいよ」と言ったところ、乃愛は素直に従った。
毎日のようにいったんは自分の部屋に帰るものの、着替えや細々とした物を取りに戻るぐらいで、ほぼ俺の部屋に入り浸り。周りから見れば同棲でも始まったかのように見えた事だろう。けれど俺達は決して愛を語るような事もなく、ただひたすら乃愛の胎内に宿った一つの命や、その命が向かうであろう悲しい未来から目を背けるように、淡々と共同生活を送った。
朝起きれば朝食を米にするかパンにするかで言い争い、次はどっちが作るかをじゃんけんで決める。出来上がった料理の盛り付けや味についてああでもないこうでもないと批評を繰り返し、次は昼食を作ろうか外に食べに行こうかと話し合う。点けっぱなしのテレビに映し出される芸能人の顔が好みだの生理的に受け付けないだの、こいつは顔はいいけどきっと性格は悪いだのと難癖をつけ、その内思い出したように俺の部屋着を毎日洗濯しないのは不衛生だと貶され、乃愛の方こそせめて朝起きたら化粧ぐらいした方がいいんじゃないか、なんて言い返したりする。
妙に所帯じみて、でもほのぼのと、毎日は過ぎて行った。
思えば俺たちは学校でも職場でも一緒で、長いこと同じ時間を過ごしてきた。いつの間にか、お互いにとって誰よりも気心の知れた間柄になっていたのだろう。乃愛の性格や考え方といった人間性は手に取るようにわかったし、きっとそれは乃愛も同じだったのだと思う。
大晦日は格闘技と紅白をザッピングしながら、せっかく大晦日なんだから雑煮ぐらい作ろうぜと思い立ち、近所のコンビニでパックの切り餅を買って来たまでは良いものの、醤油出汁は邪道だの味噌は田舎臭いだの肉は豚か鶏か等と言い合っている内に、いつの間にか新年を迎えてしまった。
「ハッピーニューイヤー!」
なんて声がテレビから聞こえて来た時は、市販の切餅だとサイズが大きすぎるから四分の一ぐらいにカットしてからいれるべきだという乃愛の意見に従って餅を切ろうとしたものの、余りにも固くて歯が立たず、四苦八苦している最中だった。
「あけましておめでとう」
「今年もよろしく」
反射的に言い合った後、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
結局餅を切るのは断念した上、そういえば年越しそばを食べてないと思い当たった俺達は、雑煮調理を途中で放棄して、コンビニにカップラーメンを買いに行った。途中にある小さな神社でも初詣が始まっていたらしく、提灯が並ぶ境内で二人揃ってお参りした。
「なんてお祈りしたの?」
「有希さんともうちょっと仲良くなれますようにって」
聞かれたから答えたのに、乃愛はさもおかしそうに笑った。
「なんだよ。感じ悪いな」
「だってもうちょっと仲良くって、控え目過ぎない? 恋人になれますように、って言えばいいのに」
「別にいいだろ。そんなんじゃないんだよ、有希さんとは」
「変なの。陽君って欲がないっていうか、なんか一歩退いてるよね。それはそれでアリなんだろうけど」
「そう。それはそれでアリなんだよ」
言いながら俺は、有希さんに「あけましておめでとう」のメールを送っていないと思い出した。ポケットからスマホを取り出したものの、もしかしたら悠斗君と一緒に寝ているかもしれないと思い直す。
そういえば今まで、有希さんが好きでたまらないという想いは絶えずあったけど、だからどうしたいという具体的な欲望までは思い描いてみた事が無かった。恋人同士ってなんだろう? 今よりもっと小まめにメールのやり取りしたり、二人っきりで出かけたりする感じか。恋人同士だと、当たり前のようにセックスだってするんだろうか。考えてみると、不思議な事に有希さんと肉体関係を結ぶなんて想像した事すら無かった。
有希さんは俺にとって一体なんなのだろう? 俺はただ有希さんの側にいて、有希さんの声を聞いて、有希さんに俺の想いの一端でも通じてくれればそれでいいと思っていた。有希さんの口から俺に対しての愛情を語られる事は無かったとしても、ただ一方的に俺の想いを受け止めてくれるだけでも良かったんだ。
有希さんが大好きな俺がいて、ズルくて意地悪な有希さんがいて、その間には琴ちゃんがいて。あんな毎日がずっと続いたらいいなって、そう願っただけだった。
フィオーレがあんな状態にある以上、多分もう二度と、戻ってくる事はないのだろうけど。
「それで、乃愛は何お願いしたんだよ」
「私? 私は教えられないなぁ」
散々人には言わせておいて、自分は惚けてみせる。乃愛もまたズルい女だ。そもそも女っていう生き物自体が、ズルく出来ているのかもしれない。
そういえば、 そうして明け方近くまで起きていたから、元旦は午後過ぎまで眠ってしまった。起きて雑煮調理を再開し、朝昼分で雑煮を食べ、その後はまたひたすらゴロゴロしながらテレビを見て、夜は雑煮の残りを食べた。
その後は二日、三日と日中は箱根駅伝を見、夜は夜でくだらないテレビを見ながら寝正月を満喫した。




